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071 泣きっ面に蜂

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カーライル王の話によると、アーノルド大統領は建国1周年パレードの最中に暗殺されたとのことだった。

国民に顔を見せるため幌のない馬車で大通りをゆっくりと進んでいた中、にこやかに手を振るアーノルド大統領の頭部が突然、撃ち抜かれた。

詳細は調査中とのことだったが、大通りに面した石造りの建物の屋上から銃のような武器か魔術で狙撃されたのではないかと考えられるそうだ。

犯人は不明。

民主主義政権に反対する旧王侯貴族の残党か、ラノアールの混乱を望む他国の暗殺者のどちらかが有力視されているそうだ。

「ラノアールの暗殺犯も、神聖ミリキア教国の者に決まっているよ」

魔王ネクロードミレーヌはそう言ったが、まだ何の証拠もない。

「少なくとも魔王城から古代機械デケウスを盗んだのは神聖ミリキア教国なんだろう?だったら今すぐにでも魔王軍を出撃させてミリキア侵攻を開始するよ」

俺たちはいきりたつ魔王ネクロードミレーヌを制止し、シシリーの空間魔術ですぐにラノアールに向かうことにした。
ミリキアに侵攻するにしても、今はラノアールの状況確認が最優先だ。


…………………………………………


ラノアールの旧王宮の謁見の間、今では大統領執務室と呼ばれる部屋へと俺たちは降り立った。たくさんの政治家や官僚たちが慌ただしく動き回り、室内はごった返していた。

俺たちが人混みをかきわけて部屋の奥にあるはずのデスクの前に進もうとすると、ふいに誰かから声をかけられた。

「皆さん!こちらです!」

官僚と思われるその男の案内によって進んでいくと、大統領執務室を出て別の部屋に導かれた。
普段はおそらくただの会議室として使われていそうな何の変哲もない部屋。
その扉の前に立つ数人の兵士に官僚が目配せすると扉が開かれ、部屋の中にはラノアール民主主義共和国の閣僚たちが揃っていた。
閣僚たちが座る大きなテーブルの手前の席に座るよう促された。
テーブルの一番奥に座る壮年の男が挨拶をする。

「お久しぶりです、副大統領のヴィクトールです。よくおいでくださいました。カーライル王から話は伺っています」

ヴィクトールはレジスタンスの副リーダーだった男だ。
その時からリーダーのアーノルドを支えてきた優秀な実務家だ。
アーノルドはこの男の後押しで大統領になったと言っても過言ではない。

「ありがとう。まずは状況を教えてくれ」

俺のその言葉を受けてヴィクトールが話してくれたことは、カーライル王からの話とほとんど同じだった。
ただ、それに加えて現在は警察庁長官であるクラウスが主導して国内の捜査を行っているとのこと、近く戒厳令が敷かれて国民には数日間の外出禁止令が出されるとのことだった。
当面は副大統領のヴィクトールが大統領に代わって政治を執り行い、情勢の安定を待って新たに選挙を実施し次の大統領を選出するそうだ。

ヴィクトールが話す中、俺は万が一のことを考え、記憶探知マインドディテクションで彼の記憶を探らせてもらった。

次期大統領に一番近いのはヴィクトールだ。
ないこととは思うが、大統領が暗殺されて利益を受ける人物の一人ではある。

しかし、彼の記憶に暗殺を指示した形跡はなかった。他の閣僚たちやその場にいた官僚たちも同じ。ここに暗殺犯の手がかりはない。

「わかった。誰か俺たちを現場に案内してくれないか」


…………………………………………


閣僚たちが集まる会議室を離れ、俺たちは官僚の案内でアーノルド大統領が暗殺された大通りへと向かった。

ラノアールの街にほとんど国民の姿はなく、閑散としていた。
大通りにの路上には紙吹雪に使ったと思われる色とりどりの紙片や花びら、酒の瓶や食べかけのサンドイッチなどが散乱していた。パレードの残骸が国の混乱を物語っている。

「この場所です」

官僚が示した場所には、数人の警察官が情報共有装置スキエンティアを使って現場の画像を収めたり書類に何か記入したりしていた。

「そこを通してくれ」

官僚がそう言って警察官たちの輪の中に俺たちを通すと、俺は残留思念感応サイコメトリーを発動した。

歓声。国民たちの笑顔。賑やかな音楽。手を振る大統領。投げ込まれる花束。歓声。国民たちの歌声。口笛。拍手。笑顔の大統領。賑やかな音楽。破裂音。駆け寄る警備隊。崩れ落ちる大統領。警備隊の高い笛の音。悲鳴。混乱する国民たち。賑やかな音楽。

いつもの頭痛で俺は頭を抱える。

「…ティモシー、今日はもうこれ以上は」

シェリルが俺の身体に手を添えて支える。

「ありがとう…でも大丈夫。まわりの建物の屋上も見に行こう」


…………………………………………


官僚の案内で、大通りに面する石造りの建物の屋上へと昇った。
魔術なのか銃なのかわからないが、狙撃するなら屋上だろうという話だった。
しかし考えられる限りの建物の屋上をどれだけ歩いても、そこに記憶の残滓はない。
もともと屋上に誰かが来ることなどないのだろう。人がいた痕跡すらないのだ。

暗殺犯の手がかりはどこにもないということだ。

「馬車のまわりを魔力障壁で守りましょうと、私が大統領に進言したのですが…」

もうこれ以上に探すところはないと誰もが思った頃、官僚がポツリとそう言った。

「でも大統領は…『国民の前に壁なんか作るリーダーがいるかよ』と言って……それで………」

官僚が言葉をつまらせ、両手で顔を覆った。

「大統領に黙ってでも、魔力障壁を張ればよかった…!わ、私のせいだ…私に、覚悟がなかったから…!」

泣き崩れる官僚の肩に、シェリルがそっと手を置いた。

「あなたは何も悪くないわ…あなたは素晴らしい部下よ」

官僚は嗚咽を漏らして泣いた。

「いい人だったもんね…あのおじさん…」

シシリーが静かにそう呟いた。

<奴には王の器があった。死ぬには惜しい男だった>

バーグルーラはそう言うと、空に向かって咆哮を放った。
レミーは強く拳を握りしめた。


…………………………………………


結局、暗殺犯はその手がかりさえも見つからず、俺たちはシシリーの空間魔術でカーライル王国へと帰った。

泣きっ面に蜂。

レミーが向こうの世界に帰るための古代機械の片割れが奪われ、新しく生まれ変わったばかりのラノアールの大統領であり、俺がラノアールにいた頃によく愚痴を聞いてもらっていたアーノルドが殺され、意気消沈でカーライル王国に帰った俺たちは、まさに蜂に刺されたような、いや、そんな言葉では言い表せないほどの衝撃に襲われた。

俺たちの家と、レミーとシェリルが必死に立ち上げた工場が燃え上がっていた。
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