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44. 主治医の弟子 エルミナ視点
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「先生っ」
学院にある応接室のドアは開いていた。
先生同士の話し合いは終わったようで、部屋の中ではゆったりとお茶を楽しみながら談笑している中年男性と学院の保健医が二人。
さすがに入室はためらわれたため、ドアから少し覗くように顔を出し声を掛けた。
「やぁエルミナ嬢。元気そうだね」
先生が私に気付き、ゆったりと笑った。
「あら、お知り合いですか?」
「小さい頃から僕が診てきた娘さんなんですよ」
「それじゃあ私は仕事に戻りますね。どうぞゆっくりしてらして?今日はありがとうございました」
そうして保健医の先生は私に席を譲ってくれた。
女子寮で高熱を出した生徒がいて、イブと二人保健室に報せに走ったのだ。
その時に保健医が連絡をとっていた医師の名前に私は懐かしさを覚えてここまで来てしまったのだ。
「先生、私お友達ができたの。先生に紹介したくって」
「イブ・エスターです。はじめまして。」
イブがぺこっと頭を下げる。
「はじめまして。私はマルコム。エルミナ嬢の主治医だよ。主治医といっても彼女は健康なんだけれどね」
そうしてゆったりと私を見て微笑む。私も苦笑いを返す。
「たまにこうやって学院の生徒を診るために呼び出されたりするんだよ。さぁ二人とも座るといい」
イブはこの場に混ざることに遠慮していたけれど、出されたお茶とお菓子に目を奪われていた。
「どうだい?初めての学院生活は」
「すごく楽しいです。あの時、先生が助けてくれたおかげです」
入学したいと両親に許可を貰いに実家へ戻った日、先生が一緒について私を後押ししてくれた。
主治医がOKするのだから――その効果は絶大だったと思う。
「お友達もできたし、大勢で受ける授業もすごく楽しいです。私本当にここに来れてよかった」
先生が頷きながら微笑んでいる。
「それはよかった。その顔をご両親にも見せてあげたいねぇ」
「え…」
「入学してから帰っていないんだろう?私もこうしてたまに学院に顔を出すからか、会うと君の様子を聞かれるよ。会いたいんじゃないのかな」
「…………」
イブもお菓子を食べる手を止めて話を聞いているようだ。
「君の両親はとても君を愛している。愛し方は君の求めていたものとは違っただろう。私もおすすめするやり方ではないけれどね…でも君を嫌っているわけでも、遠ざけたいわけでもないことは忘れてはいけないよ」
「……はい」
それはわかっている。
辛く当たられたことも、暴力を振るわれたこともない。
飢えたこともなければ、寒さに震えたこともない。
十分に与えられ、守られている。
私が両親に嫌われていると思わずにここまで来られたのは、こうして話をしてくれる先生やマリアたちの存在があったから。両親の置かれた状況や、思いを教えてもらっていなければ多分、私は壊れていた。
私は寂しかっただけ。
そして、今手に入れられる幸せを少しも手放したくないだけ。
「あ、そうだ先生。この前街区で偶然ノアに会ったんです!」
ちょっと無理矢理だっただろうか。明るい空気に戻したくて、ノアの話を持ち出した。
「ノア?誰だったかな?」
先生が不思議そうな顔をしている。話題転換が急すぎただろうか。
「ノアですよ。先生のお弟子さんのノア」
「……?私は弟子をとったことはないよ」
イブの手からお菓子が零れ落ちた。
その目は大きく開かれている。口にはグッと力が入っているように見えた。
「わわ、イブ大丈夫?どうしたの?」
「銀髪に、琥珀色の瞳をした男性です。ご存知ないんですか」
イブが先生に問いかける。その姿勢は真剣だった。
「銀髪?あぁ、よく屋敷にいた子がそんな容貌だったかな?」
「そうです。よく遊びに来てくれました」
先生から思い当たる人物がいると告げられ、イブがほっとしたように力を抜いた。
「あの子は庭師のウッズさんの息子なんじゃなかったかな?私が往診に訪れるといつも庭に二人一緒にいたよ。それに、ウッズさんも銀髪だったろう?」
「ウッズさんの息子さん?そうだったかしら?あ、でも先生。ウッズさんは銀髪じゃなくてあれは白髪だって言ってましたよ。若い頃から変わらずフサフサなのが自慢だって」
私のウッズさん情報を聞いた先生は目を細めてとても面白そうに笑った。
「それはそれは立派な白髪頭だ!わからなかったよ」
先生と懐かしい話で盛り上がってしまった。
イブの表情が硬いことに気がついて、内輪の話をしすぎてしまったと反省した。
何か三人で話せる話題にしようか、それとももうお暇しようか――そう考えていてイブの小さな小さな呟きはまったく耳に入っていなかった。
「…じゃあ誰が弟子だなんて言ったの…?」
学院にある応接室のドアは開いていた。
先生同士の話し合いは終わったようで、部屋の中ではゆったりとお茶を楽しみながら談笑している中年男性と学院の保健医が二人。
さすがに入室はためらわれたため、ドアから少し覗くように顔を出し声を掛けた。
「やぁエルミナ嬢。元気そうだね」
先生が私に気付き、ゆったりと笑った。
「あら、お知り合いですか?」
「小さい頃から僕が診てきた娘さんなんですよ」
「それじゃあ私は仕事に戻りますね。どうぞゆっくりしてらして?今日はありがとうございました」
そうして保健医の先生は私に席を譲ってくれた。
女子寮で高熱を出した生徒がいて、イブと二人保健室に報せに走ったのだ。
その時に保健医が連絡をとっていた医師の名前に私は懐かしさを覚えてここまで来てしまったのだ。
「先生、私お友達ができたの。先生に紹介したくって」
「イブ・エスターです。はじめまして。」
イブがぺこっと頭を下げる。
「はじめまして。私はマルコム。エルミナ嬢の主治医だよ。主治医といっても彼女は健康なんだけれどね」
そうしてゆったりと私を見て微笑む。私も苦笑いを返す。
「たまにこうやって学院の生徒を診るために呼び出されたりするんだよ。さぁ二人とも座るといい」
イブはこの場に混ざることに遠慮していたけれど、出されたお茶とお菓子に目を奪われていた。
「どうだい?初めての学院生活は」
「すごく楽しいです。あの時、先生が助けてくれたおかげです」
入学したいと両親に許可を貰いに実家へ戻った日、先生が一緒について私を後押ししてくれた。
主治医がOKするのだから――その効果は絶大だったと思う。
「お友達もできたし、大勢で受ける授業もすごく楽しいです。私本当にここに来れてよかった」
先生が頷きながら微笑んでいる。
「それはよかった。その顔をご両親にも見せてあげたいねぇ」
「え…」
「入学してから帰っていないんだろう?私もこうしてたまに学院に顔を出すからか、会うと君の様子を聞かれるよ。会いたいんじゃないのかな」
「…………」
イブもお菓子を食べる手を止めて話を聞いているようだ。
「君の両親はとても君を愛している。愛し方は君の求めていたものとは違っただろう。私もおすすめするやり方ではないけれどね…でも君を嫌っているわけでも、遠ざけたいわけでもないことは忘れてはいけないよ」
「……はい」
それはわかっている。
辛く当たられたことも、暴力を振るわれたこともない。
飢えたこともなければ、寒さに震えたこともない。
十分に与えられ、守られている。
私が両親に嫌われていると思わずにここまで来られたのは、こうして話をしてくれる先生やマリアたちの存在があったから。両親の置かれた状況や、思いを教えてもらっていなければ多分、私は壊れていた。
私は寂しかっただけ。
そして、今手に入れられる幸せを少しも手放したくないだけ。
「あ、そうだ先生。この前街区で偶然ノアに会ったんです!」
ちょっと無理矢理だっただろうか。明るい空気に戻したくて、ノアの話を持ち出した。
「ノア?誰だったかな?」
先生が不思議そうな顔をしている。話題転換が急すぎただろうか。
「ノアですよ。先生のお弟子さんのノア」
「……?私は弟子をとったことはないよ」
イブの手からお菓子が零れ落ちた。
その目は大きく開かれている。口にはグッと力が入っているように見えた。
「わわ、イブ大丈夫?どうしたの?」
「銀髪に、琥珀色の瞳をした男性です。ご存知ないんですか」
イブが先生に問いかける。その姿勢は真剣だった。
「銀髪?あぁ、よく屋敷にいた子がそんな容貌だったかな?」
「そうです。よく遊びに来てくれました」
先生から思い当たる人物がいると告げられ、イブがほっとしたように力を抜いた。
「あの子は庭師のウッズさんの息子なんじゃなかったかな?私が往診に訪れるといつも庭に二人一緒にいたよ。それに、ウッズさんも銀髪だったろう?」
「ウッズさんの息子さん?そうだったかしら?あ、でも先生。ウッズさんは銀髪じゃなくてあれは白髪だって言ってましたよ。若い頃から変わらずフサフサなのが自慢だって」
私のウッズさん情報を聞いた先生は目を細めてとても面白そうに笑った。
「それはそれは立派な白髪頭だ!わからなかったよ」
先生と懐かしい話で盛り上がってしまった。
イブの表情が硬いことに気がついて、内輪の話をしすぎてしまったと反省した。
何か三人で話せる話題にしようか、それとももうお暇しようか――そう考えていてイブの小さな小さな呟きはまったく耳に入っていなかった。
「…じゃあ誰が弟子だなんて言ったの…?」
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