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第1章

46 私とローザの仲直りの形

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「いい加減にしろッ!!!」

ずっと椅子に座ったまま黙っていたカミーユの突然の怒鳴り声に、抱き合ってわんわん泣いていた私とローザはピタリと泣き止んで振り向く。

「教育係は貴様だろうアルミラ!何なのだこの見苦しい小娘は!」

見苦しい小娘。

私か。

確かに…!

さすがに反論できないし怒る気にもなれない。
むしろ他人の部屋にズカズカ入り込んできて勝手に大泣きしまくった私ってよく考えたら滅茶苦茶じゃないと反省さえもした。
でもアルミラは違った。

「リリアスへの侮辱はアタシが許さんぞ、カミーユ」
「…侮辱?どこが侮辱だというのだ」
「リリアスは見苦しくなどない。思うがままに怒って泣いて笑う。それこそが人間の素晴らしさだ。悠久の不死の中でアタシたちが忘れてしまった美しさだ」
「はっ、美しさだと?こんなに惨めで小汚く泣き腫らした小娘の一体どこが美しいというのだ。もう少し気品ある振る舞いというものを教えてやったらどうなのだ」

惨めで小汚く泣き腫らした小娘。
これもまた反論しようがない。

「アタシにとっては世界で一番美しいのだ。リリアス・エル・エスパーダはこのままでいい」

やだもう、ちょっとアルミラ…!
照れる私から離れてローザがスッと立ち上がる。

「いくら何でも少し甘やかし過ぎですわ、アルミラ様」
「…ローザ」
「ですがわたくしも、こんなお馬鹿なリリアス様が愛おしいと思ってしまっているのですが」
「ローザ…!」

ローザとアルミラはお互いに目を見合わせて微笑んだ。
カミーユは深くため息をつく。

「まったく…趣味の悪い奴らだ。まあ、もう用は済んだのだろう。さっさと帰れ」
「いいえ、まだですわ」

ローザがカミーユのほうに向き直り、部屋の隅で椅子に座ったまま呆然とうつむく女性を指差す。

「そこのライラを解放して頂くという用件が残っています」
「そのことについては先ほども言っただろう。『あの方』への献上姫でなくなったのなら解放はこの俺が少し吸血させてもらってからだと」
「それはなりませんとも先ほどお伝えしましたわ。いくつか交換条件もご提示しましたがご了承頂けず話は平行線でしたわね」
「…そうだったな」

ああ、それで私たちが来た時に二人でお茶を飲んでたのか。
ちゃんと賢い二人だとそういう話もギャーギャー言い合いにならず優雅なティータイムみたいになるのね。
私ならすぐ殴っちゃうのにな…。

「だが、新たな交換条件を今度はこちらから提案しよう」
「…なんですの?」

カミーユは突然、私を指差した。

「ライラを解放する代わりにあの小娘の血をもらう」

私!?
見苦しくて惨めで小汚く泣き腫らした私の血!?
なんで!
ていうかヤダ!
吸われるならアルミラがいい!

「なんでアンタなんかに吸われなきゃいけないのよ!」
「ふん、ケルベロスとフェンリルを従えるほどの動物支配テイムの才能、そして『あの方』から頂戴した高貴な血。貴様のような薄汚い小娘にはもったいない。この俺がもっと有効に活用してやると言っているのだ」

そう言いながらカミーユは椅子から立ち上がった。

「い、嫌だと言ったら…?」

私は大泣きしたばかりでスッキリしてしまったせいか怒りはあまり湧き上がってこない。それでもおとなしく血を吸われたくはないので立ち上がって腰のサーベルに手をかけて身構える。

「その時は教えてやるさ…、真の吸血鬼ヴァンパイアの闘争は力任せではないということをな…。『血まみれの茨サングイススピーナ』……」

カミーユがそう言うと、私の足元からザワザワと真っ黒な茨が絡みついていく。

「これ…!謁見の間でハルバラムが…!」
「ふ…『あの方』は闇騎士すべての固有能力を使用することができる。そしてこの能力も俺の本来の固有能力『その場限りの夜アオーラノクス』とは別に吸血によって得たものだ。吸血鬼ヴァンパイアの成長とは吸血の質と量なのだ…」

カミーユはカツカツと私のほうに歩みを進める。
その前に大剣を構えたアルミラが飛び出す。

「やめろカミーユ…!アタシはお前と戦いたくはない…!」
「だろうな…。お前に剣術を教えてやったのは、この俺だものなっ!」

ギャリィンッ!

駆け出して振り抜いたカミーユの剣をアルミラの大剣が受け止め火花が散る。

「…アタシもいつまでも、あの頃のアタシではないぞ……!」
「ふ…、面白い…!元教育係として久しぶりに手合わせをしてやろう…!」

ギィンッ!キキキィンッ!

足元から伸びた黒い茨に全身を縛られてしまった私の前でアルミラとカミーユが斬り結ぶ。身体から魔力や電撃を放とうとしたりケルベロスやフェンリルを呼び出そうとしても上手くいかない。どうして…!謁見の間では電撃は出せたのに…!

「うう…!さ、悪魔王の憤怒サタニックイーラ…っ!」

言葉に出してみても、やっぱり悪魔王の憤怒サタニックイーラも発動しない。
その直後、ドガッ!と音がして部屋の壁にアルミラが叩きつけられた。

「アルミラっ!」「アルミラ様!」

私とローザが同時に叫ぶ。

「他人の心配をしている場合か…?」

私の背後にぬうっとカミーユがあらわれる。

「本気で発動させた『血まみれの茨サングイススピーナ』に縛られた状態では固有能力も含めてどんな力も発揮できん…!おとなしく血をよこすんだな…!」

カミーユが私を後ろから抱き締め、首筋にかぶりつこうと口を開く。

――やだ…!こ、こんな奴に…!まだ誰にも吸われたことないのに…!

「リリアス様から離れなさいっ!」

ローザがそう叫ぶが、カミーユは私を離さない。

「その要求に応える義理はないな」
「…痛い目に合いますわよ」
「ふ、たかが人間の貴様に何ができる」

突然ローザの身体から眩い光がほとばしる。

聖者の祝福の炎フラッシュファイヤーっ!!!」

私の視界が真っ白になる。

「ぐわあっ!!!」
「あ!熱っ!!ローザ!!!熱いっ!!!」

カミーユはすぐに私から離れたようだが、それでも私の身体は燃え続けている。
黒い茨が燃え尽きて私の服も燃え尽きて、皮膚や肉が焦げる匂いがして、強烈な熱さと痛みに私の身体がバキバキと歪む。私の意思とは無関係に「ぎゃあああぁあぁぁぁ!!!」という叫び声が自分の身体の中から出てくる。

――死んじゃう。

そう思った瞬間、私の身体を焼く白い炎が急に消え去る。

私の目の前の空中には、その炎を纏った髪の毛の束が浮かんでいる。
最初に薔薇の不死城ロサカステルムに行く前、ローザが私にくれた髪の毛の束だ。
その髪の毛の束がゴクンと白い炎を飲み込んで燃え尽きた。

服も燃えて全裸になった私は自分の両手で身体を抱えてその場にペタンと座り込む。
私の身体中から黒い煙が上がって皮膚が再生されていく。

「ろ、ローザ…!ど、どういうこと…!?」

見上げると、ローザは冷たい微笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

「悪い虫を焼き払っただけですわ…」
「私も焼け死ぬところだったじゃない…っ!」
「いいえ、わたくしの魔力を込めた髪の毛があれば死ぬことはありませんわ。さすがに今回が限界だったようですが」

そこで私は思い出す。
『地獄』と呼ばれた迷宮でベリアルに何度攻撃されても死ななかったことを。

「…でも、だからって何も私ごと焼き払う必要は!」
「いいえ、必要でしたわ。お仕置きとして」

ローザはそう言いながら、まだ服が再生しない私の膝の裏と背中に腕を回してひょいと抱き上げる。私は裸が恥ずかしくて身体が固まってしまう。

――確かに私は軽いほうだけど、力強いわねローザ…!

「いいですか、リリアス様…」
「な、何よ…!」
「次に浮気をしたら、今度は本当に焼き払ってしまいますわよ…!」

私はその言葉を聞いて、いや、ローザの目を見て背筋がゾクッとする。
口元は微笑んでいるけど、目がちっっとも笑っていない…!

まるで…野うさぎを食い殺す前の狼みたいな目…!

「わたくしは聖女…!いざとなれば吸血鬼ヴァンパイアを滅する力があるということを、お忘れなきように…!!」

私たちの向こうで、カミーユはまだ白い炎に焼かれながらゴロゴロと床を転がっている。「ぐわっ!ぐおおっ!」などと呻き声を上げながら。
まるでローザの聖術をまともに受けたら私も消し炭になるまで焼かれていたのだということを実演するかのように。

ローザの腕に抱かれた私は「ご、ごごごめんなさいぃ…!」と震えた。
ローザはニッコリと微笑んで「今回だけ、許しますわ」と言った。

―――私が思い描いていた仲直りと全部が逆…!

次は滅すると脅されながら、私の浮気は許された…らしい。
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