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第2章

38 good-bye for now

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「どうやら、データベースは無事だったようだな…」

散乱する瓦礫を掻き分けて潜った地下深くでケイトがそう呟いた。
広大な地下空間にどこまでも並ぶ大量の棺桶のような箱型の機械に、メルカ共和国の人類データが眠っているらしい。

「これを使って世界を元に戻すのか、それともこのままか…少し考える時間が必要ね…」

ケイトの後ろを歩くアンズはそう言った。
発達した科学技術で人間たちを蘇らせても、また同じことを繰り返してしまうかもしれない。まずは戦争によって失われた自然を取り戻しながら、生き残ったアンドロイドや機械たちで未来について考えていくのだそうだ。

自然はすぐには戻らない。

ただ、私たちには想像もできなかったことが起きた。

私たちが地下空間から戻った地上には降り注ぐ朝の光。
私が強烈な眠気を堪えて空を見上げると、そこにはいっぱいに広がる大きな虹。
空は晴れているのに、しとしとと雨が降り注いでいた。

誰一人として言葉を発することもなく空を眺めていると、天空から巨大な蛇のような竜があらわれた。

「よくやった。機械たち、人間たち、そして小さな雷竜王、リリアス・エル・エスパーダ」

雨粒と朝日を浴びて青白く輝く竜はそう言って私を見つめた。

「あ、あなたは…?どうして私の名前を…?」

竜は愉快そうに目を細める。

「私は水竜王、ラリアサルマンダ。お前のことは元雷竜王のヴァルゲスから聞いている」

ラリアサルマンダが言うには、エスパーダ領で私たちの帰りを待つヴァルゲスは、私の旅や戦いを千里眼のようなもので今も見ているのだそうだ。それを高度な竜族だけが持つ不思議な力でこの水竜王にも伝えていたということらしい。

「お前のおかげで、この球体世界スフィアにも平穏が戻った。人間が生み出したあの愚かな機械の頭脳を破壊してくれたおかげでな。これからは私と、私が匿っていた動物や魔物たちの力で、少しずつ自然を取り戻していくことにしよう」

1500年以上も続いたこのエントロクラッツの戦火から、このラリアサルマンダはたくさんの動物や魔物を守り続けていたらしい。
ただ、水を司る竜王がいなくなったせいでこの球体世界スフィアでは雨が降りにくくなってしまった。戦争に加えてそのせいでこの球体世界スフィアは荒野だらけだったということのようだ。

「わずかばかりの礼として、お前には私の力を少し分けてやろう。この先、何か困ったことがあれば私を呼ぶがいい」

そう言ってラリアサルマンダは青空の彼方に飛び立った。

それを眺めながら私が心の中で《困ったこと…か。だったら私を泳げるようにしてくださいとかお願いしておけばよかったかな》と思うと、ラリアサルマンダの声が《私が与えた水竜の力でお前は水を操れるようになった。泳げるかどうかは、お前の練習次第だ》と響いた。

《え、離れていても心の声で話せるの!?》
《雷竜王なのだろう。知らなかったのか。まったく、ヴァルゲスのやつめ…。ヴァルゲスにも話しかけてみろ。きっと通じるはずだ》

ラリアサルマンダが青空の向こうに見えなくなると、私はすぐに《ヴァルゲス、聴こえる!?》と語りかけた。

《久しいな。我が王、リリアス・エル・エスパーダよ》
《あ、ホントに聴こえた!ねえ、そっちは、私の故郷のエスパーダ領は、無事!?》
《もちろんだ。何度か人間どもが派兵されたが蹴散らしてやったわ》
《あ、ありがとう!私、今度こそお父様たちのいるところに行って、それから…》
《わかっている。心配せずに旅を続けるが良い》

私が頭の中でそんなやりとりをしていると、「なあボス」とセリナが声をかけた。

「え、何?」
「これから、ロドンゴに行くんだったよな、確か」
「あ、うん、そうよ。お父様たちを探しに行くの」
「じゃあ早くゲートを開かなくちゃな」

ゲート。
このエントロクラッツから他の球体世界スフィアへと繋がる門は、長い戦争の歴史の中で閉鎖されているらしかった。

「ちゃんと開けるの?」

ライラがそう訊くと、セリナは「マザーもいなくなったし、管制室が無事ならマニュアル操作でたぶん…」と歯切れ悪く呟いた。

「だが、地上にあった管制室が無事だとは思えんな」

アイナが辺り一面の瓦礫を見渡しながらそう言った。

「え…!じゃ、じゃあどうやって…!」

セリナが頭をかきながら「あはは…ま、まあ時間はかかるけどきっと直せるしさ…!」と言って、アイナは「エンジニアのデータが残っていれば、の話だがな」と言った。

私がうろたえて「ええ…こ、困るわよ…」と呟いた時、瓦礫の山がガラガラと崩れる音がして、聞き覚えのある声が響いた。

「げほっ!に、兄ちゃん!生きてる!?」
「当たり前だろマルコ!ったく、転移するなり一体どうしてこんなことになってんだ、この球体世界スフィアは!」
「ボクだってわからないよ!やっと使用許可が降りた聖都法皇庁サンクティオの転移魔法陣だけど、出てくる場所は選べないからさ…」
「まったく、このシートがあればどの球体世界スフィアにでも行けるってのは便利だけどよ…あと1枚しかないし…ったく課長もケチなんだからなぁ」
「あ、兄ちゃん、悪口は良くないぞ」
「わ、悪口ってほどじゃないだろマルコ!」

瓦礫の山からキザな長髪と可愛い天然パーマの兄弟が出てくる。
聖都法皇庁サンクティオから私を滅するべく追ってきた祓魔師エクソシストの兄弟、カルロとマルコだ。

「うふふ…聞きました…?」

ローザが私を見て悪そうな顔で微笑む。
その隣りでライラも同じように凶悪な微笑みで「ちょうどいいところに来たね、あの子たち…」と言う。

「ええ…。どの球体世界スフィアにでも行けるものを持ってるらしいわね…」

私の顔も自然とニヤけてしまう。たぶん私も悪い顔になってしまっている。

兄弟が私たちに気付く。

「な!お、お前ら!こ、こんなところに!」
「さすがだね兄ちゃん!もう見つけちゃった!」
「お、おう!そ、そうだろ!今度は睡眠耐性の装備もバッチリだぞ!覚悟しろ!」
「ふ~ん、音波耐性は?」
「は?」
「音波耐性の装備はしてきたのかって訊いてるのよ」
「え、いや、それは…」
「じゃあダメね」

私が二人に向かって軽く超音波を放つと、脳が揺らされたようでビクビクと震えて兄弟はドサッと倒れた。アンドロイドを眠らせるよりずっと簡単。うっかり殺しちゃわなくてよかった。

私たちは二人の服の中や荷物の中をゴソゴソと探り、ローザが「ありましたわ!」と叫んで魔法陣が描かれた1枚のシートを見つけ出した。
ついでに魔術を防ぐ護符も全部もらっちゃったのはここだけの内緒。

転移魔法陣は私には何が描いてあるかさっぱりだったけど、ローザは「ふむふむ」と眺めると術式を理解できてしまったみたいで「さあ、ロドンゴに行きますわよ!」と言った。

「お前たちには本当に世話になった…」
「さっきの水竜王じゃないけど、何か困ったことがあったら言ってね!いつでも力になるわ!」

転移魔法陣を広げた私たちに、ケイトとアンズがそう言った。

「うん!あ、もしかしたら私の故郷で戦争になっちゃうかもしれないから、その時は本当に呼んでもいい?」
「もちろんだ!絶対に声をかけてくれ!」
「あ、でもどうやって…」
「たぶん、さっきの水竜王にお願いしたら伝えてくれると思うわ」
「そ、そうか!では必要な時は声をかけてくれよ!」
「アイナとセリナも、しっかり頑張るのよ」

私たちはケイトとアンズとハグをして、アイナとセリナも「リリアスを守ることが侍女としての我々の任務だからな」「きっとまた遊びに来るぜ!なあボス!」と言った。
私はアイナとセリナの頭を撫でて、「うん、またね。ケイト、アンズ。みんなにもよろしくね」と言った。

「さあリリアス様。アイナとセリナも、この魔法陣に乗ってくださいまし」

私たちはローザが展開した光の魔法陣の上に乗った。
ローザが詠唱を始める。

私、ローザ、ライラ、アイナ、セリナ。
この5人でロドンゴに行ってお父様たちを探し出す。

マリーゴールドによればお父様たちも聖都法皇庁サンクティオに追われているらしいから、無事でいるといいけど…。

そういえばマリーゴールドはどうしたのかしら。

ファルナレークで離れ離れになって以来、会ってないわね。
『あなたたち見てると退屈しないんだもの』とか言ってたくせに。

「あ!いたわ!やっと見つけたわ!リリアスちゃ~ん!」

マリーゴールドが瓦礫の山を乗り越えて私たちのほうに手を振っている。

「しばらくハルバラムちゃんと一緒に見てたんだけど、やっぱりナマで見たくて来ちゃったわ!もう、探したわよ~!」

ハルバラムと見てた?
あいつ、変な固有能力か何かで私たちのこと見張ってるわけ?
きも。むかつく。
あいつも絶対ぶっ飛ばしてアルミラを取り戻してやるんだから。

「ローザ、早くロドンゴに出発しましょ」
「え、でも」
「いいから」

ローザは「わかりましたわ」と言って素早く残りの詠唱を終わらせる。

「リリアスちゃ~ん!ローザちゃ~ん!」と言いながらマリーゴールドが駆けてくる。

魔法陣から立ち昇った光が私たちの身体を包む。
グネグネ荒波の中で揉みくちゃにされるような感覚を覚えて目の前が真っ白になる。

「え、ウソでしょ!?ちょっと、リリアスちゃん!?」

マリーゴールドの声だけが薄れゆく意識の中で響いていた。

――――次はロドンゴ。

確か、恐竜と獣人たちの球体世界スフィア

エントロクラッツでの、なんだか悩みだらけだった旅はこれでおしまい。

ホント、好きって何かとか、ハーレムなんていいのかなとか、いろいろ悩んだなぁ。
そういえば、最初はローザとライラが浮気してるのかとも思っちゃった。
でもライラが前に言った通り、みんなラブラブでみんなハッピー。きっと、もうしばらくはそれでいい。


さあローザ、ライラ。アイナにセリナ。


行くわよ。


私たちをこの先どんな運命が待ち受けてるかわからないけど、私たちならきっと大丈夫。

アルミラも、必ずいつか、自由にしてあげるからね。
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