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第2章

22 shame

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アンデッドだらけの廃墟とか最悪。絶対やだ。
でもこの空気で「お化け怖いから私はお留守番」なんて言ったら絶対みんなに「はあ!?」とか言われるからそれもやだ。ううう…どうしよ。

「アンデッドが問題なら昼に行けばいいんじゃないの?」

ふいにそう切り出したライラが私には救いの女神様に見える。

「そそそうよ!その通りよ!だったら昼間に活動できない私は残念だけどお留守ば」
「いや」

ケイトが私の発言を遮る。

「エンドマイルと呼ばれたその街は、我々アンドロイドと機械装甲兵の戦争が始まる前に事故で人間たちが死滅して以来、誰も立ち入っていない。そのため超高層の建物が今もそのままの形でひしめき合っていて、陽射しが差し込まない場所がいくつもある。アンデッドは日中もその影に潜んで活発に動いているのだ」

それを聞いて「ぐぐぐ…!」となる私の横でセリナが言う。

「そうは言ってもよ、夜中に乗り込むよりはマシなんじゃないか?」

心の中で私は《よく言ったわセリナ!それでこそ私の侍女よ!》と褒め称える。
だけどケイトは無慈悲に「いいや」と首を振る。

「むしろ発電所内部や周辺施設内にアンデッドが密集してしまう分、日中のほうが状況は悪いな。夜中のほうが市街地に分散してくれてマシなくらいだ」

うぎぎぎぎぎ…!ケイトめ…!

拳を握りしめる私を横目にアイナが言う。

「しかし、そもそもそんな事故が起きた発電所の反陽子キューブがまだ生きているのか?生きているとして、そこに近付いて害はないのか?」

私はアイナも心の中で褒め称えたが、ケイトはさらりと「大丈夫だ」と言う。

「反陽子キューブから発せられていると推定されるエネルギー値は高レベルで安定しているし、周辺の放射線量も近年では生物にも悪影響のない範囲に留まっている。特に問題ないだろう」

…なんでよ!問題ありなさいよ!もう!

一人密かに憤慨する私の頭にポンと誰かの手が置かれる。
振り向くとローザが「ふふ」と微笑んでいる。

「ご心配なく。アンデッド討伐は、聖女であるわたくしの仕事ですわ」


******


なすすべもなく行くことが決まってしまって、そのままそこで作戦会議が行われた。

そのエンドマイルという都市は北側のエンドマイル湾に面していて、湾内に浮かぶ人工島全体が発電所とその関連施設となっている。
ケイトたちはその人工島を『発電所島』と呼んでいるそうだ。
発電所島までは4本の大きな橋が架けられている。数は不明だがいくつかの地下通路もあるらしい。

都市の中心部と発電所島には多数のアンデッドが出現するが、種類としては多くなく、ゾンビかスケルトンかゴーストくらいだそうだ。
その街の人間が死んだのは戦争が始まる前と言っていたから少なくとも1500年は前。スケルトンやゴーストはさておき、よくゾンビは肉体が残っているものねと私は思ったけど、ローザによれば死体が魔物化してしまうと腐敗はそこで止まってしまうものなのだそうだ。

なので、その街では今も、遥か昔に死んだ人間たちがぐちゃりぐちゃりとさまよい続けているのだそうだ。

ひいぃぃ………!

その街に行くのは私とローザとライラ、アイナとセリナ、それに案内役のケイトとアンズというメンバーになった。

街に差し掛かったらまずは私の死霊魔術ネクロマンシーでなるべくアンデッドを近付かせないように命令を出す。その上でローザが全員に清浄の薄膜ホーリーベールをかけて移動する。清浄の薄膜ホーリーベールならアンデッドから感知されないが、アンデッド以外からは普通に認識できるため隠蔽シールよりも魔力消費量は少ないらしい。できる限りローザの魔力消費と戦闘による消耗を避けて進むことを第一とする方針だ。

それでも発電所内部の通路などの回避しにくい場所で不測の事態が起きてどうしても戦闘を避けられないような場合は、ローザの聖術で祓っていく。

「ならばいっそのこと最初からリリアスの死霊魔術ネクロマンシーでアンデッドをすべて従えていってしまえばいいんじゃないか?そうすれば大量のアンデッドをこちらの戦力にさえできるだろう」

そう言ったケイトに、私はうつむいて「…無理よ」と答える。

「なぜだ?さすがにエネルギー量が足りないか?」

私は黙って首を振る。
私の答えを待って、みんながじっと私を見ている。

「…怖いのよ」

沈黙が流れる。

「…何が怖いの?」

ケイトの横で作戦会議を補佐していたアンズがそう聞いた。
また再び沈黙が流れ、私は意を決して言う。

「お化けよ」

ローザ以外のみんなが「?」そのものみたいな顔で私を見ている。
注目されすぎて視線が痛くて私は我慢しきれなくなる。

「アンデッドが怖いの!私は!だから従わせて一緒に行くとか無理なの!仕方ないでしょ!吸血鬼ヴァンパイアになっても心は人間の時とそんなに変わってないんだから!」

――――……!

笑われることを覚悟してギュッと目をつぶっていたのに笑い声は起こらなくて、不思議に思った私は恐る恐る顔を上げて周囲を見渡す。

「なるほど。確かにそういう人格データの持ち主は一定数いるな」
「私たち旧型アンドロイドだとそこまで感情が引き継がれないからわからないけどね」

ケイトとアンズはそんなことを言ってから「さて、それでは具体的な侵入ルートだが」などと発電所内部の見取り図を空中に表示して説明を始めた。

私と横一列で座っていたアイナとセリナが「リリアスにも怖いものがあったのだな」「ボスを守るのも侍女の役目だろ?任せとけって!」と言い、ライラが「あたし、アンデッドなら慣れっこだから頼ってくれていいからね?」と微笑み、ローザは無言で私の頭を撫でてくれた。

うう…!

なんか泣きそうだけど、私、がんばる…!


******


「さて、それでは出発しよう」

作戦会議が終わってケイトがそう言うと、その広い部屋の中にいたアンドロイドや機械装甲兵たちがぞろぞろと部屋を出ていく。

「皆様ノご武運ヲお祈りシテイマス」

村長のパオランがそう言い残して部屋の中には私とローザとライラ、アイナとセリナ、ケイトとアンズだけになった。

「反重力エンジン、起動」

部屋の隅に移動したアンズがそう言うと、部屋の中の至るところが青白く輝き出した。
部屋全体がゴゴゴゴゴ…と振動し始める。

「こ、これは…?」

私とローザとライラがキョロキョロしながらうろたえると、ケイトが言った。

「これ自体が乗り物なのだ。外装に光学迷彩パネルを使用しているから敵との遭遇もおそらくないだろう。エンドマイルまでこのまま飛ぶ!行くぞ!」

ふわりと身体が浮き上がるような感覚を覚えて、私は思わず「わわ!」と声を上げた。
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