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第1章

10 侯爵令嬢は吸血鬼に詳しくなる

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「それにしても誘惑魅了チャームって、目から出すものだったのね」

歩きながら私がそう呟くと、アルミラは「そんなことも知らなかったのか」と言うし、ローザまで「ですからそれは第6学年で習ったではありませんの」と呆れてしまうし、私はシュン…となってしまう。

「…だって、操ったりするのって、手で頭をブワーッてやるイメージだったんだもん」

アルミラがため息をつく。

誘惑魅了チャームは瞳から瞳へ魔力を送り込む魔術だ。脳の理性や常識の衣服を剥いで丸裸の本能を刺激するイメージだな」

ああ、その感じはさっき、ものすごく受けたわ…。
なんだか裸を見られてしまったようで本当に恥ずかしい。

「主に手を使って脳を操作する魔術には洗脳催眠ヒュプノシスがあるが、それを使えるのは上位の吸血鬼ヴァンパイアだけだ。半人の貴様には不可能だろうな」

そうですか…。
なんだか悲しくなってしまった私を元気づけるようにローザが言う。

「でもわたくし、リリアス様に手から魔力を注いでいただいて脳がブワーッと…ああ、思い出すだけで、おなかの下が熱くなってしまいますわ」

身体をくねらせながら気色の悪いことを言うローザにアルミラが首を振る。

「いや、洗脳催眠ヒュプノシスは対象を言いなりにできるが、効果は永続ではないし今のお前のように自由意志を持つこともない。もし仮に絶対奴隷化エクススレイヴなら自由意志を残したまま完全な支配下に置けるが、それはあり得ない」

ローザが首をかしげる。

「どうしてですの?」
「………絶対奴隷化エクススレイヴを使える吸血鬼ヴァンパイアは3人だけだ」
「あら、でも確かリリアス様は何やらすごい御方に血を分け与えられたのではなくて?」
「…そ、それはそうだが、いや、目覚めたばかりでそんなはずはない」

アルミラは歩きながら「あり得るはずがない…」なんてブツブツと呟いている。

私はその様子を見て、ふふ、もしかして私すごい吸血鬼ヴァンパイアなのかもしれないよ?なんて思ってしまったが、違う違う、私は人間に戻りたいんだ。

喜ぶようなことじゃないのよ。


******


「それで、どこに向かっていますの?」

ローザがそう尋ねたのは、私たちが街外れの墓地に差し掛かった時だった。
アルミラが振り返る。

「ここだ。授業の続きを行うぞ」

授業。

稽古と言って斬りつけてきたり教育と言って誘惑してきたり、もう、今度は何なの一体。それに私、そういう勉強とか昔からキライなのに。

身構えてアルミラからもらったサーベルの柄に手をかけた私を見て、アルミラは首を振る。

「そうではない。戦闘訓練ではなく吸血鬼ヴァンパイアの基礎能力の授業だ」

私は首をかしげる。

「そもそも吸血鬼ヴァンパイアの能力って何なのよ?何が基礎とか応用とか、全体がよくわからないわ」

私の質問にアルミラは、イザベラが私に勉強を教えていた時みたいに人差し指を立てた。

ただ、アルミラはイザベラみたいにお婆ちゃまではないし、スラリと背が高いアルミラも熊みたいに大きなイザベラに比べたら小さい。でも何より大きな違いはここがお屋敷の中ではなくお墓だということ。しかも夜のお墓。怖いから早く帰りたい。

「うむ、貴様にしては良い質問だ。では説明してやるからよく聞け。良いか。まず、吸血鬼ヴァンパイアはその不死性と高い身体能力に加えて、次の5つの基礎能力を持つ。
誘惑魅了チャーム潜影移動スニーク憑依変身モーフィング動物支配テイム死霊魔術ネクロマンシーの5つだ」

チャーム、スニーク、モー…なんだっけ?
すでについてこれなくなっている私に構うことなく、アルミラは続ける。

誘惑魅了チャームは先ほど見せた通りだ。潜影移動スニークは先ほどの稽古ですでに貴様も使っていた移動技術だ。厚さや材質にもよるが壁や天井も抜けることができる。憑依変身モーフィングは、血肉を取り込んだ獣などの姿と能力を自分の身体で再現する能力だ。全身を変えることもできれば、身体の一部を変えて放つこともできる。先ほどの稽古で私が左腕から狼や蝙蝠を放っただろう?あれも憑依変身モーフィングだ。次に動物支配テイムは動物を手懐けて支配下に置く。吸血鬼ヴァンパイアとしての格が高いほど強力な魔獣も操ることができる。貴様では犬や猫がいいところだろうな」

犬も猫も大好きな私は思わずパァーッと嬉しくなる。
もふもふに囲まれたい!
かわいい犬や猫と一緒にゴロゴロしたい!

「何を笑っている」
「あ、えっと…なんでもないわ」

アルミラにピシャリと言われて、私は表情を引き締めた。

「まあいい。そして最後が死霊魔術ネクロマンシーだ。死体や霊魂やアンデッドモンスターを使役して奴らから情報を引き出したり戦わせたり、上級者になれば複数の死体を合体させて巨大な兵士を生み出したり死体から武具や乗り物を創り出すこともできる。ただし陽の光の下では効果を発揮することはないので注意しておけ。以上が程度の差はあれど吸血鬼ヴァンパイアなら誰でも使用できる基礎能力だ」

ふむふむ。動物は可愛い、お化けは怖い。
なんとなくわかった気がする。

「それで、基礎能力の上にはどんな能力があるの?」

私の質問にアルミラは頷いて答えた。

「うむ。格の高い吸血鬼ヴァンパイアだけが使える上位能力がある。例えば先ほど話した洗脳催眠ヒュプノシスに加えて精神感応テレパシー瞬間移動テレポート空中浮遊フローティングなどがそうだな」

ローザが優秀な生徒のように手を挙げて質問する。

「ですが、それだけでは説明できないことがありますわ。アルミラ様の左手。先ほどリリアス様に差し上げたサーベルをお出しになられましたよね?手のひらからズズッと」

アルミラは人差し指をローザに向ける。

「非常に良い指摘だ。基礎能力と上位能力の他に、格の高い吸血鬼ヴァンパイアの中でも一部の者だけが持つ固有能力がある。そしてアタシの固有能力はこれだ」

そう言ってアルミラは左手を外側に向けると、手のひらからニュウンと馬車が飛び出した。さっきまで私たちが乗っていた馬車だ。

「能力名は底なしの棺フィニスアルカ。アタシの左手には、サイズに限界はあるがありとあらゆる物と一部の動物を仕舞っておくことができる。聖獣や人間と同等以上の知能を持つ存在は収納できん。出し入れは自由だ。貴様にくれてやった剣もこの能力で取り出したものだ」

私はアルミラが示した腰のサーベルを見る。
その間にアルミラは馬車を再び手のひらの中に吸い込む。
便利そうでいいなあ。

「じゃあ、私の固有能力は?」

アルミラは肩をすくめる。

「さあ?あるかどうかもわからんな。そんなことよりまずは基礎能力の習得だ。これから教えてやるのは…」

動物!動物のやつがいい!
私はニマニマしながら期待したが、そんなはずもないことはわかりきったことだった。

アルミラがバサッとマントを翻して言った。

死霊魔術ネクロマンシーだ。この墓場の死体たちを蘇らせてみるがいい」

え~。やだぁ………。
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