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第2章

18 birthday

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私はアイナとセリナを吸血して、ようやく吸血鬼ヴァンパイアの本質を理解した。

血液とは情報なのだ。

二人の膨大なデータの中にあったことだけど、エントロクラッツにまだ人間がいた頃、輸血という医療行為があった。
その医療行為の結果、他人の血液とともにその記憶も得てしまうという事例があった。
原理はエントロクラッツの科学でも解明されていない。

とにかく吸血鬼ヴァンパイアはきっと、その情報を糧としている。

だから動物の血をいくら吸っても本質的な渇きは癒やされることなく、人間や竜などの知的生命体の血によってのみ満足を得られるんじゃないかと私は思う。

アイナとセリナの血は、確かに人間のものとはまったく別のものだったけど確かに血で、そこには多くの情報があった。

私はまず最初にアイナの血を吸い、それからセリナの血を吸った。

アルミラの血を吸った時のような快楽を覚えることはなかった。
それはきっとアルミラの血に含まれる性欲という情報が引き起こしたものだったんだと思う。
アンドロイドの二人にそれは感じられなかった。

機械のように振る舞うアイナの中にあったのは、セリナへの深い愛情だった。
それが恋心なのか家族愛のようなものなのか、それはわからない。

少なくともそれはどんな時もセリナとともにいられることを願い、それ故にこの『マザー』がすべての世界の中で、命令に対して過剰に忠実にあろうとし続けたアイナの想いだった。

アイナとセリナが生み出されたのは、わずか2年前。
約1年半の訓練期間を経て、実戦投入されたのは半年ほど前のことだった。

二人は数々のミッションを与えられ、力を合わせて乗り越え、司令部を通して下されるマザーの指令に実に献身的に応えてきた。

その仕打ちが無慈悲な粛清とは、あまりに酷い話。

マザーの支配を上書く鍵を探すため、私はアイナの血液を通してその記憶を辿った。


******


『識別番号、A-7エーセブン。起動せよ』

薄緑色の培養液が満たされたポッドに響いたチーフエンジニアの声。

その声で『わたし』は目覚めた。
わたしはわたしが『A-7エーセブン』であることを知っている。

メルカ共和国軍、司令部直属の特殊部隊、スクアッド・ゼロのアタッカー、A-7エーセブン

それがわたしであって、培養液の向こうに見えるチーフエンジニアもまた人間などではなく、研究開発に携わるアンドロイドの一体に過ぎないことをわたしは認識している。

必要な情報は起動前にインストールが完了している。

『特に問題ないようだな』

ポッド内の培養液が排出され、高強度ナノガラス製の前面部が開放される。

『はい。運動機能、認識機能、演算機能、すべてにおいて問題は検出されていません』

わたしがそう言うとチーフエンジニアは満足そうに頷いた。

『何よりだ。ではこれから目覚めるお前の妹を紹介しよう』


******


『おいアイナ!アタシのことはセリナって呼べって言っただろ!』

わたしのパートナー、S-7エスセブンがそう言ったのは訓練14日目にしてすでに7度目だった。

『まったく!お前、記憶領域にエラーでもあるんじゃないのか!?』

そう言って憤慨するS-7エスセブンだったが、毎日行っている機能チェックでエラーが検出されたことはない。

『わたしたちはアンドロイドだ。人間のような呼称は不要だ』
『なんでそんなメカっぽく言うんだ!アタシたちは人類の人格データが基本なんだぞ!』
『それでも我々が人間でない事実は変わらない』

塹壕の土壁にもたれかかり、わたしはそう言った。
本日の訓練テーマは大量の敵機体の索敵と殲滅。
S-7エスセブンがサーチモードで収集した敵機体の位置データをもとに、わたしがオーバードライブで一気に殲滅するという流れになる。

『とにかくS-7エスセブン。早くサーチモードを起動させてくれ』

速やかな訓練の終了を目的にわたしはそう言ったが、S-7エスセブンはそっぽを向いた。

『……やだね!』
『なぜだ』
『こっちにも気分ってやつがある!メカじゃないんだ!アタシは!』

気分。

なぜ我々にそんな機能が搭載されているのか、疑問が生じた。


******


『真の汎用知能の実現には感情が必要だったのです』

午前中の訓練終了後に質問事項を提示したわたしに、司令官はそう回答した。

『…感情』
『そうです。嬉しい、楽しい、悲しい、悔しい、腹立たしい。そういった感情が発生することを目指してあなたたちはデザインされています。血液に似た液体が流れていることもその実現手段のひとつのようですね』
『でもそれなら司令官!アイナのやつは失敗作かもしれないぜ!?』
『なぜそう思うのです?』
『だってコイツに感情なんてあるように見えないよ!』

司令官は目を伏せて静かに首を振った。

『感情を見せない理由が、感情的なものかもしれませんよ』

わたしはそれには答えず、別の質問をぶつける。

『そもそもなぜ真の汎用知能を実現させる必要があったのでしょうか』

司令官は数秒の読み込み時間のあとで回答した。

『マザーの真意は司令官である私にもわかりません。ですが、すべての研究開発は戦争の早期終結、平和の実現のためであることは間違いないはずです』

わたしの横でS-7エスセブンが呟く。

『ところで、戦争が終わったらアタシたちってどうなるのかな?』

司令官は情報処理に先ほどより少し長い時間をかけた。

『すべてのアンドロイドは復興処理プログラムに移行することが決定されています』

復興処理プログラム?

そうなれば、戦闘タイプのわたしたちは不要?

その場合、わたしとS-7エスセブンの人格データはどうなる?

そしてこの感情は何だ?

いくつかのデータを参照した結果、わたしに芽生えたものは『不安』であると推定された。


******


復興処理プログラムの詳細情報は司令官にも降りてきていないそうだったが、人格データが消去されるようなことはないだろうとのことだった。

これまでの長い戦争の歴史の中でも、アンドロイドの人格データは基本的にアップデートを繰り返しながら継承されている。
問題があった個体を除いては人格データが完全に消去された事例はないという。

つまり、わたしかS-7エスセブンが『問題のある個体』にならなければいいのだ。
特に、無軌道な振る舞いが散見されるS-7エスセブンがそうならないようにだけは充分に注意しておくべきだろう。

それによって、わたしの『不安』には一応の決着がついたが、別の感情が芽生える事件が起きたのはそのすぐあと、午後の訓練の最中だった。

訓練14日目の15時37分。それは起きた。

シェナ連邦が実戦投入を計画中と言われている大型機械装甲兵の対応を目的とした戦闘訓練。わたしとS-7エスセブンが連携して遠隔攻撃で巨大な敵機体の機動力を削ぎ、仕上げにレーザーキャノンをわたしが放つ前の『溜め』の瞬間、わたしたちは敵機体の損傷状態を見誤っていた。

巨大なアームの鉄槌が恐ろしい速度で振り下ろされ、わたしの横に立っていたS-7エスセブンはコアごと粉々に破壊された。
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