【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第43話 酔っているから

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 チキンソテーの味がわからないまま食事を終え、話がしたいというエディの視線を無視してワインを飲み進める。
 呼ばなかったことについてか、キスについてかはわからないが自分は別に話をしたいわけじゃない。次々グラスを開け飲むのをやめないでいると、痺れをきらしたエディが指先でグラスとボトルを取り上げた。

「あ、なんだよ」
「これ以上飲み続けたら明日の仕事が辛くなるよ。だからもう駄目」
「ケチ」
「レイのためだよ。ほら、ホットミルクにブランデー入れてあげるから」
「はちみつのがいい」

 酒を飲みたいわけじゃなくて、話から逃げたくて飲んでいただけだ。ブランデーを入れるよりはちみつの方がいい。
 既に酔いふわふわとした返答をするレイのことも浮遊魔法で浮かび上がらせたエディは、わかったと微笑みながら自分のもとへとレイを引き寄せ横抱きに抱き上げた。

「おい、下ろせよ」
「客間に逃げるだろ? だから駄目」
「逃げねえし」
「廊下は寒いから俺を暖房だと思って抱きついててもいいよ」
「……お前、俺のこと猫か何かだと思ってる?」

 別にそこまで寒がりじゃない。織毛布を手繰り寄せぎゅうと自分の身体を抱きながらエディの腕の中で丸まるレイは口許まで覆い隠しながらじとりと睨む。
 だがまったく効き目がない。エディは微笑むばかりで厨房の方に魔法を幾つか放ちながら、サロンまでレイのことを運んだ。
 図書室のすぐ近くにサロンと温室がある。客間もほど近いから、大きな暖炉のあるサロンは一番レイのお気に入りだ。
 暖炉そばの長いソファに下ろされたレイは、その場に膝をつきレイのために暖炉の火をつけるエディを見下ろす。

「んで、話って何」
「気が早いな、今ホットミルク作って運んでくるからそれまで待ってて」
「嫌だ。あのゴリラの話か? それともキスの方?」

 もう逃げられないなら早く終わらせた方が良い。そして早く客間に戻って眠りたい。
 敢えてつんけんした態度で聞けば、エディは暖炉の火から目を離し、レイの隣に座り頭を撫でた。

「どっちがいい?」
「……どっちでもいいけど、両方なら早く終わらせろよ」
「じゃあまずデプレ大尉の方から。今日レイが俺のことをああやって伝えたから、物わかりが良いならこれでもう終わるはずだ。けど、もしもより一層しつこく言い寄るようになったら何があっても俺と五分後に会う予定があったとしても腕輪を外して呼んでほしい。レイ、あんな大男に襲われたらひとたまりもないだろ?」
「まあ、こないだ襲われたひょろひょろのおじさんにも勝てなかったし……」
「そういう襲われるじゃないよ。無理矢理組み敷いて、服を剥いで無体を働くようなこと。……そんな場面見たら、俺は死んでもあれを許せなくなるけど」

 尻を狙われていると言いながらもあのゴリラ相手にそんなことをされる想像はしたこともなかった。組み敷かれ抱かれる想像をしてしまい、レイは思わずぶるりと身体を震わす。
 エディは続けた。

「だから、絶対に俺を呼んでほしい。後がなくなった男は何をしでかすかわからない奴も中にはいるから」
「でも、あいつ一応大尉だぜ? 地位捨てるようなこと」
「あの人、実は今首の皮一枚なんだ。次に何かやらかしたら辞職が決まってるから、寧ろ自暴自棄になったら何でもすると思う」

 軍部の全てを一掃してしまい上層部が全て消えてしまうことになるから、まだ罪の軽い者達は残しているだけ、らしい。
 デプレがやったのはレイを孤立させる手伝い。自分の名前を出させないよう圧力をかけ、巧妙に名前を隠していたからあの時処分ができなかった。
 孤立させたかったのは、他に頼る人間がいなくなったレイが自分に泣きついてきたところで物にするため。
 エディが教えてくれたことに、レイはまさかと呟く。

「だって、俺はずっとメルテン中尉と一緒にいたし」
「それは想定外だったらしい。レイは子爵家の子供だから、貴族でもなく地位もそこまで高いわけではないメルテン中尉を頼るとは思っていなかったって」

 デプレより先にメルテンがレイに優しくし、レイはそれに懐いた。それは彼の想定から外れたことだったと。
 そして歯噛みしているうちにレイは図書課に戻り、軍部の主だったメンツが辞職し、なりふり構わなくなって図書館に通い詰めるようになったと。

「……別に俺以外でもいいんじゃねえの、ああいうのって」
「好きだからだよ。俺みたいに」

 エディとあれは違う。そう言いたいけれど、好きという感情は同じものだ。
 目の前で人畜無害な顔をしている彼だって、レイとそういう、……性的なことはしたんだし。同じ感情を抱いていると言われても、それを向けられている自分が否定はできない。
 レイが言い淀んでいると、エディはその話は終わりだともうひとつの方を口にした。

「で、キスの方だけど。……ごめん、我慢ができなかった」
「もうしないって言ったのにな」
「ごめん……わけが、ありまして」

 衝動的にキスすることにどんなわけがあるんだか。
 レイがじとりと見てみれば、エディは言い淀み、言葉を選びながらしどろもどろに説明を始めた。

「婚約しないかと、また打診がありまして」
「……へぇ?」
「今度は伯爵家のご令嬢なんだけど、やっぱり俺にはレイがいるから会うのも断りたいなと思ってた中で、レイがあんな、……心に住むとか言うから」
「冗談だって言っただろ」
「でも、嬉しかったんだ。言っただろ? いつか誰かをレイの心に住まわせるなら、その相手は俺がいいって」

 確かに言われたけれど、その言い回しはこの国でよく使われるものだ。エディが心に住んでいるのは事実。
 だから、咄嗟に言ってしまっただけで。

「冗談でもそれを言われて、俺のことを心から信頼しているようなことを言われて、……衝動で」
「お前、単純だよな」
「ごめん。……なかったことにしておいて、告白の返事もしなくていいし何も言わなくていいって言ってたけど、……俺」

 ぎゅう、と手を握られる。指を絡め、繋がれて手の甲に唇を寄せたエディは真っ直ぐにレイを見つめた。

「やっぱり、レイの気持ちが聞きたい」
「嫌」

 咄嗟に拒否をしてしまった。エディはまさか即答で断られると思っていなかったようで目を見開く。
 レイは掴んだ手を離させ、隣に座っているエディの膝の上に向かい合うように足を跨いで座るとその顔を見上げた。

「え、え?」
「別に、今のままでも楽だしいいじゃん。拒んだのはお前だし、勘違いだって言ったのもお前。……ほんとに勘違いだったかもなぁ、あれ」

 絶対に親友同士だって有り得ない距離。膝の上に座ったまま、レイは温もりを求めてエディの上半身に身体を寄せる。
 温かい。ぽかぽかで心地いい。
 けれど、抱き締められるのは嫌。

「あー、あったか……」
「え、勘違いって」
「お前が言ったんだろ、今頷くなら勘違いだって。……お前が遅いのが悪いんだよ馬鹿」

 返事が欲しいと言われても、今更誰が言うか。
 最初に拒絶したのは自分の癖に。
 勘違いだと言って突き放した自分を恨めばいい。一生親友としてしか一緒にいられないことを恨めばいいんだ。

「レイ、あんまり近いと俺」
「無理矢理するならアンジーばあちゃんに襲われたって泣きつくから」
「……お願いだから、膝の上からは退いてほしいんだけど」
「寒いから嫌。……はーぁ、あの時はときめいてたんだけどなぁ」

 レイは自分が酔っているとは思っていない。素面そのもので、こんな大胆なことをしていると思っている。
 くるくると、指先でエディの胸筋を撫でながら呟いたかと思えば、ぎゅうと跨いだ足に力を入れ、エディの首許で甘く囁いた。

「助けてくれたときはかっこよく見えたのに、朝になったらなかったことにしようだもんなぁ?」
「でも、だってあの時レイは」
「あんなに俺のこと乱しておいて、勘違いだからケジメつけなくていいとか言って突き放したのは舐めてんの?」

 酔っているから、今まで秘めていた文句が溢れて来る。
 けれどレイにその自覚はない。ただ、言いたい言葉がどんどんと口から出てくるだけ。
 甘ったるい声で、詰るように。その方がエディのことを追い詰めるなんて気付きもしないで、無意識で。

「そのくせ、自慰したいから部屋に来るなって言ってんのに『なかったこと』をしたいから抱かれたい時は合図しろって?」
「……ッ」
「お前、俺のことなんだと思ってんだよ」

 散々焦らして、沼に落として自分しか見られないよう甘え倒したのはレイの方。けれど付き合ってもいないのに触れ合いたい時は呼べなんて言葉受け入れるはずがないだろう。
 それを、嬉しく思ってしまったことは酔っていても言わない。自分に性欲を向けてくるエディが、またあれを望んでいるんだと思い喜んでしまったことなんて言ってやらない。

「なぁエディ、なんでこんなに言われてんのに勃ってんの……?」
「……ぁ」

 手を出せ。早く堕ちろ。心も通わせられていないのにと、深く深く後悔してしまえばいい。
 レイは、織毛布でエディから見えないことをいいことに手を這わせ、今度は指先で布地を持ち上げるそれの先端をくるりと優しく触れてみた。
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