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第1章
38 マリーゴールドの忠告
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「誰!?」
突然あらわれた男か女かわからない怪しい人物を前に、私は咄嗟に身構えた。
「さっきも上で会ったでしょう?闇騎士の1人、マリーゴールドちゃんよ」
「…マリーゴールド?」
部屋の隅にいたはずのその人物は、一瞬消えたかと思うと突如として私の目の前にあらわれた。
私より遥かに大きな巨体を前にして私は思わずのけぞる。
潜影移動?
いや少し違う気もする。
とにかく、そいつは私の鼻先に人差し指を突きつけて言った。
「マリーゴールドちゃんよ」
「ま、マリーゴールド、ちゃん…」
「そ、意外と素直じゃない」
マリーゴールドは濃すぎるチークの厚化粧の顔でニッコリと笑った。
「何をしに来たのだ…!」
アルミラが私に駆け寄って言った。
「もう、心配性ね、アルミラちゃんは。大丈夫。獲って喰いはしないわよ」
マリーゴールドはゴテゴテと刺繍の入ったスカートをふわりと翻して、棺に腰掛けて脚を組んだ。脚は太くはないが筋肉質でたくましく、女性のものには見えない。
「そんなことよりリリアスちゃん、あなた人間に戻りたいんでしょ?」
私は前のめりになって答える。
「も、戻りたい!方法を知ってるの!?」
マリーゴールドは「うふふ…」と意味ありげな笑みを浮かべる。
「知ってるわよ。でもその前にズバリ質問。あなた最近、悩んでいるわよね?」
私はその質問に少しドキッとする。
「要するに自分が何者かという悩みよね。でもそれは、自分が吸血鬼か人間か、なんていう浅い悩みじゃないわ」
「え…それは浅く、ないでしょ」
「いいえ浅いわよ、そんなこと。アルミラちゃんもわかるでしょ?」
急に話を振られてアルミラは少し驚いた様子を見せたが、すぐに何か思い至ったのか「あ、ああ…そうだな」と答えた。
「リリアスちゃんも、かつてのアルミラちゃんと同じ。そういう子はわたしのお店にもたくさん来たからよ~くわかるわ。あなた、女の子が好きかどうかで悩んでいるでしょう?」
私はその質問に「う…」と思わずたじろぐ。
「でもあなたは確かユークレアにある某王国の侯爵令嬢。おカタい宗教が根強いものね、あそこの球体世界は。だから同性でそんなこと、イケナイと思ってるんでしょ」
「お、思ってるわよ…」
「わかるわ、ツライわよねえ。でもそんな教義なんて、忘れちゃいなさいな」
「え、そんな」
「いいから忘れちゃいなさい。しょせん教義なんて時代で変わる解釈よ。でもね」
たじろぐ私にマリーゴールドは再び立ち上がってにじり寄る。
「どちらの性別がどうあれ、愛し合うことを許さない神様なんていないわよ」
それまでずっと笑みを貼りつかせていたマリーゴールドが真剣な表情で私を見据えた。
私はその迫力に圧されて狼狽える。
「ちょ、ちょっと待って…いろいろ混乱しているわ…。まず、あなた、あ、マリーゴールドちゃんは、その、球体世界っていうのを知っていて私たちの世界にも来たことがあるってこと?」
マリーゴールドはきょとんとした顔を見せてから両手を広げ、大げさな身振りで言った。
「当ったり前じゃな~い!こちとら不老不死で大ベテランの大オカマなのよ?」
「…いや、オカマかどうかは別に」
「関係あるわよ~!オカマは噂話と旅行が大好きなんだから!そもそも、ここファルナレークはいろいろな球体世界と直結してて球体世界の概念は禁忌でも何でもないのよ。というか、禁忌なのはユークレアとチキュウくらいじゃないかしら。まあとにかく、ありとあらゆる球体世界に出向いていろいろ見聞きしてきたわよ」
それを聞いて私は、自分が人間に戻れる方法と同じくらい気になっていたことを思い出す。
「じゃ、じゃあマリーゴールドちゃん!私のお父様たち、あの、エスパーダ家の人間がこの球体世界に来たと思うんだけど、どこに行ったか知らない!?」
マリーゴールドは満足そうに頷く。
「そうね、家族っていうのは大事にしたほうがいいわね。わたしなんかもうずいぶん昔に勘当され…いえ、まあいいわ、それは。で、あなたの家族ね。確かに早く助けに行ってあげたほうがよさそうね」
「た、助けに!?」
「そうよ、追われていたわ」
「誰に!?」
「そりゃユークレアの支配勢力、おそらく聖都法皇庁でしょうね」
「な、なんで…」
「そんなの禁忌を破ってここに来たからに決まってるじゃない。聖都法皇庁ならびにエロール帝国は他の球体世界との繋がりを独占することでユークレアでの支配的立場を維持したいんだから」
「……そ、そんな」
「ま、とりあえず茨の街の酒場にいる吟遊詩人に会いなさい。彼が他の球体世界への運び屋よ。あなたの家族は彼の力で他の球体世界へ旅立ったわ。ここへは中継地点として寄っただけじゃないかしら」
頭の中がこんがらがって破裂しそうだったが、とにかく私は「茨の街の酒場の吟遊詩人…」と復唱してから顔を上げ「わかったわ!ありがとう!マリーゴールドちゃん!」と言った。
マリーゴールドは肩をすくめて「どういたしまして」と言った。
「それで話を戻すけどリリアスちゃん、あなた人間に戻るためにはまず、女の子が好きなら好きって認めちゃいなさいな」
「そ、それと私が人間に戻る方法と何が関係あるのよ!」
マリーゴールドは再び微笑みを浮かべて答える。
「それが大アリなのよ。まあとにかく、あなたは自分が誰を好きなのか、ちゃんと正直な心でよ~く考えてみなさい」
―――私は、誰を好きなのか。
ふいにローザの顔が浮かび、視線を感じて振り返るとアルミラと目が合い、私は頭をぶんぶんと振る。
ちょっと待って…!
女の子同士も問題だけど、二人というのはもっと問題で…!
いや、そもそも私は普通に男の子のことが、好き、だったことってあったかな…。
えっと、あの婚約者だった王太子のジェラルドは好き、ではなかったな最初から多分。
「ま、それが女の子でも男の子でもいいけど、とにかく言えることはひとつね」
私の混乱を遮るようにマリーゴールドは言った。
「その子の血を吸ったら二度と人間には戻れないわ」
え。だとすると!
「じゃ、じゃあもし私がアルミラのことを好きだったら…?」
「あら、あなたアルミラちゃんの血、吸っちゃったの?」
にた~っと笑うマリーゴールドに、私は「いや、その…」と後ずさる。
「うふふ、美味しかったぁ?」
私は何も答えられず、でも思わず無言で頷いてしまう。
「あははっ!かわいいわね~。でもアルミラちゃんなら大丈夫よ、吸血鬼同士だし、多分セーフよセーフ」
「セーフ…」
「そ、でもあなたが愛する人間の子の血は吸わないでおいたほうがいいわね」
どういうことなのだろうか。私は混乱しながらも質問をする。
「そ、それで、私は一体どうしたら人間に戻れるのよ」
マリーゴールドは腕を組んで「そうねえ…」と少し考え込む様子を見せてから言った。
「もしあなたが本当に好きな相手を見つけられたら、またこのマリーゴールドちゃんに会いに来なさい。その時には手取り足取り教えてあげるわ。人間に戻れる方法をね」
はぐらかされたような気がして私は「で、でも」と踏み出したが、マリーゴールドはまた突然目の前から消えて、今度は部屋の奥、上階へと続く階段の前に移動した。
「さて宴もたけなわではございますが、実は今あなたのお友達がちょっと困った事態よ。そっちのほうが急を要するわ」
私の友達。もしかして、ローザのこと?
でもだってローザは茨の街の魔具屋に隠れているはずで…。
「あなたに突っかかっていた闇騎士、カミーユの部屋に急ぎなさい。場所はそちらのアルミラちゃんがよくご存知よ」
マリーゴールドは身体から不思議な魔力の光を放った。
足元から薔薇の花弁が舞い上がり、少しずつ身体が消えていく。
その途中で思い出したように言う。
「あ、それから最後にリリアスちゃん」
食い入るように次の言葉を待つ私に、マリーゴールドは怪しい笑みを浮かべて言った。
「アルミラちゃんはこう見えて、かなり欲深い女よ。気をつけることね…」
マリーゴールドが消え去って、私はアルミラのほうを振り返ったが、その表情は光の加減のせいかよく読み取れなかった。
突然あらわれた男か女かわからない怪しい人物を前に、私は咄嗟に身構えた。
「さっきも上で会ったでしょう?闇騎士の1人、マリーゴールドちゃんよ」
「…マリーゴールド?」
部屋の隅にいたはずのその人物は、一瞬消えたかと思うと突如として私の目の前にあらわれた。
私より遥かに大きな巨体を前にして私は思わずのけぞる。
潜影移動?
いや少し違う気もする。
とにかく、そいつは私の鼻先に人差し指を突きつけて言った。
「マリーゴールドちゃんよ」
「ま、マリーゴールド、ちゃん…」
「そ、意外と素直じゃない」
マリーゴールドは濃すぎるチークの厚化粧の顔でニッコリと笑った。
「何をしに来たのだ…!」
アルミラが私に駆け寄って言った。
「もう、心配性ね、アルミラちゃんは。大丈夫。獲って喰いはしないわよ」
マリーゴールドはゴテゴテと刺繍の入ったスカートをふわりと翻して、棺に腰掛けて脚を組んだ。脚は太くはないが筋肉質でたくましく、女性のものには見えない。
「そんなことよりリリアスちゃん、あなた人間に戻りたいんでしょ?」
私は前のめりになって答える。
「も、戻りたい!方法を知ってるの!?」
マリーゴールドは「うふふ…」と意味ありげな笑みを浮かべる。
「知ってるわよ。でもその前にズバリ質問。あなた最近、悩んでいるわよね?」
私はその質問に少しドキッとする。
「要するに自分が何者かという悩みよね。でもそれは、自分が吸血鬼か人間か、なんていう浅い悩みじゃないわ」
「え…それは浅く、ないでしょ」
「いいえ浅いわよ、そんなこと。アルミラちゃんもわかるでしょ?」
急に話を振られてアルミラは少し驚いた様子を見せたが、すぐに何か思い至ったのか「あ、ああ…そうだな」と答えた。
「リリアスちゃんも、かつてのアルミラちゃんと同じ。そういう子はわたしのお店にもたくさん来たからよ~くわかるわ。あなた、女の子が好きかどうかで悩んでいるでしょう?」
私はその質問に「う…」と思わずたじろぐ。
「でもあなたは確かユークレアにある某王国の侯爵令嬢。おカタい宗教が根強いものね、あそこの球体世界は。だから同性でそんなこと、イケナイと思ってるんでしょ」
「お、思ってるわよ…」
「わかるわ、ツライわよねえ。でもそんな教義なんて、忘れちゃいなさいな」
「え、そんな」
「いいから忘れちゃいなさい。しょせん教義なんて時代で変わる解釈よ。でもね」
たじろぐ私にマリーゴールドは再び立ち上がってにじり寄る。
「どちらの性別がどうあれ、愛し合うことを許さない神様なんていないわよ」
それまでずっと笑みを貼りつかせていたマリーゴールドが真剣な表情で私を見据えた。
私はその迫力に圧されて狼狽える。
「ちょ、ちょっと待って…いろいろ混乱しているわ…。まず、あなた、あ、マリーゴールドちゃんは、その、球体世界っていうのを知っていて私たちの世界にも来たことがあるってこと?」
マリーゴールドはきょとんとした顔を見せてから両手を広げ、大げさな身振りで言った。
「当ったり前じゃな~い!こちとら不老不死で大ベテランの大オカマなのよ?」
「…いや、オカマかどうかは別に」
「関係あるわよ~!オカマは噂話と旅行が大好きなんだから!そもそも、ここファルナレークはいろいろな球体世界と直結してて球体世界の概念は禁忌でも何でもないのよ。というか、禁忌なのはユークレアとチキュウくらいじゃないかしら。まあとにかく、ありとあらゆる球体世界に出向いていろいろ見聞きしてきたわよ」
それを聞いて私は、自分が人間に戻れる方法と同じくらい気になっていたことを思い出す。
「じゃ、じゃあマリーゴールドちゃん!私のお父様たち、あの、エスパーダ家の人間がこの球体世界に来たと思うんだけど、どこに行ったか知らない!?」
マリーゴールドは満足そうに頷く。
「そうね、家族っていうのは大事にしたほうがいいわね。わたしなんかもうずいぶん昔に勘当され…いえ、まあいいわ、それは。で、あなたの家族ね。確かに早く助けに行ってあげたほうがよさそうね」
「た、助けに!?」
「そうよ、追われていたわ」
「誰に!?」
「そりゃユークレアの支配勢力、おそらく聖都法皇庁でしょうね」
「な、なんで…」
「そんなの禁忌を破ってここに来たからに決まってるじゃない。聖都法皇庁ならびにエロール帝国は他の球体世界との繋がりを独占することでユークレアでの支配的立場を維持したいんだから」
「……そ、そんな」
「ま、とりあえず茨の街の酒場にいる吟遊詩人に会いなさい。彼が他の球体世界への運び屋よ。あなたの家族は彼の力で他の球体世界へ旅立ったわ。ここへは中継地点として寄っただけじゃないかしら」
頭の中がこんがらがって破裂しそうだったが、とにかく私は「茨の街の酒場の吟遊詩人…」と復唱してから顔を上げ「わかったわ!ありがとう!マリーゴールドちゃん!」と言った。
マリーゴールドは肩をすくめて「どういたしまして」と言った。
「それで話を戻すけどリリアスちゃん、あなた人間に戻るためにはまず、女の子が好きなら好きって認めちゃいなさいな」
「そ、それと私が人間に戻る方法と何が関係あるのよ!」
マリーゴールドは再び微笑みを浮かべて答える。
「それが大アリなのよ。まあとにかく、あなたは自分が誰を好きなのか、ちゃんと正直な心でよ~く考えてみなさい」
―――私は、誰を好きなのか。
ふいにローザの顔が浮かび、視線を感じて振り返るとアルミラと目が合い、私は頭をぶんぶんと振る。
ちょっと待って…!
女の子同士も問題だけど、二人というのはもっと問題で…!
いや、そもそも私は普通に男の子のことが、好き、だったことってあったかな…。
えっと、あの婚約者だった王太子のジェラルドは好き、ではなかったな最初から多分。
「ま、それが女の子でも男の子でもいいけど、とにかく言えることはひとつね」
私の混乱を遮るようにマリーゴールドは言った。
「その子の血を吸ったら二度と人間には戻れないわ」
え。だとすると!
「じゃ、じゃあもし私がアルミラのことを好きだったら…?」
「あら、あなたアルミラちゃんの血、吸っちゃったの?」
にた~っと笑うマリーゴールドに、私は「いや、その…」と後ずさる。
「うふふ、美味しかったぁ?」
私は何も答えられず、でも思わず無言で頷いてしまう。
「あははっ!かわいいわね~。でもアルミラちゃんなら大丈夫よ、吸血鬼同士だし、多分セーフよセーフ」
「セーフ…」
「そ、でもあなたが愛する人間の子の血は吸わないでおいたほうがいいわね」
どういうことなのだろうか。私は混乱しながらも質問をする。
「そ、それで、私は一体どうしたら人間に戻れるのよ」
マリーゴールドは腕を組んで「そうねえ…」と少し考え込む様子を見せてから言った。
「もしあなたが本当に好きな相手を見つけられたら、またこのマリーゴールドちゃんに会いに来なさい。その時には手取り足取り教えてあげるわ。人間に戻れる方法をね」
はぐらかされたような気がして私は「で、でも」と踏み出したが、マリーゴールドはまた突然目の前から消えて、今度は部屋の奥、上階へと続く階段の前に移動した。
「さて宴もたけなわではございますが、実は今あなたのお友達がちょっと困った事態よ。そっちのほうが急を要するわ」
私の友達。もしかして、ローザのこと?
でもだってローザは茨の街の魔具屋に隠れているはずで…。
「あなたに突っかかっていた闇騎士、カミーユの部屋に急ぎなさい。場所はそちらのアルミラちゃんがよくご存知よ」
マリーゴールドは身体から不思議な魔力の光を放った。
足元から薔薇の花弁が舞い上がり、少しずつ身体が消えていく。
その途中で思い出したように言う。
「あ、それから最後にリリアスちゃん」
食い入るように次の言葉を待つ私に、マリーゴールドは怪しい笑みを浮かべて言った。
「アルミラちゃんはこう見えて、かなり欲深い女よ。気をつけることね…」
マリーゴールドが消え去って、私はアルミラのほうを振り返ったが、その表情は光の加減のせいかよく読み取れなかった。
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