上 下
36 / 90
第1章

36 可哀想な欲望

しおりを挟む
「それにしても怒った時のお前は本当に凄まじいな」

そう言ってニカッと笑ったアルミラの笑顔は、今までに見たことのない明るいものだった。まるで剣術の手合わせを終えた少年がお互いを称え合うような爽やかな笑顔。

私はそれに思わずドキッとして見ていられなくなる。

―――そんな顔、今まで見せたことなかったじゃない…。

「リリアス」
「えっ」

急に呼びかけられて私は驚いて顔を上げる。
アルミラはもう笑顔ではない。キリリとした真剣な顔だ。

「おそらく、あれがお前の固有能力なんじゃないかとアタシは思う」
「え、何が?」
「え、いや、怒ってさっきベリアルを殴っていただろう?」
「あ、ああ…うん」
「それがお前の固有能力なんじゃないかな」

固有能力。

そういえばそういう話だった。

この『地獄』と呼ばれる迷宮で吸血鬼ヴァンパイアとしての基礎能力を試され、今も私たちの後ろでしょぼんと座ったまま動かないベリアルが固有能力を試す。
その試練に合格すればここを出られる、そんなような話だった、そういえば。

「確かに、すべての攻撃が通用しないはずの僕をあれだけ殴り続けるなんて、普通は考えられないことだね…」

その言葉に私が振り返ると、ベリアルはビクッと身体を震わせた。

「ちょっ、顔が怖いです…」
「なんか腹立つのよね、あんたの声と顔」
「そ、そんな…」
「まあいいわ。それで、あれが私の固有能力なわけ?」
「は、はい。そうだと思います」
「思いますって何よ」
「えっ」
「そんな曖昧な判定で決まるわけ?固有能力っていうのは」
「いや、えっと、その…」

モゴモゴ言い出したベリアルに「何よ、煮え切らない男ね」と私が歩み寄ろうとするとベリアルは「ひぃっ!」と身をすくめるし、アルミラも「もう勘弁してやれ、大悪魔のプライドもあるだろう」と言うし、失礼ね、まるで私のことを恐怖の象徴か何かみたいに。

「まあ、恐怖の象徴みたいなもんじゃろ」

突然しわがれた老人の声が響いて私は身構える。
誰!?ていうか今、私の心、読んだ!?

「まあそう警戒するな。お主にゃ何もせんわい」

私もアルミラも声がどこから聞こえてくるのかわからず周囲を見渡したが、声の主はベリアルの向こう側の地面の下からぬうっとあらわれた。

「すまんかったの、ベリアルの奴が」

その老人は全身に絵の具を塗ったように赤い肌でツルッとした頭から2本、山羊のような角を生やしていて、宙に浮いて黒いローブの裾を風になびかせながら長い顎髭を手で撫でている。

「サタン様!」

ベリアルがそう叫び、私とアルミラも声を揃えて「サタン!?」と言う。

「いかにも。儂が悪魔王サタンである」

サタン。

幼い頃から何度も何度も聞かされてきた名前だ。
『悪い子はサタンに連れて行かれますよ』とか『そんなことをしていたらサタンに取り憑かれていると思われますよ』とか、山猿令嬢と呼ばれていた私は叱られる時、特にイザベラを中心によくそんなことを言われていた。

え?

実在するの?

ていうことは神様も本当にいるってこと?

いや、嘘でしょサタンなんて。

そういう設定の高ランクの魔物ってだけじゃないの?

本当に、本物?なわけないわよね…?

なんか赤いだけで普通のお爺ちゃまみたいで、特に威圧感とかないし。

「なぜ、魔界の王がこんなところに…!」

震えながらそう聞いたアルミラに、サタンは手のひらをひらひらさせ「よいよい、そんなに恐れんでも」と言う。

「なに、ちょっと蝿の王とハルバラムの小僧に頼まれて来ただけよ。リリアス・エル・エスパーダ、お主を見極めてくれとのことでな」

え………私?

「そう、お主じゃよ。もしここでベリアルに固有能力を見せても、それで物足りぬ時は儂が下の層で見てやる手筈だったのじゃ。儂も興味があったしな。しかしベリアルとの先ほどの一件、しかと見せてもらったが素晴らしいな、お主は。儂もつい若い頃を思い出して血が沸き立ったぞ」

私は予想もしなかった事態に呆気にとられてただ立ち尽くしている。
アルミラもそのようで、ぽかんと口を開けている。

「見たところお主は、感情の昂りで真の力を発揮するようじゃな。先ほど見せたお主の力は、あらゆる防御を不能にして己の攻撃を叩き込む力。相手に備わった耐性や魔力障壁、幻術などはもちろん、概念上の絶対防御もすべて無視して貫き通すじゃろうな」
「そ、そんな力が私に…?」
「ほほ、何を言うか。先ほど散々やっておったじゃろうが」

サタンは愉快そうに長く伸びた顎髭を撫でる。

「その能力を悪魔王の憤怒サタニックイーラと名付けてやろう」
「私の固有能力は、悪魔王の憤怒サタニックイーラ…」
「そうじゃ。能力に名前をつけるというのはただの戯れではないぞ。能力を発動させたい時、きちんと能力名を発することで発動は円滑になされるようになるものじゃ。ただしな」

サタンは手のひらを上に向け、そこに小さな玉のような何かを創り出した。

「それにしても今はまだ、あまりにコントロールが下手じゃ。そこでいいものをやろう」

サタンがその小さな玉を私に放ると、私の口が勝手に開いてその玉を飲み込んでしまった。

「んぐっ!!」

反射的に吐き出そうとするが玉は私のおなかの中に根付いて出てこない。

「そう心配するな、毒でも何でもないわい。今のはお主が悪魔王の憤怒サタニックイーラを使うたびにその能力が身体に馴染んでコントロールしやすくなるためのきっかけに過ぎんよ」

……成長を手助けしてくれるものということだろうか。

「そうじゃそうじゃ。ただそれ以上に大切なことがあるぞ?」

サタンは腕を組み、眉をひそめて言う。

「お主はまず、もっと自分に素直になれ。正直な心の声を聞け。誰かに与えられた理性や道徳で偽るな。本当の心に蓋をすればするほど、お主の心の中の闇と怒りは制御できなくなり、最後はお主自身をも滅ぼすことになるぞ」

その言葉を聞いて私はギクリとする。

「よいか?悪魔王からの貴重な助言じゃ。お主はもう少し自分の欲望を認めてやれ。そのままではお主の欲望が可哀想じゃよ。あまり無視ばかりしてしまえば、欲望だって悲しんで歪んでしまうわい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...