追放王子の気ままなクラフト旅

九頭七尾

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第22話 斬り落とそうとしただけ

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 いきなり僕に襲いかかってきたのは、僕とそう歳の変わらない獣人の少女だった。
 耳の感じから、なんとなく猫の獣人だろうか。

 髪はまるで燃え盛る炎のように赤い。
 また、お尻から伸びている尾も同色だ。

「……無念」

 少女は観念したようにぼそりと呟く。

「何のためにこんなことをしたの?」
「……お金」
「え?」
「お金が……欲しかったから」

 どうやら金目当ての犯行らしい。

「その割に一直線に斬りかかってきたけど?」
「殺す気はなかったわ。ちょっと腕の一本くらい、斬り落とそうとしただけ」

 腕の一本は断じてちょっとなどではない。
 いきなり襲いかかってきた時点で確定だけれど、本当にヤバい女のようである。

「僕みたいな子供を狙う?」
「お金がありそうな、見た目だったから。貴族の子供かと」
「なるほど」

 自分で言うのもなんだけど、確かに僕の容姿は貴公子然としているというか、普通の庶民には見えないかもしれない。
 父であるロデス国王も母親も美形だったし、家庭教師から宮廷作法を学んでいたのもあるだろう。

 加えて衣服だ。
 島流しになったものの、一応は王族ということでそれなりに上等な衣服で移送されていて、それを今もそのまま身に着けていた。

 それで門を通るとき、役人から少し哀れみの視線を向けられたのか。
 どこかの貴族の子女の三男や四男あたりが、家を継ぐことを諦めて冒険者になるためにやってきたと思ったのかもしれない。

「なんにしても、もっとまっとうな方法で金を稼ぎなよ」
「それが、できないわ」
「できない? どういうこと?」

 ふとそこで気づく。
 少女の手の甲に、複雑な文様が刻まれていることに。

「これは……まさか、隷属魔法か」

 黒魔法の一種が隷属魔法だ。
 直接その身に魔法陣を刻み込むことで、対象を自らの支配下に置くという凶悪な魔法である。

「そう。騙されたの」
「騙された?」

 詳しく話を聞いてみると。
 どうやら彼女はつい最近、冒険者になるためにこの街にやってきたばかりらしい。

 しかし剣士だというのに、幼い頃から使っていた剣はボロボロで、もはやほとんど使い物にならない状態。
 これでは冒険者として活動などできないが、残念ながら新しい剣を買うお金もない。

 そこで街の金貸し屋を訪ね、借金したのが間違いだったという。
 その金貸し屋は街のギャングが運営しているもので、ほとんど詐欺に近い法外な高金利だったのだ。

「だから踏み倒そうとしたの」
「踏み倒そうとしたんだ」
「でも捕まってボコボコにされたわ」

 そして強制的に隷属魔法をかけられてしまったようだ。

「かけた人間の命令に抗うことができない。殺すこともできない。ただ、隙を突いて逃げることはできたわ」

 それがつい先ほどのことらしい。
 十分に離れていれば隷属魔法は効力を失うため、このまま街を出て逃げ切るつもりだったようだ。

 ただ、無一文の彼女には、最低限の先立つ物が必要だ。

「だから僕を襲ったのか」
「そう。弱そうで、お金がありそうで、ちょうどよさそうだったから。思いのほか強くてびっくりしたわ」

 と、そのときである。

「ふふふ、逃げても無駄だよぉ、ファン? お前の居場所は、隷属魔法のお陰で丸わかりだからねぇ」
「……見つかったわ」

 ねっとりとした声が響いてきて、獣人少女――ファンという名前らしい――が顔を顰める。
 すっかり日が沈み、闇に覆われた路地から、一人の男が姿を現した。

 蛇のように狡猾で陰気そうな男だ。
 どうやらこいつがファンに隷属魔法をかけた張本人らしい。

「さあ、戻っておいで」
「っ……」

 命令に歯向かうことができず、ファンは言われるままに男のもとへ。

「アンチスレイブ」

 そんな獣人少女に聖なる光が降り注いだ。

「?」

 不意にその場に立ち止まり、ファンは首を傾げた。

「なんだ? なぜ立ち止まる? ファン、こっちに来るんだよ」
「……命令が、効いてない?」
「ば、馬鹿なっ……ぼくの隷属魔法が、解除されている!?」

 男はようやくファンの隷属魔法がすでに解除されていることに気づいたようだ。

 僕が先ほど使った第三階級白魔法のアンチスレイブ。
 実はこれ、隷属魔法を強制解除する魔法なのだ。

「まさか、先ほどの光は……お、お前の仕業かっ!?」
「うん。真っ当な形で奴隷化させたみたいじゃなかったからさ。解除させてもらったよ」
「馬鹿な! お前のような子供に、ぼくの魔法を解除できるはずがない!」
「いや、余裕だったけどね? あんまり強い魔力じゃなかったし」

 もっと強力な隷属魔法だったら、第三階級白魔法では解除できなかっただろう。
 しかも普通は解除までもう少し時間がかかるはずなのに、一瞬で解除できてしまった。

「このガキっ、調子に乗るんじゃねぇぞっ!」

 声を荒らげ、男が魔法陣を展開しようとする。
 見た目からもうちょっと冷静なタイプかと思いきや、すぐ激高して周りが見えなくなる間抜けだったようだ。

 ブシャッ。

「……へ?」

 隷属魔法から解放されたファンが、男に斬撃をお見舞いしたのである。

「ぎゃあああああああっ!?」

 絶叫と共に魔法陣が霧散。
 男は悶絶して地面をのた打ち回った。
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