45 / 90
第1章
45 やっぱり馬鹿な私
しおりを挟む
階段の途中で、私は想像をしていた。
この階段を登りきったカミーユの部屋で、あの開け放たれた窓の手前、月明かりを背景に捕らわれたローザの首筋に今にも齧りつこうとするカミーユがいて、颯爽とあらわれた私が『そこまでよ!』ズババババーン!とカミーユを倒してローザを助けて、私の腕に抱かれたローザが『ああ…リリアス様、さっきは馬鹿なんて言ってごめんなさい』『いいんだよローザ、私のほうこそごめんね』なんて仲直りして、えへへへ。などと。
私は相変わらず馬鹿だった。
実際に階段を登りきってカミーユの部屋に着いた私が「ローザ!」と叫ぶと、確かに窓の手前、呆然とした表情でうつむくライラの傍らにカミーユとローザはいたが、ローザもカミーユも小さなテーブルを挟んで椅子に座って二人でお茶を飲んでいた。
「…何の御用でしょう?」
ティーカップを持ったまま振り返ったローザは月明かりを浴びて綺麗だったけど、無表情で声も冷たくて、私は明らかに間抜けな邪魔者だった。
「う…その…ローザが、カミーユに襲われたりしてないかなと思って…」
「…そう見えますか?」
「見えない…ね…」
「ではお引取りを」
私は思わず「うぐ…」となる。
――もう…!どうして襲っていないのよカミーユ…!
アルミラが一歩前に出る。
「悪いのはアタシなんだ、ローザ」
ローザはティーカップをソーサーにカチャリと置く。無言で。アルミラが続ける。
「この薔薇の不死城に来てすぐ、アタシとリリアスは『あの方』によって『地獄』と呼ばれる地下迷宮へと落とされた」
「…それで?」
「あ、ああ、それで…アタシは一度、死んだんだ。大悪魔ベリアルの手にかかって」
「それで?」
「…それで、死ぬ間際にアタシがリリアスに頼んでしまったんだ。『死ぬ前にどうかアタシの血を吸ってくれ』って」
「それで、どうせ一度血を吸ってしまったのだからと、二人で何度も快楽に溺れていたというわけですの?謁見の間の扉の前でさえも抑えきれないほどに」
「そ、それは違う!血を吸ってもらったのは死ぬ間際と謁見の間の前の2回だけだ!2回目は本当に、アタシの事情を知ってもらうことが目的で」
「もう結構です」
ローザはそう言うと、椅子に座ったまま身体ごとこちらを向いて姿勢を正した。
「リリアス様」
急に名前を呼ばれて私はビクッ!となる。
「は、はい…」
月明かりを背景にしたローザが強い眼差しで私を見据えている。
「わたくしは、あなたの言葉が聞きたいのです」
そう言われて、私は何と言ったらいいのかわからず「う…あの…あの…」としどろもどろになる。カミーユがこちらを見ずお茶を一口飲んで「ち、くだらん。痴話喧嘩か」と言ったが、ローザはピシャリと「お静かに」と言った。
静寂があたりを包む。包むというより突き刺してくるような静寂。
なんて言ったらいいのか、わからない。
でも、こんな馬鹿な私の言葉をローザはちゃんと待ってくれている。
きちんと背筋を伸ばして凛とした表情で私を見据えて。
「ローザ、私…」
何を言うべきか全然わからないまま話し始めると、目から勝手に血の涙がこぼれてくる。
ダメだ。泣いちゃダメ。ちゃんと言わなきゃ。でも何を。わからないけど、何かを。
「私、ローザ、あのね…」
ローザは返事をせず私の次の言葉をじっと待ってくれている。
私は必死に血の涙を止めようとするが、視界が真っ赤に染まってローザの姿がよく見えなくなって、それが不安になってまた涙が溢れてきてしまう。ダメだ。これじゃただの叱られている子どもだ。ちゃんとしなきゃ。ちゃんと言わなきゃ。
「ローザ…」
「…なんですの」
「ごべぇぇん…」
私はそれだけ言うと身体が涙そのものになったみたいに力が抜けてベチャッとその場に座り込んでしまう。
「ごべ、ごめんなさい…うぅ…ローザ、私、ずっと自分がわがらなくで…ううっ…」
私の身体の中から「うっ」とか「ひっ」とか変な音が出てきて前も向けなくなる。地べたに座ったまま私は床を向いて血の涙をボトボトこぼしながら支離滅裂な話を続ける。
「すぐ怒ったり泣いたり、ずっと自分が変で、ずっと怖くて…ローザと別れてアルミラとこのお城に来てすぐ、なんか、変な『地獄』とかいう、変なところに落とされて…そこでもいっぱい怒ったりしちゃって、あとアルミラも、一回死んじゃってぇ…ううぅ…し、死んじゃったんだよアルミラがぁ、あぁぁあぁあぁぁ…ぶ」
泣くのを止めようとして私は自分の顔を両手で覆う。
力いっぱい口を抑えても「あぁ」とか「うぅ」とか変な泣き声が止まらない。
わけがわからない。大体さっきアルミラが説明したじゃないか、アルミラが一回死んじゃった話は。なのに話の流れでアルミラが死んじゃったのを口に出したことで、思い出し泣きをしてしまっている。
あまりの自分のわけわからなさに少し冷静になり、今度は冷静になったことが癪で悔しいような腹立たしいような感じにもなり「うぐぅぅうぅうぅぅ…!」と泣いてから『何なのよ私は一体』と自分を客観視してまた少し冷静になって涙の波が弱くなる。
うぅ…ふぐうぅ…と呼吸を整えてから話を再開する。
「でもね、死んじゃう前に、アルミラに頼まれて血を吸っちゃって、それで、アルミラが私のことを好きだってわかったの…」
「…それで、リリアス様も好きになってしまった?」
私はブンブンと首を振る。
「その時はまだ…よくわからなかった…。でもね」
私は袖でゴシゴシと顔を拭ってローザを見上げる。
怒っているような悲しんでいるような複雑な表情のローザの顔が私の目に映る。
「私、ローザも、アルミラも、二人とも好きになっちゃったって気付いたの」
また血の涙が溢れてきてローザの表情がよくわからなくなる。
「ごめんなさい…!そんなのダメだって、わかってる…!わかってるけど…!!でも、どうしても二人とも比べられないくらい好き、大好きなの…!だから、ローザとの約束を破っちゃったけど、私、ローザのこと、ずっと好きでいたい!好きでいたいよぉ…!ごめん…!ごべぇぇえぇぇぇん!」
私は両手で顔を覆って、とうとう「うわぁあぁん」と泣き出してしまった。
…情けないし恥ずかしい。これじゃ3歳か4歳くらいの幼児だ。それでも涙は止まらない。
しばらくすると私の頭にコツンと何かが当たる。
それで涙が少し止まって顔を見上げると、いつの間にかローザ。
地べたに座り込んだ私の前でかかんでいる。
「…馬鹿」
そう言ってローザは微笑もうとしたけどその微笑みはぐしゃぐしゃと崩れてボロボロ涙がこぼれ始める。
「馬鹿っ!!!」
ローザは覆いかぶさるように私を抱きしめた。
この階段を登りきったカミーユの部屋で、あの開け放たれた窓の手前、月明かりを背景に捕らわれたローザの首筋に今にも齧りつこうとするカミーユがいて、颯爽とあらわれた私が『そこまでよ!』ズババババーン!とカミーユを倒してローザを助けて、私の腕に抱かれたローザが『ああ…リリアス様、さっきは馬鹿なんて言ってごめんなさい』『いいんだよローザ、私のほうこそごめんね』なんて仲直りして、えへへへ。などと。
私は相変わらず馬鹿だった。
実際に階段を登りきってカミーユの部屋に着いた私が「ローザ!」と叫ぶと、確かに窓の手前、呆然とした表情でうつむくライラの傍らにカミーユとローザはいたが、ローザもカミーユも小さなテーブルを挟んで椅子に座って二人でお茶を飲んでいた。
「…何の御用でしょう?」
ティーカップを持ったまま振り返ったローザは月明かりを浴びて綺麗だったけど、無表情で声も冷たくて、私は明らかに間抜けな邪魔者だった。
「う…その…ローザが、カミーユに襲われたりしてないかなと思って…」
「…そう見えますか?」
「見えない…ね…」
「ではお引取りを」
私は思わず「うぐ…」となる。
――もう…!どうして襲っていないのよカミーユ…!
アルミラが一歩前に出る。
「悪いのはアタシなんだ、ローザ」
ローザはティーカップをソーサーにカチャリと置く。無言で。アルミラが続ける。
「この薔薇の不死城に来てすぐ、アタシとリリアスは『あの方』によって『地獄』と呼ばれる地下迷宮へと落とされた」
「…それで?」
「あ、ああ、それで…アタシは一度、死んだんだ。大悪魔ベリアルの手にかかって」
「それで?」
「…それで、死ぬ間際にアタシがリリアスに頼んでしまったんだ。『死ぬ前にどうかアタシの血を吸ってくれ』って」
「それで、どうせ一度血を吸ってしまったのだからと、二人で何度も快楽に溺れていたというわけですの?謁見の間の扉の前でさえも抑えきれないほどに」
「そ、それは違う!血を吸ってもらったのは死ぬ間際と謁見の間の前の2回だけだ!2回目は本当に、アタシの事情を知ってもらうことが目的で」
「もう結構です」
ローザはそう言うと、椅子に座ったまま身体ごとこちらを向いて姿勢を正した。
「リリアス様」
急に名前を呼ばれて私はビクッ!となる。
「は、はい…」
月明かりを背景にしたローザが強い眼差しで私を見据えている。
「わたくしは、あなたの言葉が聞きたいのです」
そう言われて、私は何と言ったらいいのかわからず「う…あの…あの…」としどろもどろになる。カミーユがこちらを見ずお茶を一口飲んで「ち、くだらん。痴話喧嘩か」と言ったが、ローザはピシャリと「お静かに」と言った。
静寂があたりを包む。包むというより突き刺してくるような静寂。
なんて言ったらいいのか、わからない。
でも、こんな馬鹿な私の言葉をローザはちゃんと待ってくれている。
きちんと背筋を伸ばして凛とした表情で私を見据えて。
「ローザ、私…」
何を言うべきか全然わからないまま話し始めると、目から勝手に血の涙がこぼれてくる。
ダメだ。泣いちゃダメ。ちゃんと言わなきゃ。でも何を。わからないけど、何かを。
「私、ローザ、あのね…」
ローザは返事をせず私の次の言葉をじっと待ってくれている。
私は必死に血の涙を止めようとするが、視界が真っ赤に染まってローザの姿がよく見えなくなって、それが不安になってまた涙が溢れてきてしまう。ダメだ。これじゃただの叱られている子どもだ。ちゃんとしなきゃ。ちゃんと言わなきゃ。
「ローザ…」
「…なんですの」
「ごべぇぇん…」
私はそれだけ言うと身体が涙そのものになったみたいに力が抜けてベチャッとその場に座り込んでしまう。
「ごべ、ごめんなさい…うぅ…ローザ、私、ずっと自分がわがらなくで…ううっ…」
私の身体の中から「うっ」とか「ひっ」とか変な音が出てきて前も向けなくなる。地べたに座ったまま私は床を向いて血の涙をボトボトこぼしながら支離滅裂な話を続ける。
「すぐ怒ったり泣いたり、ずっと自分が変で、ずっと怖くて…ローザと別れてアルミラとこのお城に来てすぐ、なんか、変な『地獄』とかいう、変なところに落とされて…そこでもいっぱい怒ったりしちゃって、あとアルミラも、一回死んじゃってぇ…ううぅ…し、死んじゃったんだよアルミラがぁ、あぁぁあぁあぁぁ…ぶ」
泣くのを止めようとして私は自分の顔を両手で覆う。
力いっぱい口を抑えても「あぁ」とか「うぅ」とか変な泣き声が止まらない。
わけがわからない。大体さっきアルミラが説明したじゃないか、アルミラが一回死んじゃった話は。なのに話の流れでアルミラが死んじゃったのを口に出したことで、思い出し泣きをしてしまっている。
あまりの自分のわけわからなさに少し冷静になり、今度は冷静になったことが癪で悔しいような腹立たしいような感じにもなり「うぐぅぅうぅうぅぅ…!」と泣いてから『何なのよ私は一体』と自分を客観視してまた少し冷静になって涙の波が弱くなる。
うぅ…ふぐうぅ…と呼吸を整えてから話を再開する。
「でもね、死んじゃう前に、アルミラに頼まれて血を吸っちゃって、それで、アルミラが私のことを好きだってわかったの…」
「…それで、リリアス様も好きになってしまった?」
私はブンブンと首を振る。
「その時はまだ…よくわからなかった…。でもね」
私は袖でゴシゴシと顔を拭ってローザを見上げる。
怒っているような悲しんでいるような複雑な表情のローザの顔が私の目に映る。
「私、ローザも、アルミラも、二人とも好きになっちゃったって気付いたの」
また血の涙が溢れてきてローザの表情がよくわからなくなる。
「ごめんなさい…!そんなのダメだって、わかってる…!わかってるけど…!!でも、どうしても二人とも比べられないくらい好き、大好きなの…!だから、ローザとの約束を破っちゃったけど、私、ローザのこと、ずっと好きでいたい!好きでいたいよぉ…!ごめん…!ごべぇぇえぇぇぇん!」
私は両手で顔を覆って、とうとう「うわぁあぁん」と泣き出してしまった。
…情けないし恥ずかしい。これじゃ3歳か4歳くらいの幼児だ。それでも涙は止まらない。
しばらくすると私の頭にコツンと何かが当たる。
それで涙が少し止まって顔を見上げると、いつの間にかローザ。
地べたに座り込んだ私の前でかかんでいる。
「…馬鹿」
そう言ってローザは微笑もうとしたけどその微笑みはぐしゃぐしゃと崩れてボロボロ涙がこぼれ始める。
「馬鹿っ!!!」
ローザは覆いかぶさるように私を抱きしめた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる