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学園では身分に関係なく全ての生徒が平等
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「この学園では身分に関係なく全ての生徒が平等ではないのですか」
空がぴしりとひび割れた気がした。
「彼女が〈ヒロイン〉で、わたくしを〈悪役令嬢〉にする〈シナリオ〉なのかしら?」
学園の後期日程開始の日は、咲き乱れるサクラの花が美しかった。
「きゃっ」「おっと失礼」
花に気をとられた前方不注意のせいか、少年と少女が出会い頭に軽くぶつかった。
「こちらこそ失礼しました」
お互いに詫びてそれで終わり……とはならなかった。
少年が目を見開き少女をじっと見つめたかと思うと、いきなり
「友達になってください!」
とキラキラした青い瞳で言った。というか叫んだからだ。
慌てたのが少年の数歩後ろを付いてきていた者たちで。
男性二人——そのうちの一人は少年というより青年——が何か言おうとするその前に、大人びた容貌の縦ロール少女が悲鳴に似た声をあげた。
「第二王子殿下、いけませんっ」
「うん? ああ、そうだね、ローズマリー。焦り過ぎて礼を欠くのは良くないね」
第二王子と呼ばれた少年は、先程ぶつかった少女を熱のこもった目で見つめたまま。
「僕の名前はジュール・ウェルズ。このベルヌ学園都市国の二年生です。
友達申請を受けてくださるよう、ぜひともお願いしたいです」
「承認しました。わたしはレイア・ネビュラ。ガーンズバック連合共和国からの留学で本日から二年次に編入です」
微笑みあう二人の間に吹く風が黒髪をもどかしげに揺らす。サクラの花びらが舞う。
「友達の承認ありがとうございます。さて、そのぉ……色々とお話ししたいことがあるんです。あちらにあるカフェテリアに行きませんか」
さっと手を差し出したジュールのエスコートの仕草には、さすが第二王子と言える優雅さがあった。
そして、呆けたような表情で固まっていた傍観者たちの時間もまた動き出した。
「お、お待ちください、殿下」
「え? いや、君やローズマリーは一緒にこなくていいよ、ウィリアム。イザークは護衛として付いてきてもらうけど」
「……異性のご友人との距離には配慮が必要と存じますわ。そこの貴方、レイアさんとおっしゃったかしら」
その声に反応した少女がローズマリーたちから見て正面を向くと、三人それぞれが息を呑んだ。
(お人形みたいだわ)(とびきりの美少女アンドロイド?)(いつかの授業で見た「平均的な顔」……)
数多くの顔データの平均をとって生成された顔は皆が美しいと感じるという。
実際には稀な完全な左右対称が造り物めいた印象すら与える。黒子ひとつもない肌と相まって。
吊り目でもなく垂れ目でもなく、鼻は高くもなく低くもなく、唇は厚くもなく薄くもなく。
個性を主張するのは、平均よりほんの少しだけ大きめと思われる目、煌く黒曜石の瞳。
透明感のある赤に色づく唇の口角は柔らかにあがっていて、
「わたしのことでしょうか。はい。レイア・ネビュラといいます」
ややハスキーがかった甘い声を発する。
つまるところ彼女はとても可愛いらしくて愛くるしかったのだ。
相対するのは近寄り難い高貴な美貌。
「わたくしはウォーターブリッジ公爵家の長女、ローズマリーです。差し支えなければ爵位をお聞きしても?」
「一応、男爵位をもっています」
「まあ男爵令嬢なら貴族向けの行儀作法を習得すれば第二王子殿下のお側にいても問題のない振る舞いを身につけられますわ。
特別講座もありますし、わたくしもご教示できますし」
「……その行儀作法とは、上の者の許可がなければ発言してはいけないとか頭を上げてもいけないとか、身分の階層を前提にした規範では?
この学園では身分に関係なく全ての生徒が平等ではないのですか」
拒絶のような言葉にローズマリーは空間にひびが入ったように感じた。でも退くわけにはいかない。
「学園内での学業に関する言動についてなら、おっしゃる通り平等ですが……」
学園の敷地を一歩離れたら別の規則が適用されるし卒業後も人生は続くのだ、そう言おうとしたのだけれど。
「ローズマリー、もうやめろ」
恐ろしく冷たい響きの声に遮られた。
「服装を見てわかる通り彼女は留学生であり特別待遇の生徒でもある」
くるぶし丈のローブの前開きの隙間から、ローブと同色の淡いブルーグレーの〈制服〉が見える。
白い線の走ったその〈制服〉のスカートは膝丈。白いタイツに包まれているから生足は晒していないものの、女性の足の形がわかる装いは通常なら禁忌とされる——これが許されているのは彼女が特別だからだ。
「それに彼女が属するのはガーンズバック連合共和国だ。君のお得意の、学園の外ではどうのこうのと圧をかけることも厳に謹んでくれ」
ローズマリーとウィリアムは結局、カフェテリアへと向かうジュールとレイア、そして護衛のイザークの背を、なす術もなく見送るしかなかった。
「彼女が〈ヒロイン〉で、わたくしを〈悪役令嬢〉にする〈シナリオ〉なのかしら?」
——〈ヒロイン〉は可愛らしい容姿、優れた能力、ひたむきな努力、天真爛漫さ等々で〈攻略対象〉を虜にする。
——〈ヒロイン〉は平民または男爵令嬢のことが多い。
——〈ヒロイン〉に嫉妬して虐める〈悪役令嬢〉は、〈攻略対象〉によって断罪される。
「善良な〈ヒロイン〉でしたら、まだ良いのですけれど、アリスの言う〈ヒドイン〉だったら……」
「侍女殿の言うことをあまり深刻にとらえない方が良いと思うよ」
〈ヒロイン〉が〈ヒドイン〉の場合は、〈攻略対象〉を落とすために、魅了の魔法、媚薬入りの飲食物や香水などを平気で使うという。
腕に胸を押し当てるなどのボディタッチを籠絡の手段とすることも得意である。
〈悪役令嬢〉が虐めをしないと、自作自演で虐めを捏造したりもする。「悪役令嬢、仕事しろっ」と怒りながら。
「でも王太子殿下が在学中の騒動を思い起こすと、全くあり得ない絵空事とも言い切れませんわ」
「ああいうのだったら〈ヒドイン〉と言いたくなるよなぁ。
逆ハーレム——逆ハーとかいうんだっけ、何人もの男を相手にベタベタとまとわりついていたそうだ」
「〈攻略対象〉の方々の個人的な情報や立ち寄り先など、知り得ないはずのことを知っているのが不気味だったとも聞いていますわ」
「まあ、あれやこれやの経験をもとにノウハウもたまったしね。差し入れの処理とか。
まずい方向にいきそうなときは不興を買うのを覚悟で進言するしかないかも」
「……そうですわね、ウィリアム。貴方もわたくしも、できる限りのことをするしかないのでしょうね」
「うん」
空がぴしりとひび割れた気がした。
「彼女が〈ヒロイン〉で、わたくしを〈悪役令嬢〉にする〈シナリオ〉なのかしら?」
学園の後期日程開始の日は、咲き乱れるサクラの花が美しかった。
「きゃっ」「おっと失礼」
花に気をとられた前方不注意のせいか、少年と少女が出会い頭に軽くぶつかった。
「こちらこそ失礼しました」
お互いに詫びてそれで終わり……とはならなかった。
少年が目を見開き少女をじっと見つめたかと思うと、いきなり
「友達になってください!」
とキラキラした青い瞳で言った。というか叫んだからだ。
慌てたのが少年の数歩後ろを付いてきていた者たちで。
男性二人——そのうちの一人は少年というより青年——が何か言おうとするその前に、大人びた容貌の縦ロール少女が悲鳴に似た声をあげた。
「第二王子殿下、いけませんっ」
「うん? ああ、そうだね、ローズマリー。焦り過ぎて礼を欠くのは良くないね」
第二王子と呼ばれた少年は、先程ぶつかった少女を熱のこもった目で見つめたまま。
「僕の名前はジュール・ウェルズ。このベルヌ学園都市国の二年生です。
友達申請を受けてくださるよう、ぜひともお願いしたいです」
「承認しました。わたしはレイア・ネビュラ。ガーンズバック連合共和国からの留学で本日から二年次に編入です」
微笑みあう二人の間に吹く風が黒髪をもどかしげに揺らす。サクラの花びらが舞う。
「友達の承認ありがとうございます。さて、そのぉ……色々とお話ししたいことがあるんです。あちらにあるカフェテリアに行きませんか」
さっと手を差し出したジュールのエスコートの仕草には、さすが第二王子と言える優雅さがあった。
そして、呆けたような表情で固まっていた傍観者たちの時間もまた動き出した。
「お、お待ちください、殿下」
「え? いや、君やローズマリーは一緒にこなくていいよ、ウィリアム。イザークは護衛として付いてきてもらうけど」
「……異性のご友人との距離には配慮が必要と存じますわ。そこの貴方、レイアさんとおっしゃったかしら」
その声に反応した少女がローズマリーたちから見て正面を向くと、三人それぞれが息を呑んだ。
(お人形みたいだわ)(とびきりの美少女アンドロイド?)(いつかの授業で見た「平均的な顔」……)
数多くの顔データの平均をとって生成された顔は皆が美しいと感じるという。
実際には稀な完全な左右対称が造り物めいた印象すら与える。黒子ひとつもない肌と相まって。
吊り目でもなく垂れ目でもなく、鼻は高くもなく低くもなく、唇は厚くもなく薄くもなく。
個性を主張するのは、平均よりほんの少しだけ大きめと思われる目、煌く黒曜石の瞳。
透明感のある赤に色づく唇の口角は柔らかにあがっていて、
「わたしのことでしょうか。はい。レイア・ネビュラといいます」
ややハスキーがかった甘い声を発する。
つまるところ彼女はとても可愛いらしくて愛くるしかったのだ。
相対するのは近寄り難い高貴な美貌。
「わたくしはウォーターブリッジ公爵家の長女、ローズマリーです。差し支えなければ爵位をお聞きしても?」
「一応、男爵位をもっています」
「まあ男爵令嬢なら貴族向けの行儀作法を習得すれば第二王子殿下のお側にいても問題のない振る舞いを身につけられますわ。
特別講座もありますし、わたくしもご教示できますし」
「……その行儀作法とは、上の者の許可がなければ発言してはいけないとか頭を上げてもいけないとか、身分の階層を前提にした規範では?
この学園では身分に関係なく全ての生徒が平等ではないのですか」
拒絶のような言葉にローズマリーは空間にひびが入ったように感じた。でも退くわけにはいかない。
「学園内での学業に関する言動についてなら、おっしゃる通り平等ですが……」
学園の敷地を一歩離れたら別の規則が適用されるし卒業後も人生は続くのだ、そう言おうとしたのだけれど。
「ローズマリー、もうやめろ」
恐ろしく冷たい響きの声に遮られた。
「服装を見てわかる通り彼女は留学生であり特別待遇の生徒でもある」
くるぶし丈のローブの前開きの隙間から、ローブと同色の淡いブルーグレーの〈制服〉が見える。
白い線の走ったその〈制服〉のスカートは膝丈。白いタイツに包まれているから生足は晒していないものの、女性の足の形がわかる装いは通常なら禁忌とされる——これが許されているのは彼女が特別だからだ。
「それに彼女が属するのはガーンズバック連合共和国だ。君のお得意の、学園の外ではどうのこうのと圧をかけることも厳に謹んでくれ」
ローズマリーとウィリアムは結局、カフェテリアへと向かうジュールとレイア、そして護衛のイザークの背を、なす術もなく見送るしかなかった。
「彼女が〈ヒロイン〉で、わたくしを〈悪役令嬢〉にする〈シナリオ〉なのかしら?」
——〈ヒロイン〉は可愛らしい容姿、優れた能力、ひたむきな努力、天真爛漫さ等々で〈攻略対象〉を虜にする。
——〈ヒロイン〉は平民または男爵令嬢のことが多い。
——〈ヒロイン〉に嫉妬して虐める〈悪役令嬢〉は、〈攻略対象〉によって断罪される。
「善良な〈ヒロイン〉でしたら、まだ良いのですけれど、アリスの言う〈ヒドイン〉だったら……」
「侍女殿の言うことをあまり深刻にとらえない方が良いと思うよ」
〈ヒロイン〉が〈ヒドイン〉の場合は、〈攻略対象〉を落とすために、魅了の魔法、媚薬入りの飲食物や香水などを平気で使うという。
腕に胸を押し当てるなどのボディタッチを籠絡の手段とすることも得意である。
〈悪役令嬢〉が虐めをしないと、自作自演で虐めを捏造したりもする。「悪役令嬢、仕事しろっ」と怒りながら。
「でも王太子殿下が在学中の騒動を思い起こすと、全くあり得ない絵空事とも言い切れませんわ」
「ああいうのだったら〈ヒドイン〉と言いたくなるよなぁ。
逆ハーレム——逆ハーとかいうんだっけ、何人もの男を相手にベタベタとまとわりついていたそうだ」
「〈攻略対象〉の方々の個人的な情報や立ち寄り先など、知り得ないはずのことを知っているのが不気味だったとも聞いていますわ」
「まあ、あれやこれやの経験をもとにノウハウもたまったしね。差し入れの処理とか。
まずい方向にいきそうなときは不興を買うのを覚悟で進言するしかないかも」
「……そうですわね、ウィリアム。貴方もわたくしも、できる限りのことをするしかないのでしょうね」
「うん」
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