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第2章

10 change of heart

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「ちょっとリリアス、落ち着いて…?」
「お怒りを鎮めてくださいまし、リリアス様…」

いつの間にか寄り添っていたライラとローザが祈るように両手を胸の前で組んで私にそう言った。

「何よ、まるで私を悪神か何かみたいに扱って…!別にあなたたちには何もしないし私はケイトとアンズを守っただけよ。充分に落ち着いているわ…!」

アイナとセリナは木の幹を支えにしてヨロヨロと立ち上がる。

「だからって、いきなりぶっ放すことはないだろ…!」
「…まあ、それについては悪かったわ。とにかく早くシェナとかいう国に案内しなさいよ」
「だが、我々に課せられたミッションは機械装甲兵の村の調査と殲滅であって…」
「だ、か、ら…!」

そう言いながら私はまたイライラしてしまい魔力が燃え上がる。

「そんなふうにチンタラやってるヒマはないって言ってるでしょ…!シェナとかいう国で何もかも吹っ飛ばせば戦争が終わってゲートも開くんだから、さっさと行きましょうって私は言ってるのよ…!」

アイナはまだ納得いかない様子で「だが…」などと呟いたが、私が視線を向けるとセリナがすぐに「いやアイナ、言う通りにしよう」と言う。

「確かに、リリアスの言うことにも一理ある。それにミッションからは逸脱しちまうけど、他の球体世界スフィアからの介入者という不測の事態で言い訳も立つ。何より…従わないとアタシたちが危ないぞ…!」

その言い分に、何よそれじゃまるで私が暴力で脅したみたいじゃないのよと思ったけど、よく考えてみれば、いや、よく考えなくても普通にその通りだった。

脅している。今まさに。

私は恐ろしい吸血鬼ヴァンパイアとして、あるいは雷竜王として、アイナとセリナを今まさにガルルルル…と脅してしまっている。

「仕方ない…。では行くぞ…!ついてこい…!」

アイナがそう言って両方の手のひらと足の裏から空気を吹き出して宙に浮かぶ。セリナもそれに続く。鬱蒼と茂る森の中、木々の合間を縫って空へ飛び立とうとしている。

私も雷竜の翼を広げ、ローザとライラを抱きかかえて飛んでいかなくちゃいけないけど、手を差し伸べようと近付く私をじっと見つめたまま二人は身を固くしている。

「…大丈夫よ。噛み付いたりしないから」

そう言った私にローザは悲しげな微笑みを浮かべて「違いますわ」と首を振る。

「わたくしが恐れているのは吸血鬼ヴァンパイアとしての凶暴性などではありませんわ」

私は首をかしげる。

「リリアス様が変わってしまいつつあること、そしてその先に起こり得る未来が何より恐ろしいのです…」

手を差し伸べようとしていた私の動きが止まってしまう。

……私、変わった?

「ですが、行きましょう。確かに急がなくてはなりませんものね」
「うん、早くこの球体世界スフィアを出てリリアスのお父さんたちに会いに行くんだよね。大丈夫。あたしは正直ちょっと怖かったけど、もう怖くないよ」

固まっていた私の両脇にローザとライラが自分から収まり、私は二人の腰を抱き寄せる。

「リリアス、と言ったか」

振り向くと、ケイトとアンズが私を見つめていた。

「ありがとうな。助かったよ…」

二人は怯えの表情を浮かべながらも、微笑んで頭を下げた。
私はどういう顔をしていいかわからなかったけど、きっと、少し微笑んで頷いたんだと思う。

そして、私はローザとライラを抱きかかえて、戦場に向かって飛び立った。


******


「私、変わったかな…」

エントロクラッツの大陸の東端にあるというシェナ連邦に向かい、アイナとセリナの後ろを飛びながら、私はポツリとそう呟いた。

私の左脇に抱えられたローザが答える。

「…そうですわね。少し」

雷竜の翼を羽ばたかせて空を飛ぶ私の耳に、ビュービューと風を切る音が響く。

「…どんなところが?」

確かに、吸血鬼ヴァンパイアになってしまってからどんどん怒りっぽくなっているとは思う。
もともと生理前はイライラしがちではあったけど、怒鳴ったりましてや暴力を振るったりすることは一切なかった。いくら幼少期に山猿令嬢と呼ばれた私でも、仮にも侯爵令嬢として最低限の自制はしていたつもりだ。

ただそれが吸血鬼ヴァンパイアとして目覚めたことで、そのあたりのタガが外れやすくなってしまったということはあるかもしれない。

だけどローザから返ってきた言葉はそれとはまた別のことだった。

吸血鬼ヴァンパイアになったご自分を受け入れ始めてしまっているところ、でしょうか」

そう言われて私はハッとする。

確かに。

確かにそれはそう、かもしれない。

人間の血を求めてしまうことは吸血鬼ヴァンパイアの性質として仕方ないと思ってしまっているし、さっきアイナとセリナを脅してしまった時も《まあ実際に吸血鬼ヴァンパイアなんだから仕方ないわ》という気持ちもあったような気がする。赤・青・緑の大きな機械人間を壊した時に《面倒くさい話を聞くより暴れるほうが楽しいわね!》と思ってしまったのは、山猿令嬢と呼ばれた私のもともとの性格かもしれないけど、確かに私は今の自分が吸血鬼ヴァンパイアであることを、少なくともある程度は受け入れてしまっているのかもしれない。

「リリアス様はもう、人間に戻りたくはないのですか…?」

ローザが私にしがみつく両腕の力をキュッと強めて、そう言った。

…そうか。

ローザはきっと、浮気した私が嫌いになったとかライラのほうが好きになったとかじゃなくて、私が人間としての私を捨てようとしているんじゃないかと思って、それが怖くて近付けなかった、ということなのかな…。

聖女だもんね…。
そうなれば、私を滅するしかなくなってしまう。

それが、怖かったんだ、きっと。

私の左胸あたりに顔を押し付けたローザの髪の毛の甘い香りが鼻をくすぐる。
それにドギマギしながら私は答える。

「も、戻りたいよ…!人間に戻ってローザと仲良くしたいよ、私は…!決して、吸血鬼ヴァンパイアになりたいわけじゃない…!」

ローザは私に顔を押し付けたまま言う。

「でも、アルミラ様のことも好きなんですわよね…」

私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

「う、うん…ごめん…」

でも、ローザだって最近なんだかライラと仲良しみたいだし、いや、だからって私が許されるわけじゃないけど…。
そんなことを思っていると、ローザが少し声のトーンを上げて言う。

「それは、アルミラ様が吸血鬼ヴァンパイアだから、ですか?」

私はローザの言っている意味がわからなくて聞き返す。

「え?どういうこと?」

ローザは少し黙ってから答える。

「…すみません。変な聞き方でしたわね。仮定の話は難しいかと思いますが、もしアルミラ様が人間だったとしたら、リリアス様はどう思われますか…?」

私の頭の中に一瞬で浮かぶ。

私とローザとアルミラ、三人で手を繋いで陽の当たる草原を歩き、笑い合っているところが。

「そんなの…!それが一番いいよ!私もアルミラも人間で、ローザとも仲良く一緒にいれたら…って、ごめん、そんなの、私のわがままだよね…!」

ローザは予想外の返答をする。

「いえ、それは今やわたくしにとっても理想ですわ」

混乱して私から「へ!?」という声が漏れる。

「確かに、わたくしも最初は約束を破られたことに怒り、嫉妬もしましたわ。わたくしだけのリリアス様と思っていましたから。でも、アルミラ様も同じくらい好きになってしまわれたこと自体はもう、いいのです。何より、わたくし自身もアルミラ様のことは素敵だと思いますし」

私は心の整理が追いつかず「え?え?」としか声が出ない。

「聖女のわたくしとしては、リリアス様が人間よりも吸血鬼ヴァンパイアを選ぶという意味でアルミラ様に心惹かれているのでなければ、それでいいのです。そして、それは杞憂だったと今わかりました。そうなればもはや目指すべき道はひとつ、ですわ」

私はローザの言っていることの意味がわからず「え、何?目指す、道?」とうろたえる。

「そうですわリリアス様。ねえ、ライラ」

ローザがそう言うと、私の右側にしがみつくライラが恥ずかしそうに「うん」と答える。

「リリアスは好きな子が複数いても、みんなちゃんと好きでいられそう?」

ライラに突然そんなことを聞かれて、私はしどろもどろになりながら答える。

「え、そんな、どうかな…。でも今は、いえ、きっとこれからも、ローザとアルミラは同じくらい好きよ…」

その答えに満足そうにライラは「じゃあ、やっぱりアレしかないね」と私をギュッと抱きしめる。

「あ、アレ?」
「そう、アレだよ」

え、ちょっと、何?
ていうか、なんでライラ、私を抱きしめるの?

「うふふ、アレですわ」
「だ、だから何なのよ、アレって!」

ローザが私の左胸のあたりから顔を離し、耳元のあたりで甘くささやく。

「ハーレム、ですわ」

私は一瞬、頭が真っ白になる。

「はははハーレム!?ななななななな何言ってんの!?」

私は驚きのあまり空を飛ぶ体勢を崩してローザもライラも落としそうになってしまう。

「きゃっ!」「わ!」ローザとライラが同時に短い悲鳴を上げ、私は二人を抱きかかえ直すと「ごごごめん!」と謝る。

「いけませんわ、しっかり捕まえていてくださらないと」
「だだだってハーレムとか急に言うから!」
「みんながしあわせになるにはそれしかないじゃありませんの」
「そ、そんな!だったらなんで私がアルミラの血を吸った時あんなに怒ってたのよ!」
「ですからあの時は約束を破られたからですわ。わたくしを最初に吸血してくださるっておっしゃってたのに」
「う、まあ、それはそうだったけど」
「それに、わたくしもこのエントロクラッツに来てからいろいろ思うところもありましたのよ」
「でも私だって、ローザかアルミラか、最後にはどっちか選ばなきゃいけないのかな、なんて悩んだりしてたのよ!?」
「どうしてですの?」
「ど、どうしてって普通は好きな人は1人だし、それにもしローザと結ばれて人間に戻ったら吸血鬼ヴァンパイアのアルミラに狙われちゃうじゃない!」
「わたくしとキスをして人間に戻ったあと、アルミラ様ともキスをして人間に戻して差し上げればいいだけじゃありませんの」
「え!?そ、そんなこと…!」
「できるんじゃありませんか?アルミラ様と相思相愛でリリアス様も誰からも吸血されていなければ」
「………た、確かに」
「だから悩まずにみんな選べばいいんですわ。それに」
「それに!?」
「わたくしとアルミラ様だけではありませんわ」
「へ!?」

私の右側からライラがギュッと力を込めて抱きつく。

「あたしもリリアスのこと、好きになっちゃったみたい…」

頭の中がぐちゃぐちゃになって、いつの間にか私は「ええええええええええ!?」と叫んでいる。

「あたしが初めてリリアスを見たのはファルナレークの薔薇の不死城ロサカステルム…。闇騎士のカミーユに襲われる寸前であたしを助けてくれた姿が今も目に焼き付いて離れないんだ…」
「そう、それで最近わたくしはライラから相談をこっそり受けていまして、このハーレムという結論に至りましたのよ…」
「ファルナレークだとそういう家族も時々いるよ?だから、いいよね、リリアス…」
「わたくしたちのこと、しっかり捕まえていてくださいまし…」

そんなことを左右両方から言われて正気を保っていられるはずがなく私は雷竜の翼の羽ばたき方を忘れてしまい、前方を飛ぶアイナとセリナに「ちょちょっと降りる!1回降りるわよ!」と叫びながらフラフラと地上に舞い降りていった。
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