P.S.(ファントムシャドウ) ~俺だけが最強じゃない世界へ~

永瀬淳

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異能との出会い 2

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少年Aが二刀のナイフを手に激昂していたあのシーンから、映像は再開した。
視点は廊下側を背にして撮られていた。
何か……黒く輝く何かが遠くで小さく光っている気がする。



『皆殺しだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』



 バリィィィン‼
 ドオォォォン‼
 ゴンッッッッ‼
 


『がはっ⁉』

遠くにあった黒い光は流星の如く接近し、窓ガラスを突き破って少年Aを直撃した。
反動で少年Aは手にしたナイフを落とし、廊下側の壁に吹っ飛ばされて倒れた。
少し遅れて、丸い物体が床を転がって映し出される。

……サッカーボールだ。

少年Aを襲ったのは、どこからか蹴り込まれたサッカーボールだった。
しかも紺色でガラのないデザイン。
この病室にあるものと全く同じもの。

教室の外から少年A目掛けてボールを直撃させるだなんてとんでもない神業だ。
教室が何階に位置するかは分からないが、それでも狙い撃ちしてみせる技量には感服するばかりだ。


『いーーーーーええぇぇぇい‼ 当たった? 当たったよね⁉ 当たっちゃったよね⁉ あっはははははははは‼ やったやったぁ‼ 新記録達成だ‼ もう最高‼」


〈奴〉は聞くからにテンションが上がっていた。

一体どこから、どれだけ遠くから蹴り込んだというのか。


「まさかとは思うけど、この程度でくたばったりしてないよねぇ? するわけないよねぇ? 死なないように加減してあげたんだもん‼ ふふふ。ふふふふ。ふふははははは‼』


電話越しだというのに〈奴〉の狂った悪意はより正確さを増して響いていた。

「病気ね。吐き気がするわ。折角だからここで診てもらったらいいんじゃない?」

「……黙ってろって言ったわよね?」

ライオンの娘と姉姫は相変わらず喧嘩が止まらない。
もう放っておこう。俺も吐き気がするし。

視点は再び切り替わり、黒板を正面に見るように映された。どうやら複数のカメラで撮影した視点別の映像を状況が分かりやすいよう編集してあるようだ。


『皆、まだ油断しちゃだめだよ。そいつまだナイフ8本と拳銃4丁を隠し持ってるよ。あぁ、ボールとナイフは回収してね。指紋は付けないように』


『……了解』


少年Aが吹き飛ばされる光景を茫然と見ていた元いじめっ子達だったが、〈奴〉のスパイらしい少年Dだけは冷静にゴム手袋で武器を回収していた。


『さて、真面目な話をしようか。君には幾度となく罪を償うチャンスを与えてきたけれど、どうしてこうも僕の期待を裏切る選択ばかりするのかなぁ? 君もバカじゃないんだから、どう足掻いても僕には勝てないってとっくの昔に気付いて折れていた筈だ。いつ狂った?』

『誰が……誰がお前なんかに……』

『ごめーん。何言ってるのか全然聞こえなーい‼』

『お前みたいな奴にぃぃぃぃぃ‼』

懐から新たにナイフを2本取り出し、声を荒らげる少年A。
執念深いというか、陰湿というか……もう可哀そうになってきた。

「凄いや‼ この子、勇気に溢れているよ‼」

「悪いユヤ、ちょっと静かにしてて」

ホントうざったいなこいつ。思わず口が出ちゃったじゃないか。


『……後天性か。センサー経由じゃないだけ良かったよ。で? そんな玩具で何するつもりなの? 僕には勝てないって言ったばかりだよね?』


……センサー?

『俺がお前より弱かろうが……刺し違えるくらいできるよなぁ⁉』

『がぁぁぁあぁ‼』

少年Aは、倒れていた少女Aの腹を勢いよく踏みつけた。

「あの野郎‼」

「落ち着きたまえ。まだ先がある」

平静を保とうとするが、怒りをコントロールできている感覚がなかった。

『何のつもりだ』

『こいつ……このままだと死ぬぞ? お前のせいでな‼』

『……何を言っているのか全く理解出来ないんだけど? 彼女は君が投げたナイフのせいで死に掛けてるはずなんだけど……』

『お前のせいだ。お前は逃げた。助けなかった。そのせいでこいつは死ぬことになるんだ』

少年Aは少女Aの背後に回り、首を絞めるようにナイフを当てがう。

『えー……勝ち逃げが卑怯だなんて君、さては現代っ子だな? 兵法って知ってる? 大将自ら前線に赴(おもむ)くなんて論外だからね?』


『……黙れ』


少年Aは刃先で少女Aの首に傷をつけた。

『っっっ‼』

少女Aは痛みに悶(もだ)えながらもなんとか気を保とうと耐えている。
首からは少量だが出血しているのが見える。
彼の目は殺人鬼そのものだった。

『お前が来ないならこのまま殺す。邪魔が入ろうとも確実にこいつの首を掻く』

『しつこい。それで人質のつもりなの? それとも生贄? どっちでもいいんだけどさ……俺を怒らせたいの?』

〈奴〉は聞くからにイラついた口調だった。

『よく分かってるじゃないか。お前は自分のせいで誰かが傷付く事を酷く恐れてる。耐えられない。だからそいつに自分の技を教えたんだろう?』

左手のナイフは磔の少女に向けられた。

『いや別に。お願いされたから教えただけだよ? まぁ教えたっていっても、特別な事はしてない。ただ俺の技を見せただけ。それで出来るようになるんだから、彼女は元から傑物だったって事だ』

『黙れ。要は誰でもいいんだよ。俺がお前のせいだと言えば、それはお前のせいになる』

『……うっざ。お前女々し過ぎて萎えるんだよ』

『何とでも言えばいい。どうせすぐに死ぬんだから』

『え、嫌だよ。俺死にたくないもん。行く訳無いじゃん』

少年Aは無言のまま、首に当てがったナイフを更に押し込もうとした。

『あーあー分かった分かったよ分かりましたよ飛んで行けばいいんでしょ行けば‼ 怠っ』

『……それでいい。お前の命と交換だ』
『あ、窓開けといてね? じゃなきゃ入れないよ』

『……は? 窓?』

『言ったろ? 飛んで行くって。図々しくもこういう卑怯な取引を持ち掛けるんだ。俺からの条件1つ呑めないって言うのなら、後はもう勝手にしろ。好きに殺して粋がってろ』

『…………』

無言のまま、少年Aは少女Aからナイフを離して割れた窓の方へ、そして手を掛け――



 シュ~~ドーン‼



『ぐぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』



天(そら)から堕(お)ちる勢いで〈奴〉はまっすぐに突撃してきた。

少年Aはその存在に反応しつつも、ナイフを構える暇すら無かった。
〈奴〉の右足は少年Aの胸部を正確に射貫き、勢いをそのままに床に叩きつけた。


『がっ……がはっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』


口から血を吹き出し、痛みのあまり床を転げ回る。

敵を退(しりぞ)けた〈奴〉は、勢いのままに前方宙返り、片膝立ちで着地して重症の少女Aの元へ駆け寄った。

そして……優しい声がした。


『待たせてごめん。家から回復薬とかその他諸々便利グッズを漁って来たんだ。これ使って。楽になるから』


そう言って〈奴〉は黒パーカーの内ポケットから真っ黒なカードを取り出し、少女Aの左手にがっしりと持たせた。

『傷口に当てて押さえておいて』

『じ……く……ごめ……ん』

『謝らないでよ。これは僕のミスなんだ。僕は君を許してあげたけど、彼女がそれを許す訳ないって考えてなかったよ。本当にごめん……』

少女Aは泣いていた。が、〈奴〉は非常に乾いていた。

『それより、出血が酷い。血液型は?』

『……O(オー)……-(マイナス)……』

マイナスって抗原が少ない珍しい血液だよな。

『マイナスか……でもなぁ……君も君で、輸血に応じるつもりは無いんだろ?』

〈奴〉の視線は磔の少女に向いていた。
少女は反応一つ示さず、黙り込んでいる。

『……悪かった。悪かったよ。俺が悪かったです。謝ればいいんでしょはいごめんなさい。でも演技ってことくらい分かってたろ?』


『言われなくても分かってるわよ。でもまぁ……随分と酷い目に遭わせてくれたじゃない?』


〈奴〉の言葉にようやっと反応を示した磔の少女は、縛られていた鎖を黒い光で軽々斬り裂き立ち上がった。

『凄い凄い……‼ たった2週間弱でここまで使いこなすなんて、前代未聞の快挙だよ。……君は素晴らしい』

『お褒めの言葉どうもありがとう』

元磔の……黒の少女はフードを被ったまま、クスクスと嘲笑うように歩み出た。

『それよりも……その女、助けようなんて言わないわよね?』

重体の少女Aを前に、なおも笑いながら続けた。

『うふふふふ……ごめんなさいね。あなたに当てるつもりは無かったのだけれど、力の制御が難しくてね。弾いた後の軌道までは計算してなかったの。本当にごめんなさいね……』

『……嘘付け。君はそこまでバカじゃない』

『……軽く1リットル以上出血してるでしょう? 冗談抜きでヤバいわよ?』

『だったら輸血に協力しろ』

『どうして私がこんなクズの為に血を分けてやらないといけないの? 私達のことを散々陥(おとしい)れておきながら簡単に寝返るような尻軽よ? それでいていつも被害者面。いいじゃない。その女、最高に被害者面が似合ってるわよ?』

クスクスと、ただクスクスと、救いを与えず笑い続けた。
その嘲弄(ちょうろう)には怨(うら)みと嗟(なげ)きに近い念が隠しきれずに零れていた。

『それは困るなぁ。俺の血を分けてもいいんだけど、輸血する量を与えたらどうなるか分からないからなぁ……下手したら死ぬかも』

与え過ぎたら死ぬ血ってどんな中二設定だよ。俺は鬼か何かなの?

『やるにしても録画――』



 バン‼
 ガギィィィン‼
 


〈奴〉の声を遮り、銃声とそれを弾いた音が響き渡る。
それはうつ伏せに倒れていた少年Aの方から発せられた。
グリップに円で囲まれた星マークが入った拳銃が、その右腕に収まっていた。
リボルバーではない。別の種類の拳銃だ。

「54式⁉」

目黒が驚きを隠せずに立ち上がる。

「なにそれ? あの拳銃の名前?」

ユヤがたまらず質問する。

「トカレフあるいは黒星(ヘイシン)と呼んだ方が分かりやすい。中国で生産されたものが日本に持ち込まれた可能性が高いと言われているが……元の持ち主は恐らく、交番襲撃事件の犯人だろう」

「恐ろしい事ですな。この日本で、12歳の少年が平気で拳銃を扱う日が来ようとは……」

七瀬もまた顔を強張らせる。

『はぁ……その銃、君が撃ち殺したあの男の部屋から奪った物だろう? もっとまともな武器があっただろ。機関銃とか散弾銃、手榴弾ならあるいは……いや、無理か』

分かってたのね。流石は俺。こういう時、褒めるべきではないんだろうけど。

『でもどういうこと? 俺じゃなく彼女を狙うだなんて』

『私はこいつと同じ技が使えるのに、何を血迷って殺せると思ったの? ……バカなの?』

黒の少女が両手を翳(かざ)すと、映像の後ろの方から黒と赤の2本の傘が吸い込まれるように手に収まった。
そして少女Aの前に立ち塞がる形で〈奴〉と左右に構え相対した。

少年Aも立ち上がり、もう1丁拳銃を取り出し狙いを定めた。

『お前を……お前等を……まとめて殺す方法が……今……やっと分かった……』

『無理だよ。君じゃ僕等は殺せない』


『ふふふふはははははははっ‼ やっぱりだ‼ やっぱり気づいていないみたいだなぁ‼』


少年Aは勝利を確信したかのような笑い声をあげる。

『ねぇ、こいつ何を笑っているの? キモいんだけど。殺していい?』

『やめとけ。後が怖い。でも……なるほど。そういうことね。……頃合いか』

『は? 意味が分からないんだけれど?』

黒の少女はこれから何が起ころうとしているのかを全く理解できていない様子。
そして〈奴〉もそれを理解させるつもりが無いらしく、黒傘を左手に持ち直して構えた。


『分からないならいいよ……分からないまま死ねばいいよ』


少年Aは拳銃を連射した。
バン‼、バン‼ と銃声が響く。

そしてその狙いは、全て2人の間に位置する少女Aに向けられたものだった。

黒い光と闇に弾かれ撃ち落されているのが分かったが、どうにも様子がおかしい。
それは銃弾とは関係なく、2人の間で花火のように光っては消えを繰り返していた。

異変を察知したのか、黒の少女は右手に飛び退いた。

少年Aは透かさず狙いを彼女に変え、もう2丁も抜いて撃ちまくる。

バン‼ バン‼ バン‼ バン‼ バン‼ バン‼


『くっ‼』


黒の少女は何とか耐えていたが、ついに限界を迎えたらしい。
左手の赤い傘は昇華するように黒く溶け、頭を押さえて足元から崩れ落ちた。


『サラ‼』


『きひゃははははははっ‼』


〈奴〉が庇いに動こうとしたのが分かったが、少年Aは持っていた拳銃と懐のナイフを投げつけて妨害しながら、ナイフ片手に黒の少女に突進してきた。

投げつけられた武器に対して、黒傘を器用に振り回してその全てを撃ち落すが、少年Aと黒の少女の距離は歩幅数歩程に迫っていた。


『させるか――』


『やめてぇぇぇぇ‼』


『なっ⁉』 


突如、少女Aが起き上がり、黒の少女にショルダーチャージを加えて突き飛ばした。


『馬鹿野郎‼』


『死ねぇぇぇぇぇぇ‼』




グサッッッッ‼




ナイフが腹に突き刺さった。



『……っ……痛えなぁ……おい……』



それは、黒の少女を庇いに入った少女Aの声ではなかった。

その少女Aを庇うため更にチャージに入った〈奴〉……俺だ。

凶刃は少年Aの左手から、〈奴〉の右下腹……下半身に近い位置に突き刺さり、止まった。

『あんた……何してんのよ……‼』

『……何で…………が……?』

少女Aは今にも気を失いそうになりながら青褪(あおざ)めていた。

『うぇははははっ‼ 捕らえたぞ‼ もう技は使えない‼ お前は終わりだぁ……死ぬまでこの手を離さ――』


少年Aの卑しい声が響いたかと思ったら、それは突如として停止ボタンを押したかのように硬直した。


『うーん、どうしよっかな~このナイフ。抜いたら出血酷くなるよなぁ……』

刺されているはずの〈奴〉はダメージを感じさせないどころか至って冷静だった。

『とりあえず……その汚い手を放してくれるかなぁ。あーあ……聞こえてないんだった』

〈奴〉は黒傘を床に突き刺し、ナイフを持つ少年Aの指を1本ずつ解いていった。

『悲しいなぁ……。君の学習能力の無さを見ていると、僕は悲しくなる』

〈奴〉は少年Aの顔面を黒いオーラを纏(まと)った拳で思い切り殴りつけた。
だが少年Aはその衝撃に対して苦悶の顔を浮かべるでもなく、恐怖を露わにするでもなく、頭部が吹き飛ぶでもなく、硬直したままの無反応を貫いた。

『な……何が起こってる……の?』

黒の少女はその不可思議な光景にたまらず問いかける。

『さぁ……何だろうね』

ふふっと微笑んで〈奴〉は左足をを上げた。



『ぐわはあぁぁぁぁ‼』



瞬間、少年Aは殴られた勢いを再現するかのように顔がめり込み、後方へ吹き飛ばされた。

その光景に驚く教室の子供達と病室の一同。

何が起こってるのかは分かったが、どういう理屈かは分からなかった。


『で……でめぇ……何をした⁉』


『当ててごらんよ。好きだろ? クイズ』

低く怒りの籠った声で〈奴〉は少年Aの元へ歩み寄る。

『そういえば、3問目のクイズの解答がまだだったね。僕が今、考えていることは何でしょうか……さて、何だと思う?』

『黙って死――がっ⁉』

少年Aはしぶとくも立ち上がり、再びナイフを向けたが、〈奴〉の左足踏み一つで再び硬直してしまった。

『今度は縛るだけにしてあげるよ。じゃないと答え合わせ出来ないもんね』


縛る? 何を? 全く理解が追い付かない。

ハッキリ言えるのは、少年Aの体の制御は〈奴〉の支配下にあるということだけだった。

『ひ……卑怯だぞ……こんな――』

『最後のチャンスだ。今僕が考えていることを当てられたら、逃亡を手助けしてあげよう。さぁ、答えるがいい』

『バカなの⁉ そいつに刺されてるのよ? さっさとトドメを刺しな――がっ……⁉』


横槍を入れようと黒傘を振るう黒の少女は〈奴〉の右足踏みで同じように硬直した。

『何……を……』

『俺は今、彼と話してるんだ。邪魔しないでくれよ、他人』

『……そんなの……俺をどうやって殺そうか……だろ……?』

『不正解』


『げはっ‼』


少年Aの回答を確認した瞬間、〈奴〉は再び殴り掛かる。
左右の黒拳による連続殴打。
〈奴〉は淡々と少年Aを殴り続けた。一撃一撃のダメージを確かめるように。
一定の威力と間隔を刻みながら合計10発繰り出された。
少年Aは額から汗するように血を流し、意識朦朧としていた。


『ぁぁぁぁぁぁ……』


足は固まったまま、立ったままの姿勢で床に倒れることも許されず、声にならない掠れたノイズだけが聞こえる。
虫の息。その羽虫に、感情が失せたような無機質なアンドロイドは語り掛けた。

『君には死んで欲しいけど、俺の関心はそこじゃない。コンセプト2つにアルカナ……8倍か。試した事も、試そうとも思わなかったけど、俺にはもう関係無さそうだしいいかなって』


コンセプト? アルカナ? 8倍? 


〈奴〉は何を言っているんだ?

『どうにかして君を更生させた暁には、同胞として歓迎しようとかそんなことも考えてたんだけど……失望したよ。憎悪と錯乱くらい俺でも持ってた。君は……僕の玩具くらいが丁度いい』

また一人称が変わった。俺がその違和感を聞き逃すことはなかった。

『君はそれなりに良い玩具だったよ? けれどあまりにも簡単に事が運びすぎちゃって……思い通りになり過ぎて拍子抜けっていうか何ていうか……欲が出てきちゃってね。銃殺だけじゃ物足りないと思っていたんだ。考えてもみてよ、引き金を引くだけで簡単に人を殺せるんだよ? 罪悪感なんか残る訳無いじゃない?』

左足を上げる〈奴〉。
そして少年Aの足元が崩れ、前傾姿勢のまま倒れそうになった所を掌底で突き飛ばした。

『ぐへぇあ⁉』

少年Aはまたも窓際の壁に激突し、足を広げて人形のように座り込んだ。

『断っておくけど、僕は拳銃を使った殺人を否定するつもりは無いからね? 人を撃ち殺せばそれなりの罪悪感は覚えるだろうし、それが故意であろうと正当防衛であろうと、酷ければ精神を患った挙句に自殺するかもしれない』

〈奴〉の正論節は留まる事を知らない。
 
『でもね……それじゃダメなんだよぉ……しっかりと、はっきりと……その手に、心に、魂に……殺したという感覚を‼ 感触を‼ 実感を‼ ……残す為には、刺殺じゃなきゃダメなんだよぉ……』

腹にナイフが刺さったままのアンドロイドは悠長に、狂気的に、バグったように喋る。

『僕を刺し殺すことで、君の玩具としての役目は終わった。もう……君は自由だよ?』


『う……うぅ……うわ……あぁぁ……あぁぁぁぁ‼ うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』


少年Aは逃げ出した。

開いた教室の戸の外へ、泣き叫びながら出て行った。
〈奴〉の狂気の前に精神が完全に崩壊したようだった。


『あっはははははは‼ バカだなぁ~。どうやって帰るつもりだろう? 道が分からなくて戻って来るんじゃない? そうだ! あいつ1人ここに置いていくってのはどうだろう? 慌てふためき緩やかに餓死していく様子を皆でモニタリングしようよ‼』

『あんた……まさか、わざと刺されたんじゃないでしょうね?』

突如として黒の少女が硬直から解き放たれ、〈奴〉の元へ詰め寄る。

『いや? そのつもりだったけど、君を嫌っていた彼女がまさか身を挺して庇いに入るとは思わないじゃない? 結果的には事故だよ。事故。全く……人を思い通りに動かすってのは中々どうして難しいものだね……』

『ふざけないでよ‼ だからって、あんたが庇いに入る必要無かったじゃない‼ あいつもそいつもこいつらも‼ 死んで当然のクズ野郎なのに‼』

『そうだ‼ あいつは死んで当然の事をして来たんだ‼ 今まで……お前がどうしてもっていうから皆やり返さなかっただけだ‼ けどもういいだろ‼ 何で最後までで庇うんだよ‼』

黒の少女の眼には涙が、撮影者の少年も鼻をすすっていた。
それは悲しみというよりも、怒りの感情が勝った涙だった。

『君等の言う通りだよ。こいつ等は選りすぐりのクズだ。庇う理由なんて無いんだよ。でもさぁ……一息に殺しちゃったら、それはそれでつまらないとは思わないかい?』


『……は?』


『やられた分はやり返さないと割に合わないだろ? 今まで俺が何の為に殴られてやってたと思ってんだよぉ……簡単に死なせてたまるかよぉ……苦痛は永遠のものにしないとぉ……』


『……分かってはいたけれど、あなたって本当に最低なクズ野郎ね』

『酷いなぁ。僕の唯一の……いや、唯十一くらいの内の一人の理解者だと思って信頼してたのに、こう拒絶されてしまうと、ピュアでウサギな僕は悲しくて死んでしまいたくなるよ』

『死ぬなら一人で勝手に死んでよ』

『言われなくてももうじき死ぬよ』

『……えっ』

『そりゃそうでしょ。刺されてんだよ? 俺はバチボコ強いけど、不死身じゃあ無いんだよ』

『…………』

『全部無かった事にもできるんだけど……そしたら真の意味で俺死んじゃうからさ』

二転三転、支離滅裂。僕から俺に変わった。

『てか、俺等も元の世界に戻らなきゃ。皆を家に帰して――⁉』


何を思ったのか〈奴〉は左手を翳(かざ)し、落ちていた黒傘がその手に戻った。


『……誰だ』


〈奴〉は映像越しの……俺達に話し掛けるように声を張った。
すると、カメラの後ろ……教室の後方であろう場所から、加工されたような声が聞こえた。



『無様ダナ……鬼』



 ドサッ。



『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』



コロコロと、赤いボールが転がった。
……ボールじゃない。それはボールではなかった。逃げたはずの少年Aの……切断された頭部だった。少年Aは死んでしまった。

『お前……殺(や)りやがったな?』

映像は教室の後ろに向いたが、撮影者の子供達が映るだけで他には何も見えない。

『おい‼ こいつ映像に映ってないぞ‼』

『……誰なの……あなた……?』



『誰カダト? 私に名前ナドナイ。必要ナイ』



何だ? 誰と話してる?



『……ソウダナ……折角ダ。オ前達ニ命名権ヲヤロウ』



『へぇ……面白いじゃん。で、何の用なの? ファントム』



『ファン……トム……? ……ナルホド、イイ名前ダ。気ニ入ッタ』



『確認のため聞いておくんだけどさ……俺達を殺しに来たの?』

またカメラが切り替わり、2人が呼吸を鎮め、顎を低くして警戒しているのが見えた。


......ファントムの不敵な笑い声が響く。




『……私ハ幻影。全テヲ見通ス 深キ闇』




『見通す? ……つまり君は預言者ってこと⁉ ねぇ……俺にいつ子供ができるか分かる? ついでに正妻は誰か、最終的な子供は何人か、戸籍に×はいくつ付くかまで教えてよ』

『何興奮してんの‼ それで……預言者が何をしに来たの?』



『…………』



次の瞬間、〈奴〉は少女Aを抱きかかえ、黒の少女と共に黒板の前まで飛び退いた。
彼らは無事だったが、映像の中にはショッキングな変化が見受けられた。



『ぎゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』



戦慄(わなな)き。

それは周りにいた撮影者達から。

原因は少年Dと少女Aを除いて生き残っていた3人のいじめっ子達、少年E、少女D&Eだった。
彼等の首元を黒く輝く闇が一閃し、泣きながら座っていた彼女等は叫び声を上げることもなく、天井まで吹き上げる血飛沫だけを残して逝った。

〈奴〉や黒の少女が使用していた技と寸分違わぬものだった。

黒の少女はその非現実的な殺人を前に口を抑えていた。



『……私ノ役目ハ終ワッタ。失礼スル』



『待て』

〈奴〉が一歩前進して話し掛ける。

『何ダ』

『何でだ』

『未来ノ為ダ』

『理解できない』

『知ル必要ハナイ』

『償いの機会を与えようとは思わなかったのか?』

『心ニモ無イ事ヲ言ウナ。暇潰シノ玩具程度ニシカ思ッテイナイノデハナカッタカ?』

『……そうだった。じゃあハッキリ言うよ。勿体無いじゃないか。殺しちゃうなんて』

『本来デアレバコノ場ニ居ル全員、コ奴等ノ手デ皆殺シニサレテイタ。オ前モ彼女モ、例外ナク、ダ』

『それは君が元居た未来の話をしているの? だとしたらここは君の知ってる世界じゃない。よく似たパラレルワールドだ。君の介入する余地は無かったはずだよ?』

『……ドウ受ケ取ロウガ自由ダガ、余計ナ詮索ハスルナ』

『んじゃあさ、3つだけ質問させてよ。言いたくないことは答えなくていいからさ』

『……イイダロウ。付キ合ッテヤル』

『何故真っ先に僕を殺さなかった?』

『……オマエハ死ニ場所ヲ求メテイルノカ?』

『君……質問を質問で返さないでよ』

『……殺スノハ容易ダガ、ソレハ世界ニトッテノ損失ダ。自覚ガアルダロウ?』

『……そういうこと。じゃあ次の質問。何でその技が使えるの? 未来の僕が君に教えたりした? 有り得ないだろうけど、君は僕じゃないよね?』

『……質問ハヒトツニシロ』

『なら後者で。君は僕ではないんだね?』

『アア。オマエデハナイ。オマエノコトヲヨク知ッテイルダケノ、タダノ他人ダ』

何を納得したのか分からないが、〈奴〉は安堵の顔を浮かべていた。

『ありがとうファントム。その答えが聞けただけで充分だよ』

〈奴〉はアイコンタクトひとつで少年Dに重症の少女Aを預けた。


『……何ノツモリダ?』


『先に向こうに戻ってて。まだ嵐を抜けちゃダメだよ』

『……了解。あそこで待ってる。……死ぬなよ』

少年Dは少女Aと共に教室の外へ出ていった。


『……何ノツモリダト聞イテイル』


その後ろ姿を見届けた折、〈奴〉は右足を大きく振り上げた。


『……何ヲスル……止メロ‼』


ファントムの制止の声も虚しく〈奴〉はその場で地鳴らしをした。
不快なハウリング音が遅れてやってくる。

同時に今まで画面に映らなかったファントムの姿が一瞬の内、鮮明に映し出される。
全身を覆い隠すようにフード付きマントを羽織った黒ずくめの風貌、顔には遮光グラスがはめ込まれた仮面とフィルターの付いた口元の大きな黒マスクを着けていた。恐らくマスクの中にボイスチェンジャーを仕込んでいるのだろう。
加えて右手には黒い槍……いや、傘だ。
傘の先っぽ……石突きが普通の傘より異様に長いため槍と見間違えてしまった。


『貴様……何故ソノ技ヲ……今使エル……⁉』


『ここから生きて帰れるとでも思った? 勝手に4人を殺した君を僕が許す訳ないでしょ? あと、貴様っていうのは目上の人に敬意を込めて使う言葉だからね?』


『ナ……何故ダ! モ……モシヤアヤツガ貴様ラニ……‼』


その手の黒傘を〈奴〉に向けて構えるファントム。

『……そうか……君なんだね……』

黒傘を右手に持ち替え、〈奴〉は頭上で反時計回りに回した。
その回転が正面の位置に来る前、左斜め下に軌道を変え、体ごと態勢を低くして一回転、正面に戻ると同時に勢いよく斬りはらったが……映像を観る限り特に変化は見られない。

『もう終わりなよ……ファントム』

『待ってよ‼ 本気で戦う気⁉』

『……邪魔だ。行け』

『っ……皆離れて‼』

言葉の通りに子供達はカメラを持って教室の端に退(の)け、黒の少女は指を鳴らすと画面から消え去った。


〈奴〉の声と同時に両者は傘を天に突き、互いに技を放とうと――



『テン――』
『ダークテンペスト』


『――⁉』



〈奴〉は詠唱を中断し、懐から再び黒いカードを何枚も取り出して床に叩きつけ、ファントムの詠唱が途切れない内に一瞬で懐に飛び込み、斬り掛かった。


次の瞬間、周囲一帯が黒い旋風に飲み込まれ、教室に存在する椅子や机、黒板から壁に至るありとあらゆるものが斬り裂かれた。


周りの子供達は叫び声を上げつつも、いじめっ子達の遺体と共に何らかの障壁に守られている様子だった。


斬り掛かった〈奴〉の黒傘は、突如ファントムの左手に顕現した2本目の黒傘に阻まれ、つばぜり合いの状態に持ち込まれた。

が、それも4~5秒。詠唱を終えたファントムは、右手の黒傘を躊躇いなく振り降ろした。

〈奴〉はそれを目と鼻の先ギリギリの所で回避し後方へ飛び退く。

その隙を見て、ファントムは割れた窓の方に駆けていく。

それを逃すまいと〈奴〉は技を放った。



『黒影放雷(こくえいほうらい) ‼』



〈奴〉の左手は大気を巻き取るようにして突き出された。
その手からは黒い稲妻らしき線形が放たれ、ファントムを直撃した。



『グルルオォォォォ⁉』



けたたましい悲鳴。ファントムは感電して床に倒れた。

〈奴〉は技を継続しながら、追い打ちを仕掛けた。



『黒影一閃(こくえいいっせん) ‼』



右手の黒傘がさらに濃黒なオーラを纏い、真っすぐに振り下ろされた。
斬撃は形を持って具現化し、ファントムに襲い掛かる。


『グッ……ヌオオォォォォォ‼』


ファントムは痺れながらも、右手の黒傘を教室中央付近に投げ捨て指を鳴らし、左の傘を残してその場所に瞬間移動した。

斬撃は窓付近の壁に直撃し、ドゴーン‼ という音とともに大穴を開けて静まった。


その光景は誰がどう見ても人間の技とは思えない……超次元の戦闘だった。


『ハァ……ハァ……ハァ――ガアァァァァ⁉』

ファントムは息も絶え絶えに立ち上がろうとしたが、〈奴〉の黒雷に捕らえられた。


『……何でその技まで使えるの? 強力過ぎて使い勝手が悪いから封印したはずなんだけど』

『……ソンナ薄ッペライカード数枚デ防ガレルトハ――ガアァァァァ‼』

『あのカード滅茶苦茶貴重なんだよ? せかいじゅのしずくぐらい貴重なんだよ? 量産するのに何年掛かったと思ってるのさ……』

『グゥゥゥゥ……デハ……ソノカードヲ奪トシヨウカ。マダ懐ニ隠シ持ッテイルダロウ‼』

『君が死ぬ方が早いと思うけど。てかさぁ……皆殺しにしようとは頂けないよねぇ……?』

『……私ノ存命ハ、全テニ優先スル』

『……本気で俺を怒らせたな』

『…………』

ファントムは大穴付近に残した左傘の元へ姿を移し、両手に黒いオーラを集約して構えた。

『自爆でもするつもり? それとも魔力を暴走させる? どっちにしろ無駄だけど――』

『最後通告ダ。私ヲ見逃セ』

間髪入れずに〈奴〉は答えた。

『断る』 

〈奴〉は再び黒傘を構えて応戦の構えをとる。

『ソウカ。ナラ、死――』
『死ぬのは君だ』

ファントムは固まってしまった。
オーラを暴爆させるより先に、〈奴〉の地鳴らしの方が早かった。


『このまま永遠に閉めようか』


何を思ったのか〈奴〉はその場で大きく口を開き、左手を口元に近づけた。
そしてゆっくりと取り出すように、口から鮮血に染まった禍々しい何かを取り出した。

細長い棒のような、それでいて持ち手はしっかり鈍重に、先は鋭い刃であった。
……血で作られた片手剣だった。

鮮血の剣を手にすると、右に握っていた黒傘をその場に突き刺し、空いた手を剣の持ち手をくっつけるように添えた。
すると鮮血剣は元々そう造られていたかのように、持ち手の部分から刃が伸びて瞬く間に両剣へと変形。さらに二刀へ分離し持ち替えられた。


それは天使と言うには禍々し過ぎる……堕天使と形容すべき姿だった。 


堕天使は順手で剣を回し、逆手に持ち替えて激情した。



『時獄の底で泣き叫ぶがいい‼』



〈奴〉は鮮血剣・右を投げ擲(う)った。
放たれた剣はファントムに直撃した瞬間血飛沫を上げ爆散し、マントと仮面を赤く染めた。
そして残った左を右に持ち替え、懐に一瞬で飛び込み、連続斬りを放った。



左切上 → 右薙ぎ → 逆風 → 逆風 → 袈裟斬り → 右切上 



合わせて6連撃の踊るような剣捌(さば)きがファントムを襲った。




『鮮血剣舞(ブラットスラスト)・終焉(ハイエンド) ‼』




『グギャアアァァアァアァアァアァアア‼』



ファントムは4撃目までは固まったまま痛覚さえ感じさせなかった。

〈奴〉が勢いのまま飛び上がり、床から足が離れたタイミングで硬直が解け、痛覚を露わにしながら床に倒れた。


「うはぁぁぁぁぁかっこよ⁉ 何今の超絶剣技‼ やべぇマジかっけぇ‼ 鳥肌たったわ‼」


「止めてユヤ。中二病みたいなカッコいい技叫んでてすげぇ恥ずかしいからマジ止めて」



『…………』



無言のまま〈奴〉はファントムを足で踏みつけ押さえ込んだ。


『グルォォアアァァァァ‼ オ……オノレェ……オノレオノレオノレオノレェェェェェ‼』


『ソコマデダ』


不意に映像の遠くから声が聞こえ、撮影者や子供達が一斉にその方向に振り向く。

すると、何もなかった大穴の傍に、ファントムと同じ格好をした化物が3体、突如として横並びに映し出された。

『……来たか』

『撮影ヲ止メ、ソノ者ヲ解放シロ。コレ以上我々ヲ晒スナ』

『……やっと会えたね、僕の知らない他人達。で、何しに来たの? 俺に殺されに来たの?』

『警告ヲ受ケ入レロ。元ノ世界デオ前ノ仲間ヲ2人捕ラエタ。ジキモウ1人モ捕マルダロウ』


『……どいつもこいつも何なのさ!! 人質使わなきゃ言う事も聞かせられない訳?』


『コノ場ノ生者(セイジャ)全テ人質ニシヨウカ? 皆マデ居言ワセルナ愚者(オロカモノ)』



『…………』



ファントムの宣告に〈奴〉は目を閉じた。そして口を半開きにして呟いた。



『……トランス・ヴァルキュリア=フォールン』



『――⁉』



『……トランス・シャドウ』



〈奴〉の目から光は失せた。

落ちた黒傘を左手に呼び戻し、鮮血剣と合わせた二刀は色のままに激しく煌(きら)めく電飾のように……超高出力のビームサーベルのようにオーラを帯びて〈奴〉の全身で赤黒く混ざった。


『馬鹿ナ真似ハヨセ‼ 止メロ‼』


『俺は愚者(ぐしゃ)じゃない。死神、或いは……審判だ』


『待テ‼ 貴様――』


『RESET』


天を突くように掲げられた黒傘の切っ先に、黒く輝く闇が集約されていく。
闇は壊れた外壁を塞ぎ、存在する僅かばかりの明かりを吸収して教室を飲み込んだ。
ガタっ、と何かが落ちる音が聞こえたのが分かったが……映像はそこで途切れた。



「……以上が、昨日配信されなかった部分の映像だ」

ライオンはテレビからHDMIケーブルを引き抜いて、地上波放送に切り替えた。
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