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第2章

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エントロクラッツ。

7つに分断されているというこの世界のうち、人類はもう滅亡しちゃっていて機械が支配しているとかいう球体世界スフィア

侯爵令嬢なのに吸血鬼ヴァンパイアなんかになってしまった挙げ句こんなわけのわからない異世界に飛ばされてしまった私だったけど、その夜は上機嫌に空を飛んでいた。
血肉を得て獲得した雷竜の翼を背中から広げて。

「えへへへへ!やったやったっ!」

私は右手に大きな熊、左手には立派な角が生えた鹿をぶら下げている。

この球体世界スフィアで最初に目覚めた場所は人がいないのは当然としても動物どころか草木もほとんど見当たらない岩山みたいなところで、三日三晩待っても助けも来なければ食べられそうなものも見つからなくて、ヘロヘロになったローザとライラを洞穴の奥で休ませて、私一人この翼でビューンと食糧を探しにやってきたのだった。

それが功を奏して獲物を捕まえられて、私はごきげん。

なのに、せっかくのその気分を邪魔する奴らがまた、雲の中からあらわれた。

「警告。シェナ連邦ノ人民データ未登録」
「マザーAI『梵天』ヨリ射殺許可ノ取得ヲ確認」
「射殺処理、実行シマス」

フィィィィィィン…と甲高い羽音を響かせながら、銀だか鉄だかよくわからない金属でできた巨大な蝿みたいな奴らが雲をかき分けて大群で私に向かって飛んでくる。あんな金属の虫みたいなのがどこからどうやって喋ってるのか知らないけど、警告だとか何だとか言いながら。

「もう聞き飽きたのよっ!!!」

バリバリバリバリッ!

気持ちよく空を飛んでいたのを邪魔されて腹が立った私は、ここ最近のイライラをそのまま電撃に変えて、大量の金属の蝿みたいな奴らを木っ端微塵に撃ち落とす。

「まったく、今夜だけで何度目かしら…」

岩山を彷徨った三日間では数匹しか見なかった金属蝿だったけど、今夜は行きにも帰りにも数回ずつ大群で遭遇していた。

私は金属蝿たちがバラバラになって落ちていく様子をしばらく眺めてから、雷竜の翼を羽ばたかせた。
右手の熊と左手の鹿を揺らしながら、エントロクラッツの夜空を私は急ぐ。

ローザ!ライラ!

すぐ行くわ!

今夜はお肉祭りよ!


******


「う~ん…ローザぁ…」
「あん…ライラ…感じますわ……」

え、えええええええええ何してんのアンタたち!?

私が獲物を持ち帰ってシュタッと地表に降りた時、二人がいるはずの洞穴の奥からそんな声が聞こえてきて、私は慌てふためいた。
なるべく音を立てずに急いで二人がいるはずの場所の手前まで来たら、そこからはそ~っと、何か自分が悪いことでもしているかのような気持ちになりながら、足を忍ばせて恐る恐る近付いていく。

ライラが出してくれた植物を薪にした焚き火はすっかり消えていて、その向こう側の地面にはローザとライラが抱き合ったまま寝転がっている。

……ちょっと待ってよウソでしょ。
そりゃ私だってファルナレークのお城でアルミラの血をチュッチュチュッチュ吸ったりしちゃったけど、だからって二人のためにごはんを獲ってきた私に隠れてそんな…。

「あたし、もう食べられないよ…」

ライラはむにゃむにゃとそう言うと、寝返りを打ってクカーっといびきをかいてからペチン、と剥き出しの腹を手で打った。

え、なに、寝言………?

私が首をかしげると、ローザもライラとは反対側に寝返りを打ってから身をよじり、体をビクビクと震わせて言った。

「わたくし、もう、いっちゃいますわ……」

ど、どどどんな夢見てるのよ、この変態聖女…!

「起きなさいっ!!」

私が叫ぶと、ローザとライラは雷に打たれたようにバッと飛び起きた。


******


「それにしても、困りましたわね…」

久しぶりの食事のあと、焚き火にあたりながらローザがそう呟いた。

何がどう困ったのかローザは言わなかったけど、私もライラも何のことかはよくわかっていた。

この球体世界スフィアから出る方法がわからないのだ。

本当は私たちは、私のお父様たちが向かったという獣人たちの球体世界スフィアロドンゴに行くはずだった。

それを、泥酔した吟遊詩人のよっちゃんが手違いでこんなところに飛ばしてしまった。
人類がすでに滅亡してしまったというこの球体世界スフィアに。

人間がいなかったら一体どうやって出ればいいのよ。

「マリーゴールド、だっけ?あの人も全然来ないもんね…」

私とローザの間に座るライラもそう言ったけど、本当にその通りだった。

『あなたたちを見てると退屈しないんだものぉ』とか言ってたくせに、もう三日も待っても来やしない。

そういえばハルバラムも追手を差し向けるとか言ってたけど、それもちっともやってこない。
聖都法皇庁サンクティオのカルロとマルコも追いかけてこない。

もしかして、この球体世界スフィアって、一度入ったら出られない、とか…?

そんな考えが浮かんで私は思わず身震いする。

「誰でもいいから、人間に会いたいわね…」

私はそう呟いたあと、無意識に続けてしまった。

「喉が渇いたわ…」

ローザとライラがビクッと身を固めるのを感じる。

私はその意味を理解できなくて、「どうしたの?」と二人のほうを向いたが、「い、いえいえ何でも!」「う、うん!渇くよね喉!」と慌てる様子を見てようやく気が付いた。

仮にも今は食後だ。

普通の人間のようにお肉やお野菜を食べてもおなかが満たされることのない私は、血抜きも兼ねてつい先ほど熊と鹿の血をゴクゴクと飲み干したばかりだった。

それでも動物の血では真に喉の渇きが癒やされることはない。

どうしても人間の血を欲してしまうのが吸血鬼ヴァンパイアの性質だ。

そんなことは神様に背く行為だとはわかっているけど、それでも今は、吸血鬼ヴァンパイアの体になってしまっている今は、どうしようもない。

そのどうしようもない欲求のせいで無意識に連続させてしまったのが「誰でもいいから人間に会いたい」「喉が渇いた」という言葉だった。

誰でもいいから血を吸わせろ。

そう言っているように思われても仕方ない。
ローザとライラが身の危険を感じるのも当然のことだ。

「…別に、あなたたちの血を吸ったりはしないわよ」

私は少し寂しい気分になってそう言った。

ちょっと前までのローザなら『それならわたくしの血をお飲みになりますか?』なんて言ってくれたはずなのに。
飲まないけど。

私が人間に戻るためには心から愛し合う相手とキスをしなければいけないのだ。
その相手のことは吸血してしまってはいけないらしい。
そして、心から愛し合っていなくて疑いや偽りがあると、キスをしても人間に戻れるどころか消滅してしまうらしい。

だから、私はローザの血は吸えないし今はまだキスもできない。
旅の目的――お父様たちを探し出すことと、アルミラを奪い返すこと――を達成するまでは吸血鬼ヴァンパイアの力を使ってでも強くならなきゃいけないし、ローザと心から愛し合っているか自信がないというのも正直なところだ。

やっぱり私がアルミラと『浮気』をしたせいなのか、なんだか少し私とローザの距離が遠いように感じる。

血を吸うつもりはないという私の発言に対して「そ、そんなことわかっていますわ!」「そうだよ!リリアスのことは信頼してるよ!」なんて口々に言うローザとライラの距離がなんだか妙に近いなー、おかしいなー、とも。

なんか、いつの間にか手、握ってるし。

私はそんなことを気にする自分の浅ましさも嫌で、深くため息をつく。

その瞬間だった。

人間とは比べものにならないほどに発達した私の聴覚が、遠く遠く離れた場所で響いた声を聴きとった。

『機械装甲兵の集団に遭遇…排除を開始する』

それは冷たく澄んだ少女の声だった。
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