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判じ絵
判じ絵 ―弐―
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甚吉が落し物の絵を眺めて首をひねっていると、マル公が面白くなさそうにヒレで生け簀の縁をドスドスと叩いた。非常にうるさい。
「オイコラ甚、何ぼさっとしてやがる。オイラの話を聞いてねぇのかよッ」
「そういうわけじゃねぇよ。なあ、マル先生、この絵ってなんだと思う?」
その不可思議な絵を甚吉は掲げてマル公に見せてみた。マル公はあぁん、と目を眇める。
甚吉が拾った絵には、大きく口を開けた男が描かれていた。そして、その男の手には『萬』という字が書かれている。『萬』という字を今から食うようにつまんでいるのだ。しかも、『萬』の字は細かく、萬萬萬萬と連なって円を描いている。
すると、マル公はさっきまでごねていたのが嘘のように声を弾ませた。
「おお、こいつぁ判じ絵じゃねぇか」
判じ絵。
言われてみて納得した。そうした手の娯楽に疎い甚吉だけれど、判じ絵というものを聞いたことはある。ちょっとした謎かけの絵だ。文章で説明するのではなく、連想させて当てるのである。
「判じ絵ってことは、これが何かを指してるのか」
滑稽なこの絵が何を指し示すのか――
「多分、食いもんだよな」
大口を開けて食べようとしているのだから、食べ物だ。ただそれだけの理由である。
「おお。おめぇにもそんくれぇはわかるか」
そんなことを言ってくつくつと笑った。ご機嫌である。
「でも、この字、難しくって読めねぇよ。この字はなんて読むんだろう?」
漢字なんぞほとんど読めない甚吉には難しい。けれど、一座の誰かに訊けば読んでもらえるのではないだろうか。
甚吉の兄貴分、呼び込みの長八に頼んでみようと思った。すると、マル公はあっさりと言ったのであった。
「まん、だろ。一十百千萬――おめぇみてぇな貧乏人には縁のねぇ数字だがよ、一萬、二萬ってぇ具合だな」
いくら利口だとはいえ、獣のマル公に教えられるとは思わなかった。唖然とした甚吉をマル公は鼻で笑う。
「ま、字の意味なんてこの際関係ねぇ。萬って字がいくつあるか数えてみな」
「萬の、数?」
丸く連なった萬の文字は――十個である。
「じ、十?」
恐る恐る答えると、マル公は生け簀の縁に頭を載せてふぅ、と息を吐いた。
「いくらおめぇでもそんくらいわかるよな?」
「うん。十個あった」
「ってことは?」
「ま、萬が十個で――」
萬が十個の食いもの。
ああ、と甚吉は手を打った。
「まんじゅうッ」
「そういうこった」
マル公はにやりとたっぷりした口元を上げて笑ってみせた。なかなかに面白い顔であるけれど、そんなことを言ったら怒られる。
しかし、判じ絵の謎は解けたものの、マル公の謎が深まった気がする。
「でも、マル先生は本当になんでも知ってるんだな。こんな難しい字、どこで習ったんだ?」
機嫌を取るつもりで言ったわけではなく、本当に感心したのだ。海にいたマル公がどこでこんな知識を得たのだろうかと。そこを気にしたら負けのような気がしないでもないけれど。
マル公は急に体を横に回し、甚吉の方に顔を向けると、ケッと吐き捨てた。
「こんな字、難しいうちに入らねぇぞ。オイラはおめぇとは違って、生まれた時から利口なのさッ」
――とのことである。
「そうかい。そいつはすげぇ」
「オイコラ、皮肉でもなんでもなく目を輝かせてそういうことを言うなよな。オイラの方が恥ずかしくなりやがる」
何がいけなかったのか、褒めたのに怒られた甚吉であった。
ったくよぅ、とマル公はぼやきながら生け簀を漂った。
その時、ん? と突然マル公は泳いで戻ってきた。そうして、判じ絵を眺めていた甚吉に言う。
「その判じ絵、もういっぺん見せろや」
「うん、ほら」
甚吉が素直にマル公の方へ絵を向けると、マル公は判じ絵をじぃっと見てつぶやいた。
「この男の着物の柄、変じゃねぇか?」
「え?」
着物の柄など気にしていなかった。改めて見てみると、龍の柄である。龍虎ならまだしも、龍が三匹縦に並んでいる。確かに変な柄かもしれない。
「龍ばっかり三匹だな」
マル公はうなずく。
「龍三匹が表すもの、それから饅頭――。こいつぁ気になるじゃねぇか」
「龍と饅頭の何が気になるんだい?」
「龍三匹、すなわち辰と三だ」
「へ?」
「巽屋ってぇ饅頭屋がいるだろうよ。もう忘れたのか? 薄情なヤツだなオイ」
「や、忘れちゃいねぇよ。でも、なんで――」
饅頭屋などこの界隈にもたくさんある。それが何故、この判じ絵は巽屋なのか。
巽屋とは、店主の嘉助がこのマル公に似せた海怪饅頭を売り出し、それなりに評判を取る屋台見世である。甚吉が嘉助と知り合った時、巽屋は悪評が轟いていた。けれど、嘉助の地道な商いで徐々に信用を回復し、今に至る。粂太という弟子も取り、ますます繁盛の兆しである。
「さあなぁ。いっぺん巽屋に行ってみりゃなんかわかるんじゃねぇか?」
マル公の言うことももっともである。気になることだから、明日の朝にでも一度足を向けてみよう。
「オイコラ甚、何ぼさっとしてやがる。オイラの話を聞いてねぇのかよッ」
「そういうわけじゃねぇよ。なあ、マル先生、この絵ってなんだと思う?」
その不可思議な絵を甚吉は掲げてマル公に見せてみた。マル公はあぁん、と目を眇める。
甚吉が拾った絵には、大きく口を開けた男が描かれていた。そして、その男の手には『萬』という字が書かれている。『萬』という字を今から食うようにつまんでいるのだ。しかも、『萬』の字は細かく、萬萬萬萬と連なって円を描いている。
すると、マル公はさっきまでごねていたのが嘘のように声を弾ませた。
「おお、こいつぁ判じ絵じゃねぇか」
判じ絵。
言われてみて納得した。そうした手の娯楽に疎い甚吉だけれど、判じ絵というものを聞いたことはある。ちょっとした謎かけの絵だ。文章で説明するのではなく、連想させて当てるのである。
「判じ絵ってことは、これが何かを指してるのか」
滑稽なこの絵が何を指し示すのか――
「多分、食いもんだよな」
大口を開けて食べようとしているのだから、食べ物だ。ただそれだけの理由である。
「おお。おめぇにもそんくれぇはわかるか」
そんなことを言ってくつくつと笑った。ご機嫌である。
「でも、この字、難しくって読めねぇよ。この字はなんて読むんだろう?」
漢字なんぞほとんど読めない甚吉には難しい。けれど、一座の誰かに訊けば読んでもらえるのではないだろうか。
甚吉の兄貴分、呼び込みの長八に頼んでみようと思った。すると、マル公はあっさりと言ったのであった。
「まん、だろ。一十百千萬――おめぇみてぇな貧乏人には縁のねぇ数字だがよ、一萬、二萬ってぇ具合だな」
いくら利口だとはいえ、獣のマル公に教えられるとは思わなかった。唖然とした甚吉をマル公は鼻で笑う。
「ま、字の意味なんてこの際関係ねぇ。萬って字がいくつあるか数えてみな」
「萬の、数?」
丸く連なった萬の文字は――十個である。
「じ、十?」
恐る恐る答えると、マル公は生け簀の縁に頭を載せてふぅ、と息を吐いた。
「いくらおめぇでもそんくらいわかるよな?」
「うん。十個あった」
「ってことは?」
「ま、萬が十個で――」
萬が十個の食いもの。
ああ、と甚吉は手を打った。
「まんじゅうッ」
「そういうこった」
マル公はにやりとたっぷりした口元を上げて笑ってみせた。なかなかに面白い顔であるけれど、そんなことを言ったら怒られる。
しかし、判じ絵の謎は解けたものの、マル公の謎が深まった気がする。
「でも、マル先生は本当になんでも知ってるんだな。こんな難しい字、どこで習ったんだ?」
機嫌を取るつもりで言ったわけではなく、本当に感心したのだ。海にいたマル公がどこでこんな知識を得たのだろうかと。そこを気にしたら負けのような気がしないでもないけれど。
マル公は急に体を横に回し、甚吉の方に顔を向けると、ケッと吐き捨てた。
「こんな字、難しいうちに入らねぇぞ。オイラはおめぇとは違って、生まれた時から利口なのさッ」
――とのことである。
「そうかい。そいつはすげぇ」
「オイコラ、皮肉でもなんでもなく目を輝かせてそういうことを言うなよな。オイラの方が恥ずかしくなりやがる」
何がいけなかったのか、褒めたのに怒られた甚吉であった。
ったくよぅ、とマル公はぼやきながら生け簀を漂った。
その時、ん? と突然マル公は泳いで戻ってきた。そうして、判じ絵を眺めていた甚吉に言う。
「その判じ絵、もういっぺん見せろや」
「うん、ほら」
甚吉が素直にマル公の方へ絵を向けると、マル公は判じ絵をじぃっと見てつぶやいた。
「この男の着物の柄、変じゃねぇか?」
「え?」
着物の柄など気にしていなかった。改めて見てみると、龍の柄である。龍虎ならまだしも、龍が三匹縦に並んでいる。確かに変な柄かもしれない。
「龍ばっかり三匹だな」
マル公はうなずく。
「龍三匹が表すもの、それから饅頭――。こいつぁ気になるじゃねぇか」
「龍と饅頭の何が気になるんだい?」
「龍三匹、すなわち辰と三だ」
「へ?」
「巽屋ってぇ饅頭屋がいるだろうよ。もう忘れたのか? 薄情なヤツだなオイ」
「や、忘れちゃいねぇよ。でも、なんで――」
饅頭屋などこの界隈にもたくさんある。それが何故、この判じ絵は巽屋なのか。
巽屋とは、店主の嘉助がこのマル公に似せた海怪饅頭を売り出し、それなりに評判を取る屋台見世である。甚吉が嘉助と知り合った時、巽屋は悪評が轟いていた。けれど、嘉助の地道な商いで徐々に信用を回復し、今に至る。粂太という弟子も取り、ますます繁盛の兆しである。
「さあなぁ。いっぺん巽屋に行ってみりゃなんかわかるんじゃねぇか?」
マル公の言うことももっともである。気になることだから、明日の朝にでも一度足を向けてみよう。
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