これを愛だと呼ばないで

田鹿結月

文字の大きさ
10 / 12
第1章 これを愛だと呼ばないで

第10話 帰る場所

しおりを挟む
 もう二度と戻るつもりのなかった実家。ドナは呼び鈴を鳴らし、誰かが出て来るのを門扉の前で待つ。
 白亜の豪邸なんてよく言ったものだ。見てくれだけは豪華で綺麗な白が基調の屋敷。屋敷の主の自己顕示欲の現れのようだ。
 重たい扉を開けた使用人は、ドナの姿を見るなり飛ぶように走ってきた。
 金属製の門を開き、すぐさま敷地内へと迎え入れる。

「ご連絡をくださればお迎えを出しましたのに」
「人を使わせるの嫌いだからいらない。客人は出かけてる?」
「ええ、今日も朝早くから」

 何故客人のことを知っているかは問われない。屋敷の中に入り、広間に通そうとする使用人に玄関か客間でいいと拒否をした。自分はもうこの家の者じゃない。

 ドナは、領主の息子だった。ただシルヴィオに嘘を吐いたわけじゃない。
 もう何年も前に家を飛び出して家族の縁を断ち切ったから。もうこの家とは関係がないからだ。
 客間に通され家主が来るのを待つ。代替わりしたから兄が来るはずだが、今は忙しい時期だっただろうか。
 犬獣人でも飲める茶を出され大人しくそれを飲みながら暫くぼんやりと時を過ごしていると、扉が開きドナにそっくりな獣人が入ってきた。傍らに書類を持った様子で、やはり仕事中だったのだとわかる。

「何の用だ」

 ドナの向かいに座ったその獣人は、視線を書類に落としながら声を発する。ドナもその様子に変わらないなと肩を落とし、本題を口にした。

「今此処に滞在している客人。あれ、人身売買の疑いがあるけど」
「……それが事実だとして、何故お前が知っている?」
「俺の大事な人がそいつに脅迫されてるから」
「調べておく。それにしても、見窄らしい格好だな」

 ドナの服装は少しへたれた麻のシャツだ。
 普段から他の住民達が着ているものと何ら変わらないものだが、生活水準が違えば見窄らしくも見えるか。

「初めての給金で買ったんだ。普通の暮らしもいいものだったよ」
「俺からすれば、この家での生活が普通であちらが異質だ」
「まあ、そりゃあそうだろうけど」

 昔からそうだったが、兄の言葉の圧が強い。それでも嫌いになれないのは、兄が厳しいのは自分と家族にだけで、他者に対しては優しく誠実だということを知っているから。
 ドナは用件はそれだけだと立ち上がった。

「久々に庭見ていい?」
「いいが、……お前、此処に帰って来る時はどうなるか、忘れたわけじゃないだろうな」
「わかってるよ。でもいいんだ。大事な人はできたけど、俺以外にはベータに見えるみたいだし。番いになれなくたって、アルファに酷い目に遭うことがないってわかってれば」

 シルヴィオのことは陰ながら見守ることができればそれだけで十分。
 ヴィンツがシルヴィオのことをベータだと言った次の日、町にたった一人だけいる自分以外のアルファを呼び出し問うてみた。シルヴィオがオメガに見えるか。
 結果は、ベータにしか見えないという答え。既に番いができている彼女には、運命の番いだからこそ弱い匂いにも敏感に反応するのかもしれないと言われた。
 他のアルファからもベータにしか見えないのなら、シルヴィオにはベータとして生きてほしい。これまで散々振り回しておいて自分勝手にしか聞こえないだろうが、その方がシルヴィオのためになるような気がした。
 ドナの言葉に、兄はほうと小さく呟いた。

「運命の番い、見つけたのか」
「うん。でもあのアルファから守るためにはこっちに戻るしかなかったから。オメガの匂いがかなり薄いみたいで、自分でもオメガだとは思ってない子。学生時代は多分本当にベータだったんだろうな」
「……父さんの言った通りになったな」
「うん、結局は」

 運命の番いを見つけることはできても、絶対に結ばれない。
 そう言った父の言葉通りになった。
 既に兄の母と結婚していたために、運命の番いだったドナの母とは籍を入れられなかった父の悲哀が篭った言葉。
 当時は逆上したが、今となれば納得できる。
 運命であろうと、否運命だからこそどんな形であれ障害が生まれる。自分とシルヴィオ然り、兄と、何処かに姿を消えてしまったオメガの使用人然り。
 それでもいい。シルヴィオを守れたのだから。ドナはふっと笑った。
 喫湯店も辞めてきた。部屋も引き払った。シルヴィオには内緒で、ただ自分が家に帰ってきただけ。

 この家に戻った時は、兄の仕事を手伝うために遠くの港町へと移る。
 血の繋がらない母とした約束だ。一生飼い殺しにされながらも家のために働くことからは逃げられない、奴隷のような契約。
 ヴィンツからシルヴィオを守れるなら、それくらいどうってことない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

無能と呼ばれた婚約者は王を完成させる〜替え玉婚約者のはずが、強すぎる王太子に手放してもらえません〜

統子
BL
兄の身代わりとして王太子の婚約者になった伯爵家次男リュシー。 嘘の名を名乗ったはずが、冷静で誠実な王太子リオンは彼を「力の装置」としてではなく、対等な伴侶として扱おうとする。 本物になりたいと願う替え玉と、完成された王太子の静謐な王宮ロマンス。

処理中です...