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第1章

24 侯爵令嬢は納得できない

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「神…?アルミラの言う『あの方』とかいうのは神様だっていうの?」
「そうだ」

アルミラはきっぱりとそう言い切ったが私は納得しない。

「だって『あの方』って吸血鬼ヴァンパイアなんでしょう?」
「そうだ」
「だったら神様なわけないじゃない。吸血鬼ヴァンパイアは神に背く者よ」

アルミラはため息をつきながら首を振る。

「それは貴様らマリエス教の神だろう」
「当たり前じゃない。他に神様なんていないわ」
「それは貴様らの宗教が一神教を採用しているというだけのことだろう」
「でも私はそれを信仰しているんだから仕方ないじゃない」
「…これ以上の議論は時間の無駄だな。とにかく、このファルナレークという球体世界スフィアにアンデッドの楽園を創られた最初の吸血鬼ヴァンパイアが『あの方』なのだ」
「ふ~ん」
「とにかく貴様はもう少し自分の立場を自覚しろ」
「知らないわ。私は私よ」

私とアルミラの間にピリピリとした空気が流れ、平伏したままのヘンリクはダラダラと脂汗を流す。ローザが何でもないことのように微笑みながら言い放つ。

「世の中にはいろいろな考え方があるものですわ、リリアス様」

私はローザの発言に驚く。

「そ、それって異教を認めるということ?あなた聖女なんでしょう?」
「そうですわ。でも、わたくしには聖術の資質があっただけで、リリアス様ほどには敬虔なマリエス教徒ではないのかもしれませんね」

戸惑う私に、ローザは「そもそも色欲にも塗れていますし」と悪戯っぽく笑った。

「7つの大罪のひとつよ、それは…」

私は思わず頭を抱えた。

でもそれってつまり、ローザがそうなったのは私がクレアティーノ王都で魔力を注いでしまったからではなく、もともとそうだったということなのだろうか。
だとすると、ローザが私に優しくしてくれるのも…いや、今はそれはいい。

「とにかくヘンリクさん、顔を上げてくれる?ライラはきっと見つけてみせるから」

私がそう言ってもヘンリクは平伏したまま「ありがとうございます…!多大なる温情、身に余る光栄でございます…!」と言うばかりだった。

私たちはいつまでも顔を上げてくれないヘンリクをあとにして店を出た。


******


「とにかく、これでこの球体世界スフィアでやることは4つね。お父様たちの行方を追う、ライラを探す、『あの方』とやらに会って私を吸血鬼ヴァンパイアにした理由を聞く、私が人間に戻れる方法を探す」

ヘンリクの店を出て私がそう言うと、アルミラは「違う」と言った。

「やることは1つだ。『あの方』のもとにリリアス、お前を連れて行く。ライラの件の報告はその時にあわせて行えばいい」

私はアルミラの冷たい目をキッと睨みつけたが、ローザは自分の体に月影草の香水をふりかけながら言った。

「まあ、何はともあれ『あの方』のいるお城に向かうということですわね」

しかしアルミラは意外そうな表情を浮かべた。

「いやローザ、お前は薔薇の不死城ロサカステルムに連れて行くわけにはいかんぞ?」
「あら、そうですの?では、わたくしはどこにいれば?」
「茨の街に宿はないからな…ちょうどいい。ヘンリクの店にでも置いてもらうか?」
「…ご迷惑になりませんかしら」
「構わんだろう。あいつはそもそも」

「ちょっと待ってよ!!!」

つい大きな声を出してしまった私に、アルミラとローザが驚いて振り向く。

「どうしてローザは一緒に行けないのよ!」

アルミラが「まあ落ち着け」と言う。

薔薇の不死城ロサカステルム吸血鬼ヴァンパイアのための城だ。供物でもない人間、それも聖女を連れて行くわけにはいかんだろう」
「だって、城でアンデッドに狙われないためにその香水を買ったんじゃないの!?」
「いや、これは街でアタシたちを待つ間にアンデッドを寄せ付けないようにするためのものだ。城にいる上位の吸血鬼ヴァンパイアに対してはそれほどの効果はない」

私はそう言われても納得できない。

「でも、だからってローザを1人きりで…」
「わたくしならご心配には及びませんわ、リリアス様」
「そんな!だって…!」

ローザがふわりと歩み出て、私を優しく抱きしめる。

「わたくしと離れ離れになるのが不安なのですね…」
「だって、こんなアンデッドの世界に1人きりじゃ…!」
「わたくしは大丈夫ですわ…。リリアス様も、きっと大丈夫………」

私はローザの胸に包まれて、思わず血の涙が出てしまいそうになるのをグッと堪える。

「どうしても連れて行きたいか?」

アルミラのその声に、私はローザの胸から顔を離して振り向く。

「当たり前じゃない…!」

アルミラは私を見据えて言った。

「ならば、今すぐローザの血を吸って吸血鬼ヴァンパイアにしてやれ」

アルミラの言葉に「な!そんなこと…!」と反応した私にローザが囁く。

「わたくしは構いませんわ、リリアス様」

私が顔を上げると、そこにはローザの優しく穏やかな微笑み。
太陽のように輝いて見えて、まさに聖女の微笑みと思わされるものだった。

「リリアス様がよろしければ、いつでもわたくしを吸血鬼ヴァンパイアにしてくださいませ」

そう言って動く唇はふわふわと柔らかそうで、その下の首筋もつるんとなめらかで舌を這わせて牙を突き立てたら、きっとあたたかい血がじゅわぁっと溢れ出て口の中いっぱいに、あぁ、ゴクゴクゴクって、いやダメよ!何を考えているの私は!

私はギュッと目をつぶる。

「ダメ…っ!ローザ………できない…!!」

ローザは何も言わず私を一度ぎゅっと抱きしめた。
それから一歩下がってローザは、柔らかに流れる長い金髪を一束つかみ、もう片方の手の指先に清らかな光を纏ってその髪の束を切り落とした。

「これをわたくしと思って持っていてくださいますか?」

私は手渡された髪の束を握り締めて頷いた。
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