40 / 48
第40話 今でも生きた心地がしない
しおりを挟む
「沼地に異変が起こっている?」
「ああ、間違いねぇ」
冒険者ギルドに戻ってきたギエナは、沼地の異変について報告していた。
報告相手はこの街のギルドのトップであるギルド長だ。
Cランク冒険者はこの街の主力であるため、直接ギルド長と面会するのもそう難しいことではない。
そのギルド長は元Cランク冒険者で、年齢は四十代後半。
ギルド長としては少々現役時代の実績が足りていない部分があるためか、あるいは運営能力に問題があるからか、正直それほど周りからの評判はよくなかった。
「本来なら珍しいはずのエルダーリザードが、明らかに沼地に増えている、か。……ギエナ、お前の予想としてはどうだ?」
「そうだな、あくまでオレの予想でしかねぇが……マザーリザードが出現した可能性がある」
「な、なんだと!?」
ギエナの口にしたその魔物の名称に、ギルド長は思わず椅子から立ち上がった。
「マザーリザードは危険度B級の魔物だぞ!? 討伐には最低でもBランク冒険者が複数人、必要だ!」
危険度というのは、その魔物を討伐するのに要求されるリスクを示したものだ。
そのため必ずしも魔物の強さをそのまま表しているだけではないが、おおよそ比例するとされていた。
マザーリザードはその名の通り、リザードマンの最上位種。
本体の戦闘力自体ならせいぜい危険度C級程度のものだが、リザードマンをゴブリン並みに繁殖させる力を持ち、巨大なリザードマンの群れを形成することから、B級に認定されていた。
「かつてあの沼地にマザーリザードが現れたときは、リザードマンが沼地から溢れ出し、この辺り一帯がトカゲ地獄と化した。無論、この街も大きな被害を受けた。俺がまだ新人冒険者だった頃だ。あのときのことを思い出すと、今でも生きた心地がしない……」
ギルド長は青い顔でぶるりと肩を震わせる。
「リザードマンの数は毎年、多少の増減があるし、豊殖の年にはエルダーリザードの割合も少しは増える。だが、ここまでエルダーリザードが増加しているのは明らかに普通じゃねぇ」
「そ、そうか……しかし、生憎と今この街に滞在しているBランク以上の冒険者はいない……すぐに応援を呼ぼうにも、Bランク冒険者の招集には大金が必要だ……もし予想が外れていた場合、金をドブに捨てるだけに……」
「いやいや、んな悠長なこと言ってる場合かよ! とっとと呼びつけろ!」
もし本当にマザーリザードが出現したとすれば、放置していると際限なくリザードマンが増えてしまう。
増えれば増えるほどマザーリザードを守護する戦力も増えるため、討伐が非常に難しくなるのだ。
「わ、分かった分かった! 俺だって、もうあんな地獄は見たくない!」
ギエナに一喝され、ギルド長は慌てて頷く。
「それともう一つ。場合によっちゃあ、こっちの方がもっと深刻な可能性もあるんだがよ」
「なっ、マザーリザードよりも深刻な事態だとっ……?」
「ああ。実はよ、誰がどうやって倒したのか分からねぇリザードマンの死骸が、最近あの沼地で大量に見つかってんだ」
リザードマンの謎の大量死。
その傷跡を見ると、どれも剣のようなものですっぱりと鱗を斬り割かれていた。
「冒険者の仕業じゃないのか?」
「その可能性は低い。というのも、死骸の近くに、人間のものと思われる足跡が一切残っていねぇんだ。人間の冒険者じゃ、そうはならねぇ」
「おいおい、じゃあ一体、誰の仕業だっていうんだ?」
「オレにも分からねぇよ。だがな……」
いつも勝ち気なギエナにしては珍しく、頬を引きつらせながら告げた。
「もしかしたら……リザードマンとは別の、もっと凶悪なナニカが、あの沼地に棲息しているかもしれねぇ」
◇ ◇ ◇
沼地の最奥。
水草が大量に繁茂し、鬱蒼とした一帯に、巨大な蜥蜴の姿があった。
全長は軽く十メートルを超え、その威容はさながらドラゴンだ。
大きく避けた口腔には、大木すら軽く嚙み千切れそうなほど鋭く分厚い牙が並んでいる。
マザーリザード。
冒険者たちが予想した通り、この沼地にリザードマンの最上位種とされる凶悪な魔物が出現していた。
マザーリザードの巨体の長い尾の近くには、無数の卵が積み上がっていた。
すべてマザーリザードが産み落とした卵だ。
一個一個は鶏の卵ほどの大きさしかない。
それがマザーリザードの巨体から、今も次々と産み落とされ続けていた。
そして一つまた一つと卵が孵り、そこから小さな蜥蜴が這い出していく。
この小さな蜥蜴が、リザードマンの幼体だ。
魔力濃度の高いこの一帯では、小さな幼体が僅か数週間でリザードマンの成体へと成長することができる。
マザーリザードの出現と共に、沼地にリザードマンが溢れかえるのも当然のことだろう。
増え続ける我が子の様子を、マザーリザードはどこか満足そうに見ていた。
『コノ世界ヲ、我ガ勢力デ埋メ尽クス』
彼女の存在目的はただ一つ。
自らの子供を無限に増やし、世界を支配すること。
マザーリザードの寿命は短い。
己の命を削りながら、大量の卵を産み続けるためだ。
だが彼女が死んでも、リザードマンたちは繁殖を続ける。
さらにいずれは子供たちの中から第二、第三のマザーリザードが誕生するはずで、そうなれば繁殖速度はもっと加速するだろう。
『我ハ、始祖デアリ全テノ母』
しかしこのときの彼女はまだ気づいていなかった。
その崇高な目的の前に立ちはだかる、恐るべき影たちの存在を。
「ああ、間違いねぇ」
冒険者ギルドに戻ってきたギエナは、沼地の異変について報告していた。
報告相手はこの街のギルドのトップであるギルド長だ。
Cランク冒険者はこの街の主力であるため、直接ギルド長と面会するのもそう難しいことではない。
そのギルド長は元Cランク冒険者で、年齢は四十代後半。
ギルド長としては少々現役時代の実績が足りていない部分があるためか、あるいは運営能力に問題があるからか、正直それほど周りからの評判はよくなかった。
「本来なら珍しいはずのエルダーリザードが、明らかに沼地に増えている、か。……ギエナ、お前の予想としてはどうだ?」
「そうだな、あくまでオレの予想でしかねぇが……マザーリザードが出現した可能性がある」
「な、なんだと!?」
ギエナの口にしたその魔物の名称に、ギルド長は思わず椅子から立ち上がった。
「マザーリザードは危険度B級の魔物だぞ!? 討伐には最低でもBランク冒険者が複数人、必要だ!」
危険度というのは、その魔物を討伐するのに要求されるリスクを示したものだ。
そのため必ずしも魔物の強さをそのまま表しているだけではないが、おおよそ比例するとされていた。
マザーリザードはその名の通り、リザードマンの最上位種。
本体の戦闘力自体ならせいぜい危険度C級程度のものだが、リザードマンをゴブリン並みに繁殖させる力を持ち、巨大なリザードマンの群れを形成することから、B級に認定されていた。
「かつてあの沼地にマザーリザードが現れたときは、リザードマンが沼地から溢れ出し、この辺り一帯がトカゲ地獄と化した。無論、この街も大きな被害を受けた。俺がまだ新人冒険者だった頃だ。あのときのことを思い出すと、今でも生きた心地がしない……」
ギルド長は青い顔でぶるりと肩を震わせる。
「リザードマンの数は毎年、多少の増減があるし、豊殖の年にはエルダーリザードの割合も少しは増える。だが、ここまでエルダーリザードが増加しているのは明らかに普通じゃねぇ」
「そ、そうか……しかし、生憎と今この街に滞在しているBランク以上の冒険者はいない……すぐに応援を呼ぼうにも、Bランク冒険者の招集には大金が必要だ……もし予想が外れていた場合、金をドブに捨てるだけに……」
「いやいや、んな悠長なこと言ってる場合かよ! とっとと呼びつけろ!」
もし本当にマザーリザードが出現したとすれば、放置していると際限なくリザードマンが増えてしまう。
増えれば増えるほどマザーリザードを守護する戦力も増えるため、討伐が非常に難しくなるのだ。
「わ、分かった分かった! 俺だって、もうあんな地獄は見たくない!」
ギエナに一喝され、ギルド長は慌てて頷く。
「それともう一つ。場合によっちゃあ、こっちの方がもっと深刻な可能性もあるんだがよ」
「なっ、マザーリザードよりも深刻な事態だとっ……?」
「ああ。実はよ、誰がどうやって倒したのか分からねぇリザードマンの死骸が、最近あの沼地で大量に見つかってんだ」
リザードマンの謎の大量死。
その傷跡を見ると、どれも剣のようなものですっぱりと鱗を斬り割かれていた。
「冒険者の仕業じゃないのか?」
「その可能性は低い。というのも、死骸の近くに、人間のものと思われる足跡が一切残っていねぇんだ。人間の冒険者じゃ、そうはならねぇ」
「おいおい、じゃあ一体、誰の仕業だっていうんだ?」
「オレにも分からねぇよ。だがな……」
いつも勝ち気なギエナにしては珍しく、頬を引きつらせながら告げた。
「もしかしたら……リザードマンとは別の、もっと凶悪なナニカが、あの沼地に棲息しているかもしれねぇ」
◇ ◇ ◇
沼地の最奥。
水草が大量に繁茂し、鬱蒼とした一帯に、巨大な蜥蜴の姿があった。
全長は軽く十メートルを超え、その威容はさながらドラゴンだ。
大きく避けた口腔には、大木すら軽く嚙み千切れそうなほど鋭く分厚い牙が並んでいる。
マザーリザード。
冒険者たちが予想した通り、この沼地にリザードマンの最上位種とされる凶悪な魔物が出現していた。
マザーリザードの巨体の長い尾の近くには、無数の卵が積み上がっていた。
すべてマザーリザードが産み落とした卵だ。
一個一個は鶏の卵ほどの大きさしかない。
それがマザーリザードの巨体から、今も次々と産み落とされ続けていた。
そして一つまた一つと卵が孵り、そこから小さな蜥蜴が這い出していく。
この小さな蜥蜴が、リザードマンの幼体だ。
魔力濃度の高いこの一帯では、小さな幼体が僅か数週間でリザードマンの成体へと成長することができる。
マザーリザードの出現と共に、沼地にリザードマンが溢れかえるのも当然のことだろう。
増え続ける我が子の様子を、マザーリザードはどこか満足そうに見ていた。
『コノ世界ヲ、我ガ勢力デ埋メ尽クス』
彼女の存在目的はただ一つ。
自らの子供を無限に増やし、世界を支配すること。
マザーリザードの寿命は短い。
己の命を削りながら、大量の卵を産み続けるためだ。
だが彼女が死んでも、リザードマンたちは繁殖を続ける。
さらにいずれは子供たちの中から第二、第三のマザーリザードが誕生するはずで、そうなれば繁殖速度はもっと加速するだろう。
『我ハ、始祖デアリ全テノ母』
しかしこのときの彼女はまだ気づいていなかった。
その崇高な目的の前に立ちはだかる、恐るべき影たちの存在を。
63
お気に入りに追加
1,862
あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる