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第1章

20 侯爵令嬢はお風呂に入る

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エスパーダ領のさらに東、エロール帝国との国境に広がるサルメリア大高原は大昔に噴出した溶岩が固まったものなのだという。

どうやらそれに関係するようで、エスパーダ領にはいくつもの温泉が湧き出ている。

ここエスパーダ領の中心的な街、エレンシアもその例外ではなく、庶民は公衆浴場を頻繁に利用し、私たち貴族や裕福な商人の多くは自宅に浴場を設けている。

夜明けまでもう少し時間があるが、その間にみんなでお風呂に入れとイザベラは言ったのだった。

確かに私は何日もお風呂に入っていない。
ローザの聖術で身体や服はキレイにしてもらっていたが、やっぱり温かいお湯につかって長旅の疲れを癒やしたい。

でも、みんなで入ることには抵抗がある。

エスパーダ領では古代エロール帝国の風習が色濃く残っていて、庶民なら公衆浴場などで見ず知らずの他人と全裸で一緒になることは多い。王都や教会からはよく思われていないようだけど。
私も自宅の浴場で侍女に身体を洗ってもらうことがあったし、その時は女性同士で何とも思わなかったけど、今はなんだか抵抗がある。

お風呂と聞いてからというもの、ローザがニマニマとこちらを見てくるからだ。

「どうした、さっさと脱いで入ってしまえ。朝日が昇ると身体が動かなくなるぞ」

脱衣所でアルミラが素早く服を脱ぎ捨てていく。
ダブレットにズボンという男性のような服装のアルミラだったが、肌があらわになると私はその身体につい見入ってしまった。

いつものぶっきらぼうな口調からは想像できないほど、女性らしく艶めかしい曲線がそこにあった。

長年太陽の光を浴びていない真っ白な肌。
カモシカのようにしなやかに伸びる脚。
キュッと上がった丸いおしり。
縦に腹筋の割れ目が浮き出るおなか。
無駄な脂肪がなく筋肉で引き締まった身体が動くたび、胸だけがぷるんと柔らかそうに揺れる。

「…何をジロジロ見ているんだ?」

私の視線に気付いたアルミラが一糸も纏わない姿で私にズイッと近付く。
私は思わず目をそらして「な、なんでもないわ!」と自分のシャツに手をかける。
焦りのせいかシャツを脱ぐのに手間取る。

ローザが白いドレスをスルッと脱いで、長い金髪を後ろでまとめる。
両腕を上げたまま、アルミラとはまた違って肉感たっぷりのその身体を私に見せつけるかのようにローザは私の前に立つ。

「お召し物、お一人で脱げないのでしたらわたくしがお手伝いしましょうか?」

私はローザからも目をそらして「ふ、服くらい脱げるわよ!」と言ったが、その横からアルミラが「ふふ…わかっているぞ」と悪戯っぽく言った。

ローザとアルミラという二人の背の高い女性に挟まれる形で私は「な、何がわかっているっていうのよ!」と返したが、アルミラが私を覗き込みながら言った。

「リリアス、お前、女の裸に興味があるんだろう?」

「………!!!」

私は大急ぎで服を脱いで「そ!そんなわけないでしょ!」と叫ぶと、ローザとアルミラから逃げ出すように大浴場へと駆け出した。


******


温泉。

それは行水や濡れた手ぬぐいで身体を拭くのとはまったく別のもの。
身体をキレイにするという意味では同じでも、温かいお湯に全身を沈めて毛穴という毛穴からお湯を吸い込むかのように、じわぁぁぁっと身体の芯から温まっていく感覚は他の何物にも代えがたい癒やしの時間。私の大好きな時間だ。

それなのに、私は今、どうにもその癒やしの時間を心安らかに堪能できずにいる。
何十人も入れるほど広い浴場なのに、私は右からローザ、左からアルミラにピタリと挟まれている。
うう…。
背も高くて女性らしい身体に挟まれてちょこんとお湯に浸かる私の貧相な身体が恥ずかしい…!

「こ、こんなに広いんだからもっと離れなさいよ…!」

私はそう言って二人の間から逃れようとしたが「まあ聞け」とアルミラに肩を抑えつけられてしまった。

「まず、吸血鬼ヴァンパイアになって本来の自分の性的欲求を抑えられなくなるのはよくあることだ」

私は驚愕の事実に「え!」と短く声を上げた。

「かくいう私もそうだ。吸血鬼ヴァンパイアになったことで自分でも気が付いていなかった女への性的欲求が、誤魔化しようもないほど湧き上がってきたんだ」

そ、そそ、そうなの!?

アルミラって、そっちだったの!?

でも確かにそう言えばアルミラはピレーヌの街の酒場で給仕の女性に誘惑魅了チャームをかけて血を吸おうとしてたけど、つまり、あれってただ血を吸いたかっただけじゃなくて、性的な…!ていうか、なんで急に!なんで突然そんなこと言い出すの!?

アルミラは戸惑う私の耳に口を近づけて囁いた。

「お前も、そうなのだろう?」

私の肩に乗せられたアルミラの腕を、私は何とか振り払う。

「ち!違うわよ!私は普通の女の子なんだから!」

今度はローザが右から私の肩にしなだれかかる。

「普通って何ですの?」
「し、知らないわよ!普通に男の子が好きなの私は!」
「…ふ~ん?本当ですかしらね?」

――ていうかローザ、胸!胸が…!

私は身をよじるが、左からアルミラも身体を寄せてきて行き場がない。

「ちょ、二人とも裸でくっつかないで!大体ローザだって男の子が好きなんでしょ!ジェラルドに言い寄ってたくらいなんだから!」

その言葉でローザは少し身体を離した。
私はほっとして視線を送ると、ローザは斜め上を見て何やら考え込んでいる。

「…あれはただ政治的に取り入ろうとしただけですわ」

え。ていうことは…まさか…。

「わたくし、どっちもイケますわ」

私は驚いてビクッとのけぞって、アルミラに背中が当たってしまう。

「どっちもって何!?」
「もちろん男性も女性も両方ということですわ」
「あ、あなた聖女なんでしょっ!?」
「ええ。ですので実体験はまだありませんの」
「…じゃあ、イケるかどうかなんてわからないじゃない」

ローザは私の言葉に再び少し考え込むような仕草を見せてから、微笑んだ。

「では、試してみましょう」

ローザが私に抱きつこうと手を伸ばす。
逃げようとした私を後ろからアルミラが羽交い締めにする。
――ちょっとアルミラも胸!背中に!!

「そう恥ずかしがるな。別に女が女を好きになったっていいじゃないか。自分を開放することは一人前の吸血鬼ヴァンパイアへの第一歩だ」
「イヤよ!そんな第一歩!ちょっとローザ!アルミラも!」

後ろからアルミラに抱き抱えられた私にローザが前から抱きつき、柔らかな感触が――ぎゃあ!!!

「リリアス様、いかがですか?」

私は頭が溶けてしまいそうな恥ずかしさに悶えながら、思わず魔力を爆発させた。

「いいいいい、いい加減にしなさいっ!!!」

気が付くと私は温泉の中で立ち上がっていて、背中から翼、おしりから尻尾が生えている。お湯の表面にバチバチ電流が走っていて、ローザもアルミラも上向きに口を開けたままプルプル震えていた。

「ふ、風呂の中で電撃は…反則だ……」
「…ひ、癒やしの光ヒールシャイン………」

私は尻尾で水面をピシャンッ!と叩いて温泉を出た。

「先に上がってるわ!変態お二人でごゆっくり!」

…まったく!
ローザはともかくアルミラまで…!

何が一人前の吸血鬼ヴァンパイアへの第一歩よ!

私は絶対そんなふうにならないわ………!
絶対!!!
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