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第2章
14 blood
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「あいつは殺す…!必ず殺す…!心臓をえぐり出して口から戻してまたえぐり出して3000回殺してもまだ殺す…!!!」
ぼたぼた血の涙を流しながら呪いの言葉を呟いて歩き回る私の後ろで、「どうしたの?リリアスは」「さあ…」というライラとローザの会話が聞こえてくる。
「胸を触られたのよ!あのクソ吸血鬼にっ!!」
それだけ言うと私は再び「絶対許さない…!ぶっ殺しても許さないんだから…!」と呟いて歩き始めた。すると背後から、ふわりと柔らかい匂いと体温が私を包む。
「かわいそうに…わたくしが動けない間に…」
そう言って後ろからローザが抱きしめてくれて、ほとんど同時に横からライラも「悔しいよね…リリアス」と抱きしめてくれる。
私は何か答えようとするけど、うまく言葉が出てこなくて、二人が優しいのが嬉しくて、でもやっぱり誰にも触られたことのなかった胸をあんな奴に触られたことが腹立たしくて悲しくて「ううぅぅ…!」と声が漏れてきて涙もこぼれてしまう。
うぁあぁぁぁあぁぁん!と自分の意思に反して泣き声を上げてしまった私を包んだままライラが「やっつけようね!みんなで!」と言い、ローザは「わたくしが滅してやりますわ!」と言った。
「あれは一体、何の儀式だ…?」
「さあ…」
ひとつになって決意を固める私たちの向こうで、アイナとセリナはそんなふうに話していた。
******
私が落ち着いてから話を聞くと、私がクライブのクソ野郎の偽りの夜明けとかいう固有能力で動きを封じられている時、ライラはゴーストのような霊体で縛られて身動きが取れなくなっていたらしい。
きっと吸血鬼の基礎能力、死霊魔術だ。
「確かにこのあたりは、遥か過去と言えど死者の霊魂がたくさんいるでしょうからね…」
そのローザの言葉通り、シェナ連邦の首都だというこの場所は見渡す限り瓦礫の山で、きっとここに住んでいたたくさんの人たちはずいぶん昔に怨念を残して死んだり殺されたりしてしまったのは間違いないと思う。
「人類が滅亡してからもこの首都は機械装甲兵たちが守って栄えているって情報だったんだけどな…」
「なぜ司令部が誤った情報を我々にインストールしたのか、理解ができん…」
意気消沈した様子でそう言い合うセリナとアイナは、クライブが消え去ってしばらくすると何事もなかったかのように起き上がった。外傷もなく。
これもローザが言うには、洗脳催眠のような精神攻撃系の魔術なんじゃないかとのことだった。
アンドロイドにそんなの効くの?と私は尋ねたけど、生き物じゃなくても命令系統のある魔具なんかには効くことがあるそうで、ほとんど人間と違いがないように見えるアイナとセリナになら効いてもおかしくはないという。
「それにしても、『梵天』がここにないだなんて、あり得ないんだけどな…」
セリナがそう呟くと、ローザが「機械のことはよくわからないのですが」と言った。
「別の場所に移動したということはありませんの?その機械の本体そのものを動かす、ということもあるでしょうけど、ネットワーク?でしたっけ?その、機械同士の繋がりの中を移動するなどして」
アイナが「いや」と首を振る。
「我々の『グレートマザー』もそうだが、マザーAIの筐体はあまりに巨大で物理的に移動させられるようなものではない。データをクラウド化させたとしても巨大な頭脳がなければ機能するはずもない。つまりここになければ本当にない、としか考えられないのだ…」
「じゃあ、ないのね。ここには」
私がそう言うと、アイナとセリナは目を丸くして私を見る。
「え、だってそうでしょ?」
セリナは「いやいやいや…」と苦笑いを浮かべる。
「だとすると、司令部がアタシたちにウソを教えたってことになるんだぜ?」
「え、だからそうなんでしょ」
「いやいやあり得ないだろ!何のためにだよ!」
「わからないけど何か理由があるんでしょ。この首都の情報だって違ったんでしょ?」
「それは手違いってことも…うん、少なくとも敵国のマザーAIが存在しないなんてのはさ」
「まあ、そのあたりもメルカ共和国に行って司令部とかいうのに聞けばいいじゃない」
「何て聞くんだよ!」
「なんでウソ教えたの?って」
「聞けるわけないだろ!」
「なんでよ」
「アンドロイドがマザーAIを疑ってます、なんて反逆行為そのものだからだよ!」
「反逆しちゃえばいいじゃない。ドカーンとぶっ飛ばして本当のこと言わせちゃえばいいじゃない」
「はあ!?」
アイナが「待て、S-7」と割って入る。「なんだよ!」とセリナ。
「そもそもリリアスはアンドロイドというものを理解していない」
アイナにそう言われて私は自分の頭の悪さを指摘されたような気分になり、ふくれる。
「我々アンドロイドは、創造主であるマザーAIに逆らうことはできないように定められているのだ」
私はそれでピキーンと理解できてしまう。なんと解決策も合わせて。
「なるほど!吸血鬼の血の掟みたいなものね!」
アイナとセリナが声を揃えて「吸血鬼の血の掟?」と聞き返すので私は説明する。
「吸血鬼にも同じようなルールがあるのよ。自分を吸血鬼にした奴には逆らえない、言われた通りにしなきゃ灰になっちゃう、みたいなルールがね。同じでしょ?」
沈黙するアイナの横でセリナは眉根を寄せて「まあ、確かに似てるな」などと言う。
「でしょ!?でね、ここからが大切なの!」
アイナとセリナは私をじっと見つめる。ローザとライラも私に注目している。
「吸血鬼の血の掟はね、その創造主より格上の吸血鬼が吸血することで上書きできるのよ!だからアイナとセリナの血を私が吸ってあげる!そしたらマザーとかいうのにも反逆できるようになるわよ!」
えっへん、と言わんばかりに私は胸を張る。
感嘆や称賛の声が聞こえてくるのを待ったけど、何か別の種類の沈黙が流れてライラが言う。
「えっと、アンドロイドのアイナとセリナに、血は流れてないんじゃないかな…」
私はその指摘に少し頬を膨らませてライラに答える。
「私の嗅覚だと、二人に流れているのは血だよ」
ライラは「う~ん」と納得できない様子を見せたけど、セリナが横から言う。
「確かに、あながち否定もできないな…」
ローザとライラが「え!」と驚きの声を上げる。
「いや、もちろん人間の血液とは組成はまったく違うけど、『スクアッド・ゼロ』と呼ばれるアタシたち最新型のアンドロイドは純粋な無機物じゃないんだ。かといって有機物でもない。原始的な言い方をすれば錯体化学の延長線上のようなものにナノテクノロジーが加わって無機物と有機物の間を自由自在に行ったり来たりするものであって…おい!リリアス!大丈夫か!頭から煙!?人間ってそうだったか!?え、いや、ああ、大丈夫ならいいんだ。うん、とにかくまあ、アタシたちの身体に流れる液体は血液のようなものと呼べなくもない」
危ない。
セリナが急にわけのわからないことを言い出すものだから、私の頭がもう少しで爆裂してしまうところだった。
とにかく、アイナとセリナの中には血みたいなものが流れているということらしく、私はローザとライラに確認する。
「私、アイナとセリナの血を吸っても、いいかな?」
ローザは少し複雑な表情を浮かべてから頷き、ライラは「試してみる価値はありそうだね」と言った。
「じゃあ、まずはアタシからでいいかな」
そう言ってセリナが一歩前に出ると、あ、私、今からこの子の血を吸うんだ…などと思ってしまう。
アンドロイドだというけど真っ白でスベスベな女の子にしか見えないセリナの首筋に牙を突き立てて血を吸っちゃうんだ、私…。
ローザとライラが見守る目の前で。
なんか、すごくいけないことをしようとしてる気分…!
私がゆっくり近付きセリナの肩に手をかけた瞬間、しばらく黙っていたアイナが突然「すまない」と呟いた。
「フラッシュ!」
アイナのその叫び声とともに私の視界は真っ白になり、何も見えなくなってしまった。
同時に強烈な刺激臭がして私の嗅覚も狂ってしまう。
私だけじゃなくローザとライラも同じだったようで、私たちの目が見るようになった時にはアイナとセリナは影も形もなくなってしまった。
逃げたのだ。
アイナとセリナは。
ぼたぼた血の涙を流しながら呪いの言葉を呟いて歩き回る私の後ろで、「どうしたの?リリアスは」「さあ…」というライラとローザの会話が聞こえてくる。
「胸を触られたのよ!あのクソ吸血鬼にっ!!」
それだけ言うと私は再び「絶対許さない…!ぶっ殺しても許さないんだから…!」と呟いて歩き始めた。すると背後から、ふわりと柔らかい匂いと体温が私を包む。
「かわいそうに…わたくしが動けない間に…」
そう言って後ろからローザが抱きしめてくれて、ほとんど同時に横からライラも「悔しいよね…リリアス」と抱きしめてくれる。
私は何か答えようとするけど、うまく言葉が出てこなくて、二人が優しいのが嬉しくて、でもやっぱり誰にも触られたことのなかった胸をあんな奴に触られたことが腹立たしくて悲しくて「ううぅぅ…!」と声が漏れてきて涙もこぼれてしまう。
うぁあぁぁぁあぁぁん!と自分の意思に反して泣き声を上げてしまった私を包んだままライラが「やっつけようね!みんなで!」と言い、ローザは「わたくしが滅してやりますわ!」と言った。
「あれは一体、何の儀式だ…?」
「さあ…」
ひとつになって決意を固める私たちの向こうで、アイナとセリナはそんなふうに話していた。
******
私が落ち着いてから話を聞くと、私がクライブのクソ野郎の偽りの夜明けとかいう固有能力で動きを封じられている時、ライラはゴーストのような霊体で縛られて身動きが取れなくなっていたらしい。
きっと吸血鬼の基礎能力、死霊魔術だ。
「確かにこのあたりは、遥か過去と言えど死者の霊魂がたくさんいるでしょうからね…」
そのローザの言葉通り、シェナ連邦の首都だというこの場所は見渡す限り瓦礫の山で、きっとここに住んでいたたくさんの人たちはずいぶん昔に怨念を残して死んだり殺されたりしてしまったのは間違いないと思う。
「人類が滅亡してからもこの首都は機械装甲兵たちが守って栄えているって情報だったんだけどな…」
「なぜ司令部が誤った情報を我々にインストールしたのか、理解ができん…」
意気消沈した様子でそう言い合うセリナとアイナは、クライブが消え去ってしばらくすると何事もなかったかのように起き上がった。外傷もなく。
これもローザが言うには、洗脳催眠のような精神攻撃系の魔術なんじゃないかとのことだった。
アンドロイドにそんなの効くの?と私は尋ねたけど、生き物じゃなくても命令系統のある魔具なんかには効くことがあるそうで、ほとんど人間と違いがないように見えるアイナとセリナになら効いてもおかしくはないという。
「それにしても、『梵天』がここにないだなんて、あり得ないんだけどな…」
セリナがそう呟くと、ローザが「機械のことはよくわからないのですが」と言った。
「別の場所に移動したということはありませんの?その機械の本体そのものを動かす、ということもあるでしょうけど、ネットワーク?でしたっけ?その、機械同士の繋がりの中を移動するなどして」
アイナが「いや」と首を振る。
「我々の『グレートマザー』もそうだが、マザーAIの筐体はあまりに巨大で物理的に移動させられるようなものではない。データをクラウド化させたとしても巨大な頭脳がなければ機能するはずもない。つまりここになければ本当にない、としか考えられないのだ…」
「じゃあ、ないのね。ここには」
私がそう言うと、アイナとセリナは目を丸くして私を見る。
「え、だってそうでしょ?」
セリナは「いやいやいや…」と苦笑いを浮かべる。
「だとすると、司令部がアタシたちにウソを教えたってことになるんだぜ?」
「え、だからそうなんでしょ」
「いやいやあり得ないだろ!何のためにだよ!」
「わからないけど何か理由があるんでしょ。この首都の情報だって違ったんでしょ?」
「それは手違いってことも…うん、少なくとも敵国のマザーAIが存在しないなんてのはさ」
「まあ、そのあたりもメルカ共和国に行って司令部とかいうのに聞けばいいじゃない」
「何て聞くんだよ!」
「なんでウソ教えたの?って」
「聞けるわけないだろ!」
「なんでよ」
「アンドロイドがマザーAIを疑ってます、なんて反逆行為そのものだからだよ!」
「反逆しちゃえばいいじゃない。ドカーンとぶっ飛ばして本当のこと言わせちゃえばいいじゃない」
「はあ!?」
アイナが「待て、S-7」と割って入る。「なんだよ!」とセリナ。
「そもそもリリアスはアンドロイドというものを理解していない」
アイナにそう言われて私は自分の頭の悪さを指摘されたような気分になり、ふくれる。
「我々アンドロイドは、創造主であるマザーAIに逆らうことはできないように定められているのだ」
私はそれでピキーンと理解できてしまう。なんと解決策も合わせて。
「なるほど!吸血鬼の血の掟みたいなものね!」
アイナとセリナが声を揃えて「吸血鬼の血の掟?」と聞き返すので私は説明する。
「吸血鬼にも同じようなルールがあるのよ。自分を吸血鬼にした奴には逆らえない、言われた通りにしなきゃ灰になっちゃう、みたいなルールがね。同じでしょ?」
沈黙するアイナの横でセリナは眉根を寄せて「まあ、確かに似てるな」などと言う。
「でしょ!?でね、ここからが大切なの!」
アイナとセリナは私をじっと見つめる。ローザとライラも私に注目している。
「吸血鬼の血の掟はね、その創造主より格上の吸血鬼が吸血することで上書きできるのよ!だからアイナとセリナの血を私が吸ってあげる!そしたらマザーとかいうのにも反逆できるようになるわよ!」
えっへん、と言わんばかりに私は胸を張る。
感嘆や称賛の声が聞こえてくるのを待ったけど、何か別の種類の沈黙が流れてライラが言う。
「えっと、アンドロイドのアイナとセリナに、血は流れてないんじゃないかな…」
私はその指摘に少し頬を膨らませてライラに答える。
「私の嗅覚だと、二人に流れているのは血だよ」
ライラは「う~ん」と納得できない様子を見せたけど、セリナが横から言う。
「確かに、あながち否定もできないな…」
ローザとライラが「え!」と驚きの声を上げる。
「いや、もちろん人間の血液とは組成はまったく違うけど、『スクアッド・ゼロ』と呼ばれるアタシたち最新型のアンドロイドは純粋な無機物じゃないんだ。かといって有機物でもない。原始的な言い方をすれば錯体化学の延長線上のようなものにナノテクノロジーが加わって無機物と有機物の間を自由自在に行ったり来たりするものであって…おい!リリアス!大丈夫か!頭から煙!?人間ってそうだったか!?え、いや、ああ、大丈夫ならいいんだ。うん、とにかくまあ、アタシたちの身体に流れる液体は血液のようなものと呼べなくもない」
危ない。
セリナが急にわけのわからないことを言い出すものだから、私の頭がもう少しで爆裂してしまうところだった。
とにかく、アイナとセリナの中には血みたいなものが流れているということらしく、私はローザとライラに確認する。
「私、アイナとセリナの血を吸っても、いいかな?」
ローザは少し複雑な表情を浮かべてから頷き、ライラは「試してみる価値はありそうだね」と言った。
「じゃあ、まずはアタシからでいいかな」
そう言ってセリナが一歩前に出ると、あ、私、今からこの子の血を吸うんだ…などと思ってしまう。
アンドロイドだというけど真っ白でスベスベな女の子にしか見えないセリナの首筋に牙を突き立てて血を吸っちゃうんだ、私…。
ローザとライラが見守る目の前で。
なんか、すごくいけないことをしようとしてる気分…!
私がゆっくり近付きセリナの肩に手をかけた瞬間、しばらく黙っていたアイナが突然「すまない」と呟いた。
「フラッシュ!」
アイナのその叫び声とともに私の視界は真っ白になり、何も見えなくなってしまった。
同時に強烈な刺激臭がして私の嗅覚も狂ってしまう。
私だけじゃなくローザとライラも同じだったようで、私たちの目が見るようになった時にはアイナとセリナは影も形もなくなってしまった。
逃げたのだ。
アイナとセリナは。
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