上 下
28 / 62

第28話「達也と酩酊」

しおりを挟む
「結構歩いたね」
「そうだね」

 二十分ぐらいだろうか。
 普段あまり居酒屋などに行かないから予想以上に家まで距離があることに気が付かなかった。

「荷物ありがとう、重くなかった?」
「大丈夫だよ」
「なら氷とかは仕舞しまっちゃうね」

 受け取ったビニールは腕が抜けると感じるほど重かった。

「こんなのよく持ってたね」
「そこまで重くなかったから」

 そういう彼の手のひらには一本の真っ赤な線が入っていた。
 あんな食い込んでたのに何も言わなかったんだ……。
 やさしいな……。

「のど乾いたでしょ? コップその棚に入ってるから好きに使っていいよ」
「ありがとう」

 彼は適当なグラスを持ってくると、袋の中をガサゴソと探し始めた。

「氷ってもう仕舞った?」
「あーうん。出す?」
「もらっていい?」

 適当なサイズを何個か入れて返す。
 そうだ、グラス自体も冷やしておいた方がいいのかな?
 どうしようかと悩んでいると、隣からカシュッという音が聞こえた。

「なに飲むことにしたの?」
「ああ、冬木ふゆきが見せてくれたやつ」

 私が見せたやつ?
 なんだっけ?
 グラスは半分ほど黄色い液体で満たされており、近くには口の開いたエナジードリンクが置かれている。

 あ、思い出した、死んじゃうやつだ!

 心配を他所よそに彼はインスタントコーヒーでも作るように、パックの焼酎を注ぎ始める。

「ダメだって言ったじゃん!」

 子供が誤って刃物を持ってしまったかの様に慌ててグラスを取り上げる。

「すこしだけなら大丈夫でしょ」

 カシュッとまた別のエナジードリンクを開けると、どこかに隠し持っていたグラスに炭酸が抜けないよう丁寧に注ぐ。

「ちょっと何してるの!」
「そっちは冬木にやるよ、まだ口付けてないし」
「そうじゃなくて!」

 小さい子がいる母親は毎日こんな気分を味わっているんだろうか。
 取り上げてもすぐまた始める。
 気が休まる間が全くなかった。

「今日のお酒は私が作るから……、お願いだから達也たつやクンは静かにしてて」
「なら一口だけ、それならいいでしょ?」

 クリスマス前の子供のような目線をこちらに向けてくる。
 そんな目で見られたら強く言えないんじゃん。

「わかった、一口だけだからね」

 グラスを受け取ると、躊躇ためらいなくそれを呷った。

「ねえ、一口って言ったじゃん!」
「飲み切るまで口放さなかったんだし、一口でしょ」

 へらへらと笑いながらそう言うが、目はすでに据わってしまっていた。

「そんな飲みかたしたら、死んじゃうよ」
「大丈夫だよ」

 そう言いながら彼は倒れ込むように寄りかかってきた。

「ちょっと、達也クン!」

 まだシャワーすら浴びてないし、心の準備もできてないよ。
 そういえば今日の下着ってどんなのだっけ……?

「ねえ冬木……」
「……なに?」
「気持ち悪い……」

 抱きしめるような格好でえぐえぐとえずき始めた。

「トイレ行こう、早く!」

 気持ち悪いって私のことじゃないよね、体調だよね?
 なんて不安を抱えながらなんとかトイレまで運ぶ。
 便器を抱えさせると、ゆっくりと背中をさする。

「大丈夫?」
「大丈夫」

 どう見てもダメな達也クンは胃の中をひっくり返すかのように全部吐き出す。

「いっぱい飲んだんだしいっぱい吐こう、全部吐けばすっきりできるよ」

 ようやく収まったのか、肩で息をしながらじっと便器の中を覗き込んでいた。

「口の中気持ち悪いよね。今お水持ってくるから」

 よかったお水も買っておいて。

「ほらこれで口の中きれいしよ」

 水を手渡すも、ぶんぶんと頭を振った。

「飲まなくてもいいから、ね。口だけすすごう?」

 飲み口を近づけると、ようやく水に口を付けてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

なぜか女体化してしまった旧友が、俺に助けを求めてやまない

ニッチ
恋愛
○らすじ:漫画家志望でうだつの上がらない旧友が、社会人の主人公と飲んで帰ったあくる日、ある出来事をきっかけとして、身体が突然――。 解説:エロは後半がメインです(しかもソフト)。寝取りとか寝取られとかは一切、ナイです。山なし海なし堕ちなしの世界ではありますが、よければご覧くださいませ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...