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第2章

23 deadman walking

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エンドマイルの街の上空に着くと、私たちを乗せた反重力モビリティと呼ばれる乗り物の窓からは、私が今まで見たこともない光景が広がっていた。
血を吸って得たアイナとセリナの記憶データと照らし合わせてみても、わかるのは材質だけで景色を見るのは初めてだ。

棺桶の群れ。

その街の印象を一言で言うとそんな感じで、コンクリートとガラスでできた背の高い四角い建物がぎっしりひしめき合うその街の様子は、まるで埋葬しきれない巨大な棺桶を無理やり立てて敷き詰めて放置しているかのように見えた。

建物の背の高さや密度は、街の中心部に行くほど何かの競争でもしていたのかのように増していく。密集する建物に隠れて地面がどうなっているのかはまったくわからない。

私たちは街の外れの広場に着陸することになった。

「でも、この乗り物で直接ビューンと発電所島まで行っちゃえばいいんじゃないの?」

アイソレーターポッドを持ち運ぶため、底なしの棺フィニスアルカでそれを左手の中に仕舞い終えた私がそう尋ねると、ケイトは「いや」と言う。

「発電所島では未許可の飛来物に対する自動撃墜システムがまだ生きているのだ。それにそもそも発電所島や街の中心部には着陸できる場所がないし、市街地の中途半端な位置に降りてアンデッドに囲まれても厄介だ。街の手前のこのあたりで降りてから慎重に潜入したほうがいい」

広場の傍らにはアスファルトで表面をピッチリ舗装された道路が通っていて、その道路は背の高い建物が並び立つ街へと続いている。広場の周辺にアンデッドの気配はないけど、街の中からは私の嗅覚では死体の腐った匂いが感じられ、聴覚ではベチャッベチャッと死体が動き回る音が聴こえてきて「ううう…!」と私は早くも縮こまってしまう。

「大丈夫…?」

ライラが私の背中をさすってくれて、私は「うん…」と頷く。
お化けが怖いと言った私を笑わなかったみんなのためにも、私はがんばるのだ。

「それでは行きますわよ。清浄の薄膜ホーリーベール…!」

ローザの手のひらから淡い光が放たれ、私たちの身体を透明なベールが包む。

「これでもうアンデッドからは認識されませんわ」

ベールを纏ってぼんやり光るローザを見て、私は「でも」と言う。

「私からはみんなのこと見えるのね。私も一応、吸血鬼ヴァンパイアなのに」
「今はリリアス様にもかけていますからね。もしわたくしたちだけにかけていたら、リリアス様からは認識できなくなるはずですわ。視覚だけでなく聴覚でも嗅覚でも」
「へえ、じゃあリリアス、寝る時とか水浴びする時とか気をつけなきゃね」

ニヤリと笑ってそう言ったライラに私は「え?なんで?」と言う。

「だって、この聖術で隠れてこっそりローザがイタズラしてくるかもしれないよ?」
「ちょっとライラ、心外ですわ」

腕組みしたローザが眉根を寄せて言う。

「わたくし、そんな卑劣な真似はしませんわ。それに清浄の薄膜ホーリーベールでも触ってしまったら気付かれますわ。そもそも熟睡中のリリアス様は無防備すぎていつでも触り放題じゃありませんの」
「あはは、そういえばそうだったね!」

私は思わず身を固くして「…え?」と言う。

「ふふ、冗談ですわ。触る時は堂々と触りますわ」
「…あたしもね」

怪しく微笑むローザとライラの視線を受けて、私は身の危険を感じる。
二人のことは好きだけど、そういうふしだらなのは、ちょっと良くないと思う…。

「さあ、無駄話はここまでだ。慎重に進もう」

ケイトがそう言って私たちを先導した。次にアンズが続く。
私の横を歩くアイナが「しかしリリアスは触られると何か問題が発生するのか?」と言い、セリナが「もしかしてこの前言ってたハーレムってやつに関係する儀式か?面白そうだな!」と言う。

私は「む、無駄話は終わりって言われたでしょ!マジメに進むわよ!」と言って歩くペースを上げた。

冗談交じりに進むことができたのは、このあたりまでだった。


******


街の中に入ると、巨大な建物の中からもぞろぞろとゾンビやスケルトンが溢れ出て往来を闊歩している。空中にはふよふよとゴーストが舞っている。

私は彼らがこちらに近付く前に死霊魔術ネクロマンシーで《向こうへ行きなさい!》《こっちに来ないで!》と念じ続け、確かに大半は命令通りに別の方向に逸れていったが、中にはそれが通用しないヤツもいくつかいた。

たぶん、死霊魔術ネクロマンシーは魔物化する前の死体や霊体には効きやすくても、魔物になってしまうと効果が半減してしまうんだと思う。

いくら私が《あっちに行って!あっちに行ってよ!》と念じても、ぐちゃり、ぐちゃり、と溶けかけた身体を揺らしてまっすぐこちらに近付いてくるゾンビもいた。

やや広い道だったので私たちは横にずれてそのゾンビをやり過ごしたけど、ちょうどそいつが私の横を通り過ぎようとした時、ベチャッ!と音がしてそのゾンビの腹から臓物が飛び出て地面に散らばった。

私は口を抑えていたけど思わず「ヒイィィィッ!!!」という悲鳴が漏れてしまって、その場に尻餅をつきそうになる。それをセリナが「大丈夫だよ、ボス!アタシがついてる!」と支えてくれて、何とか座り込まずに済んだ。
アイナもローザもライラも、私を守るようにゾンビとの間に立ったり私の手を引いたりしてくれた。

「ばあああああああああああ…」などと呻き声を上げながら自分の臓物を拾い集めるゾンビを尻目に私たちは進んだ。

みんな、ありがとう…。私、泣かない。


******


ダメだった。やっぱり泣いてしまった。

街の中心部、一番大きな建物の前の広場にはゾンビたちが溢れかえっていて、私の死霊魔術ネクロマンシーで動かそうにも混雑のあまり行かせる先がない。空中にはたくさんのゴーストが浮いていて空を飛んで越えていくのも少し難しそうだ。
広場の向こうには、潮の香りが漂い波の音も聴こえて、発電所島のシルエットもぼんやり浮かび上がっている。ここさえ抜けられればもう少し。

だというのに。

私は大量のゾンビに恐怖心が出すぎて《早くいなくなって!》と強く念じたあまり、ゾンビたちはお互いに殴り合い、しまいには何と共喰いを始めてしまった。
腐った肉に齧りつき、脳みそをすすり臓物を噛みちぎり、「うがああああ!」「ぶああああ!」などと大声を上げながら血みどろになる集団を見て、私は血の涙を流して「もうやだあああああっ!」と泣き叫んでしまった。

「大丈夫!大丈夫ですわ!」

ローザが私を抱きしめて「もう、わたくしが滅して進むしかありませんわね」と言う。
そこにライラが「いや、この先もどれだけ出てくるかわからない。ローザはまだ温存しておいたほうがいいよ」と言う。

「でも、どうやってここを進みますの?」
「要するに、広場の先まで道ができればいいんだよね?」

ケイトが「まあ、そうだが…」と言い、アンズが「でも道なんてどうやって」と言う。
私はローザの胸に顔をうずめて「ううううう…!」と震えている。

「まあ見ててよ…!さあ解き放て!魔蒼麗樹マソウレイジュ!」

ズドドドドドド…!と地響きがして私は驚いてローザの胸から顔を離し、音がしたほうを見る。
すると、私たちの目の前の地面から巨木が斜めに広場の向こうまで太い幹を伸ばしている。
ちょうど広場のゾンビたちの上を超えて行けるように、大樹の陸橋が架かっている。

「ほら!ここを歩いていけばいいんじゃない?」

片目をつぶって白い歯を見せて笑うライラは、なんだか太陽みたいだった。


******


「あとはあの発電所島まで、どうやって行くか、ですわね…」

エンドマイル湾を臨む港に辿り着くと、私を抱きかかえたローザがそう言った。
「飛んでいくか?」と言ったアイナに対して、セリナが「いや待て、レーダーが張られてるぞ」と言う。ケイトが「その通りだ」と言って前に出る。

「さっきも言ったが発電所島では未許可の飛来物に対する自動撃墜システムがまだ生きている。あの橋を渡って行くしかない」

ケイトが示した先には巨大な橋があった。

しかし、その時だった。

突然の地響きとともに海が割れ、山のような巨大な影が海中からあらわれ、その橋はそれに下から押し上げられて跡形もなく粉砕してしまう。

ザバァアァァァァッ!!!

その巨体の至るところから海水が流れ落ち、月明かりを浴びて全容が明らかになる。
ギラギラと輝く金属の塊。
比喩ではなく本当に山のように大きい人型の金属。

アイナとセリナが呟いた。

「超大型の機械装甲兵…っ!!」
「こいつ、司令部が言ってやがった本物の『シェナの最終決戦兵器』か…!!!」
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