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第1章
48 剣と剣の向こう側
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「え!犬歯は偽物!?」
「どういうことですの…?」
「マリーゴールド、貴様は一体…!」
驚き慌てふためく私たちを宥めるように、マリーゴールドは「まあまあ」と両手をひらひらさせる。
「このわたし、マリーゴールドちゃんは実は吸血鬼ではありません。故に吸血鬼の血の掟に縛られることなく、自由な言動が許されるスペシャルゲストとしての闇騎士なのです。ま、特別顧問ってとこかしらね」
アルミラがゆっくりと立ち上がりながら言う。
「だ、だがお前はアタシが吸血鬼になった200年以上前にはもう…」
「そうね…。それどころかもっとず~っと前からハルバラムちゃんとはお友達よ」
「そ、そんな馬鹿な…」
「馬鹿もヘチマもないわ。吸血鬼になるだけが不老不死の道ではないということよ」
「な、何者なのだ…お前は一体」
「ふふ…何者だっていいじゃないの。さっきのリリアスちゃんじゃないけどね。わたしも伯爵だったこともあれば錬金術師や魔術師だったことも音楽家だったこともあるわ。名乗った名前だって数え切れないわ。もしかしてアルミラちゃんなら、サン・ジェルマンっていう名前は聞いたことあるかもしれないわねぇ。だけど最近お気に入りの名前はニチョウメのママとしてのマリーゴールドちゃん。だから、今のわたしはマリーゴールドちゃんなのよ」
マリーゴールドはそこまで言い終えると「まあ、それはともかく」と腕を腰の後ろで組んで再びハルバラムのほうに向き直った。
「わたしは特別顧問としてハルバラムちゃんに提案するわ。今ここでリリアスちゃんと戦うのではなく、もっと彼女が成長してからにしたほうがいい、と」
「なぜだ…?」
「あなたの目的のためよ…ハルバラムちゃん」
ハルバラムはその言葉を聞いて、眉間に皺を寄せて考え込む様子を見せた。
――ハルバラムの目的。
それに私の「成長」が関わっている…?
もしかしたら、私を吸血鬼にした理由も…?
「いいだろう。では貴様たちは行くが良い…!」
ハルバラムは黒いコートをバサッとひるがえした。
私はそう言われても、マリーゴールドの発言に戸惑って気が抜けてしまったせいか、うまく身体が動かない。
「行こう、リリアス」
アルミラがそう言って私の肩に手を置くと、ハルバラムが「待て」と言う。
「アルミラ、お前はこちら側だ」
私は愕然とする。アルミラも同じようだった。
「――で、ですがアタシはリリアスの教育係で…!!」
「その任務は終了だ。たった今な」
アルミラはその場に崩れ落ちるように座り込む。
「で、ですが…!」
「…ほう、不服か?」
「い、いえ…!」
アルミラは吸血鬼の血の掟のせいでハルバラムに逆らうことができない。逆らえば灰になってしまう。
「アンタ…私からアルミラを奪うつもり…!?」
「ふ…だったら何だと言うのだ…?」
私の身体の中から再び怒りの炎が激しく燃え上がった。
「冗談じゃないわっ!!!」
私は一気に魔力を爆発させて猛スピードでハルバラムに飛びかかる。
間にいたマリーゴールドをすり抜けハルバラムの青白い顔面に拳を振り抜く。
スカッ。
確かにそこにいたはずのハルバラムに拳が当たらない。
「ど、どうしてっ!」
「なかなかの威力のようだが、当たらなければな…」
どんな攻撃もすり抜けるというベリアルにも当たったのに…!
私は「悪魔王の憤怒…」と呟いて魔力をさらに増幅してからもう一度ハルバラムの顔面に拳を振るう。
しかし当たらない。
何度殴りつけても、雷竜の電撃やケルベロスの炎やフェンリルの吹雪を放っても当たらない。まるで、その場にいないかのように。
「動け、アルミラよ」
ハルバラムがそう呟くと、私の前に突然アルミラがあらわれて大剣を振った。
私は反射的に腰から抜き放ったサーベルで大剣を受ける。
ギィンッ!
火花が散った剣と剣の向こうにアルミラの顔が見える。
今にも泣き出しそうなアルミラの顔。
「ひ、退いてくれ…リリアス……!」
「アルミラ…!」
「今のうちに、これを渡しておく…!」
アルミラが底なしの棺を発動して、左手から筒状に巻かれたマットを出して私に渡した。
エスパーダ領の、私の故郷の土が入ったマット。
「アタシの血を大量に吸った今のお前なら底なしの棺も少しは使えるはずだ…」
私はそう言われて「底なしの棺…」と呟いてみると、アルミラから受け取ったマットが私の左手に吸い込まれていった。
でも、これを渡したということはアルミラはもう、一緒に来るつもりはないというになる。
「アルミラ…!」
「リリアス……!!」
ハルバラムがアルミラの肩越しに笑みを見せて言う。
「我が娘、いや、リリアス・エル・エスパーダよ。アルミラが欲しいか?」
私は剣を再び握りしめて歯ぎしりをしてから「当たり前じゃない…」と絞り出した。
「ならば、もっと強くなれ。数々の球体世界を渡り歩き、遥かなる旅路の果てに大いなる力を手に入れるのだ」
ハルバラムは両手を広げて満足そうに笑いながら言っている。
「ふふ…さらに貴様たちの行く先々に刺客を送り込んでやろう。それらすべてを打ち倒し成長した暁には、改めて余を倒しに来るが良い。アルミラを奪いにな…!」
すっかり自分に酔った様子のハルバラムに向かって、ローザが言い放つ。
「そうやっていい気になっていられるのも今のうちですわよ。成長するのはリリアス様だけではありませんわ。わたくしも聖女としてさらに成長し、あなたを必ず滅してみせましょう…!」
まだニヤニヤし続けるハルバラムに、今度はライラが言う。
「あたし、小さい頃からこの球体世界が嫌いだった…。その理由がたった今よくわかったよ。何もかも思い通りにしようとするあんたが嫌いなんだ。あたしも、いつか必ずあんたをぶっ飛ばしてやるからね…!」
私はギリギリと剣を交えたままアルミラの目を見つめる。
私とアルミラの剣と剣の向こうで、柄にもなく今にも泣き出しそうなアルミラの目を。
「そんな顔しないでよアルミラ…」
「し、しかしリリアス…アタシは…アタシたちは…」
「大丈夫…必ず助けに来る…」
「り、リリアス…」
「………愛してるわ、アルミラ」
アルミラは目を見開いて「り、リリアス…!」と呟く。
私のいる場所からローザの表情は見えない。
「は~い!というわけでリリアスちゃん御一行様『茨の街』にご案内~!!」
マリーゴールドがそう言うと、私とローザとライラの足元から薔薇の花弁が舞い上がった。
「アルミラっ!!!」
私は花弁の旋風に包まれながら叫んだ。
「アタシも愛している!待っているぞ!リリアスっ!!!」
私の視界すべてが花弁で覆われてしまう直前、アルミラの声が響いた。
「どういうことですの…?」
「マリーゴールド、貴様は一体…!」
驚き慌てふためく私たちを宥めるように、マリーゴールドは「まあまあ」と両手をひらひらさせる。
「このわたし、マリーゴールドちゃんは実は吸血鬼ではありません。故に吸血鬼の血の掟に縛られることなく、自由な言動が許されるスペシャルゲストとしての闇騎士なのです。ま、特別顧問ってとこかしらね」
アルミラがゆっくりと立ち上がりながら言う。
「だ、だがお前はアタシが吸血鬼になった200年以上前にはもう…」
「そうね…。それどころかもっとず~っと前からハルバラムちゃんとはお友達よ」
「そ、そんな馬鹿な…」
「馬鹿もヘチマもないわ。吸血鬼になるだけが不老不死の道ではないということよ」
「な、何者なのだ…お前は一体」
「ふふ…何者だっていいじゃないの。さっきのリリアスちゃんじゃないけどね。わたしも伯爵だったこともあれば錬金術師や魔術師だったことも音楽家だったこともあるわ。名乗った名前だって数え切れないわ。もしかしてアルミラちゃんなら、サン・ジェルマンっていう名前は聞いたことあるかもしれないわねぇ。だけど最近お気に入りの名前はニチョウメのママとしてのマリーゴールドちゃん。だから、今のわたしはマリーゴールドちゃんなのよ」
マリーゴールドはそこまで言い終えると「まあ、それはともかく」と腕を腰の後ろで組んで再びハルバラムのほうに向き直った。
「わたしは特別顧問としてハルバラムちゃんに提案するわ。今ここでリリアスちゃんと戦うのではなく、もっと彼女が成長してからにしたほうがいい、と」
「なぜだ…?」
「あなたの目的のためよ…ハルバラムちゃん」
ハルバラムはその言葉を聞いて、眉間に皺を寄せて考え込む様子を見せた。
――ハルバラムの目的。
それに私の「成長」が関わっている…?
もしかしたら、私を吸血鬼にした理由も…?
「いいだろう。では貴様たちは行くが良い…!」
ハルバラムは黒いコートをバサッとひるがえした。
私はそう言われても、マリーゴールドの発言に戸惑って気が抜けてしまったせいか、うまく身体が動かない。
「行こう、リリアス」
アルミラがそう言って私の肩に手を置くと、ハルバラムが「待て」と言う。
「アルミラ、お前はこちら側だ」
私は愕然とする。アルミラも同じようだった。
「――で、ですがアタシはリリアスの教育係で…!!」
「その任務は終了だ。たった今な」
アルミラはその場に崩れ落ちるように座り込む。
「で、ですが…!」
「…ほう、不服か?」
「い、いえ…!」
アルミラは吸血鬼の血の掟のせいでハルバラムに逆らうことができない。逆らえば灰になってしまう。
「アンタ…私からアルミラを奪うつもり…!?」
「ふ…だったら何だと言うのだ…?」
私の身体の中から再び怒りの炎が激しく燃え上がった。
「冗談じゃないわっ!!!」
私は一気に魔力を爆発させて猛スピードでハルバラムに飛びかかる。
間にいたマリーゴールドをすり抜けハルバラムの青白い顔面に拳を振り抜く。
スカッ。
確かにそこにいたはずのハルバラムに拳が当たらない。
「ど、どうしてっ!」
「なかなかの威力のようだが、当たらなければな…」
どんな攻撃もすり抜けるというベリアルにも当たったのに…!
私は「悪魔王の憤怒…」と呟いて魔力をさらに増幅してからもう一度ハルバラムの顔面に拳を振るう。
しかし当たらない。
何度殴りつけても、雷竜の電撃やケルベロスの炎やフェンリルの吹雪を放っても当たらない。まるで、その場にいないかのように。
「動け、アルミラよ」
ハルバラムがそう呟くと、私の前に突然アルミラがあらわれて大剣を振った。
私は反射的に腰から抜き放ったサーベルで大剣を受ける。
ギィンッ!
火花が散った剣と剣の向こうにアルミラの顔が見える。
今にも泣き出しそうなアルミラの顔。
「ひ、退いてくれ…リリアス……!」
「アルミラ…!」
「今のうちに、これを渡しておく…!」
アルミラが底なしの棺を発動して、左手から筒状に巻かれたマットを出して私に渡した。
エスパーダ領の、私の故郷の土が入ったマット。
「アタシの血を大量に吸った今のお前なら底なしの棺も少しは使えるはずだ…」
私はそう言われて「底なしの棺…」と呟いてみると、アルミラから受け取ったマットが私の左手に吸い込まれていった。
でも、これを渡したということはアルミラはもう、一緒に来るつもりはないというになる。
「アルミラ…!」
「リリアス……!!」
ハルバラムがアルミラの肩越しに笑みを見せて言う。
「我が娘、いや、リリアス・エル・エスパーダよ。アルミラが欲しいか?」
私は剣を再び握りしめて歯ぎしりをしてから「当たり前じゃない…」と絞り出した。
「ならば、もっと強くなれ。数々の球体世界を渡り歩き、遥かなる旅路の果てに大いなる力を手に入れるのだ」
ハルバラムは両手を広げて満足そうに笑いながら言っている。
「ふふ…さらに貴様たちの行く先々に刺客を送り込んでやろう。それらすべてを打ち倒し成長した暁には、改めて余を倒しに来るが良い。アルミラを奪いにな…!」
すっかり自分に酔った様子のハルバラムに向かって、ローザが言い放つ。
「そうやっていい気になっていられるのも今のうちですわよ。成長するのはリリアス様だけではありませんわ。わたくしも聖女としてさらに成長し、あなたを必ず滅してみせましょう…!」
まだニヤニヤし続けるハルバラムに、今度はライラが言う。
「あたし、小さい頃からこの球体世界が嫌いだった…。その理由がたった今よくわかったよ。何もかも思い通りにしようとするあんたが嫌いなんだ。あたしも、いつか必ずあんたをぶっ飛ばしてやるからね…!」
私はギリギリと剣を交えたままアルミラの目を見つめる。
私とアルミラの剣と剣の向こうで、柄にもなく今にも泣き出しそうなアルミラの目を。
「そんな顔しないでよアルミラ…」
「し、しかしリリアス…アタシは…アタシたちは…」
「大丈夫…必ず助けに来る…」
「り、リリアス…」
「………愛してるわ、アルミラ」
アルミラは目を見開いて「り、リリアス…!」と呟く。
私のいる場所からローザの表情は見えない。
「は~い!というわけでリリアスちゃん御一行様『茨の街』にご案内~!!」
マリーゴールドがそう言うと、私とローザとライラの足元から薔薇の花弁が舞い上がった。
「アルミラっ!!!」
私は花弁の旋風に包まれながら叫んだ。
「アタシも愛している!待っているぞ!リリアスっ!!!」
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