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第1章
26 侯爵令嬢は謁見する
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そこは薔薇の香りが立ち込める謁見の間だった。
入り口から玉座に向かって血のように赤い絨毯が敷かれ、壁には美しい女性を描いた古めかしい絵画が金の額縁に収められて何枚も飾られている。その絵画の間を埋めるように、壁には赤や青、ピンク、紫、緑、黄色と、色とりどりの薔薇が咲き乱れている。
どこまでも高い天井には一面の絵。串刺し刑に処されるどこかの王様か貴族の姿を中心に、嘆き悲しむ者、狂喜乱舞する者、様々な表情の民衆が取り囲んでいる絵だ。
「仰せの通り、お連れいたしました」
そう言ってアルミラは、真っ赤な絨毯に跪いた。
玉座へと伸びるその絨毯の両端には6人の従者がいた。誰もが青白い顔で見るからに吸血鬼だ。6人の中で明らかに男性とわかる者が3人、女性とわかる者が2人、どちらかわからない者が1人。6人とも服装や武器は違うが、それぞれ騎士のような格好をしている。その中にはさっき広間で会ったカミーユという男もいた。
そしてその奥の玉座には私が何度も見た悪夢に出てきた男――真っ黒な長い髪に病気の女みたいに青白い肌の男が座っている。ところどころに金の刺繍が入った黒い服を着て、足を組んで鷹揚に構えている。
玉座の男が私を見て言った。これも何度も夢で聞いた甘ったるい声だ。
「よく来たな、我が娘よ」
私は跪くことなく、直立のまま言った。
「私はエスパーダ侯爵令嬢、リリアス・エル・エスパーダ。私の父はカエサル・アルクス・エスパーダだけよ。あなたは誰?」
玉座の男がそれに答える前に、一番こちら側に立つカミーユが言った。
緑色の長髪の下で、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「アルミラ、お前は礼儀を教えることもしなかったのか」
跪いたアルミラは頭を下げたまま「それは…!なにぶん時間もなく」と言ったが、その言葉の途中で玉座の男が「構わぬ」と言って微笑った。その拍子に鋭い犬歯が覗く。
「気が強いのは良いことだ。リリアスか、良い名ではないか」
「だから、あなたは誰って聞いているのよ」
間髪入れずに質問を重ねた私に、6人の従者は一勢に緊迫した空気を纏う。
先ほどアルミラに苦言を呈したカミーユが私に言った。
「分をわきまえろ」
「あなたには聞いていないわ」
「お、おいリリアス…」
「アルミラも黙ってて」
私はだんだん腹が立ってきて玉座の男を睨みつけた。
「何度も同じ質問をさせないで。さっさと名を名乗りなさい」
玉座の男は相変わらず薄ら寒い微笑みを浮かべるだけだったが、私から見て一番左奥、玉座の手前に立つ白髪の女が言った。
「不死者の神、血塗れの君、闇夜に咲く薔薇、悪夢の支配者、不滅の滅亡、魅惑の死神、最初の吸血鬼、そして真祖」
その右側、黒髪の女が続ける。
「この薔薇の不死城の主、ハルバラム・ブラスケット様にあらせられます」
私はため息をひとつついた。
「…はあ、名前ひとつも自分で言えないのかしら。まあいいわ」
私は赤い絨毯を歩き出す。6人の従者が臨戦態勢に入る気配を纏い、アルミラが「ま、待て…!」と呟くが、私は構わずに歩きながら言う。
「ハルバラム、私があなたに聞きたいことは4つよ。まず私を吸血鬼にした理由、次に人間に戻る方法、それからお父様の行方とライラという娘の居場所」
玉座に向かって歩く私を止めたのはカミーユだった。
いつの間にか剣を抜き、私の前に剣先を突きつけている。
「…これは何のつもり」
「退がれ。警告だ」
私は「ふ~ん…」と呟きながら魔力を高める。一気に爆発させて電撃を放とうとした瞬間、カミーユが私の視界から突然消え去った。
ズガッ!
激突音がして振り向くと、謁見の間の壁にカミーユが打ちつけられている。
玉座を見ると、ハルバラムが人差し指をカミーユのほうに向けている。
「余計なことをするな」
カミーユはよろめきながら立ち上がり「お、お許しを…」と声を絞り出した。
私はカミーユからすぐに目を離すとハルバラムに向き直った。
「私の質問に答えなさい。なぜ私を吸血鬼にしたの?」
ハルバラムは「ふふふ…」と顔を歪ませて微笑う。
「なんとも可愛らしい娘よ…。良いか、知りたいことは聞くのではない。吐かせるのだ。泣き喚きながら『言わせてくれ』と懇願されてなお責め続け、死の淵に吐き出す言葉の中にようやく僅かな真実が滲み出るのだ」
私はその発言に苛ついて舌打ちをする。
「言いたくないなら言いたくないってはっきり言いなさいよ。面倒くさい男ね」
従者たちの目の色が変わるが、先ほどのカミーユを見てのことか、誰もその場を動かない。
「何も答えないつもりなら用はないわ。さよなら」
そう言って踵を返そうとした私の足元に、黒い茨のようなものが絡みついている。
ハルバラムに視線を戻す。
「帰すつもりもないってことね。いいわ…」
私は魔力を一気に爆発させて電撃を放つ。
背中から翼があらわれ、おしりから尻尾も生える。
電撃はさらに強く光を放って轟音が鳴り響く。
しかしハルバラムはおろか、従者たちにも電撃は届かない。
うぐぐぐ…!
全力で魔力を放っても何かぶよぶよした膜で抑えつけられてる感じ…!
ハルバラムは玉座で足を組み替えて愉快そうに微笑む。
「ほう…雷竜の力を得たか。面白い。しかし吸血鬼の闘争というものには、もう少し知性がなくてはな」
私の足元に絡みついた茨がザワザワと全身に伸び、跪いていたアルミラにも絡みつく。
「くっ…!この…!!」
「アルミラよ、再教育の機会を与えよう」
「はっ…」
私とアルミラは闇に包まれた。
入り口から玉座に向かって血のように赤い絨毯が敷かれ、壁には美しい女性を描いた古めかしい絵画が金の額縁に収められて何枚も飾られている。その絵画の間を埋めるように、壁には赤や青、ピンク、紫、緑、黄色と、色とりどりの薔薇が咲き乱れている。
どこまでも高い天井には一面の絵。串刺し刑に処されるどこかの王様か貴族の姿を中心に、嘆き悲しむ者、狂喜乱舞する者、様々な表情の民衆が取り囲んでいる絵だ。
「仰せの通り、お連れいたしました」
そう言ってアルミラは、真っ赤な絨毯に跪いた。
玉座へと伸びるその絨毯の両端には6人の従者がいた。誰もが青白い顔で見るからに吸血鬼だ。6人の中で明らかに男性とわかる者が3人、女性とわかる者が2人、どちらかわからない者が1人。6人とも服装や武器は違うが、それぞれ騎士のような格好をしている。その中にはさっき広間で会ったカミーユという男もいた。
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玉座の男が私を見て言った。これも何度も夢で聞いた甘ったるい声だ。
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私は跪くことなく、直立のまま言った。
「私はエスパーダ侯爵令嬢、リリアス・エル・エスパーダ。私の父はカエサル・アルクス・エスパーダだけよ。あなたは誰?」
玉座の男がそれに答える前に、一番こちら側に立つカミーユが言った。
緑色の長髪の下で、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「アルミラ、お前は礼儀を教えることもしなかったのか」
跪いたアルミラは頭を下げたまま「それは…!なにぶん時間もなく」と言ったが、その言葉の途中で玉座の男が「構わぬ」と言って微笑った。その拍子に鋭い犬歯が覗く。
「気が強いのは良いことだ。リリアスか、良い名ではないか」
「だから、あなたは誰って聞いているのよ」
間髪入れずに質問を重ねた私に、6人の従者は一勢に緊迫した空気を纏う。
先ほどアルミラに苦言を呈したカミーユが私に言った。
「分をわきまえろ」
「あなたには聞いていないわ」
「お、おいリリアス…」
「アルミラも黙ってて」
私はだんだん腹が立ってきて玉座の男を睨みつけた。
「何度も同じ質問をさせないで。さっさと名を名乗りなさい」
玉座の男は相変わらず薄ら寒い微笑みを浮かべるだけだったが、私から見て一番左奥、玉座の手前に立つ白髪の女が言った。
「不死者の神、血塗れの君、闇夜に咲く薔薇、悪夢の支配者、不滅の滅亡、魅惑の死神、最初の吸血鬼、そして真祖」
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私はため息をひとつついた。
「…はあ、名前ひとつも自分で言えないのかしら。まあいいわ」
私は赤い絨毯を歩き出す。6人の従者が臨戦態勢に入る気配を纏い、アルミラが「ま、待て…!」と呟くが、私は構わずに歩きながら言う。
「ハルバラム、私があなたに聞きたいことは4つよ。まず私を吸血鬼にした理由、次に人間に戻る方法、それからお父様の行方とライラという娘の居場所」
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いつの間にか剣を抜き、私の前に剣先を突きつけている。
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「退がれ。警告だ」
私は「ふ~ん…」と呟きながら魔力を高める。一気に爆発させて電撃を放とうとした瞬間、カミーユが私の視界から突然消え去った。
ズガッ!
激突音がして振り向くと、謁見の間の壁にカミーユが打ちつけられている。
玉座を見ると、ハルバラムが人差し指をカミーユのほうに向けている。
「余計なことをするな」
カミーユはよろめきながら立ち上がり「お、お許しを…」と声を絞り出した。
私はカミーユからすぐに目を離すとハルバラムに向き直った。
「私の質問に答えなさい。なぜ私を吸血鬼にしたの?」
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私はその発言に苛ついて舌打ちをする。
「言いたくないなら言いたくないってはっきり言いなさいよ。面倒くさい男ね」
従者たちの目の色が変わるが、先ほどのカミーユを見てのことか、誰もその場を動かない。
「何も答えないつもりなら用はないわ。さよなら」
そう言って踵を返そうとした私の足元に、黒い茨のようなものが絡みついている。
ハルバラムに視線を戻す。
「帰すつもりもないってことね。いいわ…」
私は魔力を一気に爆発させて電撃を放つ。
背中から翼があらわれ、おしりから尻尾も生える。
電撃はさらに強く光を放って轟音が鳴り響く。
しかしハルバラムはおろか、従者たちにも電撃は届かない。
うぐぐぐ…!
全力で魔力を放っても何かぶよぶよした膜で抑えつけられてる感じ…!
ハルバラムは玉座で足を組み替えて愉快そうに微笑む。
「ほう…雷竜の力を得たか。面白い。しかし吸血鬼の闘争というものには、もう少し知性がなくてはな」
私の足元に絡みついた茨がザワザワと全身に伸び、跪いていたアルミラにも絡みつく。
「くっ…!この…!!」
「アルミラよ、再教育の機会を与えよう」
「はっ…」
私とアルミラは闇に包まれた。
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