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第1章

第35話 揶揄って、本気になって

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「ねえ、レイ」
「んー?」
「……近くないかな」
「何がぁ?」

 早めの夕食後、サロンのソファでレイは本を読んでいた。エディがわざわざ離れたところに座っていたからその横に移動し、背中を預けてだらけきった格好で。
 意識しているのが丸わかりなエディを見上げ、レイはにやりと笑う。

「返事はしなくていいしなかったことにするんだろ?」
「手を出したこと怒ってる?」
「いーやぁ、全然? 膝貸して、眠くなってきた」
「え、ちょっと」
「おっ勃てたらぶん殴るから」

 在学中エディを枕にして爆睡することだってあった。流石に膝枕ではないけれど、似たようなものだろう。
 エディの腿に頭を預け、エディ色の織毛布を被ったレイは顔を上げ、何かに耐えている表情を眺めてにんまりと笑う。
 もっと限界まで揶揄い続けてやろう。人の感情を勘違いだと決めつけて言わせないよう線引きした罰だ。

「エディ、手」
「……はい」
「頭、撫でて」

 熱く大きな手で撫でられるのが好き。甘やかな声で言ったそれを反芻させてしまうのか、耳まで赤くしながらレイの頭をぎこちなく撫でてくる手にすり、と頬を寄せた。
 ここまですれば、レイが勘違いでなく好意を寄せているなんてわかりそうなものだ。いつまで耐えるのか見もの。

「……レイ」

 熱の籠った目で見下ろされ、撫で方が怪しくなるとレイはふいと顔を逸らす。
 恋人でしかしないようなことはしない。エディを枕にして昔のように撫でてもらいたいだけだから、顔が近付いても許さない。
 レイは手にしていたままの本に視線を向け、エディを無視した。

「生殺しだ……」
「それを望んだのはお前だろ、親友」

 レイが言葉にしない限り、この関係は変わらない。それを望んだのは、先に好きになったはずのエディの方。
 本で顔を隠しながら、レイはエディをちらりと見上げる。

「……俺の返事、どっちだと思ってる?」
「……これでお断りだったら心が折れるから聞きたくない」
「うん、まあ英断。でもお前は俺のこと好きだしそれでもいいんだろ?」

 腿を指でつうとなぞりながら、断ること前提の言葉を匂わせる。
 今言われたって断るのは事実。焦らして焦らして、エディなんてもう親友でしかない相手に一生囚われて生きていけば良いんだ。

「触ったら、我慢できないんだって」
「天下の聖騎士サマが嫌がる相手に無体を働いたって知ったら世間はどう思うかな」
「……気持ち良さそうにしてたのに」
「なかったことなんじゃねえの」
「うう……」

 翻弄する側になるとこんなに楽しいのか。レイはエディの珍しく狼狽える様を見上げ、身体を起こす。
 すぐ隣に座り直し、耳許に顔を寄せた。

「エドガー、明日は休み?」
「っ、休み、だけど」
「んじゃ夜更かしできるな。トランプある? ポーカーしたい」

 敢えて愛称ではなく本名で甘ったるく聞けば示すわかりやすい反応に笑ってしまう。
 早く手を出せ。発言全部撤回しろ。でも何があってももう頷いてなんてやらないし好きだなんて絶対言わない。
 恋人未満の甘ったるいやり取りでずぶずぶになってしまえばいい。レイが折れてやるのは、助けられた時以上にときめくかエディが必死になって謝ってきてからだ。

「それとも、お前は親友とベッドに行きてえの?」
「……悪魔だ」
「聖騎士サマを誑かせるなんてすっげえ悪魔がいたもんだな?」

 早く堕ちてしまえばいい。
 レイはエディ色の織毛布を羽織ったまま、忍耐を試すためにまた寄りかかり本を読み進める。
 何度か読んだこともあるし、展開も知っている冒険譚。少しだけ表現が過激なところもある話で、学校の図書室の端にひっそりと置かれていた大人向けの本だ。
 騎士達の戦いと恋愛を描いたものを読み進めているうち、ふとレイは思いつく。

「騎士も戦いに出るんなら戦場で同僚とそういうことすんの?」
「そういうことって?」
「戦いの熱が冷めないからお互いに慰め合うみたいな」
「知らないし、俺はしないからわからないな」
「ふうん。……つまり一昨日のなかったことにしたあれはただしたいからしたと」

 存在していることを確かめたくて触れてキスして、延長線であんなことしてしまっただけ。欲求が湧いたからしただけか。
 レイは理不尽な難癖だと内心笑いながら詰ってみる。

「っ、あのねえ」
「目先の欲に溺れてしたのになかったことにできるくらいには俺に魅力がないってことか、わかったわかった」
「そんなわけないだろ、レイは」
「俺は、なに?」

 距離を詰めようとした胸を押し戻し、まっすぐに視線を合わせる。
 じわじわと赤面していく顔から目を逸らさずにしていれば、エディは簡単に折れた。
 視線を顔ごと逸らし、呟くように続ける。

「……魅力的だと、……思います、けど」
「ふうん。どこが?」
「え!? えっと、……えっと、……か、顔とか」
「……お前、趣味悪いのな」

 まさかこの色男から顔が好きだと言われるなんて露ほども思わず面食らってしまう。
 もっとこう、あるだろう。瞳だとか褒めるところはそれなりに。瞳だって整っているわけじゃないから褒められても困るけれど、こんな地味な顔のどこが良いんだか。
 小さくなってしまったエディを眺めていると、腕が伸び抱き寄せられてしまった。腰をがっしりと抱き込まれ、膝の上に乗せられる。

「おい」
「この細い腰も、声も、俺には世界で誰よりも魅力的に見えるんだからこれ以上は煽らないで。じゃないとまた」
「しない。……エディ、自分が言ったこと忘れんな」

 触れない、近付かないと言ったのはエディだ。もうしないから、なかったことにしようと。
 散々揶揄いはしたけれど、その先はもうしない。レイは至近距離にエディが好きらしい顔を近付け真顔で問う。

「俺とお前は親友だろ、エディ?」
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