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第1章

32 侯爵令嬢はやめろと言ったらやめてほしい

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「ここ、こんなのどどどどどどうしろっていうのよっ!!!」

私の叫び声は第4層に虚しく響き渡るばかりだった。
アルミラが後ろのほうで「戦え!斬り伏せて進むのだ!」などと無慈悲なことを言っているが、そんなことできるわけがない。

もちろん頭ではわかっている。

これらはすべて魔物なのだ。
人をあざむきたぶらかしかどわかし、神に背く淫蕩の象徴、色欲の権現、打ち倒すべき悪魔、サキュバスなのだ。

しかしどうにも、肌の露出の激しい踊り子のような、小さな羽と尻尾と角がある以外は可愛らしく妖艶な人間の女性のような見た目のこの娘たちを、そんなに簡単に斬り捨てるなんてできない。

もう、本当に外見はほとんど人間の娘なのだ。
むしろ、普通の人間には滅多にいないほど美しく可憐な娘たちなのだ。

それに、一匹や二匹ではなくて数え切れないほどの大量で、何とか押しのけて進もうとする私を四方八方から取り囲んで、目を開ければ誘惑魅了チャームの魔力がダダ漏れの潤んだ瞳で見つめてくるし、目をつぶったらつぶったで「ねえ~、こっち向いてぇ」「遊びましょうよぉ」などと脳が痺れそうなほど甘い声で囁きながら柔らかな身体を押し付けてくるし、とんでもなくいい匂いがするし、もう今にも頭がどうにかなってしまいそうだった。

「ち、近寄らないで…っ!」
「どうしてぇ?」「いいじゃな~い」
「よくないっ!」
「ほらぁ、照れてないでぇ」
「て、照れてないっ…!」
「照れてるじゃなぁい、吸血鬼ヴァンパイアなのにぃ」
「さ、触らないでよっ!」
「いいでしょ~?一緒に誘惑魅了チャームかけあって溶けちゃいましょうよぉ」
「溶けない…!溶けないわよ…っ!」
「楽しいわよぉ~?脳みそトロトロになって気持ちいいんだからぁ」
「き、きっ、気持ち悪いわよっ!女の子同士で…!」
「いいじゃあん、みんなでグチュグチュしよ…?」
「しなっ、しないっ…!あ!ちょ、どこ触って…!」
「ね、ほらほらぁ」
「あっ!こら、ああっ!だ、離れて…っ!」
「あぁん、もう、可愛い…」
「――やっ!ちょ、脱がすなっ!あうっ…!」
「どお?」
「やめっ!こ、あふっ!舐め…ダメっ…!」
「いいでしょ?ねぇ?」
「だ、よく、ない…っ!」
「うそつき、震えてるじゃない…」
「あ、も、あ、ああっ!ちょ、ちょっと…」
「素直になりましょ…?」
「あうっ…!あ!あ、あ、あ、あ、あ………!!」
「ほらほらぁ」

「―――――――…………っ!!!!!」

「ほらほらほらぁ」
「……や、やめ!やめ………っ!!」
「まだまだよぉ、ほらほらぁ」


「――――……いい加減にしろっ!!!!!!!!」
バリバリバリバリバリバリッ!!!!!


私は怒りやら恥ずかしさやら悔しさやら、その他にもわけのわからない認めたくもない感情やら全部グチャグチャになって火山の大噴火のように一気に魔力を大爆発させた。

いつもの通り翼と尻尾の生えた私の身体中に電流が走り、それは第4層のフロアの床すべてにもバチバチバチッ!と激しく流れ、数え切れないほどたくさんのサキュバスたちは全員プスプスと煙を上げて真っ黒焦げになって倒れていた。
申し訳ないけどついでにアルミラも倒れている。

「やめろって言ったらやめなさいよっ!!!」

私は怒りがおさまらずもう一度、強烈な電撃を撃ち放つ。

倒れたままのサキュバスの身体が電撃を受けてビクンビクンとのたうち回るが、もう誰も悲鳴ひとつ上げることはなかった。

「一体何なのよっ!この下品なフロアは!!!」

私は憤慨しながら死屍累々のフロアをズンズンと大股で歩いていく。
その後ろから、黒い煙を上げてダメージを回復させながらアルミラがよろよろとついてくる。

「まったく、これのどこが試練だっていうのよっ!」
「………こ、心の試練…だな」
「やかましいっ!!!」

怒鳴り声とともに私は電撃をもう一度バリッ!と放ち、第4層を進んだ。


******


第5層は荒れ果てた墓地のようなフロアだった。

「ホント何なのよ、この迷宮は…」

私は思わず呟いた。

「第1層からモフモフ、ヘビ、モフモフ、エロと来て、今度はお化け?私の好き、嫌い、好き、嫌い、そしたらここは『好き』で来なきゃおかしいでしょ。何ちょっと変化つけてきてんのよ…!」
「いや、そんな怒り方をされてもだな…」
「どんな怒り方だってするわよ、こっちは。あれだけ弄ばれて、貞淑な侯爵令嬢なのよ私」
「す、すまんな…」

なぜか謝るアルミラに目もくれず、私は荒れ果てた墓地をズンズン歩く。

「だけどもう大体わかったわよ、どうせここゾンビとかいっぱい出てきて死霊魔術ネクロマンシーでどうにかしろ、みたいなフロアなんでしょ」
「お、おお!そうだ!や、やるじゃないか」
「ふん!ゾンビなんか一匹たりとも出させてやらないんだから!」

その言葉通り、私はこのフロアに来たときから死霊魔術ネクロマンシーを目一杯の魔力で発動して『お墓の下に眠る者たちよ!ずっと眠ってなさい!安らかに!!』と念じ続けていた。

―――このフロアは誰にも会わずに素通りよ!

私がそう思った時だった。

墓石を次々となぎ倒しながら燃え盛る炎の塊の上に乗って近づいてくる牛のような角とボロボロの翼をもった美しい男がやってきたのは。

「へぇ、ここまで辿り着いた吸血鬼ヴァンパイアは久しぶりだねえ」

…ち、ゾンビの他にも守護者がいたのね。

私のその感想とは少しズレたことをアルミラが言った。

「大悪魔ベリアル…貴様は第6層の守護者のはずだろう………」
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