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第1章

47 私はリリアス・エル・エスパーダ

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「くっ…!あ、『その場限りの夜アオーラノクス』…!!」

ローザが放った聖なる炎で全身を焼かれていたカミーユだったが、吸血鬼ヴァンパイアの弱点を無効化するという固有能力を使ってようやくその炎をかき消した。
ボロボロの皮膚と服を少しずつ再生させて、カミーユは片膝をついてヨロヨロと立ち上がろうとしている。

服が再生した私もローザの腕の中から降りて、腰にサーベルを差し直した。
ローザも両手に眩い光を纏って構える。
カミーユに吹き飛ばされたアルミラも再び大剣を構えて私の横に立った。

「もう観念しろ、カミーユよ」
「ぐっ…クソぉ…貴様らごときに、この俺が…!」

カミーユは床に落ちていた剣に左手を伸ばした。その瞬間。

「伸びろ!狂乱葛草クルイカズラ!」

バチンッ!剣を掴もうとしたカミーユの左腕に突然、植物のツタが絡みついた。
私たちが声のしたほうを振り向くと、先ほどまで椅子に座ってうつむくばかりだった女性、ライラが立ち上がり、カミーユに手のひらを向けていた。そこからツタが伸びている。

「ち…!洗脳催眠ヒュプノシスが解けたか…!」

そう言いながらカミーユは左腕に絡みつく植物のツタを右腕でブチブチと引き千切る。
しかし千切れば千切るほどザワザワとツタは伸びて左腕を締め上げる。

「な…!こ、こんなもの…っ!」
「無駄だよ!狂乱葛草クルイカズラは『嘆きの森』のでっかい象猪だって捕まえて養分にしちゃうんだから!」

ツタはすでにカミーユの左腕だけでなく左半身全体を縛り付けている。
カミーユは「闇騎士を見くびりやがって…!」と言って闇の中にトプンと消え去った。
潜影移動スニークだ。
私は血肉を得て獲得したヒドラの熱感知やケルベロスとフェンリルの嗅覚や聴覚でカミーユの移動先を察知して、すぐさま潜影移動スニークで追う。

ライラの目の前にあらわれたカミーユの背後に、ほとんど同時に私もあらわれてカミーユの襟首を掴んでライラから引き離す。

「なっ…!」

驚きの表情を見せるカミーユの前に回り込み、私は拳を握りしめる。

「いい加減に諦めなさいっ!」

グシャアッ!!!

私に顔面を殴り抜かれたカミーユは元いた場所のほうまで一気に吹き飛ばされる。

「か、かはっ……!」

カミーユは膝をガクガクさせながらどうにか立ち上がろうとするが、アルミラがその目の前に大剣の剣先を突き付ける。

「もう終わりだ…」
「くっ…!」

再び潜影移動スニークでアルミラの隣りに移動した私のあとで、ライラは部屋の奥から私たちの横に駆けてくる。

「ありがとう!あたしを助けてくれて!」

洗脳催眠ヒュプノシスが解けたライラは先ほどまでの呆然とした表情とは打って変わって、弾けるような笑顔でそう言った。

「えっと…ライラ、よね。私はリリアス。リリアス・エル・エスパーダよ。怪我はない?」
「うん!大丈夫だよリリアス!」

その元気いっぱいで健康的な姿に私は思わず見とれてしまうが、隣りからローザのじとりとした視線を感じて身震いをする。

「わたくしはローザ・スピルドハイン。無事で何よりですわ、ライラ様」
「あははっ!様なんてやめてよ!ライラって呼んで!ローザ!」
「え、ええ…ら、ライラ……」

ローザは顔を赤くしてモジモジしている。

「なに照れてるのよローザ…!」
「て、照れてなんかいませんわ…っ!」
「…まあ、いいわ。それより、これでもうここに用はないわね」

カミーユはアルミラに剣を突き付けられて観念したみたいだし、とはいえアルミラは恩人のカミーユを殺したくはないみたいだし、ライラもローザも無事に私たちと合流した。
となれば、あとはこの城を出て、他の球体世界スフィアに行ったというお父様たちを追いかけるために『茨の街』の酒場の吟遊詩人に会いに行くだけだ。

「行くわよ」と私が言ったその時だった。

「まあ少し待て…我が娘よ」

突然どこからともなく甘ったるい男の声が部屋に鳴り響き、薔薇の香りがあたりに立ち込めた。

「ごめんなさいね~!リリアスちゃ~ん!お邪魔するわよ~!」

女性的な口調の野太い男性の声が響くと、カミーユの後ろに薔薇の花弁の嵐が巻き起こり、そこにハルバラムとマリーゴールドがあらわれた。

「は…ハルバラム様…!」

アルミラはカミーユに突き付けていた剣を背中に戻すと、即座に跪いた。
カミーユは四つん這いのままガタガタと震えだした。

「無様な姿だな、カミーユよ…」
「…も…もも申し訳…ございません…!」

ハルバラムは表情ひとつ変えず「構わぬ」と言うと、人差し指をクイッと上にあげた。

「ぐはあっ!!!」

平伏したカミーユの背中から心臓が飛び出し、カミーユはそのまま前のめりに倒れ込む。

「アルミラ、『その場限りの夜アオーラノクス』と『血まみれの茨サングイススピーナ』はお前が引き継げ」
「はっ…!」

カミーユの心臓は空中をふよふよと飛んでアルミラの前で止まった。
アルミラはその心臓を両手で受け取ると、うつむいたままかじりついた。

ぐちゃっ!ぶしゅっ!と血が吹き出る音だけが主のいなくなった部屋に響く。
下を向いたアルミラの表情はわからない。
わからないが、震えている。アルミラは、恩人だと言っていたカミーユの心臓に食らいつきながら、背中をブルブルと震わせている。

「アンタ…なんでカミーユをアルミラに食べさせるのよ…!!」

私の身体の中からメラメラと怒りが湧いてくる。

「…ん?なんだ?貴様が食いたかったのか?」
「そんなわけないでしょう!なんでカミーユを殺したのかって言っているのよっ!!」
「当然だろう。我が側近に敗北者はいらぬ」

――だからって何も殺すこと、いや、コイツに何を言っても無駄ね…!

「アンタの声はもう聞きたくないわ…!悪魔王の憤怒サタニックイーラ…!!!」

私がそう呟くと真っ黒な魔力の炎が燃え上がり、身体中にバチバチバチバチッ!と電撃が走って翼と尻尾が生えてくる。体内からグルルルルルル…と唸り声を上げてケルベロスとフェンリルが飛び出そうとしてくるのを必死で抑える。

「ほう…!娘の分際で余に逆らうつもりか…!」
「私はアンタの娘じゃないって何度も言わせるんじゃないわよ…!」

ハルバラムは愉快そうに真っ赤な唇を歪ませて微笑う。
その隙間から尖った犬歯が覗く。

「では改めて問おう。貴様は何者だ?人間か?それとも吸血鬼ヴァンパイアか?」

――私は、何者か。

人間に戻りたい気持ちはあるけど、今の私は胸を張って人間だと言えはしない。
…人間は、血を吸いたいなんて思わない。
とはいえ吸血鬼ヴァンパイアだと言い切ることもできない。吸血によってではなく血を分け与えられたことで吸血鬼ヴァンパイアになった私は、やっぱり『半人』なのだ。
女の子なのに女の子を好きになっていいのか、なんて悩みもあった。

だけど…。

私は燃え上がる魔力を纏って背筋を伸ばし、まっすぐに前を向く。

「私はもう、人間じゃないと思うわ。だけど完全な吸血鬼ヴァンパイアでもないと思う。山猿令嬢や侯爵令嬢と呼ばれたり雷竜王と呼ばれたりもしたし、マリエス教徒なのに女の子を好きになっていいのかなとも思ったわ。私はきっと、あらゆることの間でさまよい続けているのよ。でも、そんなことはもうどうだっていいの…」

私はハルバラムを見据えて続けた。

「私は私。悩んだり怒ったり泣いたりして格好悪くても、それも含めてみんな私。私は、リリアス・エル・エスパーダ。ハルバラム、アンタを倒す者よ」

ハルバラムの顔が歪んでいき、「ふ、ふふ…」と笑みを見せる。

「ふはははははははは!面白い!やはり血を分け与えた甲斐があったというものだ!では」
「はいは~い、そこまで~。ごめんなさいね~」

ハルバラムと私の間に突然、マリーゴールドがスカートをふわりとさせて割って入った。

「―――……!?」

私は自分の目を疑った。アルミラも顔を上げ、ローザもライラも隣りで身体を固くして驚いた様子だ。

「何のつもりだ、マリーゴールドよ…」

ハルバラムは不機嫌そうな表情でそう言ったが、私にはその反応が異様なものに感じる。間に割って入られたのだ。自分の部下の闇騎士の一人に過ぎないマリーゴールドに。
『不機嫌』程度で済む理由がわからない。

「ダメよ、ハルバラムちゃん。今はまだリリアスちゃんと戦うには早いわ」
「…その呼び方はやめろと言っているだろう」
「いえ、今はこのほうが説明しやすいわ。わたしたちの関係をね」

ハルバラムのほうを向いていたマリーゴールドは、首をぐるりと回してこちらを向く。
そのままニイィっと笑顔を見せると、口の中に見える鋭い犬歯に手を当てた。

カチャ。

マリーゴールドの口から吸血鬼ヴァンパイアであることを示す犬歯が外れた。
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