これを愛だと呼ばないで

田鹿結月

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第1章 これを愛だと呼ばないで

第12話 これを愛だと呼ばないで

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 アルファの女性と政略結婚した父は、旅先で運命の番いだったドナの母と恋に落ちた。
 義務的に夫婦生活を送っていた父にとって、ドナの母は絶大な光だった。
 ただ、政治的な理由から結婚した妻とは離婚することもできず、子供を身篭った女性相手に仕送りをし援助することしかできない。番いになることも許されず、愛した女性はドナを産み、異種族の子を産むという命懸けの出産に身体が耐え切れず死亡した。
 そんな悲恋の中産まれたドナは父に引き取られることになったが、それを継母である妻が快く思うはずがない。
 既に息子がいた継母はドナをいないものとしていた。

 ドナの兄もアルファだったが、父の能力を色濃く受け継いだドナの方が学校の成績も良く、見目も良く、更には生来の性格が影響し他者に愛され評価も高い。
 それが気に入らなかった継母が血縁関係だった学校の教師と結託し、学校を放校させた。ドナはそれに反発し家を出ることになったのだ。
 少し離れた町で過ごしていた頃とは違い、喫湯店で暮らした日々は心地よかった。
 幼少期は屋敷から出られず見ているだけだった町で暮らし、父や兄の評価に鼻を高くし、身分など関係なしに接してくれる皆が愛おしかった。

 ドナは数年振りの港町に懐かしさを覚えつつ、毎日仕事に追われていた。
 やれ帳簿が合わないだのやれ何処で乱闘だの問題は思っていたより遥かに多いが、ドナの性格や兄達の評価から皆ついて来てくれている。この分なら、シルヴィオのことを思い出さなくていい日々を過ごせるかもしれない。

「リクターさん、裁判所に提出求められた資料なんすけど」
「ドナでいいってば。どうしたの、何か合わないことでもありました?」

 緩い口調に畏まる必要もない態度。これも荒くれものが多い自治組織からすれば有難いものだったようだ。
 兄のような頑固者が来ると思っていたと笑われもした。
 乱闘騒ぎが起こっている港に向かいつつ書類を確認し、問題があるところを口頭で説明。
 まだ若いことからも反発があると思っていたドナだったが、皆ドナの能力の高さを既に評価していた。
 着任初日に大規模な帳簿ミスを一人で何とかしたのが良かったらしい。あんなもの、喫湯店で店主が勝手に客に出した湯をカップの匂いや数から計算するよりずっと楽。
 港では町の男達が乱闘していた。皆海の男ということもあり喧嘩っ早い。
 ドナがその体躯とアルファ故の力で諫め、何があったのかと問うていく。
 しょうもない喧嘩で出動はさせないでくれ、内心そう思いながら宥めていると、背後の方が俄かに騒がしくなった。

「おい、兄ちゃん押すなよ」
「うわ、あぶねえな」

 今度はこちらで乱闘か? ドナは呆れたように振り返る。
 さらりと揺れた黒髪に、猫のような吊り目の碧眼。
 忘れようとしていた想い人がそこにいた。

「シ……」
「ドナード・リクター!」
「はい!?」

 初めてのシルヴィオの怒鳴り声。ドナは思わず背筋を伸ばした。
 シルヴィオはつかつかと歩み寄り、まっすぐに見上げてくる。
 嗚呼、何度見ても愛らしい。思わず腕を伸ばして抱き締めそうになるが、我慢だと堪える。
 もう、シルヴィオとは一緒になんてなれないから。まさか此処にいるとは思わなかったけれど、きっと実家のレストランで使う食材を調達にでも来たのだろう。

「し、シルヴィオ、あの……元気だった?」
「元気なわけあるか。これ見ろ、馬鹿犬が」

 シルヴィオは手に持っていた紙をドナの胸に押し付けるように胸を拳で殴った。
 まさか胸を殴られるなんて思ってもいなかったし、そんな暴言じみた呼び方をされる日が来るなんて考えたことすらもなかった。我慢しながらも腕を伸ばしかけていたドナはその場によろめき、蹲る。
 その目の前に、シルヴィオはまた紙を押し付けた。

「あんたが散々人のことオメガだって言い続けるから、昨日そこの大きい診療所で検査してもらった。あんた、これ見て今更俺をどうする気もないなんて言わないよな」
「へ……?」
「本名も出身も家柄も、隠し通せるなんて思うなよこの馬鹿犬」

 また馬鹿犬と呼ばれたドナは目の前に押し付けられた紙を手に取り、書かれていることを確認した。
 その紙は第三の性を証明する検査の結果を示している。
 この町では他国のバース検査法を導入している。血液検査で行われることから、この国で使われている原始的な検査方法とは違いかなり精度の高いものだ。

 シルヴィオ・ワーグナー。性別は男、そして──オメガ。
 ドナは、シルヴィオの顔を見上げた。

「ほんとに?」
「なんであんたが今更疑うんだ。運命の番いなんだろ、今更手放すなんて馬鹿じゃないのか」
「いや、俺シルヴィオが幸せだったらなんでもいいって思って」
「俺をテイクアウトしたこと、忘れたとは言わせない」

 あれは言葉のあやなのに。
 自分ながら恥ずかしいことを言ってしまったと今更我に返るが、それを恥じらう隙をシルヴィオは与えなかった。

「で、どうするんだ。俺と番いになるのか、ならないのか。ならないって言ったらまた殴る」
「それはやめて。……いいの?」
「何のために追いかけてきたと思ってる。正直できるなら引きこもっていたいし何もしたくない。家の仕事を続けられたのはあんたがいたからで、此処に来たのも相手があんただからだ」

 熱烈な愛の言葉。
 ドナがなんと返せばいいかわからずまごついている間に、シルヴィオは更に続ける。

「俺は、あんたのオメガなんだろ。散々そう言ってその気にさせて囲い込んで逃がさなくさせて、もう俺にはあんたしかいないのに、なんであんたが逃げるんだ」
「……し、る」
「他のオメガの繋ぎなんて嫌だ。俺は、あんたが」

 もう、これ以上言わせるのは男が廃る。
 ドナは堪らずシルヴィオに抱きつき、そのままに抱き上げた。

「シルヴィオ、好き。大好き」
「あんたには言いたいことも、言わなきゃいけないことも沢山ある。ヴィンツとのこともちゃんと言わなきゃならないし、あんたが隠してたことも全部聞きたい」
「うん、全部言うよ。だからまたもう一度、恋人から始めさせてくれませんか?」

 初めて出会い、告白した時と同じ言葉。
 シルヴィオは、初めて表情を緩め穏やかな笑みを浮かべた。

「名前と顔しかちゃんと知らない相手に、よくあんなこと言えたよな」
「今ははっきりとシルヴィオが運命の番いだってわかってるから、それだけで十分です! 俺はずっと、シルヴィオだけを愛してるので!」
「……好きにしたらいい。まだ愛とかはよくわからないけど、俺もあんたが好き」

 シルヴィオの中ではまだ自分への感情が愛と呼べるかはわかっていないのだろう。
 それでもいい。少しでも恋が芽生えているのなら、それだけで十分だ。
 往来でプロポーズじみたことをしてしまった二人を、ドナの部下や乱闘騒ぎを起こしていた若者や、周囲の野次馬が次々に祝福するように歓声が上がる。
 人前だということを失念していたのか、シルヴィオはドナの腕の中で赤面してしまった。これだって初めて見る表情。嗚呼、なんて愛おしいんだ。
 これが、自分の運命の番いだ。ドナはシルヴィオを抱き上げたまま、世界一の幸せ者だと皆に見せつけるようにくるくると回った。
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