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判じ絵
判じ絵 ―参―
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翌朝、甚吉はマル公の言う通り巽屋を訪れた。
嘉助はのんびりと大らかな若者であり、今日も床几に座って帳面を眺めながら何かを書き込んでいた。その間も小さな粂太が台の上に饅頭を並べ、忙しく働いている。粂太は実家も菓子屋であり、小さな頃から店を手伝ってきた。だからなんでもよく間に合う。
粂太が懸命に働くのには粂太なりの理由がある。自分を拾ってくれた嘉助への恩返し、それから、畳んでしまった実家の菓子屋の再建。小さいながらにいろいろなものを抱えて日々を生きている。
「おはようごぜぇやす」
甚吉が声をかけると、二人はハッと顔を向けた。
「お、甚吉。今日はどうした? 饅頭を食いに来たのか?」
嘉助がにこやかに言う。
饅頭はマル公も大好きなのだ。買いたいのは山々だけれど、残念ながら懐が寂しい。
「すいやせん。今、ちょっと持ち合わせがねぇんで、また今度で」
しょんぼりとしたのは甚吉だけ。嘉助はからりと笑う。
「ん? 銭がねぇのか? 腹が減ってんのなら一個くらいつまんでいけばいいぜ」
この人のよさ、商売っけのなさは相変わらずである。粂太が難しい顔をして嘉助を見ていた。
甚吉は焦って手を振った。
「嘉助さん、それじゃあ商売になりやせん」
「そうか? 一個くれぇで大袈裟だなぁ」
一個と言うけれど、隋事この調子ではないだろうか。気がいいのも考えものだ。苦労人の粂太がついていてくれて丁度いいのかもしれない。
「えっと、実はこんな判じ絵を拾って、それでちょっと気になって来たんで」
と、懐からあの判じ絵を取り出して二人の前に広げて見せた。
「萬が十個で『まんじゅう』。男の着物の柄が龍三匹で『たつみ』――巽屋の饅頭を指しているんじゃねぇかって」
そう述べると、二人ははあぁ、と感嘆のため息を漏らした。
「本当だな、そう言われてみるとうちだ」
「甚吉にいちゃん、これ自分で解いたの? すげぇ」
とんでもない、と甚吉はかぶりを振った。
「おれにそんな知恵はねぇよ。うん、ヒトに教えてもらったんだ」
マル公の手柄を自分のことのようには言えない。萬の文字すら読めない甚吉なのだから。
すると、嘉助と粂太は顔を見合わせた。嘉助は床几からすくりと立ち上がる。
「実は、うちにも判じ絵が置いてあって。客の忘れもんかなと思うんだが、せっかくだから解いてやろうかと。ところが、これがさっぱりで困っていたところだ」
「その判じ絵のせいで、昨日から嘉助さんは饅頭をこさえた後は気もそぞろで」
などと言って、粂太が赤い頬を膨らませた。座って帳面にあれこれと書き込んでいたのは、新作の菓子を考案していたわけではなく、判じ絵の謎解きをしていたのか。
商売そっちのけで何をやっているんだかといえばそうなのだが、気になることがあると他のことが手につかない気持ちもわかる。甚吉だってマル公が判じ絵の謎を解いてくれなければ、今日もまた悩み続けていただろう。
嘉助は懐から折り畳んだ紙を甚吉に差し出す。
「その甚吉に判じ絵の答えを教えてくれた人ならこれも解けるかい?」
甚吉は自分が持っていた判じ絵を嘉助に渡し、代わりにもうひとつの判じ絵を受け取った。
広げてみると、その判じ絵は最初の一枚以上に難解に思えた。
「蛇と――栗?」
割れた栗の上に蛇がいる。二枚の判じ絵の筆はとてもよく似ていて、同じ人物の手によるものではないだろうかと思われた。
「この蛇と龍、色が似ているな」
嘉助もそれに気づいたようだ。粂太はなんとか嘉助の手元を覗き込み、そうして首を傾げる。
「そんなの、誰が描いてもそんなに変わらないんじゃありやせんか?」
それもそうなのだが――
嘉助は判じ絵を甚吉に返してくれた。
「この二枚、もし落とし主が同じならまとめておくか。甚吉が二枚とも持っていてくんな。こっちも何か手がかりがあったら知らせるから」
「へい、ありがとうごぜぇやす」
判じ絵を二枚胸に抱き、ぺこりと甚吉は頭を下げた。嘉助は朗らかに笑っている。
「おお、何かわかったら教えてくれ」
「もちろん知らせに来やす」
嘉助は何やら楽しげであった。
「あの判じ絵の柄、引き札(広告)にしてみてぇな。判じ絵饅頭なんてのも面白いかも」
相変わらずのん気なのか商売熱心なのかよくわからない嘉助であった。
しかし、巽屋へ来た収穫はあった。さっそく帰ってこの判じ絵をマル公に見せたい。マル公ならばきっと謎を解いてくれるはず。
――多分。
しかし、この絵、甚吉にはさっぱり意味がわからない。もしかすると、今度ばかりはマル公ですら解けないなんてこともあるだろうか。
マル公は素直に解けないなんて言わない気もするけれど。
ほら、アレだ、アレ、なんて言いながらごまかしそうなマル公を思い浮かべ、解いてほしいようなほしくないような心持ちでくすりと笑った。
嘉助はのんびりと大らかな若者であり、今日も床几に座って帳面を眺めながら何かを書き込んでいた。その間も小さな粂太が台の上に饅頭を並べ、忙しく働いている。粂太は実家も菓子屋であり、小さな頃から店を手伝ってきた。だからなんでもよく間に合う。
粂太が懸命に働くのには粂太なりの理由がある。自分を拾ってくれた嘉助への恩返し、それから、畳んでしまった実家の菓子屋の再建。小さいながらにいろいろなものを抱えて日々を生きている。
「おはようごぜぇやす」
甚吉が声をかけると、二人はハッと顔を向けた。
「お、甚吉。今日はどうした? 饅頭を食いに来たのか?」
嘉助がにこやかに言う。
饅頭はマル公も大好きなのだ。買いたいのは山々だけれど、残念ながら懐が寂しい。
「すいやせん。今、ちょっと持ち合わせがねぇんで、また今度で」
しょんぼりとしたのは甚吉だけ。嘉助はからりと笑う。
「ん? 銭がねぇのか? 腹が減ってんのなら一個くらいつまんでいけばいいぜ」
この人のよさ、商売っけのなさは相変わらずである。粂太が難しい顔をして嘉助を見ていた。
甚吉は焦って手を振った。
「嘉助さん、それじゃあ商売になりやせん」
「そうか? 一個くれぇで大袈裟だなぁ」
一個と言うけれど、隋事この調子ではないだろうか。気がいいのも考えものだ。苦労人の粂太がついていてくれて丁度いいのかもしれない。
「えっと、実はこんな判じ絵を拾って、それでちょっと気になって来たんで」
と、懐からあの判じ絵を取り出して二人の前に広げて見せた。
「萬が十個で『まんじゅう』。男の着物の柄が龍三匹で『たつみ』――巽屋の饅頭を指しているんじゃねぇかって」
そう述べると、二人ははあぁ、と感嘆のため息を漏らした。
「本当だな、そう言われてみるとうちだ」
「甚吉にいちゃん、これ自分で解いたの? すげぇ」
とんでもない、と甚吉はかぶりを振った。
「おれにそんな知恵はねぇよ。うん、ヒトに教えてもらったんだ」
マル公の手柄を自分のことのようには言えない。萬の文字すら読めない甚吉なのだから。
すると、嘉助と粂太は顔を見合わせた。嘉助は床几からすくりと立ち上がる。
「実は、うちにも判じ絵が置いてあって。客の忘れもんかなと思うんだが、せっかくだから解いてやろうかと。ところが、これがさっぱりで困っていたところだ」
「その判じ絵のせいで、昨日から嘉助さんは饅頭をこさえた後は気もそぞろで」
などと言って、粂太が赤い頬を膨らませた。座って帳面にあれこれと書き込んでいたのは、新作の菓子を考案していたわけではなく、判じ絵の謎解きをしていたのか。
商売そっちのけで何をやっているんだかといえばそうなのだが、気になることがあると他のことが手につかない気持ちもわかる。甚吉だってマル公が判じ絵の謎を解いてくれなければ、今日もまた悩み続けていただろう。
嘉助は懐から折り畳んだ紙を甚吉に差し出す。
「その甚吉に判じ絵の答えを教えてくれた人ならこれも解けるかい?」
甚吉は自分が持っていた判じ絵を嘉助に渡し、代わりにもうひとつの判じ絵を受け取った。
広げてみると、その判じ絵は最初の一枚以上に難解に思えた。
「蛇と――栗?」
割れた栗の上に蛇がいる。二枚の判じ絵の筆はとてもよく似ていて、同じ人物の手によるものではないだろうかと思われた。
「この蛇と龍、色が似ているな」
嘉助もそれに気づいたようだ。粂太はなんとか嘉助の手元を覗き込み、そうして首を傾げる。
「そんなの、誰が描いてもそんなに変わらないんじゃありやせんか?」
それもそうなのだが――
嘉助は判じ絵を甚吉に返してくれた。
「この二枚、もし落とし主が同じならまとめておくか。甚吉が二枚とも持っていてくんな。こっちも何か手がかりがあったら知らせるから」
「へい、ありがとうごぜぇやす」
判じ絵を二枚胸に抱き、ぺこりと甚吉は頭を下げた。嘉助は朗らかに笑っている。
「おお、何かわかったら教えてくれ」
「もちろん知らせに来やす」
嘉助は何やら楽しげであった。
「あの判じ絵の柄、引き札(広告)にしてみてぇな。判じ絵饅頭なんてのも面白いかも」
相変わらずのん気なのか商売熱心なのかよくわからない嘉助であった。
しかし、巽屋へ来た収穫はあった。さっそく帰ってこの判じ絵をマル公に見せたい。マル公ならばきっと謎を解いてくれるはず。
――多分。
しかし、この絵、甚吉にはさっぱり意味がわからない。もしかすると、今度ばかりはマル公ですら解けないなんてこともあるだろうか。
マル公は素直に解けないなんて言わない気もするけれど。
ほら、アレだ、アレ、なんて言いながらごまかしそうなマル公を思い浮かべ、解いてほしいようなほしくないような心持ちでくすりと笑った。
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