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終わりの始まり 10

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俺はリディアの手を取って階段まで駆けた。
屋上に続く人気(ひとけ)の無い踊り場まで来た時、ちょっと脅かしてやりたいなと思って、壁に押し付けて手を付くやつ……何て言ったかな、こないだ昼ドラで見たやつ……を実践しようと思ったのだが、壁にもたれたのは俺の方で、手を押し当てたのは彼女だった。

「何か私に……言いたいことはありませんか?」

ダメだ。怖い。
何度やられてもダメだ。やっぱり俺はリディアに心の底から恐怖している。
心も体も蹂躙し尽くされたのにこれ以上何を恐怖しろというのか。
……それでも彼女が怖いのだ。
だが、俺もそこまで鈍くはない。
彼女が真剣に聞く時、考えているのはいつも近い未来の事だ。
「……Xデー」
「何だ……てっきり忘れていたと思いましたよ」

忘れる訳がない。
2011年3月11日。
初めて会った日にリディアから教えてもらった災厄の日、それが今日だ。

『あと7分で14時。これから始まるゲームで……確実に死人が出ると思います』
リディアが頭の中で俺に話し掛けてくる。
『学長が全ての元凶って可能性はないか? 受付で生徒会長に会って少し話したけど、予定が変わったのを何も聞かされてなかった。あのライオン、確実に何か仕込んでるぞ』
『だとしたら、第六感の私達までをも巻き込む理由が分かりません』
『今この敷地内には恐らく守衛も教職員も誰も居ない。新入生だけってのはおかしいだろ?』
『まるで意図が読めませんね……叔父様は本当に殺し合いをさせたいのでしょうか?』
『揃って異能に目覚める……お前は確かにそう言ったな。ここまで来てその内容の中身を教えてくれないのはちょっとズル過ぎやしないか?』
『私が知っているのは確定した未来……つまりは事実のみであって、詳細までは分かりません。……そう言えば疑り深いあなたは信じてくれますか?』
『……無理だろうな』
『……それでもジュン君は私を守ってくれるのでしょう? その命を懸けて』
『……あぁ。いつ死んでもいい準備は終えているつもりだ』
『ふふっ。流石は私の王子様――』
『……リディアナ』
『――⁉』
脇の下から頭に手を回し、俺は彼女の口を塞いだ。
強引に、そう強引に、我儘(わがまま)っ子のように彼女を求めた。
彼女もまた俺の腰に手を回し、餌を求める子燕のように大胆に求めた。
互いにあともう少しで歯を突き立ててしまいそうになるのを堪えて、俺達は正気に戻った。
『はぁ……はぁ……窒息させる気ですか? サングラスを置いてきた時点でそれなりに覚悟はしていましたが……罪な人ですね、ジュン』
『ごめん……我慢できなかった。君が死ぬかもって思ったら……怖くなった』
『本当は自分が死ぬのが怖かった……違いますか?』
『……君なら聞かなくても分かるだろう?』
『ええ。でも……ジュンはやっぱり優しいですね。自分が死ぬより、私が死ぬ事の方が怖いと思っている。……少しくらい、自分の保身を優先してもいいはずです』
『俺に価値がないと思っているからこそ、君に求められるのが堪らなく嬉しいんだ。もし君がいなくなったらと思うと……俺は狂って死んでしまうだろう』
『……ありがとう、ジュン。私……あなたに会えてよかった……』
『……俺もです。姫様』
2人で言葉なく、心で一瞬大泣きした。
とても人に聞かせられない慟哭(どうこく)。俺達の心は非常に脆(もろ)かった。
……不意に誰かの気配を感じた……気がした。

 プルルルルルル…… 
 プルルルルルル…… 
 プルルルルルル……
 
不意に電話の音が響いた。端末の通知音とも、着信音とも違う。
『教室に戻りましょうジュン君。あと4分しかありません!』
俺から離れ、2段飛ばしで階段を下りていくリディア。

……屋上へ続く階段には誰もいない……

3段飛ばしで急ぎ教室へ駆けると、内線電話が鳴っていた。
「お、丁度3分! 有言実行じゃん‼」
「俺がDV彼氏じゃないと分かったかミカ」
「全然。唇テカテカしてるし……リーちゃんを無理矢理壁に追いやってキスしたでしょ?」
「いや、壁に追いやられたのは俺の方なんだけど」
リップクリームの油分を第二関節で引き延ばして誤魔化した。
DV彼氏の暴挙に対して同居人やクラスメイトから罵声が浴びせられるかと観念していたのだが、俺なんかより、鳴り続ける内線音の方に注目が集まっていた。
「なんか鳴ってるけど……出なくていいのか?」
「嫌だよ~。内線の受話器を率先して取る奴とかただの出しゃばりじゃん。恥ずかしいよ」
「お前に羞恥心があった事に驚きだよ」
教室には出て行った男子達以外の皆が揃っていたが、誰として受話器を取りに行く勇気ある者はいなかった。2人を除いて。
「よし、ここは俺が――がっ⁉」
「2人とも、にぃにを押さえておいて。私が出る‼」
「「了解‼」」
満を持して立ち上がったユヤを武闘派姉妹が縛り上げ、ユカを受話器に立たせた。
相変わらずの手際と言うか力業というか……。
その2人を従えるユカも只者ではない。
ガチャっと受話器を取って耳を近づけた。
「もしもし……あ、叔父様ですか? ユカです」
電話の相手はやはりと言うべきかライオンだった。
「……はい居ますよ。変わりますか? ……え? はい……分かりました。それでは……」
受話器を置き、一目散に教室入口付近に設置してあった40インチ程の大きな液晶テレビを調べていた。
「なぁユカ、学長は何だって?」
「テレビを付けて座っていなさいって、ただそれだけ――」
「よーし、皆席に着け‼ これから楽しい懇親会が始ま――げふっ‼」
発揮されたユヤのリーダーシップを一瞬にして否定しに掛かるユリとラナ。
流石に今のは可哀そうなんじゃ……。
「聞いての通り学長からの指令だ。楽しいゲームが始まるぞ‼」
「「「「「おーーーー‼」」」」」」
ユリがリーダーシップを発揮し、皆の闘志が高まった。
ゲームの内容こそ未だ知れないが、頭脳競技と肉体競技とでは指揮統率の勝手が違う。
魔眼持ちの3人と比べるとユリとラナの運動能力は抜きん出ているし、本人達も気にしてもいない様子。納得の内だから無駄な覇権争いも起こらない。
基本的には呉越同舟。マイノリティに対する配慮には欠けるが、秩序は十分保たれる。
「おいジュン、それにリーも。何を突っ立っているんだ? 私達も座るぞ」
皆一斉に席へと動いている。ユイもヒナタの席から椅子を運び、最後列へ移動していた。
「ああ。……俺の席何処だっけ?」
「9番でしょ? 廊下側2列4席目だよ」
「ありがとラナ」
俺の前の席にはユヤが既に座って手を振っていた。
「私の席はユヤの前か……」
ゲホゲホとえづきが止まらなくなるユリ。ご愁傷様です。
……なるほど。席順は確かに入試順位通りのようだ。
5×5で配置された机に学籍番号のシールが小さく貼られている。
俺の席はユヤとリディア、ユカ、ユイに囲まれる形になるわけだ。
後ろは10番、左列は11、19(タカシの席)、20、21、22と並んでいる。
左隣21番と22番は、先程マッサージに手を挙げてくれた三つ編み双子ちゃん達。
軽く会釈すると、向こうも返してくれた。
10番と11番、左前の20番、窓際にも2席空いているが、消えた男子達の席だろう。

……なんか1つ空席が多くないか?

「ねぇ、どこかにリモコンないかな?」
俺の疑念はユカの疑問で上書きされた。
「見た感じ置いて無さそうだけど……本体操作で出来ないの?」
「でも叔父様はリモコンがあるって……まぁいっか」
ヒナタの助言を受け入れたようで、テレビ側面のボタンからテレビの電源を付けた。
液晶には〈ビデオ4〉と表示され、映像が映し出されるのを僅かな時間待った。
そして……映った。

「義父様(とうさま)⁉」 
「「「「「叔父様⁉」」」」」 
「ライオン⁉」 
「ファントム⁉」

テレビの中は鏡張りの部屋。いつものトレンチコートを羽織ったライオンが腰掛けている。
……それを背から取り囲み、銃口を突き付ける5体のファントムの姿があった。
万華鏡のように反射するファントムの姿は何倍にも多く見えた。
この映像を映すカメラも反射して見え、その付近にも3体はいるだろうか。
推定8体以上のファントムがライオンを人質に取っていた。
大半のクラスメイト達は何が起こっているのか全く分からない様子でオロオロしている。
約2カ月半前、世に晒された黒衣の少年……その怨敵など誰も覚えてはいなかった。
「……これは……どういう事なの……」
不穏な空気が流れる中、姉が口を開いた。
「……何で……何で……ファントムが……義父様(とうさま)を――」

『何故ダト思ウ? 保護猫』

「――⁉」
テレビの向こうから返事が返って来て、皆を戦慄させた。


「……ファントムゥゥゥゥゥ‼」


「ちょっ⁉ 待ちなさい‼」
姉姫の静止も虚しく、名指しされた保護猫は憚(はばか)らず眼を赤らめて殺気を解き放った。
感情は衝撃波のように駆け巡り、教室はおろか学校全体を飲み込んだであろう。
「がっ……何だ⁉ 眠っ……⁉」
タカシをはじめ多くの生徒が頭を押さえ、殺気というよりかは眠気……睡魔と闘っているように見えた。俺も意識が飛びそうになった。普段は至近距離でなければ0.1秒も影響が無いというのに。

「……ここには……いない⁉」

『殺意ヲ辿レバ、見ツケラレルトデモ思ッタカ?』

「……何が……何が目的なの⁉」

『……クックック』

堪えきれない殺意が瘴気のように溢れ出る。その影響か、辺り一帯が暗くなった気がした。
「……ねぇ、これから懇親会が始まるんじゃないの?」
左隣から話し掛けられる。
「ゲームが始まるって言ってなかった?」
その後ろからも不安気な声が聞こえる。
俺はファントムに聞かれていると思い、目配せして2人を呼びつけ小声で喋った。
「……学長が人質に取られてる。ゲームどころじゃ無くなった」
彼女達は現実を受け入れたようで、瞬時に青褪め、茫然と席に戻った。
他の者達も様々な憶測を立てては否定を繰り返し、状況を理解するには苦労していたが、不安が伝染するのは早く、床に着いた足が皆震え始めた。
「皆落ち着け。怯えていても始まらん……」

『……ソレデイイノカ? 人殺シノ娘共』

それは明らかにユリの言葉に反応して返って来たものだった。
「なっ……は? ……人殺し? 何を言っているんだ貴様は?」
「……?」
ラナも、何を言われているのか分からないみたいだ。


『……私等ハ残影。逃レラレヌ、死ノ悪夢』


ファントム2体はライオンの肩にそれぞれ手を付いた。

『があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』

手から放たれる黒い雷を直に浴びて痺れるライオン。

「義父様(とうさま)ぁぁぁぁぁ‼」
「「「「「叔父様ぁぁぁぁぁ‼」」」」」

学長の叫び声は、新入生達の悲鳴を誘発した。

『……はぁ……はぁ……新入生の諸君、合格おめでとう。私はこの学園の学長……長谷川だ。まずは……勝手な予定変更を謝罪させてくれたまえ。……この通り私は囚われの身だ。今日懇親会という名目で君等に集まってもらったのは……ここにいるファントム達の要求だったというわけだ……』
瀕死のライオンは目を閉じたまま俺達に語り出した。
『……君達に……人生の先輩から……1つアドバイスをしよう……自分を見失ってはいけないよ……独りでいたら……誰にも気付かれずに……消えてしまう……よ……そして――』
 
ブツッ。

映像が暗転し、ライオンの声も途切れた。
再び映像が戻ると黒い背景の中にファントムが1体。学長の姿は消えていた。

『オ喋リガ過ギソウダッタノデ退場サセタ。安心シロ、マダ殺サナイ……』

「私達に何の用――」

『貴様ダ』

ファントムは画面の向こうにいる俺達を指差した。

「私があなた達に何をしたと言うの‼」

『保護猫ニ用ハ無イ。……貴様ニ言ッテイルノダ‼』

疑いようも無く貴様とは〈奴〉の事……ファントムは、この俺をご所望らしい。
虚空から槍? 斧? のようなゴツイ武器を取り出し、刃先を正面に向けてきた。


『調停者ヨ、ココガ貴様ノ死ニ場所ダ。二度ト我等ニ盾突ケヌヨウ……ソノ器ゴト滅シテクレルワァ‼』


次の瞬間、映像は罅割(ひびわ)れて映らなくなった。
不意に全身が震え始める。
それは徐々に勢いを増して、確かな揺れへと変わっていった。
揺れと言うには語弊があるかもしれない。
地面が揺れているわけではないのだ。大気が、空気が震えていた。
揺れを感じて5秒、春にしては夜の帳が下りるのが早過ぎたのは明々白々、自然光も人口光も、全てが闇に包まれていく。
無意識に魔剣を装備して教室から飛び出し、窓から空を見上げた。

そこには圧倒的絶望が。
かつて〈奴〉が放った〈黒影流星〉……その比ではない尋常な大きさの隕石だった。
隕石はその大きさのせいで、非常にゆっくりと落ちてきているように見えた。
「おい……何だよ……あれ……」
俺が慌てて掛けていったのを見て、ユヤをはじめ皆が付いてきたが、その絶望的状況を前に言葉を失い、恐怖のあまり泣き出す者もいた。

「隕石だあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「わあああああああああああああああああああああああ‼」

何処彼処(どこかしこ)から悲鳴が。混乱する者、泣き叫ぶ者、ただ眺める者……それはクラスの垣根を越えて、新入生達が感情を揺らしていた。
「ファムトム……絶対に許さねえぞ‼」
死の絶望を前に、ユヤは呪って叫んだ。
「……死ぬ……の……?」
ユイがラナの後ろから霞むような声を漏らした。
「死ぬ……よ……ね……これ……私……まだやりたい事……一杯あるのにな……」
ミカは今にも気絶しそうにクラクラしている。
「……私達では無理だ……どうすることも出来ない……」
「無理……死ぬ……嫌……」
ユリも、ラナも、膝から崩れてしまった。
「……マジで死ぬのか? 嘘だろ? ……こんなの……世界の終わりじゃねぇか‼」
サングラスを頭に掛け自身の目で視認したタカシは、どうしようもできない現実を前に生への渇望を露わにする。
「……兄さん……」
ユカも兄の袖を掴み、今にも泣きだしそうな恐怖を押さえ込んでいる。
「ここが私(わたくし)達の墓場? ……そんな訳ない! こんな所で死ぬ筈がない‼」
ミーティアは悔しさを滲ませて、手にした赤傘を強く握りしめる。
「……はぁ……はぁ……はぁ……ぐっ……‼」
ヒナタは赤い右眼を抑えながらも、行き場のない激しい怒りを左手にしたマリン傘越しに床に打ち付けた。

『さぁ……ジュン君。どうしますか?』

頭の中でリディアがまるで他人事のように囁きかける。
イラっとして彼女の方を振り向くと、この状況にもかかわらず余裕の笑みを浮かべていた。
『お前……落ち着き過ぎじゃないか?』
『ううふ……バレちゃいました? だって聞こえちゃうんですもの。声が』
「……あそこにいるのは誰でしょう?」
『は? 何言って――』
「おい‼ 中庭に誰かいるぞ‼」
どこからか声が聞こえた。俺の知らない他人の声だ。その声に釣られて中庭を見下すと、そこには不審者が立っていた。
全身黒ずくめに黒いフード付きマント、仮面にマスク、そして黒傘を天に掲げている。
「あれ……ファントムじゃないか……⁉」
「間違いない。映像に映っていた怪人‼」
ユヤとユリが確認を取り合った。
「間違っても戦おうと思ってはいけませんよジュン君。そして皆さん」
「あいつを倒すか捕らえるかしても……人質のライオンは助けられない。分かってる」
「くっ……義父様(とうさま)さえ捕まっていなければ……私がこの手で殺――」
「ヒナタ」
「……‼」
抑える右手を強引に開かせ強めに握る。
「……落ち着いた?」
「えぇ。もう大丈夫。ありがとうジュン」
眼は変わらず赤いままだったが、姉は冷静さを取り戻したようだ。
けど俺の左手を離れようとはせず、それどころか握り返す握力は更に強くなった。
 
ツキューーン‼‼‼
 
ファントムがすぐ上空に迫った隕石に向けて黒い光線を撃ち放った。
隕石は溶けるように黒いオーラの塊へと変質し、変わらないスピードで落ちてきた。
視線を中庭へ戻すと、ファントムは既に消えていた。
「あいつ何処に行きやがった⁉」
「いやそれよりも‼ どうすんだあの毒の塊みたいなやつ‼ あれが落ちたらマジ死ぬぞ‼」
ユヤの言う通りだ。
元が隕石。宇宙からの飛来物だから放射線を帯びていてもおかしくない。
〈奴〉ならこの瞬間、窓を蹴破って中庭に飛び降り、〈ダークテンペスト〉でオーラの塊を吹き飛ばすのだろうが、今の俺にその力は無い。
どの道、学校を覆いつくす程の巨大なオーラを吹き飛ばせるだけの突風を産むには、周囲の校舎で隔絶された中庭では狭過ぎた。

……無力だ。俺は無力だ。いざという時に誰も守れない。
いくら鍛錬しても、いくら非現実的な力を扱おうとしても、無意味で無価値な努力だった。
 
……だが……ただ大人しく死ぬなんて馬鹿らしい。……ただ指を咥えて死ぬなんて、今の俺には似合わない。
〈奴〉みたいに死を弄ぶような真似はしたくない。

せめてこの不条理に抗って見せよう。

『よくぞ言いました。ジュン』
リディアが俺の心の声を読んで褒めてきた。
『今のあなたならやるべきことが……その最善策が分かるはずです』
『……分かった。クラスの皆と話せるか?』
『いつでもどうぞ♪』
彼女の声に導かれるように、俺は皆に指示を出した。

『聞こえるか⁉ 俺だ‼ 時間がない。今すぐ教室に戻って戸も窓も完全に閉めるんだ‼ 机もまとめて廊下に寄せろ‼ 傘を持ってる奴は広げて防御の構えを取れ‼ 持っていない奴はその後ろに隠れろぉぉぉ‼』

『ジュン⁉ 今俺の頭に響いてるのはお前の声か⁉ 一体何が起こってるんだ‼』
『タカシ、説明している暇は無い‼ お前は俺の傘を一緒に抑えろ‼』
『わ……分かった‼』
『そんな事をして何になるの⁉』
『あれはもう隕石じゃない……その影みたいなものだ。けど直接浴びるのはマズイ。かといって防護服がある訳じゃない。なら浴びる量をできる限り減らすまでだ‼』
『……あなた……記憶を取り戻したの⁉』
『頼むよ姉さん‼ 時間がない‼』
『……全員、ジュンの言う通りにして‼ お願い急いで‼』
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼ と、皆が一丸となり、ほんの30秒も掛からずに準備が整った。
『……ミカ……入る……?』
『ありがとうユイ‼ 一生大好き‼』
『あ……カバンの中だ……』
『えぇぇぇぇ⁉』
『ユイ‼ まだ間に合う‼ 急げ‼』
『分かった……‼』
『それとユヤ……あれを頼む』
『はっ⁉ 止めろ外道‼ そんな事をしたら――』
『止めろ外道‼ あれはお前の――』
『待ってました‼ 俺の勇気……勇者の力を見せる時‼』
『……ただいま……』
『ユイ‼ 早く傘を開いて‼』
『……開いた……よ……?』
『よーし、それじゃあいくぞ皆‼』
9個の傘を重ねて巨大な盾を作り出して俺達は覚悟した。


『トランス・ブレイブ‼』『…………』


勇気の力でパワーアップした……気がした。

錯視錯聴……つまりは錯覚。
ちょっとした勘違い。その程度のおまじないだ。
ユヤ程度の勇気なんて――


……俺……今何を考えてた?


『うおおおおおおおおおおおおおおお‼』
巨大な黒いオーラは中庭を飲み込んで落ちた。衝突音と共に、黒い津波が押し寄せる。

『……ジュン……私……死にたくないよ……』

よく聞き慣れた声と共に、俺と俺達の全てを飲み込んだ。




TO BE CONTINUED
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