62 / 90
第2章
10 change of heart
しおりを挟む
「ちょっとリリアス、落ち着いて…?」
「お怒りを鎮めてくださいまし、リリアス様…」
いつの間にか寄り添っていたライラとローザが祈るように両手を胸の前で組んで私にそう言った。
「何よ、まるで私を悪神か何かみたいに扱って…!別にあなたたちには何もしないし私はケイトとアンズを守っただけよ。充分に落ち着いているわ…!」
アイナとセリナは木の幹を支えにしてヨロヨロと立ち上がる。
「だからって、いきなりぶっ放すことはないだろ…!」
「…まあ、それについては悪かったわ。とにかく早くシェナとかいう国に案内しなさいよ」
「だが、我々に課せられたミッションは機械装甲兵の村の調査と殲滅であって…」
「だ、か、ら…!」
そう言いながら私はまたイライラしてしまい魔力が燃え上がる。
「そんなふうにチンタラやってるヒマはないって言ってるでしょ…!シェナとかいう国で何もかも吹っ飛ばせば戦争が終わってゲートも開くんだから、さっさと行きましょうって私は言ってるのよ…!」
アイナはまだ納得いかない様子で「だが…」などと呟いたが、私が視線を向けるとセリナがすぐに「いやアイナ、言う通りにしよう」と言う。
「確かに、リリアスの言うことにも一理ある。それにミッションからは逸脱しちまうけど、他の球体世界からの介入者という不測の事態で言い訳も立つ。何より…従わないとアタシたちが危ないぞ…!」
その言い分に、何よそれじゃまるで私が暴力で脅したみたいじゃないのよと思ったけど、よく考えてみれば、いや、よく考えなくても普通にその通りだった。
脅している。今まさに。
私は恐ろしい吸血鬼として、あるいは雷竜王として、アイナとセリナを今まさにガルルルル…と脅してしまっている。
「仕方ない…。では行くぞ…!ついてこい…!」
アイナがそう言って両方の手のひらと足の裏から空気を吹き出して宙に浮かぶ。セリナもそれに続く。鬱蒼と茂る森の中、木々の合間を縫って空へ飛び立とうとしている。
私も雷竜の翼を広げ、ローザとライラを抱きかかえて飛んでいかなくちゃいけないけど、手を差し伸べようと近付く私をじっと見つめたまま二人は身を固くしている。
「…大丈夫よ。噛み付いたりしないから」
そう言った私にローザは悲しげな微笑みを浮かべて「違いますわ」と首を振る。
「わたくしが恐れているのは吸血鬼としての凶暴性などではありませんわ」
私は首をかしげる。
「リリアス様が変わってしまいつつあること、そしてその先に起こり得る未来が何より恐ろしいのです…」
手を差し伸べようとしていた私の動きが止まってしまう。
……私、変わった?
「ですが、行きましょう。確かに急がなくてはなりませんものね」
「うん、早くこの球体世界を出てリリアスのお父さんたちに会いに行くんだよね。大丈夫。あたしは正直ちょっと怖かったけど、もう怖くないよ」
固まっていた私の両脇にローザとライラが自分から収まり、私は二人の腰を抱き寄せる。
「リリアス、と言ったか」
振り向くと、ケイトとアンズが私を見つめていた。
「ありがとうな。助かったよ…」
二人は怯えの表情を浮かべながらも、微笑んで頭を下げた。
私はどういう顔をしていいかわからなかったけど、きっと、少し微笑んで頷いたんだと思う。
そして、私はローザとライラを抱きかかえて、戦場に向かって飛び立った。
******
「私、変わったかな…」
エントロクラッツの大陸の東端にあるというシェナ連邦に向かい、アイナとセリナの後ろを飛びながら、私はポツリとそう呟いた。
私の左脇に抱えられたローザが答える。
「…そうですわね。少し」
雷竜の翼を羽ばたかせて空を飛ぶ私の耳に、ビュービューと風を切る音が響く。
「…どんなところが?」
確かに、吸血鬼になってしまってからどんどん怒りっぽくなっているとは思う。
もともと生理前はイライラしがちではあったけど、怒鳴ったりましてや暴力を振るったりすることは一切なかった。いくら幼少期に山猿令嬢と呼ばれた私でも、仮にも侯爵令嬢として最低限の自制はしていたつもりだ。
ただそれが吸血鬼として目覚めたことで、そのあたりのタガが外れやすくなってしまったということはあるかもしれない。
だけどローザから返ってきた言葉はそれとはまた別のことだった。
「吸血鬼になったご自分を受け入れ始めてしまっているところ、でしょうか」
そう言われて私はハッとする。
確かに。
確かにそれはそう、かもしれない。
人間の血を求めてしまうことは吸血鬼の性質として仕方ないと思ってしまっているし、さっきアイナとセリナを脅してしまった時も《まあ実際に吸血鬼なんだから仕方ないわ》という気持ちもあったような気がする。赤・青・緑の大きな機械人間を壊した時に《面倒くさい話を聞くより暴れるほうが楽しいわね!》と思ってしまったのは、山猿令嬢と呼ばれた私のもともとの性格かもしれないけど、確かに私は今の自分が吸血鬼であることを、少なくともある程度は受け入れてしまっているのかもしれない。
「リリアス様はもう、人間に戻りたくはないのですか…?」
ローザが私にしがみつく両腕の力をキュッと強めて、そう言った。
…そうか。
ローザはきっと、浮気した私が嫌いになったとかライラのほうが好きになったとかじゃなくて、私が人間としての私を捨てようとしているんじゃないかと思って、それが怖くて近付けなかった、ということなのかな…。
聖女だもんね…。
そうなれば、私を滅するしかなくなってしまう。
それが、怖かったんだ、きっと。
私の左胸あたりに顔を押し付けたローザの髪の毛の甘い香りが鼻をくすぐる。
それにドギマギしながら私は答える。
「も、戻りたいよ…!人間に戻ってローザと仲良くしたいよ、私は…!決して、吸血鬼になりたいわけじゃない…!」
ローザは私に顔を押し付けたまま言う。
「でも、アルミラ様のことも好きなんですわよね…」
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「う、うん…ごめん…」
でも、ローザだって最近なんだかライラと仲良しみたいだし、いや、だからって私が許されるわけじゃないけど…。
そんなことを思っていると、ローザが少し声のトーンを上げて言う。
「それは、アルミラ様が吸血鬼だから、ですか?」
私はローザの言っている意味がわからなくて聞き返す。
「え?どういうこと?」
ローザは少し黙ってから答える。
「…すみません。変な聞き方でしたわね。仮定の話は難しいかと思いますが、もしアルミラ様が人間だったとしたら、リリアス様はどう思われますか…?」
私の頭の中に一瞬で浮かぶ。
私とローザとアルミラ、三人で手を繋いで陽の当たる草原を歩き、笑い合っているところが。
「そんなの…!それが一番いいよ!私もアルミラも人間で、ローザとも仲良く一緒にいれたら…って、ごめん、そんなの、私のわがままだよね…!」
ローザは予想外の返答をする。
「いえ、それは今やわたくしにとっても理想ですわ」
混乱して私から「へ!?」という声が漏れる。
「確かに、わたくしも最初は約束を破られたことに怒り、嫉妬もしましたわ。わたくしだけのリリアス様と思っていましたから。でも、アルミラ様も同じくらい好きになってしまわれたこと自体はもう、いいのです。何より、わたくし自身もアルミラ様のことは素敵だと思いますし」
私は心の整理が追いつかず「え?え?」としか声が出ない。
「聖女のわたくしとしては、リリアス様が人間よりも吸血鬼を選ぶという意味でアルミラ様に心惹かれているのでなければ、それでいいのです。そして、それは杞憂だったと今わかりました。そうなればもはや目指すべき道はひとつ、ですわ」
私はローザの言っていることの意味がわからず「え、何?目指す、道?」とうろたえる。
「そうですわリリアス様。ねえ、ライラ」
ローザがそう言うと、私の右側にしがみつくライラが恥ずかしそうに「うん」と答える。
「リリアスは好きな子が複数いても、みんなちゃんと好きでいられそう?」
ライラに突然そんなことを聞かれて、私はしどろもどろになりながら答える。
「え、そんな、どうかな…。でも今は、いえ、きっとこれからも、ローザとアルミラは同じくらい好きよ…」
その答えに満足そうにライラは「じゃあ、やっぱりアレしかないね」と私をギュッと抱きしめる。
「あ、アレ?」
「そう、アレだよ」
え、ちょっと、何?
ていうか、なんでライラ、私を抱きしめるの?
「うふふ、アレですわ」
「だ、だから何なのよ、アレって!」
ローザが私の左胸のあたりから顔を離し、耳元のあたりで甘くささやく。
「ハーレム、ですわ」
私は一瞬、頭が真っ白になる。
「はははハーレム!?ななななななな何言ってんの!?」
私は驚きのあまり空を飛ぶ体勢を崩してローザもライラも落としそうになってしまう。
「きゃっ!」「わ!」ローザとライラが同時に短い悲鳴を上げ、私は二人を抱きかかえ直すと「ごごごめん!」と謝る。
「いけませんわ、しっかり捕まえていてくださらないと」
「だだだってハーレムとか急に言うから!」
「みんながしあわせになるにはそれしかないじゃありませんの」
「そ、そんな!だったらなんで私がアルミラの血を吸った時あんなに怒ってたのよ!」
「ですからあの時は約束を破られたからですわ。わたくしを最初に吸血してくださるっておっしゃってたのに」
「う、まあ、それはそうだったけど」
「それに、わたくしもこのエントロクラッツに来てからいろいろ思うところもありましたのよ」
「でも私だって、ローザかアルミラか、最後にはどっちか選ばなきゃいけないのかな、なんて悩んだりしてたのよ!?」
「どうしてですの?」
「ど、どうしてって普通は好きな人は1人だし、それにもしローザと結ばれて人間に戻ったら吸血鬼のアルミラに狙われちゃうじゃない!」
「わたくしとキスをして人間に戻ったあと、アルミラ様ともキスをして人間に戻して差し上げればいいだけじゃありませんの」
「え!?そ、そんなこと…!」
「できるんじゃありませんか?アルミラ様と相思相愛でリリアス様も誰からも吸血されていなければ」
「………た、確かに」
「だから悩まずにみんな選べばいいんですわ。それに」
「それに!?」
「わたくしとアルミラ様だけではありませんわ」
「へ!?」
私の右側からライラがギュッと力を込めて抱きつく。
「あたしもリリアスのこと、好きになっちゃったみたい…」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、いつの間にか私は「ええええええええええ!?」と叫んでいる。
「あたしが初めてリリアスを見たのはファルナレークの薔薇の不死城…。闇騎士のカミーユに襲われる寸前であたしを助けてくれた姿が今も目に焼き付いて離れないんだ…」
「そう、それで最近わたくしはライラから相談をこっそり受けていまして、このハーレムという結論に至りましたのよ…」
「ファルナレークだとそういう家族も時々いるよ?だから、いいよね、リリアス…」
「わたくしたちのこと、しっかり捕まえていてくださいまし…」
そんなことを左右両方から言われて正気を保っていられるはずがなく私は雷竜の翼の羽ばたき方を忘れてしまい、前方を飛ぶアイナとセリナに「ちょちょっと降りる!1回降りるわよ!」と叫びながらフラフラと地上に舞い降りていった。
「お怒りを鎮めてくださいまし、リリアス様…」
いつの間にか寄り添っていたライラとローザが祈るように両手を胸の前で組んで私にそう言った。
「何よ、まるで私を悪神か何かみたいに扱って…!別にあなたたちには何もしないし私はケイトとアンズを守っただけよ。充分に落ち着いているわ…!」
アイナとセリナは木の幹を支えにしてヨロヨロと立ち上がる。
「だからって、いきなりぶっ放すことはないだろ…!」
「…まあ、それについては悪かったわ。とにかく早くシェナとかいう国に案内しなさいよ」
「だが、我々に課せられたミッションは機械装甲兵の村の調査と殲滅であって…」
「だ、か、ら…!」
そう言いながら私はまたイライラしてしまい魔力が燃え上がる。
「そんなふうにチンタラやってるヒマはないって言ってるでしょ…!シェナとかいう国で何もかも吹っ飛ばせば戦争が終わってゲートも開くんだから、さっさと行きましょうって私は言ってるのよ…!」
アイナはまだ納得いかない様子で「だが…」などと呟いたが、私が視線を向けるとセリナがすぐに「いやアイナ、言う通りにしよう」と言う。
「確かに、リリアスの言うことにも一理ある。それにミッションからは逸脱しちまうけど、他の球体世界からの介入者という不測の事態で言い訳も立つ。何より…従わないとアタシたちが危ないぞ…!」
その言い分に、何よそれじゃまるで私が暴力で脅したみたいじゃないのよと思ったけど、よく考えてみれば、いや、よく考えなくても普通にその通りだった。
脅している。今まさに。
私は恐ろしい吸血鬼として、あるいは雷竜王として、アイナとセリナを今まさにガルルルル…と脅してしまっている。
「仕方ない…。では行くぞ…!ついてこい…!」
アイナがそう言って両方の手のひらと足の裏から空気を吹き出して宙に浮かぶ。セリナもそれに続く。鬱蒼と茂る森の中、木々の合間を縫って空へ飛び立とうとしている。
私も雷竜の翼を広げ、ローザとライラを抱きかかえて飛んでいかなくちゃいけないけど、手を差し伸べようと近付く私をじっと見つめたまま二人は身を固くしている。
「…大丈夫よ。噛み付いたりしないから」
そう言った私にローザは悲しげな微笑みを浮かべて「違いますわ」と首を振る。
「わたくしが恐れているのは吸血鬼としての凶暴性などではありませんわ」
私は首をかしげる。
「リリアス様が変わってしまいつつあること、そしてその先に起こり得る未来が何より恐ろしいのです…」
手を差し伸べようとしていた私の動きが止まってしまう。
……私、変わった?
「ですが、行きましょう。確かに急がなくてはなりませんものね」
「うん、早くこの球体世界を出てリリアスのお父さんたちに会いに行くんだよね。大丈夫。あたしは正直ちょっと怖かったけど、もう怖くないよ」
固まっていた私の両脇にローザとライラが自分から収まり、私は二人の腰を抱き寄せる。
「リリアス、と言ったか」
振り向くと、ケイトとアンズが私を見つめていた。
「ありがとうな。助かったよ…」
二人は怯えの表情を浮かべながらも、微笑んで頭を下げた。
私はどういう顔をしていいかわからなかったけど、きっと、少し微笑んで頷いたんだと思う。
そして、私はローザとライラを抱きかかえて、戦場に向かって飛び立った。
******
「私、変わったかな…」
エントロクラッツの大陸の東端にあるというシェナ連邦に向かい、アイナとセリナの後ろを飛びながら、私はポツリとそう呟いた。
私の左脇に抱えられたローザが答える。
「…そうですわね。少し」
雷竜の翼を羽ばたかせて空を飛ぶ私の耳に、ビュービューと風を切る音が響く。
「…どんなところが?」
確かに、吸血鬼になってしまってからどんどん怒りっぽくなっているとは思う。
もともと生理前はイライラしがちではあったけど、怒鳴ったりましてや暴力を振るったりすることは一切なかった。いくら幼少期に山猿令嬢と呼ばれた私でも、仮にも侯爵令嬢として最低限の自制はしていたつもりだ。
ただそれが吸血鬼として目覚めたことで、そのあたりのタガが外れやすくなってしまったということはあるかもしれない。
だけどローザから返ってきた言葉はそれとはまた別のことだった。
「吸血鬼になったご自分を受け入れ始めてしまっているところ、でしょうか」
そう言われて私はハッとする。
確かに。
確かにそれはそう、かもしれない。
人間の血を求めてしまうことは吸血鬼の性質として仕方ないと思ってしまっているし、さっきアイナとセリナを脅してしまった時も《まあ実際に吸血鬼なんだから仕方ないわ》という気持ちもあったような気がする。赤・青・緑の大きな機械人間を壊した時に《面倒くさい話を聞くより暴れるほうが楽しいわね!》と思ってしまったのは、山猿令嬢と呼ばれた私のもともとの性格かもしれないけど、確かに私は今の自分が吸血鬼であることを、少なくともある程度は受け入れてしまっているのかもしれない。
「リリアス様はもう、人間に戻りたくはないのですか…?」
ローザが私にしがみつく両腕の力をキュッと強めて、そう言った。
…そうか。
ローザはきっと、浮気した私が嫌いになったとかライラのほうが好きになったとかじゃなくて、私が人間としての私を捨てようとしているんじゃないかと思って、それが怖くて近付けなかった、ということなのかな…。
聖女だもんね…。
そうなれば、私を滅するしかなくなってしまう。
それが、怖かったんだ、きっと。
私の左胸あたりに顔を押し付けたローザの髪の毛の甘い香りが鼻をくすぐる。
それにドギマギしながら私は答える。
「も、戻りたいよ…!人間に戻ってローザと仲良くしたいよ、私は…!決して、吸血鬼になりたいわけじゃない…!」
ローザは私に顔を押し付けたまま言う。
「でも、アルミラ様のことも好きなんですわよね…」
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「う、うん…ごめん…」
でも、ローザだって最近なんだかライラと仲良しみたいだし、いや、だからって私が許されるわけじゃないけど…。
そんなことを思っていると、ローザが少し声のトーンを上げて言う。
「それは、アルミラ様が吸血鬼だから、ですか?」
私はローザの言っている意味がわからなくて聞き返す。
「え?どういうこと?」
ローザは少し黙ってから答える。
「…すみません。変な聞き方でしたわね。仮定の話は難しいかと思いますが、もしアルミラ様が人間だったとしたら、リリアス様はどう思われますか…?」
私の頭の中に一瞬で浮かぶ。
私とローザとアルミラ、三人で手を繋いで陽の当たる草原を歩き、笑い合っているところが。
「そんなの…!それが一番いいよ!私もアルミラも人間で、ローザとも仲良く一緒にいれたら…って、ごめん、そんなの、私のわがままだよね…!」
ローザは予想外の返答をする。
「いえ、それは今やわたくしにとっても理想ですわ」
混乱して私から「へ!?」という声が漏れる。
「確かに、わたくしも最初は約束を破られたことに怒り、嫉妬もしましたわ。わたくしだけのリリアス様と思っていましたから。でも、アルミラ様も同じくらい好きになってしまわれたこと自体はもう、いいのです。何より、わたくし自身もアルミラ様のことは素敵だと思いますし」
私は心の整理が追いつかず「え?え?」としか声が出ない。
「聖女のわたくしとしては、リリアス様が人間よりも吸血鬼を選ぶという意味でアルミラ様に心惹かれているのでなければ、それでいいのです。そして、それは杞憂だったと今わかりました。そうなればもはや目指すべき道はひとつ、ですわ」
私はローザの言っていることの意味がわからず「え、何?目指す、道?」とうろたえる。
「そうですわリリアス様。ねえ、ライラ」
ローザがそう言うと、私の右側にしがみつくライラが恥ずかしそうに「うん」と答える。
「リリアスは好きな子が複数いても、みんなちゃんと好きでいられそう?」
ライラに突然そんなことを聞かれて、私はしどろもどろになりながら答える。
「え、そんな、どうかな…。でも今は、いえ、きっとこれからも、ローザとアルミラは同じくらい好きよ…」
その答えに満足そうにライラは「じゃあ、やっぱりアレしかないね」と私をギュッと抱きしめる。
「あ、アレ?」
「そう、アレだよ」
え、ちょっと、何?
ていうか、なんでライラ、私を抱きしめるの?
「うふふ、アレですわ」
「だ、だから何なのよ、アレって!」
ローザが私の左胸のあたりから顔を離し、耳元のあたりで甘くささやく。
「ハーレム、ですわ」
私は一瞬、頭が真っ白になる。
「はははハーレム!?ななななななな何言ってんの!?」
私は驚きのあまり空を飛ぶ体勢を崩してローザもライラも落としそうになってしまう。
「きゃっ!」「わ!」ローザとライラが同時に短い悲鳴を上げ、私は二人を抱きかかえ直すと「ごごごめん!」と謝る。
「いけませんわ、しっかり捕まえていてくださらないと」
「だだだってハーレムとか急に言うから!」
「みんながしあわせになるにはそれしかないじゃありませんの」
「そ、そんな!だったらなんで私がアルミラの血を吸った時あんなに怒ってたのよ!」
「ですからあの時は約束を破られたからですわ。わたくしを最初に吸血してくださるっておっしゃってたのに」
「う、まあ、それはそうだったけど」
「それに、わたくしもこのエントロクラッツに来てからいろいろ思うところもありましたのよ」
「でも私だって、ローザかアルミラか、最後にはどっちか選ばなきゃいけないのかな、なんて悩んだりしてたのよ!?」
「どうしてですの?」
「ど、どうしてって普通は好きな人は1人だし、それにもしローザと結ばれて人間に戻ったら吸血鬼のアルミラに狙われちゃうじゃない!」
「わたくしとキスをして人間に戻ったあと、アルミラ様ともキスをして人間に戻して差し上げればいいだけじゃありませんの」
「え!?そ、そんなこと…!」
「できるんじゃありませんか?アルミラ様と相思相愛でリリアス様も誰からも吸血されていなければ」
「………た、確かに」
「だから悩まずにみんな選べばいいんですわ。それに」
「それに!?」
「わたくしとアルミラ様だけではありませんわ」
「へ!?」
私の右側からライラがギュッと力を込めて抱きつく。
「あたしもリリアスのこと、好きになっちゃったみたい…」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、いつの間にか私は「ええええええええええ!?」と叫んでいる。
「あたしが初めてリリアスを見たのはファルナレークの薔薇の不死城…。闇騎士のカミーユに襲われる寸前であたしを助けてくれた姿が今も目に焼き付いて離れないんだ…」
「そう、それで最近わたくしはライラから相談をこっそり受けていまして、このハーレムという結論に至りましたのよ…」
「ファルナレークだとそういう家族も時々いるよ?だから、いいよね、リリアス…」
「わたくしたちのこと、しっかり捕まえていてくださいまし…」
そんなことを左右両方から言われて正気を保っていられるはずがなく私は雷竜の翼の羽ばたき方を忘れてしまい、前方を飛ぶアイナとセリナに「ちょちょっと降りる!1回降りるわよ!」と叫びながらフラフラと地上に舞い降りていった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】婚約破棄をされたが、私は聖女で悪役令嬢ではない。
夜空のかけら
ファンタジー
自称王子は、悪役令嬢に婚約破棄を宣言する。
悪役令嬢?
聖女??
婚約者とは何だ??
*
4話で完結
恋愛要素がないので、ファンタジーにカテゴリ変更しました。
タグも変更。書いているうちに変化してしまった。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。
みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。
主人公は断罪から逃れることは出来るのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる