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第57話「真紀の口撃」
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「だから、あの男は悪くないとでも言いたいわけ?」
私の話を聞き終わった後、心底イライラしたような顔をしながら不快そうにお姉ちゃんはそう吐き捨てた。
「まあそうだね……」
「やっぱ帰ろう茜。ここにいたら碌なことにならない」
「そんなことない!」
「そこにいる人も結局茜を都合のいいようにしか使ってないみたいだしね」
お姉ちゃんはそう言うと達也を見て時と同じような血の通っていない目で、陽菜さんを一瞥した。
都合のいいようにって……。
達也が幸せになるようにと利用された部分は確かにあるけど、付き合いたかったのは私だ。
「利用されたんじゃなくて陽菜さんと利害が一致しただけだよ」
「利害の一致ね。その割には一方的に猫のまねさせられたり、首輪つけられたり対等な関係じゃないっぽいけど」
「それは……」
もともと対等で話せる立場じゃないよ。
振った側がやっぱり好きでしたなんてふつう言えないでしょ。
それを言わせてもらえるんだから不平等でも構わないよ。
けどこう言ってもお姉ちゃんは納得しないよね……。
「それにお兄ちゃんお兄ちゃんってブラコンかよ。いい年して気持ち悪い」
お姉ちゃんはどぶを見るかのような目線を向けるとそう吐き捨てた。
私の反応が芳しくなかったからか、攻撃の相手を陽菜さんに移したらしい。
ただ陽菜さんは相手にする気がないのか、平然としたままコーヒーを楽しんでいるようだ。
「そっくりお返ししますね」
「生憎男兄弟はいないので」
「ならシスコンって言えば理解できますか?」
陽菜さんは張り付けたような作りものの笑顔でそう返した。
「茜が心配なだけで、偏った愛情とかを向けてるわけじゃないので、シスコンって言われるのは心外ですね」
一つでも言葉選びを間違えたら爆発してしまうのではないかという緊張感の元、まるで世間話でもしているかのように二人は話し続ける。
「ところで、愛しいお兄さんのためにこの子を追い出すの手伝ってくれませんか? 三か月も経ってるならもう未練なんかないでしょうし、茜は不要でしょ?」
「なんで私が?」
「お兄さんの幸せのためって言っても実際は自分のためでしょ? 憎くないんですか、自分が絶対になることができない恋人になった女が目の前にいて」
意識させるためだろうか、わざわざ私を指さしてそう言ってきた。
ただちらりとこちらを見ると、陽菜さんは鼻で笑って言った。
「別に恋人になりたいわけじゃないんで、茜ちゃんがどんなに欲しても手に入れることができない妹って立場に居られてますし」
「負け惜しみ?」
「本心でーす」
まあ私も「明日から恋人じゃなくて妹になれますけどどうしますか?」と聞かれても今のままで結構ですと答えるだろうし、陽菜さんの「本心です」は本当だろう。
「それとも真紀さんは茜ちゃんの恋人になりたいとか思ってるんですか?」
「私も姉で満足してますよ。変な男に引っ掛かってほしくない――」
「ねえお姉ちゃん、さっきから達也のこと変な男とか言うのやめてよ!」
二人の間に割って入れる空気なんてなかったし、そんなつもりも毛頭なかった。
たださっきからなんかお姉ちゃんに対して嫌な気がしてたけど、ようやくわかった。
なにも知らないお姉ちゃんに達也をバカにされるのが嫌なんだ。
それに気が付いた時私は無意識の内にお姉ちゃんの話を遮っていた。
「だって元カノが猫の振りしてきたら受け入れるんだよ? 変じゃないならなんていえばいいの?」
「家に来たもの猫になるのを決めたのも全部私。こう言えば変じゃないってわかる?」
「全部そこの女にそそのかされたんじゃん」
まあ陽菜さんになにも言われなければ猫になんかなろうと思わなかったけど、もしかしたらストーカーとかもっとひどいことしてたかもしれない。
そう考えると猫を提案してくれたのも受け入れてくれたのも感謝しかない。
「全部最後に決めたのは私だから。強制されて猫の真似したわけじゃない!」
「騙されてるからそんなことが言えるんだよ」
「騙されてるってなに? さっきの話で騙されてるようなところあった?」
達也に振ってくれと頼まれたこともないし、やり直してくれとも言われてない。
それなのに騙されてるとか、本当に理解できない。
「騙されてるから、騙されてることに気が付いてないんでしょ。私が茜の目覚まさせてあげる」
「なにする気なの?」
お姉ちゃんがそういうと一気に不穏な空気が漂ってきた。
全身に鳥肌が立ち、理屈では説明しようのない嫌な予感がした。
なにを言われても驚かないようにぎゅっと身構えていると、お姉ちゃんがいつもと同じ口調で話し始めた。
「あの男のこと誘ってくるよ。誘われれば誰とでもするってわかれば茜だって帰る気になるでしょ?」
「ねえ止めてよ!」
「大丈夫、男なんてみんな碌なもんじゃないから。私がどうなったか茜だって知ってるでしょ」
制止も聞かずお姉ちゃんはドアの方へ歩き始める。
「やめてったら!」
「なんで止めるの? 誘われてもちゃんと拒むって自信があれば止める必要ないでしょ?」
そう言って軽くあしらうと、ドアノブに手をかけ不敵に笑った。
「じゃあお姉ちゃん楽しんでくるから。二階から変な音聞こえないといいね」
「ふざけないで!」
どうにかお姉ちゃんを止めようと、必死に腕にしがみついていると、軽く肩を叩かれた。
「ねえ茜ちゃんの中でお兄ちゃんって誘われたら誰とでもやるような人?」
「いや、そんなことはない、はず」
「なら話させてくればいいじゃん、それでお兄ちゃんと付き合ってもいいってなれば問題ないでしょ」
「まあそれなら……」
あんな態度だったお姉ちゃんが達也の話聞いてくれるとは思えないけど、もし達也と話してお姉ちゃんの元カレとは違うとわかってもらえればこんなにうれしいことはない。
「じゃあお兄ちゃんと話してくるから、ここで待ってて」
「え、私も一緒に……」
「それだと茜ちゃんがいたから本心が言えなかったとか言われるかもしれないし、お兄ちゃんのこと信じてほしいな」
「……わかりました」
完全に納得できたわけではないが、なんとか頷く。
陽菜さんはお姉ちゃんに聞こえないよう小さく「五分したら二階に来て」と言うと、お姉ちゃんを連れドアの向こうに消えて行った。
私の話を聞き終わった後、心底イライラしたような顔をしながら不快そうにお姉ちゃんはそう吐き捨てた。
「まあそうだね……」
「やっぱ帰ろう茜。ここにいたら碌なことにならない」
「そんなことない!」
「そこにいる人も結局茜を都合のいいようにしか使ってないみたいだしね」
お姉ちゃんはそう言うと達也を見て時と同じような血の通っていない目で、陽菜さんを一瞥した。
都合のいいようにって……。
達也が幸せになるようにと利用された部分は確かにあるけど、付き合いたかったのは私だ。
「利用されたんじゃなくて陽菜さんと利害が一致しただけだよ」
「利害の一致ね。その割には一方的に猫のまねさせられたり、首輪つけられたり対等な関係じゃないっぽいけど」
「それは……」
もともと対等で話せる立場じゃないよ。
振った側がやっぱり好きでしたなんてふつう言えないでしょ。
それを言わせてもらえるんだから不平等でも構わないよ。
けどこう言ってもお姉ちゃんは納得しないよね……。
「それにお兄ちゃんお兄ちゃんってブラコンかよ。いい年して気持ち悪い」
お姉ちゃんはどぶを見るかのような目線を向けるとそう吐き捨てた。
私の反応が芳しくなかったからか、攻撃の相手を陽菜さんに移したらしい。
ただ陽菜さんは相手にする気がないのか、平然としたままコーヒーを楽しんでいるようだ。
「そっくりお返ししますね」
「生憎男兄弟はいないので」
「ならシスコンって言えば理解できますか?」
陽菜さんは張り付けたような作りものの笑顔でそう返した。
「茜が心配なだけで、偏った愛情とかを向けてるわけじゃないので、シスコンって言われるのは心外ですね」
一つでも言葉選びを間違えたら爆発してしまうのではないかという緊張感の元、まるで世間話でもしているかのように二人は話し続ける。
「ところで、愛しいお兄さんのためにこの子を追い出すの手伝ってくれませんか? 三か月も経ってるならもう未練なんかないでしょうし、茜は不要でしょ?」
「なんで私が?」
「お兄さんの幸せのためって言っても実際は自分のためでしょ? 憎くないんですか、自分が絶対になることができない恋人になった女が目の前にいて」
意識させるためだろうか、わざわざ私を指さしてそう言ってきた。
ただちらりとこちらを見ると、陽菜さんは鼻で笑って言った。
「別に恋人になりたいわけじゃないんで、茜ちゃんがどんなに欲しても手に入れることができない妹って立場に居られてますし」
「負け惜しみ?」
「本心でーす」
まあ私も「明日から恋人じゃなくて妹になれますけどどうしますか?」と聞かれても今のままで結構ですと答えるだろうし、陽菜さんの「本心です」は本当だろう。
「それとも真紀さんは茜ちゃんの恋人になりたいとか思ってるんですか?」
「私も姉で満足してますよ。変な男に引っ掛かってほしくない――」
「ねえお姉ちゃん、さっきから達也のこと変な男とか言うのやめてよ!」
二人の間に割って入れる空気なんてなかったし、そんなつもりも毛頭なかった。
たださっきからなんかお姉ちゃんに対して嫌な気がしてたけど、ようやくわかった。
なにも知らないお姉ちゃんに達也をバカにされるのが嫌なんだ。
それに気が付いた時私は無意識の内にお姉ちゃんの話を遮っていた。
「だって元カノが猫の振りしてきたら受け入れるんだよ? 変じゃないならなんていえばいいの?」
「家に来たもの猫になるのを決めたのも全部私。こう言えば変じゃないってわかる?」
「全部そこの女にそそのかされたんじゃん」
まあ陽菜さんになにも言われなければ猫になんかなろうと思わなかったけど、もしかしたらストーカーとかもっとひどいことしてたかもしれない。
そう考えると猫を提案してくれたのも受け入れてくれたのも感謝しかない。
「全部最後に決めたのは私だから。強制されて猫の真似したわけじゃない!」
「騙されてるからそんなことが言えるんだよ」
「騙されてるってなに? さっきの話で騙されてるようなところあった?」
達也に振ってくれと頼まれたこともないし、やり直してくれとも言われてない。
それなのに騙されてるとか、本当に理解できない。
「騙されてるから、騙されてることに気が付いてないんでしょ。私が茜の目覚まさせてあげる」
「なにする気なの?」
お姉ちゃんがそういうと一気に不穏な空気が漂ってきた。
全身に鳥肌が立ち、理屈では説明しようのない嫌な予感がした。
なにを言われても驚かないようにぎゅっと身構えていると、お姉ちゃんがいつもと同じ口調で話し始めた。
「あの男のこと誘ってくるよ。誘われれば誰とでもするってわかれば茜だって帰る気になるでしょ?」
「ねえ止めてよ!」
「大丈夫、男なんてみんな碌なもんじゃないから。私がどうなったか茜だって知ってるでしょ」
制止も聞かずお姉ちゃんはドアの方へ歩き始める。
「やめてったら!」
「なんで止めるの? 誘われてもちゃんと拒むって自信があれば止める必要ないでしょ?」
そう言って軽くあしらうと、ドアノブに手をかけ不敵に笑った。
「じゃあお姉ちゃん楽しんでくるから。二階から変な音聞こえないといいね」
「ふざけないで!」
どうにかお姉ちゃんを止めようと、必死に腕にしがみついていると、軽く肩を叩かれた。
「ねえ茜ちゃんの中でお兄ちゃんって誘われたら誰とでもやるような人?」
「いや、そんなことはない、はず」
「なら話させてくればいいじゃん、それでお兄ちゃんと付き合ってもいいってなれば問題ないでしょ」
「まあそれなら……」
あんな態度だったお姉ちゃんが達也の話聞いてくれるとは思えないけど、もし達也と話してお姉ちゃんの元カレとは違うとわかってもらえればこんなにうれしいことはない。
「じゃあお兄ちゃんと話してくるから、ここで待ってて」
「え、私も一緒に……」
「それだと茜ちゃんがいたから本心が言えなかったとか言われるかもしれないし、お兄ちゃんのこと信じてほしいな」
「……わかりました」
完全に納得できたわけではないが、なんとか頷く。
陽菜さんはお姉ちゃんに聞こえないよう小さく「五分したら二階に来て」と言うと、お姉ちゃんを連れドアの向こうに消えて行った。
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