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第1章

第55話 弾かれる同級生

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 図書館の2階でくしゃみをしながら今日も虫干し。
 レイは寒さに身を震わせながら仕事だけを考えていようと決めていた。
 あれからエディに手は出させず、我慢させた。王太子殿下がわざわざやって来るのだから中断せざるを得ないのは当然で、我慢するべきなのはわかっていた。
 けれど、あんな、寸止めでやめられてどうすればいいかわからなかった。
 絶頂に達せなかったから、今もまだ悶々としている。寝ても起きても全く鎮まることなく、エディの顔を見たらまずいと思って顔も合わせずに今日は出勤した。

 エディが昨日巻き込まれた、というか当事者となった事件については何処も報じていなかった。新聞も普段通り、誰も噂話すらしていない。
 あんなに血が出て被害者も多かったのに、緘口令を敷かれたから知らない一般市民が多い。

 闇魔法なんて、使う人間がいると思わなかった。正しくは、使える人間がいるなんて。
 とうの昔に廃れた魔法だ。闇魔法を操る人間は迫害され、正しくその力を知られることなく恐れられた者達によって惨殺されることもあった。
 子供に受け継がれても使わぬよう、闇魔法については何も教えず、結果として廃れていった魔法。
 結果として、恐ろしい昔話として伝わっているだけのものだ。
 それを使って、エディだけじゃなく自身の娘まで巻き込み傷つけるだなんて。

「ヴァンダムさん、ヴァンダムさん」
「はい?」

 名を呼ばれ、どうしたんだと虫干しをしている角の部屋から顔を出す。
 レイを呼んだ同僚はジェスチャーでしゃがむように指示し、吹き抜けから1階を見下ろすようにこそこそと小声で告げてきた。
 一体なんだろうか。そう思いながらちらりと覗き込むと、1階の受付には学生時代の同級生である女性と、覆面を被った見覚えのある高貴な男性の姿。

「あの方達がヴァンダムさんを呼んでるんですけど、流石に男の方は怪しすぎるので断っておいた方がいいですか?」
「い……いや」

 レイは勢いよく立ち上がる。流石にあの人を待たせるわけにはいかない。
 だって、あれは顔を隠しているけれどどう見たって王太子殿下。

「今、今行きます!!」

 まずい、昨日の話についてかもしれない。レイは痛む腰なんて気にせずに、いつもは自分が怒る立場にも関わらず図書館の中を走り急いで二名のもとへと向かう。
 だが、ひとつ問題が起きた。レイが近付けば近付くほど、同級生の方は離れてしまう。
 ただ、同級生は驚いた声を上げもがいていた。よく見れば、宙に浮くような形でずりずりと、押し出されるような形で離れていっている。
 ……まさか、レイの腕輪にある何らかの魔法が作用している?
 レイが立ち止まってみれば同級生が動くのは止まる。動けば離れる。……やはり。

「扉の近くにいる方すみません、開けておいていただけますか」

 そんな謎の魔法によって外に放り出される同級生より王太子殿下の方が重要だろう。レイは同級生の動線の先にある扉を開けておいてもらい、王太子殿下へと近付いた。

「申し訳ありません、大変遅れました」
「かしこまらないでくれ、今日も非公式な場だ。……あの女性が離れている理由はわかるか?」
「……多分、エディの腕輪の所為だと思います」
「あいつ、まだ外させていないのか」

 外す? レイは王太子殿下の言葉に首を傾げた。
 そんな話聞いたことがない。なんだろうと思いながら、外した方がいいのかと青い宝石を見つめる。

「取った方がいいですか?」
「いや、いい。此処で外させると面倒な奴が来る。悪いが、一旦結界と回避の魔法だけ解除させてもらうぞ。あいつの魔法だから数時間しか保たんが」

 王太子殿下は指先を腕輪に近付け、何やら魔法をかけたようだ。レイの目にはわからないが、何かを解除したらしい。
 レイが腕輪を眺めていると、王太子殿下は受付に声を掛ける。

「すまないが、少々ヴァンダムを借りていくぞ。暫くしたら返す」
「失礼ですが、貴方様は」
「あーあー、大丈夫です! 俺の知り合いなので! じゃあ行ってきます!」

 こんな場で身分ある者だと言えるはずがない。レイは慌ててクレス女史の言葉を遮り王太子殿下の背に触れて図書館の外へと連れ出した。

「申し訳ございません、お体に触れるなど!」
「いやいい、気にしていない。それよりも、話がしたい。彼女と共に」

 王太子殿下はレイの無礼など気にした様子もなく、同級生を視線で差す。
 レイに近付いても弾かれなくなったコルネリス伯爵令嬢を眺め、久しぶりだと頭を軽く下げた。

「お久しぶりです」
「……ええ」
「?」

 何故自分から離れていくような魔法の対象になったのかもわからないレイは、ただただ首を傾げる。
 コルネリス伯爵令嬢が異様に緊張している理由もわからずに無言の時が流れていたが、それを王太子殿下がぱちんと手を叩いて止めた。

「女性もいるから、なるべく人目のある場所にしよう。ただし聞かれてはいけない。ヴァンダム、良い場所を知ってはいないか?」
「いやあ、俺はちょっと……」

 寄り道なんて買い物くらいしかしないからわからない。レイは困ってしまう。
 そんなレイの悩みに、コルネリス伯爵令嬢は一言声を掛けた。

「神殿では駄目なのですか」
「……いや、俺がちょっと」
「俺も昨日の今日では少しな」

 エディと顔を合わせたくないからだが、もしや王太子殿下もそうなのか。
 昨日、行為の最中にエディを訪ねて来た彼は、まさかとは思うが何かを聞かされたのでは。

「……昨日、何か聞きましたか」
「うむ、だからこそ会いたくない。君同伴では特に」

 嗚呼、やはり。あいつは羞恥心なんてないんだろうか。レイは頭を抱える。
 男性二人が神殿に行きたくない理由がわからないコルネリス伯爵令嬢は、少し困惑しているようだ。
 仕方がない。王太子殿下は呟き、王城を指差した。

「あちらでもいいかな」
「……他に、場所がないのであれば」
「私も構いません」

 共にレイを待っていたということでまさかとは思ったが、やはり目の前の彼が何者なのかも知っているのだろう。
 コルネリス伯爵令嬢が頷くと、王太子殿下は笑う。

「ならば早くに済ませよう。君の腕輪がもし感知機能を備えていたら、面倒なことになってしまう」

 たとえば、乗り込んでくるとか。
 その言葉に、レイはふるりと身を竦ませた。
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