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第8話「茜の飼い主」

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「で、飼うってことでいいんだよね?」

 スプーンを口に運ぼうとしたとき、食器から目線を外さず陽菜ひなはそう話しかけてきた。

「ん、ああそうだな……」
「だから言ったでしょ、あかねちゃんの本心だって」
「言ってたな」

 そう言われ返事を聞いたあの時のことを思い返す。
 なにを聞いても困った顔で、『ごめん』と答える彼女の顔が鮮明せんめいに再生された。
 言えない約束か……。

「飼うのなら私が面倒見るのでいい? まあご飯はお兄ちゃんに任せるけど」

 返答に困り、ちらりと茜を見ると、彼女もまた不安そうな目でこちら見てくる。
 その目は先ほどと同じく「私が飼われたいのは達也にだよ」と言いたそうにしていた。
 そんな目で見られたら、拾ってきたんだしご飯以外は陽菜が面倒見ろとは言えないな。
 ただ素直に俺が飼うって言うのもなんか手の上で踊らされるようでしゃくだしな……。

「独りで飼って面倒見切れるのか?」
「まあね、ちゃんとしつけけるから大丈夫だよ」
「ちゃんとか……」
「そう、ちゃーんとね」

 そう言いながら茜の頭を何度かさする。
 床の上で食べさせられる彼女からどんな非人道的なことが行われるのだろうかと思ったが、一瞬浮かんだイメージをすぐさま脳の最深部に封印した。
 そんなもの想像しながら食べたら、夕飯がまずくなる。

「なら俺も面倒見るよ、不安だし」
「不安ってひどくない? 猫ぐらい私にだって飼えるよ」
「そういうのは小学生の頃ちゃんと朝顔咲かせた奴しか言っちゃダメなんだよ。誰だっけ、こっちのが早く育つとか言って、熱湯ぶっかけて煮豆作ったのは?」

 そんな答えのわかっている問いに、彼女はしどろもどろになりながら答えた。

「……確かお兄ちゃんだよね?」
「陽菜だよ」
「あれーそうだっけ……」

「よく覚えてないなー」と言いながらそそくさと席を立つ。
 コップに並々と水を入れて戻ってくると、どうやらさっきのことはなかったことにするらしい。

「で、お兄ちゃんも飼いたいんだよね。よかったー、実は一人で飼うの心配だったんだよね」

 「あははー」とわざとらしく頭をかきながらアカデミー主演女優顔負けのご立派な演技でそう言った。
 そんな茶番始めるくらいなら自分が何か世話してどうだったかとか覚えとけよと半ば飽きれながら、尋ねた。

「茜も二人に飼われたのでいいか?」

 彼女は何度も顔を縦に振った。
 そのたびに口周りの食べかすが宙を舞う。
 これも普通に食べさせてたら片付ける必要なんかないんだけどな。
 まあ陽菜のせいだし本人に片付けさせればいいか。

「なんか、いいみたいだしよかったね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな。とりあえず、今日の食事当番は陽菜だから、二人で飼うと言ってもそこの片づけはちゃんとやれよ」

 そう言うと、さっきの散らかった食べかすを指さした。

「あー……二人で飼うんだし、お兄ちゃんが片付けてくれたり……」

 そう言ってうるんだ瞳を向けてくるが、その程度で片付けを引き受ける気にはならなかった。
 普通に食べさせればもっと楽にきれいになったろうに。

「作ったやつが責任もって片付けるって約束だろ、よろしくなさん」

 食べ終わった食器を重ねると、食べかすを踏まないよう慎重にシンクまで自分の分を運ぶ。
 片付けろと言われたのが不満なんだろう。
「茜ちゃんは賢いし、自分で食べた分ぐらい片付けられるよね?」などとという声がキッチンに居ても聞こえてきた。

「猫なんだろ、都合のいいときだけ人扱いするなよ」
「お兄ちゃんだって人扱いして遊んできたくせに……」

 拭き掃除をしながらそう不満を漏らしてきた。
 「人扱いって……、もともと人だろ」と聞こえない様小さくこぼす。
 そういえば飼うなら飼うでちゃんと母さんたちには説明しないとな。
 帰ってきたときに同居人が増えてたら驚くだろうし。
 
「とりあえず母さんたちにはLINEで居候ができたって誤魔化しとくから、帰ってきたときは陽菜の友達よそおうとかしてくれよ」

「わかってます~!」と言う不満まみれの声を背中で一身に受けながら、ゆっくりとリビングのドアを閉めた。
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