上 下
22 / 62

第22話「冬木とデート」

しおりを挟む
「おはよ~!」

 バイト先に着くとすぐ、待ち構えていたかのように普段の十割増しのテンションの冬木ふゆきが飛びついてきた。

「おい離れろよ!」

 ぞわっとした不快感を覚えると急いで振り払う。

達也たつやクンって人前でイチャイチャしたくないタイプだっけ?」

 不気味な笑みを浮かべながらじわりじわりと距離を詰めてくる。

「そうだよ……」
「ならこれなーんだ?」

 一枚の紙を手渡されると、耳元でそっと囁いた。

「首輪とか変態だね」

 昨日の茶封筒の中に入っていたものと同じ写真が入っていた。
 なんとか距離を取ろうとするが、がっしりと腕をつかまれ動ける気がしない。

「じゃあデートしようか?」

 腕を掴んだまま彼女はすたすたとどこかに歩き始めた。

「おい、バイト!」
「大丈夫休みってことにしておいたから」

 そう言って店長とのLINEを見せてくるとニコッと笑った。

「なに勝手に……」
「いいじゃんバイト後だけなんて時間なくて楽しめないよ」

「それに積もる話もあるみたいだしね」と言いながら車に押し込もうとしてくる。
「やめろって!」

 力いっぱい振りほどこうとすると、思った以上にあっさりと手を放した。

「そんなに達也クンが嫌なら今日は諦めるけど、これ誰の番号だ?」

 そう言って冬木が掲げた画面に映っていたのは間違いない、あかねの番号だった。

「おいそれ!」

 スマホを取り上げようと慌てて近づくが、ダンスでも踊っているかの様にヒラリとかわす。

「おい、待ってって!」
「楽しいね達也クン!」

 全然楽しくない……。
 翻弄ほんろうされ過ぎたせいか前日の酒が抜けていないせいかわからないが、俺の動きに合わせて、世界も踊り始めた。
 その動きに足を取られると、転ぶようにしてその場にへたり込む。

「ねえ、達也クンどうしたらいいかわかるでしょ?」

 笑顔でそうたずねてくる彼女の指は、通話ボタンの真上に置かれていた。
 下手な動きをすると茜に掛けるぞと言う素振りは、心臓に直接銃口を向けられた気分だ。
 少しでもこいつの機嫌を損ねたら死ぬ。
 この圧倒的に不利な状況下で、従う以外の選択肢は残されていなかった。

「どこ連れて行くつもりだ?」

 脅されるように車に乗り込むと、想像以上に丁寧な運転を始めた。

「どこがいい? 水族館デートとかしたいな、あとは温泉とか?」

 そう言って無邪気に笑う冬木を見ると無性にイラついてくる。

「ふざけんな!」

 肩を掴み思い切り怒声を飛ばすが、全く動じる気配を見せない。

「もうそろそろ着くから静かにしててよ、それとも地獄までドライブする?」

 彼女が指さす先を見ると、小奇麗な一軒家が見えた。

「あれは?」
「私の家」

 丁寧に車を止めると、ドアを開けながら言った。

「とりあえず中で話そう」

 やはり拒否権はないらしい、そう冬木の目が物語っていた。
 小さく首を振ると、諦めて家の中へ歩を進める。

「飲み物はお茶とコーヒーどっちがいい?」

 リビングに通すと、楽しそうにキッチンに立ち始めた。

「どっちもいらない」

 盗撮写真を送り付けてくるやつのことだ、飲み物になにか入れられていても不思議じゃない。

「って言ってもお客さんに何も出さないのは悪いしな」

 少し考えるような素振りを見せると、冷蔵庫の中から何本かのペットボトルを取り出してきた。
 目の前に色とりどりのラベルが並ぶ。
 ぱっと見た感じどれも口は開いていなさそうだ。

「カフェオレ、コーラ、コーヒー、ミルクティーどれがいい?」
「コーヒーで」
「んーなら私はカフェオレにしようかな」

 念には念を入れておくか。
 耳をましていると、冬木の手の中からパキパキっと封を破る音が聞こえた。

「やっぱカフェオレくれ」
「もーしょうがないなー、けどそういうわがままな達也クンも大好きだよ」

 冬木が返されたコーヒーを四分の一ほど飲んだのを見ると、カフェオレに口を付けた。
 よかった、変な味も臭いもない。
 口いっぱいに濃厚な牛乳の香りと、優しい甘さが広がる。

「おいしい?」
「ああ」

 何かを飲んでいるところをじっと見られるのは少し気恥ずかしかった。

「よかった、じゃあ本題に入ろうか。私に何言いに来たの?」

 昨日陽菜とのやりとりを思い出し、口を開こうとしたとき、冬木が「しっ」と俺の唇に人差し指を当ててきた。
 一瞬なにをされたのかわからず、混乱していると、口を開く。

「『茜ちゃんがいるからうちではお前のこと飼えない』って言うんでしょ?」

 冬木は一字一句間違うことなく、昨日のセリフを抑揚やその場の雰囲気までそのままに発して見せた。

「なんでそれを……」
「大好きだからだよ、達也クンのことが。あんな女よりね」

 思わず身じろぎしてしまいそうな雰囲気を携えながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
 思わず後ろに下がろうとするが、うまく体が動かない。
 恐怖に当てられたせいだろうか。
 脳は動けと命令してる。
 心は逃げろと叫んでいる。
 ただ体だけが糸の切れた操り人形のようにピクリともしなかった。

 呼吸が浅くなり、冷や汗は止まらない。
 狩られる側はこういう気分なんだろうか。
 張り付けた笑顔の冬木が真っ黒な影のように見える。

 氷の様に冷たい手が頬をでると、耳元に顔を近づけた。

「ハハッ、やっと効いてきたね」

 その言葉を最後に、世界は一瞬で闇に堕ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

なぜか女体化してしまった旧友が、俺に助けを求めてやまない

ニッチ
恋愛
○らすじ:漫画家志望でうだつの上がらない旧友が、社会人の主人公と飲んで帰ったあくる日、ある出来事をきっかけとして、身体が突然――。 解説:エロは後半がメインです(しかもソフト)。寝取りとか寝取られとかは一切、ナイです。山なし海なし堕ちなしの世界ではありますが、よければご覧くださいませ。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...