24 / 90
第1章
24 侯爵令嬢は納得できない
しおりを挟む
「神…?アルミラの言う『あの方』とかいうのは神様だっていうの?」
「そうだ」
アルミラはきっぱりとそう言い切ったが私は納得しない。
「だって『あの方』って吸血鬼なんでしょう?」
「そうだ」
「だったら神様なわけないじゃない。吸血鬼は神に背く者よ」
アルミラはため息をつきながら首を振る。
「それは貴様らマリエス教の神だろう」
「当たり前じゃない。他に神様なんていないわ」
「それは貴様らの宗教が一神教を採用しているというだけのことだろう」
「でも私はそれを信仰しているんだから仕方ないじゃない」
「…これ以上の議論は時間の無駄だな。とにかく、このファルナレークという球体世界にアンデッドの楽園を創られた最初の吸血鬼が『あの方』なのだ」
「ふ~ん」
「とにかく貴様はもう少し自分の立場を自覚しろ」
「知らないわ。私は私よ」
私とアルミラの間にピリピリとした空気が流れ、平伏したままのヘンリクはダラダラと脂汗を流す。ローザが何でもないことのように微笑みながら言い放つ。
「世の中にはいろいろな考え方があるものですわ、リリアス様」
私はローザの発言に驚く。
「そ、それって異教を認めるということ?あなた聖女なんでしょう?」
「そうですわ。でも、わたくしには聖術の資質があっただけで、リリアス様ほどには敬虔なマリエス教徒ではないのかもしれませんね」
戸惑う私に、ローザは「そもそも色欲にも塗れていますし」と悪戯っぽく笑った。
「7つの大罪のひとつよ、それは…」
私は思わず頭を抱えた。
でもそれってつまり、ローザがそうなったのは私がクレアティーノ王都で魔力を注いでしまったからではなく、もともとそうだったということなのだろうか。
だとすると、ローザが私に優しくしてくれるのも…いや、今はそれはいい。
「とにかくヘンリクさん、顔を上げてくれる?ライラはきっと見つけてみせるから」
私がそう言ってもヘンリクは平伏したまま「ありがとうございます…!多大なる温情、身に余る光栄でございます…!」と言うばかりだった。
私たちはいつまでも顔を上げてくれないヘンリクをあとにして店を出た。
******
「とにかく、これでこの球体世界でやることは4つね。お父様たちの行方を追う、ライラを探す、『あの方』とやらに会って私を吸血鬼にした理由を聞く、私が人間に戻れる方法を探す」
ヘンリクの店を出て私がそう言うと、アルミラは「違う」と言った。
「やることは1つだ。『あの方』のもとにリリアス、お前を連れて行く。ライラの件の報告はその時にあわせて行えばいい」
私はアルミラの冷たい目をキッと睨みつけたが、ローザは自分の体に月影草の香水をふりかけながら言った。
「まあ、何はともあれ『あの方』のいるお城に向かうということですわね」
しかしアルミラは意外そうな表情を浮かべた。
「いやローザ、お前は薔薇の不死城に連れて行くわけにはいかんぞ?」
「あら、そうですの?では、わたくしはどこにいれば?」
「茨の街に宿はないからな…ちょうどいい。ヘンリクの店にでも置いてもらうか?」
「…ご迷惑になりませんかしら」
「構わんだろう。あいつはそもそも」
「ちょっと待ってよ!!!」
つい大きな声を出してしまった私に、アルミラとローザが驚いて振り向く。
「どうしてローザは一緒に行けないのよ!」
アルミラが「まあ落ち着け」と言う。
「薔薇の不死城は吸血鬼のための城だ。供物でもない人間、それも聖女を連れて行くわけにはいかんだろう」
「だって、城でアンデッドに狙われないためにその香水を買ったんじゃないの!?」
「いや、これは街でアタシたちを待つ間にアンデッドを寄せ付けないようにするためのものだ。城にいる上位の吸血鬼に対してはそれほどの効果はない」
私はそう言われても納得できない。
「でも、だからってローザを1人きりで…」
「わたくしならご心配には及びませんわ、リリアス様」
「そんな!だって…!」
ローザがふわりと歩み出て、私を優しく抱きしめる。
「わたくしと離れ離れになるのが不安なのですね…」
「だって、こんなアンデッドの世界に1人きりじゃ…!」
「わたくしは大丈夫ですわ…。リリアス様も、きっと大丈夫………」
私はローザの胸に包まれて、思わず血の涙が出てしまいそうになるのをグッと堪える。
「どうしても連れて行きたいか?」
アルミラのその声に、私はローザの胸から顔を離して振り向く。
「当たり前じゃない…!」
アルミラは私を見据えて言った。
「ならば、今すぐローザの血を吸って吸血鬼にしてやれ」
アルミラの言葉に「な!そんなこと…!」と反応した私にローザが囁く。
「わたくしは構いませんわ、リリアス様」
私が顔を上げると、そこにはローザの優しく穏やかな微笑み。
太陽のように輝いて見えて、まさに聖女の微笑みと思わされるものだった。
「リリアス様がよろしければ、いつでもわたくしを吸血鬼にしてくださいませ」
そう言って動く唇はふわふわと柔らかそうで、その下の首筋もつるんとなめらかで舌を這わせて牙を突き立てたら、きっとあたたかい血がじゅわぁっと溢れ出て口の中いっぱいに、あぁ、ゴクゴクゴクって、いやダメよ!何を考えているの私は!
私はギュッと目をつぶる。
「ダメ…っ!ローザ………できない…!!」
ローザは何も言わず私を一度ぎゅっと抱きしめた。
それから一歩下がってローザは、柔らかに流れる長い金髪を一束つかみ、もう片方の手の指先に清らかな光を纏ってその髪の束を切り落とした。
「これをわたくしと思って持っていてくださいますか?」
私は手渡された髪の束を握り締めて頷いた。
「そうだ」
アルミラはきっぱりとそう言い切ったが私は納得しない。
「だって『あの方』って吸血鬼なんでしょう?」
「そうだ」
「だったら神様なわけないじゃない。吸血鬼は神に背く者よ」
アルミラはため息をつきながら首を振る。
「それは貴様らマリエス教の神だろう」
「当たり前じゃない。他に神様なんていないわ」
「それは貴様らの宗教が一神教を採用しているというだけのことだろう」
「でも私はそれを信仰しているんだから仕方ないじゃない」
「…これ以上の議論は時間の無駄だな。とにかく、このファルナレークという球体世界にアンデッドの楽園を創られた最初の吸血鬼が『あの方』なのだ」
「ふ~ん」
「とにかく貴様はもう少し自分の立場を自覚しろ」
「知らないわ。私は私よ」
私とアルミラの間にピリピリとした空気が流れ、平伏したままのヘンリクはダラダラと脂汗を流す。ローザが何でもないことのように微笑みながら言い放つ。
「世の中にはいろいろな考え方があるものですわ、リリアス様」
私はローザの発言に驚く。
「そ、それって異教を認めるということ?あなた聖女なんでしょう?」
「そうですわ。でも、わたくしには聖術の資質があっただけで、リリアス様ほどには敬虔なマリエス教徒ではないのかもしれませんね」
戸惑う私に、ローザは「そもそも色欲にも塗れていますし」と悪戯っぽく笑った。
「7つの大罪のひとつよ、それは…」
私は思わず頭を抱えた。
でもそれってつまり、ローザがそうなったのは私がクレアティーノ王都で魔力を注いでしまったからではなく、もともとそうだったということなのだろうか。
だとすると、ローザが私に優しくしてくれるのも…いや、今はそれはいい。
「とにかくヘンリクさん、顔を上げてくれる?ライラはきっと見つけてみせるから」
私がそう言ってもヘンリクは平伏したまま「ありがとうございます…!多大なる温情、身に余る光栄でございます…!」と言うばかりだった。
私たちはいつまでも顔を上げてくれないヘンリクをあとにして店を出た。
******
「とにかく、これでこの球体世界でやることは4つね。お父様たちの行方を追う、ライラを探す、『あの方』とやらに会って私を吸血鬼にした理由を聞く、私が人間に戻れる方法を探す」
ヘンリクの店を出て私がそう言うと、アルミラは「違う」と言った。
「やることは1つだ。『あの方』のもとにリリアス、お前を連れて行く。ライラの件の報告はその時にあわせて行えばいい」
私はアルミラの冷たい目をキッと睨みつけたが、ローザは自分の体に月影草の香水をふりかけながら言った。
「まあ、何はともあれ『あの方』のいるお城に向かうということですわね」
しかしアルミラは意外そうな表情を浮かべた。
「いやローザ、お前は薔薇の不死城に連れて行くわけにはいかんぞ?」
「あら、そうですの?では、わたくしはどこにいれば?」
「茨の街に宿はないからな…ちょうどいい。ヘンリクの店にでも置いてもらうか?」
「…ご迷惑になりませんかしら」
「構わんだろう。あいつはそもそも」
「ちょっと待ってよ!!!」
つい大きな声を出してしまった私に、アルミラとローザが驚いて振り向く。
「どうしてローザは一緒に行けないのよ!」
アルミラが「まあ落ち着け」と言う。
「薔薇の不死城は吸血鬼のための城だ。供物でもない人間、それも聖女を連れて行くわけにはいかんだろう」
「だって、城でアンデッドに狙われないためにその香水を買ったんじゃないの!?」
「いや、これは街でアタシたちを待つ間にアンデッドを寄せ付けないようにするためのものだ。城にいる上位の吸血鬼に対してはそれほどの効果はない」
私はそう言われても納得できない。
「でも、だからってローザを1人きりで…」
「わたくしならご心配には及びませんわ、リリアス様」
「そんな!だって…!」
ローザがふわりと歩み出て、私を優しく抱きしめる。
「わたくしと離れ離れになるのが不安なのですね…」
「だって、こんなアンデッドの世界に1人きりじゃ…!」
「わたくしは大丈夫ですわ…。リリアス様も、きっと大丈夫………」
私はローザの胸に包まれて、思わず血の涙が出てしまいそうになるのをグッと堪える。
「どうしても連れて行きたいか?」
アルミラのその声に、私はローザの胸から顔を離して振り向く。
「当たり前じゃない…!」
アルミラは私を見据えて言った。
「ならば、今すぐローザの血を吸って吸血鬼にしてやれ」
アルミラの言葉に「な!そんなこと…!」と反応した私にローザが囁く。
「わたくしは構いませんわ、リリアス様」
私が顔を上げると、そこにはローザの優しく穏やかな微笑み。
太陽のように輝いて見えて、まさに聖女の微笑みと思わされるものだった。
「リリアス様がよろしければ、いつでもわたくしを吸血鬼にしてくださいませ」
そう言って動く唇はふわふわと柔らかそうで、その下の首筋もつるんとなめらかで舌を這わせて牙を突き立てたら、きっとあたたかい血がじゅわぁっと溢れ出て口の中いっぱいに、あぁ、ゴクゴクゴクって、いやダメよ!何を考えているの私は!
私はギュッと目をつぶる。
「ダメ…っ!ローザ………できない…!!」
ローザは何も言わず私を一度ぎゅっと抱きしめた。
それから一歩下がってローザは、柔らかに流れる長い金髪を一束つかみ、もう片方の手の指先に清らかな光を纏ってその髪の束を切り落とした。
「これをわたくしと思って持っていてくださいますか?」
私は手渡された髪の束を握り締めて頷いた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜
白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人は結ばれるのか?
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる