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第1章

40 ローザの行方

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悪魔王の憤怒サタニックイーラ』と呟いた私の身体から、凶悪な魔力がほとばしる。
バチバチバチッ!と電流とともに背中から雷竜の翼が、おしりから尻尾が生えて、足元からズズズズズッとケルベロスとフェンリルもあらわれた。

「な!なぜ『地獄』の守護者がここに…!」

狼狽えるカミーユに私は言う。

「私の動物支配テイムで仲良しになったのよ」
「そ!そんな馬鹿な…!」
「いちいちうるさいわね…!黙ってぶっ飛ばされなさいよ…!」

私の両脇でケルベロスとフェンリルもグルルルルル…と唸り声を上げている。
カミーユは見るからに怯えた表情で後ずさりをする。

「そ、そんなことをして『あの方』に、ゆ、許されると思うのか…!」
「どうでもいいわ。許されないならハルバラムもまとめてぶっ飛ばしてやるわよ」

一歩踏み出した私の前に再びアルミラが立ちはだかる。

「ま、待ってくれ!アタシの立場も考えてくれ…!」

アルミラの困り果てた顔を見て、思わず私の怒りが少しずつしぼみ始める。

「リリアス、確かにお前は強くなったが、それでも『あの方』には…。それにアタシはどうしても『あの方』には逆らえない…!覚えているだろう?吸血鬼の血の掟ヴァンパイア・コードだ…!」

吸血鬼の血の掟ヴァンパイア・コード
えっと、なんだっけ、と思ったのはここだけの内緒だ。

「もしお前が『あの方』と敵対するのなら、アタシもお前と戦わなければならなくなってしまう…!だからどうか、頼む…!」

今にも泣き出しそうなアルミラの顔がなんだか妙に可愛くて、私は「…わかったわ」と小さく呟く。

「ケルベロス、フェンリル、戻りなさい…」

私がそう言うと、二頭の巨大な犬はクゥーンと言いながら私の中に帰った。
まだ雷竜の翼と尻尾が生えたままの私はカミーユに向き直る。

「最後にもう一度聞くわ。本当にローザの行方は知らないのね?」

カミーユは「あ、ああ…」と絞り出すように答えた。

「嘘だったら今度こそ承知しないわよ?」

表情に怯えを滲ませてカミーユは無言で頷く。それを見て私は一応、満足する。

それから私は、この騒動の間もずっとうつむいたまま一言も喋らないライラに視線を送る。それに気付いたアルミラが言う。

「リリアスがライラを解放したい気持ちもわかる…。だがこれはこのファルナレークに生きる者の宿命なのだ。わかってくれ…」

私は少し唇をかみしめてから、息を吐いた。

「…そうね、納得は、できないけど」
「すまない…」
「アルミラが謝ることじゃないわ。まずはローザを探しましょう」

私は雷竜の翼をバサッと広げた。
初めての試みだけど、できるような気がする。

「茨の街の、ヘンリクさんだっけ?あの人の店に行きましょう。結局そこにいるかもしれないものね」

「あ、ああ…」と応じたアルミラの腰を抱き寄せておしりの下に腕をまわしてグイッと身体ごと持ち上げる。

驚いて「え、何を」と言ったアルミラに、私は「ちょっとイライラしちゃったから気分転換!」と早口で答えながらタタッと駆け出して、アルミラを抱きかかえたままカミーユの部屋の開け放たれた窓の向こうのバルコニーから勢いよく飛び立つ。

「うわっ!おいリリアス!!」

アルミラを抱きしめた私はファルナレークの夜空でバサバサッと羽ばたいた。

雷竜の翼が風をつかんで私たちは薔薇の不死城ロサカステルムの最上階よりさらに高く舞い上がり、それがあんまりにも気持ちよくて私は満天の星空をくるりと一回転する。

「あははははは!夢だったのよね!こうやって空を飛ぶのって!!」
「ちょっ、ちょっとリリアス!無茶をするな!」
「あははっ!どうしたのよアルミラ!もしかして怖いの!?」

大空で自分より小さな私にギュッとしがみついたアルミラが可愛くて、私は思わずそのスベスベの頬にキスをした。

「なっ…何を…!」
「ふふふ!私ちょっとおかしいみたい!」

うじうじ悩んだり泣いたり怒ったり、思いつきで空を飛んでみたら自分でもビックリするくらい楽しくなってしまったり。
最近の私はなんだか情緒不安定だ。

でも、別にそれでもいい。

私はアルミラを抱きかかえたままファルナレークの夜空を気が済むまでビュンビュン飛び回った。
アルミラが何やら喚いているようだけど、私の耳には私の笑い声でよく聞こえない。

「さあ行くわよ!確かあの辺よね!」

そう言って私は眼下に広がる茨の街の、ヘンリクの店のあたりに向かって急降下する。

ファルナレークの夜空に吸血鬼ヴァンパイアらしからぬ、そして男勝りなアルミラらしからぬ甲高い悲鳴が鳴り響いた。


******


正直、私はもうこの時にはほとんど確信していた。

私は女の子が好きなんだって。

少なくとも、柄にもなく私の腕の中で怯えて震えるアルミラのことが好きで、どこに行ってしまったかわからなくて心配で仕方ないローザのことも比べられないくらい好きなんだって。

もちろん、悪いことだと思う気持ちもまだある。

でも、いくら人間に戻りたいと言っても今の私はやっぱり吸血鬼ヴァンパイアなんだし『人間か吸血鬼ヴァンパイアか』は横に置いておいても、自分の気持ちに嘘をつき続けてもいいことはないと思うから、良い子でありたい私も悪い子の私をそろそろ認めてあげてしまおうと思い始めていた。

それくらい、ファルナレークの満天の星空は綺麗で、雷竜の翼で初めて飛ぶ夜空は気持ちよかった。

もしかして、ヴァルゲスからもらった雷竜の血が私の心を少し解き放ってくれたのかな。

ねえアルミラ。

今度いつか、ローザも一緒に3人でこうやって空を飛ぼうね。

あなたは怖がると思うけど、私が無理やり抱きしめて連れて行っちゃうんだから。


******


ヘンリクの魔具屋の前に降り立つと、アルミラは今にも倒れそうな顔をして言った。

「お、落ちたらどうするつもりだったんだ…」
「ふふふっ、吸血鬼ヴァンパイアはそのくらいじゃ死なないんだから別にいいじゃない」
「そ、そういう問題じゃないだろう…っ!」
「いいから行くわよ」

そう言ってヘンリクの店の扉を開けると、以前に来たときと同じように様々な品物が雑多に並ぶ店の奥の大きな机で「いらっしゃいま……あ!ややや、これはこれは!」とヘンリクさんが大慌てで飛び出してきた。

「こんばんは、ヘンリクさん。ローザは…」と言いかけたところで、私は思い出す。

言っていいのだろうか、でも言わないわけにもいかない。
少し声のトーンを落として私は言う。

「あのね、ヘンリクさん、ライラが見つかったの」
「ほ、ホントですかっ!?」

ヘンリクさんは焦りと驚きのあまり、こちらに出てこようとする途中でおなかが引っかかって「あ!わわわっ!」と棚に押し込められた木箱を落としてしまう。

「だ、大丈夫!?」
「いえいえ大丈夫です!お、お気遣いなくっ!」

駆け寄った私を手で制して木箱の中身を拾い集めながらヘンリクさんは私を見上げる。

「そ、それで、娘は一体どこに…」

私が少し言いよどむと、アルミラが「心配するな」と言った。

「ライラは薔薇の不死城ロサカステルムにいる。他の球体世界スフィアへの脱走を企てていたようだが、カミーユが無事に保護をした」

それを聞いてヘンリクさんは本当にホッとしたような表情を見せた。

「はぁ…よかった…。闇騎士様たちにお手間をおかけしてしまって本当に何と申し上げたら良いか…」

私はその反応に違和感を覚えてしまう。

「…でもヘンリクさん、このままじゃライラは吸血鬼ヴァンパイアに血を吸われてしまうのよ?」

ヘンリクさんは木箱の中身を拾い集める手を止めて「へ?」と驚いた顔をする。

「え、ええ、それはそうですが…。ですがそれで死ぬわけではありませんし何より名誉なことですし…運良く見初めて頂ければあの娘も吸血鬼ヴァンパイアにして頂けて…いや!それはいくら何でも高望みでしたな!はは!いや申し訳ない!」

唖然としてしまった私の肩にアルミラがポンと手を置く。

アルミラは何も言わなかったが、その意図は理解できた。
これがこのファルナレークという球体世界スフィアの常識ということなのだ。

私がここで『大切な娘の身体をそんなふうに差し出すなんて!』と怒ったところで、それはヘンリクさんを困らせてしまうだけだ。

きっと、7つあるという球体世界スフィアにはそれぞれの文化や常識があって、その中には私が当たり前だと思っていること、例えば聖書を燃やした人は火あぶりの刑にされてしまうことや広場での処刑が庶民たちの娯楽になっていることなどを『とんでもない非常識』と考える球体世界スフィアだってあるのかもしれない。

そして、女の子が女の子を好きになってもいい球体世界スフィアだってあるんだと思う。きっと。

だから、私はもうライラの話題は終わりにする。

「それでヘンリクさん、ローザはここにいる?」

ヘンリクさんはきょとんとした顔で言った。

「え、それこそカミーユ様がお連れになっていきましたが…」

私の頭の中でブチブチッと血管が切れるような音がした。
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