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第2章

15 lullaby

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「アイナ!セリナ!」

無駄だとわかっていても私は叫ばずにはいられなかった。
あの二人がいないとメルカ共和国の司令部の場所がわからないし、ということはゲートを開けてもらうこともできなくてお父様たちのいるロドンゴにも行けない。

「追いかけるわよ!」
「でも行き先がわかりませんわ!」

確かに私の聴覚でも空を飛んでいると思われる二人の音はもう聴き取れないし、先ほどの刺激臭の影響から嗅覚が回復した今も、人間ではない二人の匂いを嗅ぎ取ることはできない。

「大丈夫。追いかけられるよ」

ライラがそう言って手の中から毒々しい赤い花を出した。
そこから先ほどの刺激臭が漂う。何かが腐ったような強烈な匂い。

「これは地獄花ジゴクバナ。強い腐臭で蝿とかの昆虫を集めるんだ。この匂いをアイナとセリナにつけた。リリアスの鼻で辿れば追いかけられるはずだよ」
「じゃあ、さっきの刺激臭はライラが」
「そういうこと」

そう言ってライラは賢しまに微笑った。

「さすがライラ!じゃあ追いかけよう!フェンリル!」

私の身体の中から呼び出した白銀の狼の背に乗って、私たちはアイナとセリナの追跡を開始した。


******


閃光と同時にライラが放った花の匂いは、西に向かって猛スピードで移動しているようだった。

「西の端にあるっていうメルカ共和国に戻るつもりなのかな…」
「もしくは森に隠れ住む機械装甲兵やアンドロイドのもとへ向かった可能性もありますわね」
「確かにミッションがどうとか言ってたわね…」

私たちはフェンリルの背中でそんな会話をしながらアイナとセリナを追った。

もしローザの予想通りだとすると、パオランやケイトやアンズが危ない。
アイナとセリナに課せられたミッションは『殲滅』だ。
私たちの追跡は一刻を争う。

道中、機械の兵隊や金属蝿の残骸がいくつか散乱していた。
来た道ではローザの隠蔽シールでやりすごした奴らをアイナとセリナが撃破しながら移動しているようだった。
時々まだ生きている機械たちが襲いかかってくることがあったけど、私の電撃やフェンリルの冷気で瞬殺しながら突き進んだ。

それにしても、どうしてアイナとセリナは逃げたんだろう。

私に血を吸われるのが嫌だったから?

ちょっとショックな気もするけど、普通に考えたら吸血鬼ヴァンパイアに血を吸われて喜ぶ人なんていないだろうから仕方ない。
でも逃げる直前、少なくともセリナは別に嫌がっていないようだったし、吸血鬼ヴァンパイアをあまり知らない様子だったアイナにもそれほど嫌悪感があったとは思えない。

じゃあ、やっぱりミッションに早く戻りたかったから?

それはあるかもしれない。特にアイナは指令に忠実な感じだったし、マザーっていうのが彼女たちの親みたいなものなのだとしたら、私の吸血でそこから剥がされるのが嫌だという感情があっても不思議ではない。

「とにかく、追いかけるしかないわね…」

フェンリルの背中で向かい風を受けながら、私は誰にともなくそう呟いた。


******


追いかけているうちに、夜が明けてしまった。

朝日が昇り陽射しを浴びる私を強烈な眠気が襲う。
フェンリルの背中で揺られるたび首が座っていない赤ちゃんみたいに私はぐらんぐらんする。それを後ろで支えてくれているローザが「大丈夫ですの!?」と叫ぶ。

「もう降りて休みましょう!」
「そうだよリリアス!無理しないで!」

私は寝ぼけまなこをこすりながら「だいじょうぶ…」とむにゃむにゃ言う。
故郷の土が入ったマットに寝転がらない限りは、どんなに眠くても眠ってしまうことはないはずだ。

「いそがにゃきゃ…」

口がうまく回らず噛んでしまったけど、急がなきゃ。眠っているヒマはない。
私が眠ってしまったら私の動物支配テイムも効かなくなってフェンリルも動けなくなるはずだし、アンドロイドのアイナとセリナは眠らない。
半日も置いていかれてしまっては匂いも嗅ぎ取れなくなってしまう。

「では、せめてこちらを向いてくださいまし」
「ふぇ?」

ぼーっとしていて意味がよくわからなかったけど、ローザに促されて身体をぐるんと前後反対にされて、ようやく私は理解する。
ぐらんぐらんする私を後ろからじゃ抱きかかえにくいから、わたくしのほうを向いて抱っこの体勢になりなさい、ということだった。されるがままにローザの柔らかい身体にしがみつくと、ふわふわの胸に顔が埋まってしまって、なんか、しあわせだった。
そんな場合じゃないのに。

「お眠り~なさ~い、母の~胸で~♪」

やめて。子守唄は。


******


子守唄とともに頭を撫でられたり背中をぽんぽんされたりした挙げ句、「ねえローザ!あたしもあたしも!」というライラにまで抱っこされ「よちよち~!いい子だね~!」などと揺らされたりしながら、私は眠りの淵をさまよった。

眠いのに眠れなくてけっこう苦しんでいる私でキャッキャキャッキャと遊ぶこの二人には、あとで電撃でもくらわせたほうがいいのかしら、と思い始めた昼下がり、フェンリルが「ばうっ!」と吠えて知らせてくれた。

匂いが近い。

私の鼻でも、ライラがアイナとセリナにつけた花の刺激臭が確かに感じられる。

「ちかいわ…」
「ん~?どうちたの~?」

すっかり子守ごっこに夢中になっているライラが猫撫で声で返してくる。

「ちかいの…においが…」
「匂い?え、ママ…く、臭いかな…?」
「ちがうわ…!」
「え~?どうちたの~?イヤイヤなの~?」

ぐ…!ライラめ…!
私は思わずイラッとして一瞬、眠気が遠のく。

「ライラのお花の匂いが近いって言ってるのっ!」

叫びとともにビリッと軽めの電流が走り「ひゃっ!」とライラが痺れる。
ライラの腕の中でじっと睨む私を見てライラは「ご、ごめんごめん…あはは」と笑った。

「アイナとセリナ、あたしたちだけでどうにか止めなきゃね…!」
「ええ…!ここからは真剣にいきますわよ…!」

ライラの言う通り、強烈な眠気に襲われている今の私は使い物になりそうにない。
二人だけでアイナとセリナを捕まえられるだろうか。

しかしその心配は、少し違う形になる。

夕方までまだずいぶんありそうな午後の陽射しの中、匂いのする場所に到着してフェンリルからおりた私たちが見たのは、傷だらけで血を流し倒れているアイナとセリナだった。

その傍らには、アイナとセリナによく似た二人の白い少女が立っていた。
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