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第2章

35 get hacked

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後味が悪い。

クライブはむかついて仕方ない奴だったし吸血鬼ヴァンパイアは神様に背く滅すべき存在ではあるけれど、人間の形をしているものを私のこの手で殺したのは初めてのことだったせいか、それとも最後に悪魔呼ばわりされてしまったせいか、なんだかとっても胸の奥がモヤモヤして気分が悪い。

だけど今はそんなこと気にしてる場合じゃない。

早くローザたちと合流してマザーを倒しに行かなければ。

訓練場から出て音や匂いでローザたちの居場所を探るけど、聴こえてくるのは侵入者がどうのこうのと繰り返す機械の音声と警告音、アンドロイド兵たちの叫び声や駆け回る足音ばかりで、ローザたちの気配がちっとも感じられない。

もしかしてみんな死んじゃった…?

でもだとすると死体の匂いも血の匂いも感じられないのはおかしいし、アンドロイド兵たちの間に動揺が広がっている様子なのもおかしい。一体どうしたんだろう。と訓練場を出てすぐの通路でキョロキョロしていた私の肩に手がかけられ、「隠蔽シール」という声が響いたと思ったら、そこにはローザ。ライラもアイナとセリナもケイトとアンズもいる。

「リリアス様、無事にクライブを倒せたのですね」
「ローザ!生きてたのね!」

いっぱいだった不安が安心に変わった私は思わずローザの胸に飛び込んで抱きついてしまったけど、「当たり前ですわ」と撫でられてよくよく考えてみれば確かに当たり前の状況だった。私がクライブを倒したことで隠蔽解除アンチシールの効力が切れ、ローザが隠蔽シールをかけ直してアンドロイド兵たちから逃れた。それで私の聴覚や嗅覚でもみんなを感知できなかった。それだけのことだった。

「さあ行くよ!マザーを倒しに!」

ライラが元気よくそう言って、私たちはアイナとセリナの先導で走り出した。


******


走りながら、私はローザたちに説明した。

吸血鬼ヴァンパイアであるクライブがなぜこんな中枢で私たちを待ち構えていたのかということについて。

クライブの血肉から得た断片的な記憶によれば、ハルバラムは何らかの方法で私たちの動向を把握した上でマザーと連絡をとっていた。
マザーのゲームを邪魔する私たちを倒す協力者として、クライブはマザーの許可を受けてこの中枢部に滞在していたということのようだった。

でも、私たちが向かっていることを知りながらどうしてマザーは途中で迎撃しなかったのか。どうしてわざわざ私たちを迎え入れたのか。

そのあたりはよくわからなかった。


******


マザーの筐体は司令室の奥にある。
このままローザの隠蔽シールで身を隠したまま誰にも気付かれないよう潜入して私の底なしの棺フィニスアルカで仕舞っているアイソレーターポッドを出してマザーをネットワークから分断して叩き壊す。
そういう作戦だった。

最初に違和感を覚えたのは司令室に向かう細長い通路を走っている時。

あれだけ鳴り響いていた警告音がいつの間にか鳴り止み、アンドロイド兵たちの叫び声や足音も聴こえなくなった。

次の違和感は司令室の中に入った時。

大量のアンドロイド兵やスクアッド・ゼロの残りがそこで待ち構えているかと思えば、司令室はもぬけの殻。
戦地の状況を表示する巨大なモニターや前線の兵士に連絡するための通信機などの様々な機械だけが虚しく駆動音を響かせているだけだった。

「どういう…ことだ…?」

セリナが最初にそう呟き、ケイトとアンズも「様子がおかしいな…」「まるで私たちを待ち構えているような…」と呟き、確かにその言葉通り、いつも司令官がいるはずの機械に囲まれた玉座のような椅子の向こうに、マザーの筐体へと続く大きな入り口がぽっかりと口を開けていた。

「入って来い、というわけか…」

アイナがそう呟き、司令室の奥へと歩みを進める。
ライラが瞳を緑色に光らせながらアイナの後ろに続く。

「あたしの解析眼でも、罠らしきものは仕掛けられてなさそうだよ…」

一体何が起きているのか私にはさっぱりわからない。
ちまちま考えるのは面倒くさいからビャッと突っ込んでドカーンとマザーをぶっ壊してしまいたいと思ってしまうけど、きっとそれじゃダメなんだろう。
私の横でローザが呟く。

「おそらく、これはマザーの想定内の状況なのでしょうね…」

ライラが振り返り「どうする?やめる?」と訊く。
ローザは首を左右に振り「いえ、ここはそれでも行くしかありませんわね」と答える。
私は拳を握りしめて「難しいことはわからないけど…」と言って踏み出す。

「マザーは私が必ずぶっ壊してやるわ」


******


司令室を抜けた先は信じられないくらいに広い空間で、見上げても天井が霞んで見えるほどだった。その空間の中心にはエンドマイルで戦った超大型機械装甲兵と同じくらい大きな機械の塊があって、ところどころを点滅させたり震動させたりしている。

その前に、スラリと背の高い長髪の女性。
アイナとセリナの記憶で見た司令官だ。

パチ、パチ、パチ…とゆっくり拍手をしている。

「ようこそ。よくここまで辿り着きましたね」

私たちのことが見えている?
ローザの隠蔽シールで隠れているはずなのに…。

「司令官…?」
「どういうことだ…?」

アイナとセリナが呟く。

「いいえ、義体は司令官のものですが彼女の人格データは削除済みです」

司令官の姿にしか見えない女性は無表情でそう答えた。

「私はマザーです」

「マザー!?」と全員が声を揃える。
みんなが驚きを隠せない中、ローザが冷静な声で言う。

「わたくしの隠蔽シールは解析済み、ということですわね」

マザーを名乗った女性は短く「そうです」とだけ答える。
ローザが頷いて言葉を返す。

「なるほど。やはりクライブから術式の情報提供を受けていたのですね。わたくしたちが到着した際のアンドロイド兵たちの襲撃はクライブの要請によるリリアス様の孤立を狙った陽動作戦だとしても、わたくしたちをわざわざこんなところまで招き入れる必要はなかったのではないですか?そもそも首都に到着する前など、もっと早い段階でいくらでも対処できたはずでしょう」

司令官の身体を借りたマザーは首を左右に振る。

「いいえ、早い段階での対処は非効率でした。最適解はここでの対処です」

アイナが左腕を銃に変えて踏み出す。

「対処だと?司令官の義体だけで何ができると言うのだ」

セリナは私を見て言う。

「ボス!アイソレーターポッドを出してくれ!マザーをネットワークから分断する!」

司令官の身体がセリナに人差し指を向けて言う。

「それが不可能なのですよ、S-7エスセブン

巨大なマザーの本体からピピピッと音がして部品のところどころが光る。
その直後、セリナがガクッと片膝をつく。

「セリナ!」

アイナが駆け寄る。私たちもセリナのほうに踏み出そうとする。その瞬間。

ドカッ!

アイナの身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
セリナが立ち上がる。

「…S-7エスセブンの人格データ、削除デリート完了。簡易思考フォーマットに基づき、マザーからの新たなミッション遂行を開始」

セリナの顔から表情が消え、温度のない視線で私たちを見回す。

「何があったのセリナ!」

私が駆け寄ろうとするが、バシュッ!と飛び立ってセリナは司令官の身体を借りたマザーの頭上で止まる。

「マザーとの接続は切れたのではなかったのか…?」

ケイトが私を振り返って言う。

「切れたわよ!ちゃんと血を吸って、アイナと同じようにマザーとの繋がりは切ったわ!」

司令官の身体でマザーが言う。

A-7エーセブンとの接続が途切れたことで、あなたの吸血によるハッキングプログラムを解析したのです。そして次のあなたのハッキングにあわせてS-7エスセブンの接続はこちらから切ったのです。一時的かつ擬似的に。たった今それを復旧させただけのことです」

私の吸血による支配の上書きは、アイナに対しては成功したけどセリナに対しては成功してなくて、成功したと思わされていただけ…ということか。

「そんな…!」とライラ。
「それではマザーをネットワークから分断はできないということですわね…」とローザ。

アンズが私を見て「リリアス!アイソレーターポッドを!私がやるしかないわ!」と言うが、ケイトがその横で「だが旧型アンドロイドの我々では…」と言う。

「そうです。最新型のサポーターがいなければ私をネットワークから分断はできず、その状態で私を破壊すればメルカ共和国の全人類データも失われます。そもそも…」

司令官の身体を借りたマザーがそう言うと、その頭上でセリナの身体が光り輝き、巨大なマザー本体に強力なバリアが展開される。
そしてマザー本体の後ろから次々にアンドロイド兵や、スクアッド・ゼロの他のメンバーと思われる白い少女たちがあらわれる。

「この戦力を打倒し、限界を超えて展開したS-7エスセブンのバリアを貫いて私を破壊することは不可能です」
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