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第1章

45 やっぱり馬鹿な私

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階段の途中で、私は想像をしていた。

この階段を登りきったカミーユの部屋で、あの開け放たれた窓の手前、月明かりを背景に捕らわれたローザの首筋に今にも齧りつこうとするカミーユがいて、颯爽とあらわれた私が『そこまでよ!』ズババババーン!とカミーユを倒してローザを助けて、私の腕に抱かれたローザが『ああ…リリアス様、さっきは馬鹿なんて言ってごめんなさい』『いいんだよローザ、私のほうこそごめんね』なんて仲直りして、えへへへ。などと。

私は相変わらず馬鹿だった。

実際に階段を登りきってカミーユの部屋に着いた私が「ローザ!」と叫ぶと、確かに窓の手前、呆然とした表情でうつむくライラの傍らにカミーユとローザはいたが、ローザもカミーユも小さなテーブルを挟んで椅子に座って二人でお茶を飲んでいた。

「…何の御用でしょう?」

ティーカップを持ったまま振り返ったローザは月明かりを浴びて綺麗だったけど、無表情で声も冷たくて、私は明らかに間抜けな邪魔者だった。

「う…その…ローザが、カミーユに襲われたりしてないかなと思って…」
「…そう見えますか?」
「見えない…ね…」
「ではお引取りを」

私は思わず「うぐ…」となる。
――もう…!どうして襲っていないのよカミーユ…!
アルミラが一歩前に出る。

「悪いのはアタシなんだ、ローザ」

ローザはティーカップをソーサーにカチャリと置く。無言で。アルミラが続ける。

「この薔薇の不死城ロサカステルムに来てすぐ、アタシとリリアスは『あの方』によって『地獄』と呼ばれる地下迷宮へと落とされた」
「…それで?」
「あ、ああ、それで…アタシは一度、死んだんだ。大悪魔ベリアルの手にかかって」
「それで?」
「…それで、死ぬ間際にアタシがリリアスに頼んでしまったんだ。『死ぬ前にどうかアタシの血を吸ってくれ』って」
「それで、どうせ一度血を吸ってしまったのだからと、二人で何度も快楽に溺れていたというわけですの?謁見の間の扉の前でさえも抑えきれないほどに」
「そ、それは違う!血を吸ってもらったのは死ぬ間際と謁見の間の前の2回だけだ!2回目は本当に、アタシの事情を知ってもらうことが目的で」
「もう結構です」

ローザはそう言うと、椅子に座ったまま身体ごとこちらを向いて姿勢を正した。

「リリアス様」

急に名前を呼ばれて私はビクッ!となる。

「は、はい…」

月明かりを背景にしたローザが強い眼差しで私を見据えている。

「わたくしは、あなたの言葉が聞きたいのです」

そう言われて、私は何と言ったらいいのかわからず「う…あの…あの…」としどろもどろになる。カミーユがこちらを見ずお茶を一口飲んで「ち、くだらん。痴話喧嘩か」と言ったが、ローザはピシャリと「お静かに」と言った。

静寂があたりを包む。包むというより突き刺してくるような静寂。

なんて言ったらいいのか、わからない。
でも、こんな馬鹿な私の言葉をローザはちゃんと待ってくれている。
きちんと背筋を伸ばして凛とした表情で私を見据えて。

「ローザ、私…」

何を言うべきか全然わからないまま話し始めると、目から勝手に血の涙がこぼれてくる。
ダメだ。泣いちゃダメ。ちゃんと言わなきゃ。でも何を。わからないけど、何かを。

「私、ローザ、あのね…」

ローザは返事をせず私の次の言葉をじっと待ってくれている。
私は必死に血の涙を止めようとするが、視界が真っ赤に染まってローザの姿がよく見えなくなって、それが不安になってまた涙が溢れてきてしまう。ダメだ。これじゃただの叱られている子どもだ。ちゃんとしなきゃ。ちゃんと言わなきゃ。

「ローザ…」

「…なんですの」

「ごべぇぇん…」

私はそれだけ言うと身体が涙そのものになったみたいに力が抜けてベチャッとその場に座り込んでしまう。

「ごべ、ごめんなさい…うぅ…ローザ、私、ずっと自分がわがらなくで…ううっ…」

私の身体の中から「うっ」とか「ひっ」とか変な音が出てきて前も向けなくなる。地べたに座ったまま私は床を向いて血の涙をボトボトこぼしながら支離滅裂な話を続ける。

「すぐ怒ったり泣いたり、ずっと自分が変で、ずっと怖くて…ローザと別れてアルミラとこのお城に来てすぐ、なんか、変な『地獄』とかいう、変なところに落とされて…そこでもいっぱい怒ったりしちゃって、あとアルミラも、一回死んじゃってぇ…ううぅ…し、死んじゃったんだよアルミラがぁ、あぁぁあぁあぁぁ…ぶ」

泣くのを止めようとして私は自分の顔を両手で覆う。
力いっぱい口を抑えても「あぁ」とか「うぅ」とか変な泣き声が止まらない。
わけがわからない。大体さっきアルミラが説明したじゃないか、アルミラが一回死んじゃった話は。なのに話の流れでアルミラが死んじゃったのを口に出したことで、思い出し泣きをしてしまっている。
あまりの自分のわけわからなさに少し冷静になり、今度は冷静になったことが癪で悔しいような腹立たしいような感じにもなり「うぐぅぅうぅうぅぅ…!」と泣いてから『何なのよ私は一体』と自分を客観視してまた少し冷静になって涙の波が弱くなる。
うぅ…ふぐうぅ…と呼吸を整えてから話を再開する。

「でもね、死んじゃう前に、アルミラに頼まれて血を吸っちゃって、それで、アルミラが私のことを好きだってわかったの…」
「…それで、リリアス様も好きになってしまった?」

私はブンブンと首を振る。

「その時はまだ…よくわからなかった…。でもね」

私は袖でゴシゴシと顔を拭ってローザを見上げる。
怒っているような悲しんでいるような複雑な表情のローザの顔が私の目に映る。

「私、ローザも、アルミラも、二人とも好きになっちゃったって気付いたの」

また血の涙が溢れてきてローザの表情がよくわからなくなる。

「ごめんなさい…!そんなのダメだって、わかってる…!わかってるけど…!!でも、どうしても二人とも比べられないくらい好き、大好きなの…!だから、ローザとの約束を破っちゃったけど、私、ローザのこと、ずっと好きでいたい!好きでいたいよぉ…!ごめん…!ごべぇぇえぇぇぇん!」

私は両手で顔を覆って、とうとう「うわぁあぁん」と泣き出してしまった。
…情けないし恥ずかしい。これじゃ3歳か4歳くらいの幼児だ。それでも涙は止まらない。

しばらくすると私の頭にコツンと何かが当たる。
それで涙が少し止まって顔を見上げると、いつの間にかローザ。
地べたに座り込んだ私の前でかかんでいる。

「…馬鹿」

そう言ってローザは微笑もうとしたけどその微笑みはぐしゃぐしゃと崩れてボロボロ涙がこぼれ始める。

「馬鹿っ!!!」

ローザは覆いかぶさるように私を抱きしめた。
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