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第1章

18 侯爵令嬢は故郷に帰る

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今後も付け狙われるのが嫌な私は撃退したカルロとマルコを拘束して情報を吐かせようと提案したけど、ローザは「無駄ですわ」と言った。

聖都法皇庁サンクティオ6課の祓魔師エクソシストは教会を裏切れば即座に身体が燃え尽きて死ぬ契約を結んでいますもの」

何それ聖職者のくせに怖。

私たちはとりあえずカルロとマルコを拘束だけすると、まだ日中だったが馬車を走らせて廃教会を発った。
アルミラはカルロとマルコの殺害を主張したけど、私が「それだけは絶対にダメ」と言って聞かなかった。その際、また私はちょっと棘のある言い方をしてしまったかもしれない。
このまま馬車を走らせれば夕方には屋敷に着くはずで、そこなら私もやっと眠れるという安心感が出てきて、それとともに私のここ数日の言動や態度が思い出され、私は御者台のアルミラに言った。

「ごめんね…なんだか最近イライラしちゃって」

アルミラは振り返らずに言う。

「…何日も眠れない苦しさはアタシもよく知っている。気にするな」

ということはアルミラも今の私みたいに故郷の土がなくて眠れなかった経験があるということか。私が吸血鬼ヴァンパイアになったのは故郷と同じ国の中で、しかもこうして連れて行ってくれる人がいたおかげで数日で済みそうだけど、場合によっては数日どころか数ヶ月、ひどければ数年ということもあるのかもしれない。
私はやっぱりもう少しアルミラに感謝しなきゃいけない。

うつむいてそんなことを考えていると、御者台のアルミラが続けて言った。

「アタシのほうこそ、すまない」

私はその言葉に驚いて顔を上げる。

「なんでアルミラが謝るのよ?」

「アタシも、少し苛ついていたようだ。食事ができなかったせいもあるが、それ以上にお前が雷竜王になったことへの動揺が大きかった。竜王の力と称号を受け継いだ吸血鬼ヴァンパイアなど聞いたこともなかったものでな。いくら『あの方』の血を受けているとはいえ、まさか目覚めたばかりのお前がそんな存在になるとは思ってもいなかったのだ」

「そう…なんだ………そっか、でも私、全然気付かなかったわ」

「…そうか」

それで私もアルミラも黙り込んでしまったけど、その空気を変えるためか、ローザが明るく言った。

「仲直りできたみたいで何よりですわ!ところで、アルミラ様はまだ日中ですけど大丈夫ですの?」
「ああ、問題ない。以前も言ったが特殊な魔術で身を守っている。3回しか使えないのでこれであと1回分しか残っていないがな」
「もしその特殊な魔術がない状態で直射日光を浴びるとアルミラ様はどうなってしまいますの?」
「……下等なアンデッドのようにすぐ消滅するようなことはないが、火傷は負うしおそらく何時間も焼き焦がされれば最後には灰になってしまうだろうな」

私にとってアルミラのその言葉は意外な事実だった。

「え、アルミラでも日光ダメなの!?」
「ああ、短い間ならすぐ修復するし夕方や曇りの日なら修復力のほうが強くなるから問題ないのだがな」

アルミラは少しの沈黙のあとで続けて言った。

「そもそも、日光を完全に克服した吸血鬼ヴァンパイアは過去に例がない。お前がその最初の例なのか、それともお前に残る人間の特性の影響というだけのことなのかはわからんがな」

へえ、そうだったのね。

じゃあ昔お父様の書斎で読んだ娯楽小説に書いてあった『高位の吸血鬼ヴァンパイアは日光も平気』っていうのは嘘だったのかしら。
まあ、娯楽小説なんだから嘘で当たり前だけど。

「ところで、アルミラを守るその特殊な魔術って何なの?」
「………それは、まだ言えん。すまんな」

私は「ううん、いいの」と言ったが、もう何となく答えはわかっていた。
アルミラが言葉を濁すのは大体『あの方』に関することだ。
小さい頃の私に血を分け与えた吸血鬼ヴァンパイア
アルミラが連れて行こうとしているファルナレークという国の、たぶん王様。
アルミラの身を守っているのが『あの方』の固有能力なのだろうか?

わからないけど、きっと行って会ってみればわかるのだろう。

どうして私に血を分け与えたのかも。

もしかしたら、人間に戻る方法も。


******


エスパーダ領の中心的な街、エレンシアに入ると、私は外からわからないように馬車の窓にかかるカーテンの隙間から少しだけ覗いて、懐かしい街並みに釘付けになっていた。

「よかったですわね!帰ってこれて!」と言うローザにも、私は振り返ることなく「うん…うん…」と呟くばかりだった。

大通りの両脇にはたくさんの屋台が並び、様々な品物が売られている。
果物に野菜、燻製の肉や魚、調味料に食器に服、靴、花や薬草や玩具、雑貨。
夕焼けのオレンジに染まって、大勢の客や商人がにこやかに何か言い合いながら品物と金銭をやりとりする賑やかな様子。

時々屋敷を抜け出してそうしていたように、私もあの中に混じって歩きたいけど、今それはできないし、見つかるわけにもいかないので私はこっそり覗いている。

侯爵令嬢リリアス・エル・エスパーダは処刑されて死んだはずの人物だからだ。

そんな私がかつてのように街中を歩けば、昔よく「こら!侯爵令嬢なのにまた1人で出歩いて!」なんて叱ってくれたアンジェロおじさんや、迷子になった私を屋敷まで何度も連れ帰ってくれたジョコンダおばさんあたりを驚かせて大騒ぎになってしまう。

そんな私の頭をローザは後ろから優しく撫でてくれた。


******


「着いたぞ。どうする?」

屋敷の正門の前に馬車を停めてアルミラはそう言った。
鉄の門の向こうには門番の家があって、その先には並木道、いくつか門をくぐって牧草地を越えると屋根や柱の一部を群青色に塗装した屋敷が見えてくるはずだ。

「リリアス様のご実家…ここまで…大きかったのですね………」

ローザが私の横で息を呑んでいる。
私には住み慣れた実家だったが、確かに王都の宮殿と変わらないくらい大きいし、伯爵家といってもあまり裕福ではなかったというローザからすれば驚くべきものなのだろう。

だけど私は、アルミラにどうするか問われて、答えられずにいた。

もうここにはお父様もお母様も弟も妹もいない。
であれば、たくさんいた家臣や侍女に執事、使用人や料理人のみんなも、もういないのだろう。
侍女長で私の教育係だったイザベラも、私の執事だったアルフォンスもいないはずだ。

「どうしたリリアス。馬車を進めるのか、降りて歩いて入るのか決めろ」

アルミラがそう言ったが、私はうつむいたまま考え続けていた。

正門から本館までけっこう距離があるので降りて歩くという選択肢はないけど、何代かにわたってエスパーダ家に仕えてくれた門番たちももういないだろうから入るなら自分たちで門を開けるか飛び越えるかしなければいけない。
でも誰もいない家に帰っても寂しいだけだし、そもそも処刑されたはずの私に、ここに立ち入る権限はあるのだろうか。というか今この屋敷は誰が管理していて誰の支配下にあるのだろう。

王太子のジェラルドは、王国内で力を持つエスパーダ家の取り潰しを目論んで私と家族を無実の罪で処刑したとのことだった。そしてそれは王太子の独断であるはずがなく、王国の意思であるはずだ。だったら、今この家とエスパーダ領はもう王国の直轄地になっているのではないか。

要するに、来てみたはいいけどここはもう私の家じゃなくて、私にはもう帰るところなんてない、ということなのではないか。

………来ないほうが、よかったかな。

そう思った瞬間だった。

「門が開いたぞ。さあ、どうするんだ」

アルミラのその声に驚いて顔を上げると、馬車の連絡窓の向こうに見える正門がいつの間にか開いていた。
そしてそこにはイザベラがいる。
お顔は皺くちゃのお婆ちゃまなのに背筋はピンとしていてまるで熊のように大きな身体。

私はたまらなくなり、勢いよく馬車の扉を開けて飛び出して駆け出す。

「イザベラ!!!」

飛びついた私を抱きとめてから、イザベラは言った。

「リリアスお嬢様…」

私はイザベラの声に嬉しくなって顔を上げる。
が、そこにあったイザベラの顔は笑顔ではなかった。

「馬車は飛び降りるものではないと、何度言えばわかるのですかっ!」

ひぃぃぃぃっ!ごめんなさいっ!

…でも、なんで?
なんでイザベラがここにいるの?
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