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第1章
50 酔っ払いによる旅立ちの舞曲
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「あらあら、ずいぶん出来上がってるじゃな~い、よっちゃん!」
マリーゴールドに『よっちゃん』と呼ばれた吟遊詩人は、真っ赤な顔で葡萄酒をボトルから直接グビグビ飲んでテーブルにドン!とボトルを叩きつけた。
「おう!きっちり出来上がっとるで!ほんでどないしてん今日は。かわいこちゃん三人も連れて、誰か紹介でもしてくれるん?」
「あはは!そうしてあげたいけど無理ねぇ。リリアスちゃんなんか、女の子が好きなんだもの。対象外よ、よっちゃんは」
「ほうか~、そら残念やなぁ」
「ちょ、ちょっとマリーゴールドちゃん!変なこと言わないでよ!」
「あらぁ!まだそんなこと気にしてるのぉ?いいじゃない別に~!女の子が女の子を好きになったってぇ!」
「だ、だからってそんな大きな声で言わなくても…」
「だ~いじょぶよ!どうせ酒場なんて酔っ払いしかいないんだから!男も女もないわ!いるのはただ酔っ払いだけよ!」
「そ、そうだけど…」
確かにマリーゴールドの言う通り、酒場には大勢の人がごった返しているけど、みんな酒をガブガブと飲み肉にかじりつき、大声で笑ったり歌ったりしていて周囲を気にするような素振りはない。でも…。
「やっぱり、リリアスって女の子が好きなんだね」
隣りのライラに無邪気な様子でそう聞かれて、私は思わず「う…」となる。
「ず~っと『そんなことは神様に背く行為よ』なんて言っていましたのにねぇ」
ローザになじるようにそう言われて、私はさらに「うう…」となる。
「あたしは全然いいと思うけどなぁ。ファルナレークだとそういうカップルも多いし」
ライラのその言葉に、私は思わず顔を上げる。
「それで、二人は恋人同士なの?」
ライラは無邪気な表情で首をかしげ、私とローザを見た。
私とローザは思わず顔を見合わせる。
まったく同じタイミングで目と目がバッチリ合ってしまったのが恥ずかしくて、私たちはすぐにお互い目を逸らした。
「わ、わたくしたちは、その、恋人同士、というわけでは…」
珍しく恥ずかしがるローザが可笑しくて私は「ふふ」と笑みをこぼした。
「な、何を笑っているんですの…」
「ごめんごめん、ただ可愛いなと思って」
「…へ?何がですの?」
「ローザがだよ」
「……え?」
私はローザに向かい合う。
「私は、ローザと恋人同士になりたいと思ってるよ」
ローザが目を見開く。
ライラも息を呑んで驚いているようだし、マリーゴールドは口元を抑えているけど目が笑っていて嬉しそうだし、よっちゃんもニヤリと笑って葡萄酒をグイッと飲んだ。
「私はローザが好き。ローザはどう?」
ローザはモジモジしながら言う。
「わ、わた、わたくしも、その……はい。好きですわ、リリアス様…。でも、アルミラ様のことは…?」
「………アルミラのことも好きよ。同じくらい」
「そ…そんなのって……」
「よくない…よね……やっぱり…」
「……………」
「でも、それが今の私の正直な気持ち」
私はローザをじっと見つめた。ローザはうつむいたまま何も答えない。
そこで私はずっと気になっていたことを聞く。
「だけどローザ、あなたが私のことを好きなのって、あのクレアティーノ王都の広場で私が魔力を注いで洗脳されちゃったからとか…っていうことはない?」
って、洗脳されてたとしたら聞いても意味ないか。
と思った瞬間、ローザがきょとんとした顔で言った。
「いえ、それは違いますわよ。洗脳なんかではありませんわ」
「…ホントに?」
「ええ。だってわたくし、そういう精神攻撃系には耐性がありますもの。何せ聖女ですから」
「え…じゃあ、あの時なんで突然『肉奴隷ですわ』とか言い出したのよ」
ローザは「ああ、あれは」と上を向いて思い出すような仕草をしてから言った。
「ただ単純に、気持ちよかっただけですわ…」
ローザは「一人でするのとは大違いのエクスタシーでしたのよ。うふふふふふふふ」などと笑いながら頬を両手に当ててクネクネと身をよじらせている。
ひ、一人でする…?
なななな何を言っているのよこの変態聖女は…っ!!
私はクネクネするローザを放っておいて、マリーゴールドに話しかける。
「ねえマリーゴールドちゃん、そろそろ本題を」
マリーゴールドは「あ、そうね」と言ってよっちゃんを見ると、よっちゃんは皆まで言うなとばかりに手で制した。
「わかってるでマリーゴールドちゃん、オネエチャン紹介してくれるんやなかったらアレやろ?どこか別の球体世界に、ヒック、飛ばしてくれって、ヒック、ことやろ?」
よっちゃんはそう言い終わるや否や「あかん、しゃっくりや」と言ってまたガブガブと葡萄酒を飲んだ。
「御名答~!話が早くて助かるわぁ。まず、よっちゃんに会いに、このリリアスちゃんのご家族、エスパーダ家の人たちが来たでしょ?ユークレアの貴族の」
「ああ、確か古い知り合いに会いに、ヒック、ロドンゴに行きたい言うてたなあ」
「へえ、行き先はロドンゴだったのねぇ。ま、エントロクラッツは確か人間はもう絶滅しちゃったらしいものね」
「らしいなあ」
ロドンゴ。
確か、恐竜と獣人たちの球体世界。
そこにお父様たちがいる。
私はテーブルに身を乗り出して言う。
「そ、そこに私たちも連れて行って欲しいの!お願い!」
「OK、OK。ええよええよ~、お安い御用や」
そう言いながらよっちゃんは壁にかけてあった弦楽器を抱えて調律を始める。
同時に小刻みに足踏みしながら「あ、あ~」「ん~」などとハミングを始める。
「え、えっと、歌なんかより早く連れて行って欲しいんだけど…」
そう言った私にマリーゴールドは人差し指を振って「ノンノン」と言う。
「よっちゃんはね、1日に1回だけ『歌の力』で他の球体世界へと人を旅立たせることができる世にも珍しい運び屋さんなのよ」
よっちゃんは弦楽器を抱えてニヤリと微笑う。葡萄酒のボトルをあおるが、もう酒は残っていないようで「あかん、燃料が足らへんわ。燃料、燃料…あ、ま、これでええか」と言ってテーブルに並んでいたいくつもの酒の瓶のひとつを手にとってグビグビと飲む。
「く~っ!効くわぁ!やっぱ火酒は五臓六腑に染み渡るなぁ!!」
「あらあら、よっちゃん飲みすぎじゃな~い?」
「なに言うてんねんマリーゴールドちゃん!どんだけ酔っ払ってても音楽だけはバチコン決めるっちゅうんがよっちゃんスタイルやで!?」
ジャカジャ~ン!
よっちゃんは弦楽器を大きく鳴らして「あ、ワン、ツー」と呟くと、足踏みとともに音楽を奏で始めた。
リズムは軽やかだけど、夕焼けの荒野を歩くように哀愁漂うメロディ。
「いよいよ、ですわね…」とローザが私の手を握る。
私も「うん…」とそれを握り返す。
ライラは「あたし、外の球体世界って初めてだよ…」と私の袖をキュッとつまんだ。
「宇宙に~風が吹~き抜けて~、光の~馬車を連れて行く~♪」
弦楽器のリズムに合わせてよっちゃんが歌い始めた。
「遥かに~離れた世界の彼方へと今、旅立ちの時~♪」
よっちゃんの透き通るような歌声が響き渡り、私たちのまわりを光の粒が覆い始める。
――本当に、この歌の力で私たちは別の球体世界へと旅立てるらしい。
お父様たちがいるというロドンゴに。このファルナレークから。
私は最後に見たアルミラの顔を思い出す。
剣を交えた向こうで、柄にもなく泣きそうになっていたアルミラの顔を。
私は必ず、聖都法皇庁に追われているらしいお父様たちを見つけて私自身も強くなって、またこのファルナレークに戻ってきてハルバラムを倒し、アルミラを助け出す。
そして、もしその時にローザと本当に心を通じ合わせることができていたなら、その、キスをして、私は人間に戻るんだ。
……でも、その時に吸血鬼であるアルミラとの関係性は?
そうか。
これは、人間か吸血鬼か、ローザかアルミラか、私がどちらを選ぶのかということ、なのかな…。
ローザと一緒に人間として生きることを選べば、きっと吸血鬼のアルミラに私は血を、命を狙われてしまうだろうし、アルミラとともに吸血鬼として生きることを選べば、聖女のローザに滅せられてしまう…ということ?
そんなのどっちも選びたく、ないな…。
私は少しうつむいて唇をかみしめ、よっちゃんの歌に聴き入る。
「ん~んん~ん~、んん~ん~、あ~ああ~あ~ああ~あ~♪」
心地よいハミングが響く中、酒場の扉がバタン!と開き、「くっそ!いつの間に眠っちまったんだ!どこだアイツら!」「店の中にはいないと思うよ、兄ちゃん!」とカルロとマルコが入ってきた。
私は慌てて「や!やばいやばい早く!よっちゃん!」と小声で言うが、マリーゴールドは「急かしちゃダメよ!」と小声で遮る。
「いくつもの時を~、超えてく~、心が~♪」
よっちゃんの声が空気に溶けるように一層高く響き渡り、光の粒が密度を高めて輝きを増していく。
それを見つけたマルコが「あ!兄ちゃん、あそこ!」と叫び、カルロが「え!?あ!アイツら!」と言ってたくさんの客でごった返す店内を強引に割って進み始め、「お!何しやがんだテメエ!」などと酔っ払い同士の喧嘩が始まる。
「旅路の果てでも~、離れぬ~、絆が~♪」
よっちゃんは目をつぶり高らかに歌い上げている。
私は心の中で「早く早く早く!お願い!」と叫んでいる。
カルロの「見つけたぞリリアス・エル・エスパーダ!!」という叫びが響く。
「満ちゆく光とともに~この三人を~連れて行くがいい~♪」
よっちゃんの歌声にマリーゴールドが「え、いや、よっちゃん!三人じゃなくて!わたしも!!」と叫ぶが、光の粒は私とローザとライラだけをギュッと包む。よっちゃんは構わず歌を続ける。
「エントロクラッツまで~♪」
――え、エントロクラッツ…!?
その歌詞を聴いて私は「ちょ、お父様たちロドンゴじゃ」と言ったが、一気に視界が光に覆われて何も見えなくなってしまう。
グネグネと波に揉まれるような感覚の中で「だから飲み過ぎだって言ったでしょ!よっちゃん!!」「え、なんで!?何があかんの!?」というマリーゴールドとよっちゃんのやりとりと「くそ!アイツらどこに消えやがった!」というカルロの叫び声だけが響いていた。
――エントロクラッツ…。
確か、機械が支配する球体世界よね…!
しかもマリーゴールドがさっき『人間はもう絶滅した』とか言ってなかった?
そんなの、どうやってお父様たちのいるロドンゴに行けばいいのよ…っ!
――――よっちゃんのバカっ!!!
私の心の罵声とともに意識は次第に遠のいていき、ファルナレークとはしばしの別れを告げる。
でもこれはまだまだ、ほんの序章。
そのことは私にも何となくわかっている。
ねえ、ローザ、アルミラ。
きっといつの日か、この旅の思い出を三人で笑って話せる日が来るよね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
この話で第一章は完結となります。
マリーゴールドに『よっちゃん』と呼ばれた吟遊詩人は、真っ赤な顔で葡萄酒をボトルから直接グビグビ飲んでテーブルにドン!とボトルを叩きつけた。
「おう!きっちり出来上がっとるで!ほんでどないしてん今日は。かわいこちゃん三人も連れて、誰か紹介でもしてくれるん?」
「あはは!そうしてあげたいけど無理ねぇ。リリアスちゃんなんか、女の子が好きなんだもの。対象外よ、よっちゃんは」
「ほうか~、そら残念やなぁ」
「ちょ、ちょっとマリーゴールドちゃん!変なこと言わないでよ!」
「あらぁ!まだそんなこと気にしてるのぉ?いいじゃない別に~!女の子が女の子を好きになったってぇ!」
「だ、だからってそんな大きな声で言わなくても…」
「だ~いじょぶよ!どうせ酒場なんて酔っ払いしかいないんだから!男も女もないわ!いるのはただ酔っ払いだけよ!」
「そ、そうだけど…」
確かにマリーゴールドの言う通り、酒場には大勢の人がごった返しているけど、みんな酒をガブガブと飲み肉にかじりつき、大声で笑ったり歌ったりしていて周囲を気にするような素振りはない。でも…。
「やっぱり、リリアスって女の子が好きなんだね」
隣りのライラに無邪気な様子でそう聞かれて、私は思わず「う…」となる。
「ず~っと『そんなことは神様に背く行為よ』なんて言っていましたのにねぇ」
ローザになじるようにそう言われて、私はさらに「うう…」となる。
「あたしは全然いいと思うけどなぁ。ファルナレークだとそういうカップルも多いし」
ライラのその言葉に、私は思わず顔を上げる。
「それで、二人は恋人同士なの?」
ライラは無邪気な表情で首をかしげ、私とローザを見た。
私とローザは思わず顔を見合わせる。
まったく同じタイミングで目と目がバッチリ合ってしまったのが恥ずかしくて、私たちはすぐにお互い目を逸らした。
「わ、わたくしたちは、その、恋人同士、というわけでは…」
珍しく恥ずかしがるローザが可笑しくて私は「ふふ」と笑みをこぼした。
「な、何を笑っているんですの…」
「ごめんごめん、ただ可愛いなと思って」
「…へ?何がですの?」
「ローザがだよ」
「……え?」
私はローザに向かい合う。
「私は、ローザと恋人同士になりたいと思ってるよ」
ローザが目を見開く。
ライラも息を呑んで驚いているようだし、マリーゴールドは口元を抑えているけど目が笑っていて嬉しそうだし、よっちゃんもニヤリと笑って葡萄酒をグイッと飲んだ。
「私はローザが好き。ローザはどう?」
ローザはモジモジしながら言う。
「わ、わた、わたくしも、その……はい。好きですわ、リリアス様…。でも、アルミラ様のことは…?」
「………アルミラのことも好きよ。同じくらい」
「そ…そんなのって……」
「よくない…よね……やっぱり…」
「……………」
「でも、それが今の私の正直な気持ち」
私はローザをじっと見つめた。ローザはうつむいたまま何も答えない。
そこで私はずっと気になっていたことを聞く。
「だけどローザ、あなたが私のことを好きなのって、あのクレアティーノ王都の広場で私が魔力を注いで洗脳されちゃったからとか…っていうことはない?」
って、洗脳されてたとしたら聞いても意味ないか。
と思った瞬間、ローザがきょとんとした顔で言った。
「いえ、それは違いますわよ。洗脳なんかではありませんわ」
「…ホントに?」
「ええ。だってわたくし、そういう精神攻撃系には耐性がありますもの。何せ聖女ですから」
「え…じゃあ、あの時なんで突然『肉奴隷ですわ』とか言い出したのよ」
ローザは「ああ、あれは」と上を向いて思い出すような仕草をしてから言った。
「ただ単純に、気持ちよかっただけですわ…」
ローザは「一人でするのとは大違いのエクスタシーでしたのよ。うふふふふふふふ」などと笑いながら頬を両手に当ててクネクネと身をよじらせている。
ひ、一人でする…?
なななな何を言っているのよこの変態聖女は…っ!!
私はクネクネするローザを放っておいて、マリーゴールドに話しかける。
「ねえマリーゴールドちゃん、そろそろ本題を」
マリーゴールドは「あ、そうね」と言ってよっちゃんを見ると、よっちゃんは皆まで言うなとばかりに手で制した。
「わかってるでマリーゴールドちゃん、オネエチャン紹介してくれるんやなかったらアレやろ?どこか別の球体世界に、ヒック、飛ばしてくれって、ヒック、ことやろ?」
よっちゃんはそう言い終わるや否や「あかん、しゃっくりや」と言ってまたガブガブと葡萄酒を飲んだ。
「御名答~!話が早くて助かるわぁ。まず、よっちゃんに会いに、このリリアスちゃんのご家族、エスパーダ家の人たちが来たでしょ?ユークレアの貴族の」
「ああ、確か古い知り合いに会いに、ヒック、ロドンゴに行きたい言うてたなあ」
「へえ、行き先はロドンゴだったのねぇ。ま、エントロクラッツは確か人間はもう絶滅しちゃったらしいものね」
「らしいなあ」
ロドンゴ。
確か、恐竜と獣人たちの球体世界。
そこにお父様たちがいる。
私はテーブルに身を乗り出して言う。
「そ、そこに私たちも連れて行って欲しいの!お願い!」
「OK、OK。ええよええよ~、お安い御用や」
そう言いながらよっちゃんは壁にかけてあった弦楽器を抱えて調律を始める。
同時に小刻みに足踏みしながら「あ、あ~」「ん~」などとハミングを始める。
「え、えっと、歌なんかより早く連れて行って欲しいんだけど…」
そう言った私にマリーゴールドは人差し指を振って「ノンノン」と言う。
「よっちゃんはね、1日に1回だけ『歌の力』で他の球体世界へと人を旅立たせることができる世にも珍しい運び屋さんなのよ」
よっちゃんは弦楽器を抱えてニヤリと微笑う。葡萄酒のボトルをあおるが、もう酒は残っていないようで「あかん、燃料が足らへんわ。燃料、燃料…あ、ま、これでええか」と言ってテーブルに並んでいたいくつもの酒の瓶のひとつを手にとってグビグビと飲む。
「く~っ!効くわぁ!やっぱ火酒は五臓六腑に染み渡るなぁ!!」
「あらあら、よっちゃん飲みすぎじゃな~い?」
「なに言うてんねんマリーゴールドちゃん!どんだけ酔っ払ってても音楽だけはバチコン決めるっちゅうんがよっちゃんスタイルやで!?」
ジャカジャ~ン!
よっちゃんは弦楽器を大きく鳴らして「あ、ワン、ツー」と呟くと、足踏みとともに音楽を奏で始めた。
リズムは軽やかだけど、夕焼けの荒野を歩くように哀愁漂うメロディ。
「いよいよ、ですわね…」とローザが私の手を握る。
私も「うん…」とそれを握り返す。
ライラは「あたし、外の球体世界って初めてだよ…」と私の袖をキュッとつまんだ。
「宇宙に~風が吹~き抜けて~、光の~馬車を連れて行く~♪」
弦楽器のリズムに合わせてよっちゃんが歌い始めた。
「遥かに~離れた世界の彼方へと今、旅立ちの時~♪」
よっちゃんの透き通るような歌声が響き渡り、私たちのまわりを光の粒が覆い始める。
――本当に、この歌の力で私たちは別の球体世界へと旅立てるらしい。
お父様たちがいるというロドンゴに。このファルナレークから。
私は最後に見たアルミラの顔を思い出す。
剣を交えた向こうで、柄にもなく泣きそうになっていたアルミラの顔を。
私は必ず、聖都法皇庁に追われているらしいお父様たちを見つけて私自身も強くなって、またこのファルナレークに戻ってきてハルバラムを倒し、アルミラを助け出す。
そして、もしその時にローザと本当に心を通じ合わせることができていたなら、その、キスをして、私は人間に戻るんだ。
……でも、その時に吸血鬼であるアルミラとの関係性は?
そうか。
これは、人間か吸血鬼か、ローザかアルミラか、私がどちらを選ぶのかということ、なのかな…。
ローザと一緒に人間として生きることを選べば、きっと吸血鬼のアルミラに私は血を、命を狙われてしまうだろうし、アルミラとともに吸血鬼として生きることを選べば、聖女のローザに滅せられてしまう…ということ?
そんなのどっちも選びたく、ないな…。
私は少しうつむいて唇をかみしめ、よっちゃんの歌に聴き入る。
「ん~んん~ん~、んん~ん~、あ~ああ~あ~ああ~あ~♪」
心地よいハミングが響く中、酒場の扉がバタン!と開き、「くっそ!いつの間に眠っちまったんだ!どこだアイツら!」「店の中にはいないと思うよ、兄ちゃん!」とカルロとマルコが入ってきた。
私は慌てて「や!やばいやばい早く!よっちゃん!」と小声で言うが、マリーゴールドは「急かしちゃダメよ!」と小声で遮る。
「いくつもの時を~、超えてく~、心が~♪」
よっちゃんの声が空気に溶けるように一層高く響き渡り、光の粒が密度を高めて輝きを増していく。
それを見つけたマルコが「あ!兄ちゃん、あそこ!」と叫び、カルロが「え!?あ!アイツら!」と言ってたくさんの客でごった返す店内を強引に割って進み始め、「お!何しやがんだテメエ!」などと酔っ払い同士の喧嘩が始まる。
「旅路の果てでも~、離れぬ~、絆が~♪」
よっちゃんは目をつぶり高らかに歌い上げている。
私は心の中で「早く早く早く!お願い!」と叫んでいる。
カルロの「見つけたぞリリアス・エル・エスパーダ!!」という叫びが響く。
「満ちゆく光とともに~この三人を~連れて行くがいい~♪」
よっちゃんの歌声にマリーゴールドが「え、いや、よっちゃん!三人じゃなくて!わたしも!!」と叫ぶが、光の粒は私とローザとライラだけをギュッと包む。よっちゃんは構わず歌を続ける。
「エントロクラッツまで~♪」
――え、エントロクラッツ…!?
その歌詞を聴いて私は「ちょ、お父様たちロドンゴじゃ」と言ったが、一気に視界が光に覆われて何も見えなくなってしまう。
グネグネと波に揉まれるような感覚の中で「だから飲み過ぎだって言ったでしょ!よっちゃん!!」「え、なんで!?何があかんの!?」というマリーゴールドとよっちゃんのやりとりと「くそ!アイツらどこに消えやがった!」というカルロの叫び声だけが響いていた。
――エントロクラッツ…。
確か、機械が支配する球体世界よね…!
しかもマリーゴールドがさっき『人間はもう絶滅した』とか言ってなかった?
そんなの、どうやってお父様たちのいるロドンゴに行けばいいのよ…っ!
――――よっちゃんのバカっ!!!
私の心の罵声とともに意識は次第に遠のいていき、ファルナレークとはしばしの別れを告げる。
でもこれはまだまだ、ほんの序章。
そのことは私にも何となくわかっている。
ねえ、ローザ、アルミラ。
きっといつの日か、この旅の思い出を三人で笑って話せる日が来るよね。
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この話で第一章は完結となります。
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