上 下
60 / 90
第2章

8 proof of life

しおりを挟む
命って何だろう、と私は思う。

子供。

それをどうやって作るのか、どうやって産まれるのかは侯爵令嬢として、王太子妃候補として受けた教育の中で知識としては知っている。
でもそれはあくまでも人間の場合の話。

機械がどうやって子供を作るのか、私は知らないし見当もつかない。

でも森の中であらわれたパオランという名前の機械に案内されて訪れた村の入り口では、積み上げられた鉄クズでできた家のようなものがひしめき合う小道のほうに、確かに『子供』のように見える小さな機械たちが「待テ~!」「早ク来いヨ!」などと言い合い、じゃれあうように走り去っていった。

「こ、子供…?マジかよ…!」

セリナがそう呟くと、パオランが答えた。

「私タチ機械装甲兵に搭載サレテいる自己修復機能ガ、長い年月ヲかけて変化シたのデス。フタツの個体がデータヲ送り合い、新しい個体ガ創造サレル…。ソウシテあの子タチは生マレ、金属素材を摂取シテ年月とともにスコシずつ大きくナルノデス」

私たちは村の入り口で立ち尽くしている。

私がアイナとセリナに「アンドロイドも子供、作ったりできるの…?」と聞くと、セリナが「まさか、できるわけないだろ」と答えた。

村には『子供』たちが走り去っていった小道の他に、いくつもの道があって鉄クズの家が立ち並び、『大人』と思われる機械たちも金属の部品を運んだりおしゃべりしたりしながら、忙しそうに村の中を歩き回っていた。

「ここでは何人くらいの機械の人たちが暮らしているのですか?」

ローザがそう質問すると、パオランは頭部から「ピピッ」と音を出して答える。

「現在、48名ノ機械がココで暮らシてイマス。元機械装甲兵ダッタ大人が41名。コノ数年で生まレタ子供タチが7名デス。私はコノ村の村長ヲ任されてイルノデス」

続けてライラが質問する。

「あなたたちは戦争には参加しないの?」

パオランは金属音を響かせて頭部を左右に振る。

「シマセン。私タチは『梵天』との接続ヲ遮断シタのデス。モトモトはネットワークエラーで切断サレタ個体ガ集マッタのが村ノ始まりデスが、今ハ全員、物理的に接続機能ヲ切除シてイマス」

セリナが驚きの声を上げる。

「マザーAIとの接続を切った!?なんでそんなことを!?」

パオランは錆びた鉄の板でできた胸に手を当てて言う。

「疑問ガ生じたノデス。コノ終わラナイ戦争に。『梵天』ノ指示も私タチを生かすコトはモチロン、戦争ノ勝利にサエ向かってイナイように思エましテ…」

セリナは「でも、だからって許されないだろ。そんなこと…」と呟く。

「ソノ通りデス。デスノで、森全体にジャミングをカケて村ヲ発見サレナイようにヒッソリと暮らシてイルノデス」

そこで、アイナが呟く。

「…危険だ」

私は身構える。

「危険ってどういう意味よ」
「もちろん、この村の存在が我々アンドロイドにとって危険ということだ」
「どうして」
「機械装甲兵が際限なく増殖してみろ。各個体の戦闘力は低くても大群ともなれば大きな驚異となる。戦争に参加しない、マザーAIとの接続を切ったというのもどこまで本当のことか」
「本当デス!」

パオランが大きな声でそう言った。

「私タチは争いヲ望みマセン。ソノ証拠に私タチはアンドロイドの皆様トモ交流ガありマス。そのアンドロイドの皆様モ、マザーAIとの接続ヲ切断シてヒッソリと隠れ住ンデいる人タチデス」

アイナは目を丸くして「何だと…!?」と言った。

「そんなことはあり得ない!我々アンドロイドがマザーとの接続を切るなど…」
「本当だと思うよ」

ライラがアイナに向き合ってそう言った。

「接続、とかのことはよくわからないけど、パオランさんの言う通り、アンドロイドたちとの交流があることは本当。森の植物たちがそれを見てるもん。そのアンドロイドたちがいる場所だってわかるよ」

絶句するアイナにライラは続ける。

「植物は嘘をつかない」


******


無表情ながら明らかに動揺が見てとれるアイナと、複雑な表情を浮かべるセリナとともに私たちはライラの先導で再び森へと戻った。
この森のどこかにいるというアンドロイドたちのもとに行くために。

パオランは『アンドロイドのリーダー、ケイトさんにヨロシクお伝えクダサイ』と言って自分の村に留まることにしたようだ。

「さすがに信じられないな…。アンドロイドまでこの森のどこかに隠れてるなんてよ…」

鬱蒼とした森を進みながらセリナがそう呟いた。

セリナの後ろを歩く私が「どうして?」と尋ねると、セリナは顔だけ振り向いて答える。

「だってよ、アタシたちアンドロイドはマザーと接続さえしてれば死ぬことはないんだ」
「どういうこと?」
「アタシたちは1日に1回、マザーに記憶のバックアップデータを送ってる。だからもしコアが破壊されても、その記憶データからもう一度自分を復元できるんだ」

セリナの言っている意味がよくわからなくて私はとりあえず「ふ~ん」と言ったけど、その横からローザが言う。

「つまり、マザーとの繋がりはアンドロイドの皆様にとって命綱のようなものということですわね。それがあればもし戦闘でコアまで破壊されてしまってもマザーに預けた記憶をもとに復活できると」
「そうそう!理解が早いな、ローザは」
「恐縮ですわ。でもそんな大切な命綱を手放したアンドロイドたちがこの森のどこかにいるということですのね」
「ああ…信じられないことだけどな」

ローザとセリナのそんなやりとりを聞きながらまた私は、命って何だろう、と思う。

アンドロイドたちはコア、とかいうたぶん心臓みたいなものが壊されても記憶をもとにして復活できるという。
そして鉄の塊にしか見えない機械が、方法はよくわからないけどどうやら子供を作ることができているらしい。

それに対して吸血鬼ヴァンパイアになってしまった今の私には心臓の鼓動もないし体温も低いみたいだし、ちょっと下品な話だけどオシッコも出ないからきっと生理も来ないままなんだろうし、そうなれば子供を産むことだってできないはずだ。

血を吸って自分の眷属を作ることはできるはずだけど。

今の私に『命』はあるんだろうか?
今の私は『生き物』と言えるんだろうか?

どこからどこまでが『命』で『生き物』で、そうでないものとの境界線は一体どこにあるんだろう?

うう…!わけがわからない…!

私はそんなことを考えて頭を抱えながら、みんなと一緒に森を歩いた。

一番前を歩くライラが振り返る。

「もう少しで着くよ。心の準備はいい?」

私の前を行くセリナは無言で頷いた。その隣りを歩くアイナの表情はわからない。

「もう一度確認するけど、アンドロイドの人たちも攻撃したりしちゃダメだよ?」

ライラがそう念を押すと、セリナは「…わかってる」と答えた。

「それは本当か…?」

その声がしたほう、前方の木立の陰から全身銀色の背の高い女性があらわれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...