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◇11
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そうして、俺はトノのおかげで家族に疑われることなく、あっさりと出かけることができた。
ポロシャツに兄貴のおさがりのジーンズ、スニーカー。パッとしない恰好だけど、俺の格好なんてアキは気にするかな?
バスに乗って最寄りの駅まで。いつもは西町の駅まで乗ってるわけだから、それに比べたらあっという間だった。十分くらいで着く。そこで降りた俺に、運転主のおっちゃんはちょっと不思議そうだったけれど、今日が休日だからか納得したみたいだった。
ここの駅は小さい。さすがに無人駅ではないけれど、改札口は一か所しかない。だから、アキがそこに立っているのを見逃すわけがなかった。
白いフリルのついたブラウスに、臙脂のロングスカート、ベルトのついたエナメルの黒い靴。髪は三つ編みをアップにしてあった。
アキはなんでこんなに可愛いんだろう? 俺は声をかけるのを一瞬ためらった。
でも、俺に気づいたアキが笑顔で手を振っていた。何人かがチラチラとアキを見ていた。
そりゃ、可愛いもんな。俺だってこんな可愛い子が立っていたら、知り合いじゃなくても穴が空くほど見たと思う。
「カケルちゃん、おはよう」
「おはよ、アキ」
俺はぎこちなく足を動かした。必死さが足に出ている。
「カケルちゃん、わたし、電車って実はあんまり乗ったことなくて……」
なんてことをアキが言う。俺もたまにしか乗らないけど、いかにも慣れたふうを装う。
「そうなんだ? じゃ、まず切符買おう」
切符を買うのも久し振りだけれど、画面の操作は表示されるから、手順通りにやれば大丈夫。
一台しかない販売機に後ろがどれだけ並ぼうと、焦るな。この世界には今、俺とアキしかいないと思おう。
ぺろん、と販売機から吐き出された切符。西町行きの片道切符で間違いない。よし。
「はいこれ」
一枚をアキに手渡す。アキはそれを受け取って財布から小銭を探そうとしたけど、俺はそれを遮るように改札を指さした。
「さ、行こう」
「切符のお金、払うから」
「誘ったの俺だからいいよ」
「駄目だよ」
アキは真面目だな。二駅なんだから安いのに。
「帰りもあるから、じゃあその時にな」
俺がそう言うと、アキは納得したようだった。肩から提げていた小さなカバンをカチリと閉める。
「わかった。じゃあ帰りはわたしが払うからね」
はいはい。俺は思わず苦笑した。
アキの新たな一面を知ったような、そんな気持ちになった。
電車が発車するのは五分後。二駅くらいすぐだから飲み物も買わないで乗り込む。こんな時間のローカル電車の座席は二人くらいならすぐに座れる。
四人掛けのシートに向かい合って座った。……四人掛けってこんなに狭かったっけ?
アキと膝がすごく近いような気がして落ち着かない。俺がそわそわしているのをアキは気づいていなかったかもしれない。
「カケルちゃん、今日晴れてよかったね」
「うん。傘とか荷物になるし、すぐに忘れて失くすんだよな」
なんて俺がぼやくと、アキはフフ、と笑った。
「カケルちゃんらしいね」
らしいかな……
よくわからないけれど、アキが笑ってくれたからいいか。
二駅の区間、俺は学校の話をしていた。家の話はお互いに少し気まずいから。
トノとのやり取りや部活仲間のこと、先生のあだ名、どうでもいいような話ばかりだけど、アキはニコニコして聞いてくれていた。
そうしていると、二駅なんてすぐだった。
「ちょっと早いけど、まず昼飯だな。アキって食べられないものある?」
俺が駅の入り口を抜けてすぐに振り返る。さりげなさを意識しているけれど、この一連の動作を部屋で何度か実際にやってみた。……あのリハーサルは誰にも見せられない。
アキは少し空を見上げて考えてから言った。
「あんまりにも辛いのは苦手かな」
激辛カレーとか、そんなところは最初からチョイスしてないから大丈夫。
「そっか。俺も苦手」
なんとなく笑うと、アキも安心した様子だった。
「パスタでいい?」
「うん、パスタ好き!」
女の子にはパスタ好きが多い。これはリサーチした結果だった。
ただ、問題があるとすれば、食べ方だ。うちの母ちゃんはあんまりパスタって作らない。じいちゃんが食べなさそうだからかも。
だから、俺は食べ慣れていない。フォークに巻きつけるのが難しい。皿とフォークが擦れて変な音がしたり、どう考えてもひと口じゃ入らないだろうって量がフォークに巻きついたりする。相手がアキじゃなければそれでも食べるけれど、危険だ。
だから俺は奥の手としてピザやドリアを注文するつもりだった。
駅前の、本格って呼べるほどじゃなくて、もっと砕けた創作イタリアンって感じの店。和風とか、かなり種類があって流行っている。
実は入ったことはないけれど、外観はレンガの壁がちょっとメルヘンチックだから女子が好きそう。実際、客はほとんどが女性客っぽい。
男だけでは入りづらい店だ。でも、今はアキがいるから堂々としていられる。
開店は十一時から。今の時間ならすんなり入れた。
短いエプロンを腰に巻いたお姉さんが水を運んできてくれた。俺は二冊あったメニューの片方をアキに渡し、もうひとつを開く。パスタのページを飛ばしたから、選択肢は少ない。
「Aセット――ドリアで、サラダのドレッシングはシーザー、ドリンクはアイスカフェオレで」
「お飲み物はどのタイミングでお持ちしますか?」
「料理と一緒でいいです」
「畏まりました」
メインとサイド、ドリンクを選ぶAセット。ミートソースのドリアが美味そうだった。
あっさり決まって即座に注文した俺に、アキはかなりびっくりしていた。そのリアクションの意味が俺にはわからなかった。
お姉さんが俺の注文を復唱する間に、アキはメニューをめくる。その様子が必死に見えた。
「あ、えっと……わたし、カルボナーラ、単品で」
「畏まりました。カルボナーラ単品でございますね?」
「は、はい」
「ご注文承りました。もうしばらくお待ちくださいませ」
お姉さんはにこやかに去っていった。アキはほっと胸を撫で下ろしている。その時になって俺はようやく気づいた。
「悪い……。俺がさっさと決めたから、アキがゆっくり選ぶ時間がなかったよな」
そんなことに今さら気づいた。あれこれと対策を考えてきたのに、早々にポカをした。そのことに俺は内心すごく焦った。
でも、アキは優しかった。
「ううん、わたし、いつもなかなか決められなくて、迷いすぎて本当はどれが食べたいのかわからなくなっちゃうの。だから今日は第一印象でパッと選んだから、間違いないと思う」
実際はどうなんだかわからない。でも、そういう気遣いが嬉しかった。やっぱり、アキはいい子だ。子供の時と同じ……
じーん、と密かに感動していた俺のところに、小鉢のサラダだけが届く。テーブルの横の細長いカゴにフォークやスプーンがあって、アキがそこからフォークを取って俺に差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
こんな何気ないところでデレッとしている俺。アキの目にはどう映っているのかな。
もっと締めないと思うんだけれど、気づくと顔がゆるんでしまう。テレテレしながらサラダをつついていると、俺のドリアとアキのカルボナーラが来た。
「お熱くなっておりますので、お気をつけてお召し上がりください」
そう言って、お姉さんはドリアとカフェオレを置いて、それからアキにカルボナーラを出した。アキはペコリと軽く頭を下げてお姉さんを見送った。
また、アキは俺にスプーンを取ってくれて、それから自分用のフォークを手にし、丁寧にいただきますと断ってから食べ始める。
俺はドリアにスプーンを差し込みつつ、アキの食べる姿を見ていた。皿の端で器用にパスタを巻き、程よい量を小さな口に運ぶ。食べ方が綺麗だった。そういうところ、厳しく躾けられているのかな。そうしていると本当にお嬢様っぽくて上品だ。
俺も呆れられない程度には綺麗に食べないとと意識して食べた。美味しかったけれど、味そのものよりもアキの所作なんかが印象的で、そっちの方が俺の中に残った気がする。
支払いはとりあえず俺がまとめて済ませたけれど、店を出てからアキに言われた。
「はいこれ」
千円札を両手で差し出す。これくらいいいんだけど、アキは気になるみたいだ。
「あ、うん」
奢っても、自分で稼いでいるわけでもない高校生では偉そうに言えるわけじゃない。親のお金でしょって思われて終わりだから。
俺が千円札を受け取ると、アキはほっとして嬉しそうに笑った。
そこで笑うんだ?
奢りたい気持ちはあるけれど、アキが喜んでくれるのは、ちゃんと支払いを自分でできた時なのか。奢られると重たいのかな? タダで食べられたって喜ぶには、アキは真面目過ぎるみたいだ。
最初だからかな。そりゃ、彼氏とかだったらまた話は別なのかな。
俺は色々と考えたけれど、そういうことは帰ってから考えるべきことであって、今は目の前のことに集中しなくちゃいけないと気づいた。
「じゃあ、しばらくブラブラしてからスイーツ食べに行こう。いきなりはキツイだろ?」
女子って、甘いものが別腹だとかいうけれど、意味がわからない。そんなはずはない。腹はひとつだ。
「うん。西町ってほとんど来たことないから、歩いているだけで新鮮」
アキはそんなことを言う。俺もアキの学校があるようなところにはほぼ行ったことがないし、そういうものかな。
ブラブラ――一応、スイーツ店に向けて歩いている。その近辺には公園もあるし、ペットショップもあるし、ショッピングセンターもあるし、まあなんとか時間は潰せるだろう。
通りを歩いていると、ふとアキが目を止めたところがあった。意外なことに、ゲームセンターだ。家は厳しそうだし、こういうところに出入りしたことはないんだろな。
「ゲーセン行ったことないの?」
「友達とならあるよ。このぬいぐるみ、緋呂が好きなキャラクターだなって」
ヒロ。
ヒロコさん? ヒロミさん?
男とも女とも取れる。友達かな?
そう思ったけれど、アキが指さしていたキャラクターは、全身緑色の塊だった。
あれは確か、河童だ。『河童ライダー』とかいう、男の子に人気の。
顔は可愛らしいんだけれど、設定を聞くとナニソレって言いたくなるような、特殊技能てんこ盛りの河童で、とにかく強いらしい。バイクに乗ると無敵らしい。アツムがなんか熱く語ってくれた。
カッパライダー。
大声で叫ぶと色々と問題がある名前だな。
「ヒロ――弟がね、好きなの」
なるほど、アキの弟か。
「ああ、うちのアツムも好きだな」
あの年頃は強ければそれでいいのかと思ってしまうほど単純だ。……なんて、俺も通った――いや、まだ道半ばではあるんだけれど。
「取れないかなぁ?」
と、アキはUFOキャッチャーのガラスの壁の左右をチェックする。
「ちょっとやってもいい?」
「うん」
アキはリボンのついた財布から百円玉を取り出し、機械に投入した。でも、明らかに操作慣れしていない。ボタンから指を離すタイミングが遅い。
「あっ」
少し行きすぎてしまって、あえなく終了。
もう一度チャレンジするか迷っているアキの隣で、俺は百円玉を入れた。あのぬいぐるみはマントをしているから、その金具に上手く引っかかれば取れると思う。
ここのゲーセンは何度か来たから、俺の方は経験値が高い。クレーンが差し込まれる角度を計算してボタンを押す。離す。押す。離す。――よし。
手のひらサイズのぬいぐるみがコロン、と落ちてくる。アキがわぁ、と小さく声を上げた。俺がそれを取り出すと、アキは拍手をくれた。
「カケルちゃん、すごいね! 一回で取れるなんて!」
そんなに感激してくれて嬉しいけど、あれくらい、クラスの男子なら割と取れると思う。そんなことは知らないアキに苦笑しながらぬいぐるみをアキに手渡すと、アキはきょとんとした。
「アキにあげる。弟にやればいいよ」
アキはぬいぐるみのナマイキな顔を一度見て、それから俺の方に押し戻した。
「カケルちゃんの弟くんも好きなんでしょ? もうちょっと頑張ってわたしも取るから、これは弟くんにあげて」
「いや、うちのアツムはぬいぐるみに興味ないし。光る魔剣とかなら喜んだと思うけど」
あいつはそういうヤツだ。
「そうなの? いいの?」
「うん」
「ありがとう!」
自分がほしかったみたいにして喜ぶアキ。弟が喜ぶのが自分のことのように嬉しいんだな。家族思いで優しい……そう、だから苦しんだんだけれど。
それをふと思って、こうして二人で楽しんでいることにも罪悪感を覚えそうだった。
いや、今はそんなこと考えたくない。俺が軽く頭を振っていると、アキはぬいぐるみの頭についていたボールチェーンでぬいぐるみをカバンにつけた。荷物になるからだろうけれど、アキと河童の組み合わせがミスマッチで、それもまた可愛い。
そうして俺たちはそのまま道をブラブラ、三時くらいまであちこちの店を冷やかしたりしていた。アキは何を見ても嬉しそうにウキウキとしているように見えた。こんなに楽しそうにしてくれているのなら、慣れないながらに俺もなんとか及第点だろうか。
なんて、まだ終わってもいないうちに考えても駄目だ。反省するところはあると思うし。
「そろそろ行く? 食べられそう?」
ペットショップの子犬を優しい目で眺めていたアキに俺は声をかけた。
「うん、大丈夫」
ニコ、と微笑む。なんかもう、それだけで幸せだった。
ポロシャツに兄貴のおさがりのジーンズ、スニーカー。パッとしない恰好だけど、俺の格好なんてアキは気にするかな?
バスに乗って最寄りの駅まで。いつもは西町の駅まで乗ってるわけだから、それに比べたらあっという間だった。十分くらいで着く。そこで降りた俺に、運転主のおっちゃんはちょっと不思議そうだったけれど、今日が休日だからか納得したみたいだった。
ここの駅は小さい。さすがに無人駅ではないけれど、改札口は一か所しかない。だから、アキがそこに立っているのを見逃すわけがなかった。
白いフリルのついたブラウスに、臙脂のロングスカート、ベルトのついたエナメルの黒い靴。髪は三つ編みをアップにしてあった。
アキはなんでこんなに可愛いんだろう? 俺は声をかけるのを一瞬ためらった。
でも、俺に気づいたアキが笑顔で手を振っていた。何人かがチラチラとアキを見ていた。
そりゃ、可愛いもんな。俺だってこんな可愛い子が立っていたら、知り合いじゃなくても穴が空くほど見たと思う。
「カケルちゃん、おはよう」
「おはよ、アキ」
俺はぎこちなく足を動かした。必死さが足に出ている。
「カケルちゃん、わたし、電車って実はあんまり乗ったことなくて……」
なんてことをアキが言う。俺もたまにしか乗らないけど、いかにも慣れたふうを装う。
「そうなんだ? じゃ、まず切符買おう」
切符を買うのも久し振りだけれど、画面の操作は表示されるから、手順通りにやれば大丈夫。
一台しかない販売機に後ろがどれだけ並ぼうと、焦るな。この世界には今、俺とアキしかいないと思おう。
ぺろん、と販売機から吐き出された切符。西町行きの片道切符で間違いない。よし。
「はいこれ」
一枚をアキに手渡す。アキはそれを受け取って財布から小銭を探そうとしたけど、俺はそれを遮るように改札を指さした。
「さ、行こう」
「切符のお金、払うから」
「誘ったの俺だからいいよ」
「駄目だよ」
アキは真面目だな。二駅なんだから安いのに。
「帰りもあるから、じゃあその時にな」
俺がそう言うと、アキは納得したようだった。肩から提げていた小さなカバンをカチリと閉める。
「わかった。じゃあ帰りはわたしが払うからね」
はいはい。俺は思わず苦笑した。
アキの新たな一面を知ったような、そんな気持ちになった。
電車が発車するのは五分後。二駅くらいすぐだから飲み物も買わないで乗り込む。こんな時間のローカル電車の座席は二人くらいならすぐに座れる。
四人掛けのシートに向かい合って座った。……四人掛けってこんなに狭かったっけ?
アキと膝がすごく近いような気がして落ち着かない。俺がそわそわしているのをアキは気づいていなかったかもしれない。
「カケルちゃん、今日晴れてよかったね」
「うん。傘とか荷物になるし、すぐに忘れて失くすんだよな」
なんて俺がぼやくと、アキはフフ、と笑った。
「カケルちゃんらしいね」
らしいかな……
よくわからないけれど、アキが笑ってくれたからいいか。
二駅の区間、俺は学校の話をしていた。家の話はお互いに少し気まずいから。
トノとのやり取りや部活仲間のこと、先生のあだ名、どうでもいいような話ばかりだけど、アキはニコニコして聞いてくれていた。
そうしていると、二駅なんてすぐだった。
「ちょっと早いけど、まず昼飯だな。アキって食べられないものある?」
俺が駅の入り口を抜けてすぐに振り返る。さりげなさを意識しているけれど、この一連の動作を部屋で何度か実際にやってみた。……あのリハーサルは誰にも見せられない。
アキは少し空を見上げて考えてから言った。
「あんまりにも辛いのは苦手かな」
激辛カレーとか、そんなところは最初からチョイスしてないから大丈夫。
「そっか。俺も苦手」
なんとなく笑うと、アキも安心した様子だった。
「パスタでいい?」
「うん、パスタ好き!」
女の子にはパスタ好きが多い。これはリサーチした結果だった。
ただ、問題があるとすれば、食べ方だ。うちの母ちゃんはあんまりパスタって作らない。じいちゃんが食べなさそうだからかも。
だから、俺は食べ慣れていない。フォークに巻きつけるのが難しい。皿とフォークが擦れて変な音がしたり、どう考えてもひと口じゃ入らないだろうって量がフォークに巻きついたりする。相手がアキじゃなければそれでも食べるけれど、危険だ。
だから俺は奥の手としてピザやドリアを注文するつもりだった。
駅前の、本格って呼べるほどじゃなくて、もっと砕けた創作イタリアンって感じの店。和風とか、かなり種類があって流行っている。
実は入ったことはないけれど、外観はレンガの壁がちょっとメルヘンチックだから女子が好きそう。実際、客はほとんどが女性客っぽい。
男だけでは入りづらい店だ。でも、今はアキがいるから堂々としていられる。
開店は十一時から。今の時間ならすんなり入れた。
短いエプロンを腰に巻いたお姉さんが水を運んできてくれた。俺は二冊あったメニューの片方をアキに渡し、もうひとつを開く。パスタのページを飛ばしたから、選択肢は少ない。
「Aセット――ドリアで、サラダのドレッシングはシーザー、ドリンクはアイスカフェオレで」
「お飲み物はどのタイミングでお持ちしますか?」
「料理と一緒でいいです」
「畏まりました」
メインとサイド、ドリンクを選ぶAセット。ミートソースのドリアが美味そうだった。
あっさり決まって即座に注文した俺に、アキはかなりびっくりしていた。そのリアクションの意味が俺にはわからなかった。
お姉さんが俺の注文を復唱する間に、アキはメニューをめくる。その様子が必死に見えた。
「あ、えっと……わたし、カルボナーラ、単品で」
「畏まりました。カルボナーラ単品でございますね?」
「は、はい」
「ご注文承りました。もうしばらくお待ちくださいませ」
お姉さんはにこやかに去っていった。アキはほっと胸を撫で下ろしている。その時になって俺はようやく気づいた。
「悪い……。俺がさっさと決めたから、アキがゆっくり選ぶ時間がなかったよな」
そんなことに今さら気づいた。あれこれと対策を考えてきたのに、早々にポカをした。そのことに俺は内心すごく焦った。
でも、アキは優しかった。
「ううん、わたし、いつもなかなか決められなくて、迷いすぎて本当はどれが食べたいのかわからなくなっちゃうの。だから今日は第一印象でパッと選んだから、間違いないと思う」
実際はどうなんだかわからない。でも、そういう気遣いが嬉しかった。やっぱり、アキはいい子だ。子供の時と同じ……
じーん、と密かに感動していた俺のところに、小鉢のサラダだけが届く。テーブルの横の細長いカゴにフォークやスプーンがあって、アキがそこからフォークを取って俺に差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
こんな何気ないところでデレッとしている俺。アキの目にはどう映っているのかな。
もっと締めないと思うんだけれど、気づくと顔がゆるんでしまう。テレテレしながらサラダをつついていると、俺のドリアとアキのカルボナーラが来た。
「お熱くなっておりますので、お気をつけてお召し上がりください」
そう言って、お姉さんはドリアとカフェオレを置いて、それからアキにカルボナーラを出した。アキはペコリと軽く頭を下げてお姉さんを見送った。
また、アキは俺にスプーンを取ってくれて、それから自分用のフォークを手にし、丁寧にいただきますと断ってから食べ始める。
俺はドリアにスプーンを差し込みつつ、アキの食べる姿を見ていた。皿の端で器用にパスタを巻き、程よい量を小さな口に運ぶ。食べ方が綺麗だった。そういうところ、厳しく躾けられているのかな。そうしていると本当にお嬢様っぽくて上品だ。
俺も呆れられない程度には綺麗に食べないとと意識して食べた。美味しかったけれど、味そのものよりもアキの所作なんかが印象的で、そっちの方が俺の中に残った気がする。
支払いはとりあえず俺がまとめて済ませたけれど、店を出てからアキに言われた。
「はいこれ」
千円札を両手で差し出す。これくらいいいんだけど、アキは気になるみたいだ。
「あ、うん」
奢っても、自分で稼いでいるわけでもない高校生では偉そうに言えるわけじゃない。親のお金でしょって思われて終わりだから。
俺が千円札を受け取ると、アキはほっとして嬉しそうに笑った。
そこで笑うんだ?
奢りたい気持ちはあるけれど、アキが喜んでくれるのは、ちゃんと支払いを自分でできた時なのか。奢られると重たいのかな? タダで食べられたって喜ぶには、アキは真面目過ぎるみたいだ。
最初だからかな。そりゃ、彼氏とかだったらまた話は別なのかな。
俺は色々と考えたけれど、そういうことは帰ってから考えるべきことであって、今は目の前のことに集中しなくちゃいけないと気づいた。
「じゃあ、しばらくブラブラしてからスイーツ食べに行こう。いきなりはキツイだろ?」
女子って、甘いものが別腹だとかいうけれど、意味がわからない。そんなはずはない。腹はひとつだ。
「うん。西町ってほとんど来たことないから、歩いているだけで新鮮」
アキはそんなことを言う。俺もアキの学校があるようなところにはほぼ行ったことがないし、そういうものかな。
ブラブラ――一応、スイーツ店に向けて歩いている。その近辺には公園もあるし、ペットショップもあるし、ショッピングセンターもあるし、まあなんとか時間は潰せるだろう。
通りを歩いていると、ふとアキが目を止めたところがあった。意外なことに、ゲームセンターだ。家は厳しそうだし、こういうところに出入りしたことはないんだろな。
「ゲーセン行ったことないの?」
「友達とならあるよ。このぬいぐるみ、緋呂が好きなキャラクターだなって」
ヒロ。
ヒロコさん? ヒロミさん?
男とも女とも取れる。友達かな?
そう思ったけれど、アキが指さしていたキャラクターは、全身緑色の塊だった。
あれは確か、河童だ。『河童ライダー』とかいう、男の子に人気の。
顔は可愛らしいんだけれど、設定を聞くとナニソレって言いたくなるような、特殊技能てんこ盛りの河童で、とにかく強いらしい。バイクに乗ると無敵らしい。アツムがなんか熱く語ってくれた。
カッパライダー。
大声で叫ぶと色々と問題がある名前だな。
「ヒロ――弟がね、好きなの」
なるほど、アキの弟か。
「ああ、うちのアツムも好きだな」
あの年頃は強ければそれでいいのかと思ってしまうほど単純だ。……なんて、俺も通った――いや、まだ道半ばではあるんだけれど。
「取れないかなぁ?」
と、アキはUFOキャッチャーのガラスの壁の左右をチェックする。
「ちょっとやってもいい?」
「うん」
アキはリボンのついた財布から百円玉を取り出し、機械に投入した。でも、明らかに操作慣れしていない。ボタンから指を離すタイミングが遅い。
「あっ」
少し行きすぎてしまって、あえなく終了。
もう一度チャレンジするか迷っているアキの隣で、俺は百円玉を入れた。あのぬいぐるみはマントをしているから、その金具に上手く引っかかれば取れると思う。
ここのゲーセンは何度か来たから、俺の方は経験値が高い。クレーンが差し込まれる角度を計算してボタンを押す。離す。押す。離す。――よし。
手のひらサイズのぬいぐるみがコロン、と落ちてくる。アキがわぁ、と小さく声を上げた。俺がそれを取り出すと、アキは拍手をくれた。
「カケルちゃん、すごいね! 一回で取れるなんて!」
そんなに感激してくれて嬉しいけど、あれくらい、クラスの男子なら割と取れると思う。そんなことは知らないアキに苦笑しながらぬいぐるみをアキに手渡すと、アキはきょとんとした。
「アキにあげる。弟にやればいいよ」
アキはぬいぐるみのナマイキな顔を一度見て、それから俺の方に押し戻した。
「カケルちゃんの弟くんも好きなんでしょ? もうちょっと頑張ってわたしも取るから、これは弟くんにあげて」
「いや、うちのアツムはぬいぐるみに興味ないし。光る魔剣とかなら喜んだと思うけど」
あいつはそういうヤツだ。
「そうなの? いいの?」
「うん」
「ありがとう!」
自分がほしかったみたいにして喜ぶアキ。弟が喜ぶのが自分のことのように嬉しいんだな。家族思いで優しい……そう、だから苦しんだんだけれど。
それをふと思って、こうして二人で楽しんでいることにも罪悪感を覚えそうだった。
いや、今はそんなこと考えたくない。俺が軽く頭を振っていると、アキはぬいぐるみの頭についていたボールチェーンでぬいぐるみをカバンにつけた。荷物になるからだろうけれど、アキと河童の組み合わせがミスマッチで、それもまた可愛い。
そうして俺たちはそのまま道をブラブラ、三時くらいまであちこちの店を冷やかしたりしていた。アキは何を見ても嬉しそうにウキウキとしているように見えた。こんなに楽しそうにしてくれているのなら、慣れないながらに俺もなんとか及第点だろうか。
なんて、まだ終わってもいないうちに考えても駄目だ。反省するところはあると思うし。
「そろそろ行く? 食べられそう?」
ペットショップの子犬を優しい目で眺めていたアキに俺は声をかけた。
「うん、大丈夫」
ニコ、と微笑む。なんかもう、それだけで幸せだった。
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山森むむむ
ライト文芸
繭(コクーン)というコックピットのような機械に入ることにより、体に埋め込まれたチップで精神を電脳世界に移行させることができる時代。世界は平和の中、現実ベースの身体能力とアバターの固有能力、そして電脳世界のありえない物理法則を利用して戦うレースゲーム、「ネオトラバース」が人気となっている。プロデビューし連戦連勝の戦績を誇る少年・東雲柳は、周囲からは順風満帆の人生を送っているかのように見えた。その心の断片を知る幼馴染の桐崎クリスタル(クリス)は彼を想う恋心に振り回される日々。しかしある日、試合中の柳が突然、激痛とフラッシュバックに襲われ倒れる。搬送先の病院で受けた治療のセッションは、彼を意のままに操ろうとする陰謀に繋がっていた。柳が競技から離れてしまうことを危惧して、クリスは自身もネオトラバース選手の道を志願する。
二人は名門・未来ノ島学園付属高専ネオトラバース部に入部するが、その青春は部活動だけでは終わらなかった。サスペンスとバーチャルリアリティスポーツバトル、学校生活の裏で繰り広げられる戦い、そしてクリスの一途な恋心。柳の抱える過去と大きな傷跡。数々の事件と彼らの心の動きが交錯する中、未来ノ島の日々は一体どう変わるのか?
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