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第1章

43 どうしようもない馬鹿な私

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「ろろろろローザこそなんで、こ、こここんなところに」

突然あらわれたローザを目の前にして私はアルミラと抱き合ったまま身体がカチコチに固まってしまい、震えながら反射的にそんな質問が口をついて出た。

ローザはまったく表情を変えずに真顔で淡々と答える。

「カミーユと名乗る吸血鬼ヴァンパイアに連行されて血を吸われそうになったのですが、聖都法皇庁サンクティオの機密情報を提供することを交換条件に難を逃れたのですわ。それで、たった今までここの城主にその情報提供を行っていましたの」

話しながらローザの声の温度がどんどん低下していく。

「で、お二人は、ここで何を……?」

何を。

一体何をしていたの、私は…?

なんて都合よく記憶喪失になんかなってくれるわけもなく、その行為を私ははっきりと覚えている。
アルミラの血を吸っていたのだ。
ローザとの約束を破って。

今の私の気分は、まるでお父様の書斎で盗み見てしまったちょっと大人な恋愛小説に出てくる泥沼不倫が見つかった登場人物のようなものだった。

とはいえ私たちは服もちゃんと着ているし、そういう性的な交わりなどは一切していなかった。いくら女の子が好きだと認めた私でも、いきなりそんなことをしてしまうほど大胆ではないし、正直まだそこまでのことは怖さのほうがずっと大きい。

なので、本当にただ血を吸っていただけ、吸血鬼ヴァンパイアとしての単なる食事をしていただけではあるのだ。あくまでも行為としては。

でも私もアルミラも夢中になっていて気に留めることができなかったのだが、どうもよくよく思い返してみれば私たちに声をかける少し前からローザはすでに居合わせていたようで、だとすると私たちはまさに絶頂の最中だったのであって、アルミラはもう心の声ではなく実際に声を出して「あっ!リリアス…!あ…!愛している…!!」と柄にもなく甘い声を漏らしていたし、私に至ってはアルミラの首筋にかぶりついたままなので「ふっ!ふうっ!はうふぃひゃアルミラあぁっ!ひゅっ、ひゅひ好きぃぃいぃぃっ!!」とほとんど変態女のような有様で、『単なる食事でした』などとは口が裂けても言えるはずのない状況だった。

なのでローザの問いかけに対して私は声も出せずに口をパクパクすることしかできなかったのだけど、なんとアルミラは覆いかぶさった私をひょいとどけると気だるい様子で長い銀髪をかきあげながら上半身を起こし、「ただの情報共有だ」と言い放った。

「………情報、共有?」

無茶だ。当事者である私でさえ「は?」と思ったのだ。
ない。あんな下品な情報共有は。どこの世界にだって存在しない。

ローザの顔から、ますます表情が消えていく。
私はそれを見て底しれぬ恐ろしさの予感にアウアウとなるばかりだったが、アルミラはお構いなしに説明を始める。

「そうだ。吸血鬼ヴァンパイアは吸血によって記憶や感情などの情報を共有することができる。今回はアタシとカミーユという闇騎士の関係性についてリリアスの理解を促すためのものだった。それを行うことによって無用な戦闘を避け双方の」
「違います」

ローザが氷のような声でアルミラの説明を遮り、さすがにアルミラも空気を察したかピタリと口をつぐんだ。

「どうして、血を吸っていたのかと聞いているのです…」

ローザは虚空を見つめるばかりで私のほうは見ていなかったが、その質問は明らかに私に向けられていた。

要するに、『最初に血を吸う人間はローザにすると約束したにも関わらず、なぜ隠れてこそこそアルミラの血を吸っていたのか』ということだ。

あんなに下品な声まであげて抱き合って。
愛してるだの好きだの言い合って。

一体どういうことなのか。

そもそもお前は今まであんなに偉そうに『人間の血を飲むなんて神に背く行為だ』『聖書にもそう書いてある』『女性同士の恋愛だって許されない』などと言っていたのではなかったのかと、そういうことを言っているのだ。ローザは私に。

「なんとか言ったらどうなのです」

そこで初めてローザは私のほうを見た。目と目が合う。

…怒ってる。

間抜けにも私はそう思った。当たり前だ。怒っていないわけがない。

「アウアウ言っていないで、しっかりご説明を」

ローザにそう言われて、私は自分がずっとアウアウ言い続けていたことに気が付く。
やばい。どうしよう。何か言わなきゃ。言い訳?しようがない。実際に私はローザとの約束を破って他の人、あろうことか3人一緒に旅をしてきたアルミラの血を吸ってしまったのだ。言い訳なんてしようがない。

「どうしてわたくしとの約束を破ったのですか」

あわわわわ…。
どうしよどうしよ。頭の中に『あわわわわ』以外の言葉が浮かばない。

「だがローザ、アタシは吸血鬼ヴァンパイアであって人間では」
「お黙りを」

ピシャリと言われてアルミラも固まる。

「リリアス様」

ローザはそう言って腕組みして靴の踵をカツッ!と鳴らして大股で仁王立ちした。

「ご説明を」

私はそう言われてようやく「ローザ…」と絞り出す。
どうにか説明しようとするけど言葉がうまく出てこないし何よりローザが怒ってるけど目の前にいてくれて、こんな私なのにまだ名前を呼んでくれたことが嬉しくて、同時に自分がしたことが恥ずかしくて情けなくて「う…うう…」などという呻き声とともに血の涙がポロポロポロポロこぼれてくる。

「ローザ……」

「………なんですの」

「…つい、出来心で」

パチンッ!

私は目の前が一瞬真っ白になり、ジンジンと痛みを感じるまで自分の頬が打たれたことに気が付かなかった。

「…馬鹿」

ローザは目から涙を一粒ポロリとこぼして、ドレスの裾をひるがえして走り出し、階段を下へと駆け下りていってしまった。

私はアルミラに「追うぞ」と言われても何か言うことも立ち上がることもできず、ジンジンする頬っぺたに手を当ててローザがいた場所をただぼんやりと見つめ続けることしかできなかった。

――本当に、私は馬鹿で、どうしようもない大馬鹿で、何やってるんだろ私…。

なんてことをしてしまったんだろ…。

ああ、時間を戻す吸血鬼ヴァンパイアの力とかがあればいいのに…。
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