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第1章
第31話 君が心に住んでいる
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通いの使用人に元気なところを見られても少し厄介なことになるらしい。
療養中のふりをしていてくれと言われたレイは大人しくベッドに潜り込みながら、鳴りやまない心拍を落ち着かせたいと何度も深呼吸を繰り返す。
「忘れろ、忘れるんだ全部……」
漸く落ち着けた、と思う度にエディのことを考えてしまい脈がまた乱れる。こんなに何かに心乱されたことなんて一度もない。レイは頭を抱え、布団の中で丸くなりながら忘れるためにぎゅうと目を瞑る。
自分が言ってしまった言葉も全部思い出してしまう。触られたいとか、撫でられるのが好きだとか、もっと……だとか。
「なんなんだよ、昨日の俺……」
正気じゃなかった。そう思わずにいられようか。
もう駄目だ、眠ってなんていられない。
けれど眠ったふりはしていなければいけない。レイは羞恥とときめきとその他色々、死にたいとまで思いながらどうしたらいいんだとこの激情を逃がしたいと思考をずらす。
別のことを考えよう。あの、昨夜襲われた時のことでも。いきなり蹴られて混乱しただとか、本当に殺されると思ったのに、実感がなく呆然と見ていたのは反省しないとだとか、光が集まるあの魔法はなんなんだろうとか、意識が朦朧としてきた時に見えたあの背に泣きそうになってしまったことだとか。
駄目だ、またエディのことを。
図書館について思い出そうにも忙しいのに時間を作ってわざわざ会いに来ていた時のことだとか、メルテンに嫉妬していた時の様子だとか、そんなことばかり。
逆に何を考えればエディ以外を考えられるのかがわからない。自分の人生のすべてに、エディが関わっている。
劣悪とも呼べる軍部の状況から救い出してくれたのだってエディ。官吏になるため毎日遅くまで図書室に残り勉強を教えてくれたのもエディだ。
人生初の見合い相手だってエディ。人生で初めて女装させられたのだって、エディが相手の見合いがあったから。
どうしよう。本当に、エディが関わらない記憶が全然見当たらない。
そうだ、本を読もう。レイは起き上がり詩集のひとつを手にとると座って読み始める。
いつもなら、すぐに没頭できるのに。ページを捲るたび、手首に光る腕輪が目に入ってしまう。
「……もう、なんで」
呟く声にも力が入らない。
レイは詩集をヘッドボードに置き、また布団に潜り込んだ。
出会うよりも前は幼く、暴君の弟として小さくなって暮らしていた。好きな詩集を読んでいても笑われ、隠れて読むようになった。
初めて出会った自分以外でこの詩集が好きな人だってエディ。
エディ以外にも友人はたくさんいたはずで、それなのに彼等のことを思い出そうとしてもそれ以上に強烈に印象に残るエディのことばかり。
忘れるのは大歓迎だと、そう思っているのに時が経てば経つほどに昨夜の記憶が鮮明に浮かんでしまう。
レイは、腿の間に自分の指を滑り込ませた。
ここに、昨日。雄の顔をして、擬似的なセックスをしてレイを求めていたエディの表情や声、吐息までもこびりついて離れない。
はじめに少し感じていた嫌悪感は全て快感によって押し流されてしまった。自分が此処まで快楽に弱いなんて知らなかった。
エディが上手い、というわけじゃないだろう。あんなに拙いキスをするのに、閨教育を受けていたとしても上手いとは思えない。基準はわからないけれど。
……あんなに拙いキスは、他に経験がないからか。
レイしか見てこなかったから。
「……っ」
無意識に自分の唇に触れてしまったことに気付き、レイは慌ててそれをやめた。
嗚呼、もう駄目かもしれない。そう思いながらも認めたくない。ただ助けられたことで良く見えているだけ、それだけだと思えてしまえるのならどれだけ良いか。
「……エディの馬鹿」
見合いの席で、出国前の食事の席であんな告白するからだ。愛の誓いのリングを渡してくるから。
ただの友達で、親友で、それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない。そんな、唯一無二の親友のはずだったのに。
もう抗いようがない。レイは腕輪に触れ、布団の中の暗闇で僅かに光を放っている青い宝石に唇を触れさせた。
エディが、心に住んでいる。
療養中のふりをしていてくれと言われたレイは大人しくベッドに潜り込みながら、鳴りやまない心拍を落ち着かせたいと何度も深呼吸を繰り返す。
「忘れろ、忘れるんだ全部……」
漸く落ち着けた、と思う度にエディのことを考えてしまい脈がまた乱れる。こんなに何かに心乱されたことなんて一度もない。レイは頭を抱え、布団の中で丸くなりながら忘れるためにぎゅうと目を瞑る。
自分が言ってしまった言葉も全部思い出してしまう。触られたいとか、撫でられるのが好きだとか、もっと……だとか。
「なんなんだよ、昨日の俺……」
正気じゃなかった。そう思わずにいられようか。
もう駄目だ、眠ってなんていられない。
けれど眠ったふりはしていなければいけない。レイは羞恥とときめきとその他色々、死にたいとまで思いながらどうしたらいいんだとこの激情を逃がしたいと思考をずらす。
別のことを考えよう。あの、昨夜襲われた時のことでも。いきなり蹴られて混乱しただとか、本当に殺されると思ったのに、実感がなく呆然と見ていたのは反省しないとだとか、光が集まるあの魔法はなんなんだろうとか、意識が朦朧としてきた時に見えたあの背に泣きそうになってしまったことだとか。
駄目だ、またエディのことを。
図書館について思い出そうにも忙しいのに時間を作ってわざわざ会いに来ていた時のことだとか、メルテンに嫉妬していた時の様子だとか、そんなことばかり。
逆に何を考えればエディ以外を考えられるのかがわからない。自分の人生のすべてに、エディが関わっている。
劣悪とも呼べる軍部の状況から救い出してくれたのだってエディ。官吏になるため毎日遅くまで図書室に残り勉強を教えてくれたのもエディだ。
人生初の見合い相手だってエディ。人生で初めて女装させられたのだって、エディが相手の見合いがあったから。
どうしよう。本当に、エディが関わらない記憶が全然見当たらない。
そうだ、本を読もう。レイは起き上がり詩集のひとつを手にとると座って読み始める。
いつもなら、すぐに没頭できるのに。ページを捲るたび、手首に光る腕輪が目に入ってしまう。
「……もう、なんで」
呟く声にも力が入らない。
レイは詩集をヘッドボードに置き、また布団に潜り込んだ。
出会うよりも前は幼く、暴君の弟として小さくなって暮らしていた。好きな詩集を読んでいても笑われ、隠れて読むようになった。
初めて出会った自分以外でこの詩集が好きな人だってエディ。
エディ以外にも友人はたくさんいたはずで、それなのに彼等のことを思い出そうとしてもそれ以上に強烈に印象に残るエディのことばかり。
忘れるのは大歓迎だと、そう思っているのに時が経てば経つほどに昨夜の記憶が鮮明に浮かんでしまう。
レイは、腿の間に自分の指を滑り込ませた。
ここに、昨日。雄の顔をして、擬似的なセックスをしてレイを求めていたエディの表情や声、吐息までもこびりついて離れない。
はじめに少し感じていた嫌悪感は全て快感によって押し流されてしまった。自分が此処まで快楽に弱いなんて知らなかった。
エディが上手い、というわけじゃないだろう。あんなに拙いキスをするのに、閨教育を受けていたとしても上手いとは思えない。基準はわからないけれど。
……あんなに拙いキスは、他に経験がないからか。
レイしか見てこなかったから。
「……っ」
無意識に自分の唇に触れてしまったことに気付き、レイは慌ててそれをやめた。
嗚呼、もう駄目かもしれない。そう思いながらも認めたくない。ただ助けられたことで良く見えているだけ、それだけだと思えてしまえるのならどれだけ良いか。
「……エディの馬鹿」
見合いの席で、出国前の食事の席であんな告白するからだ。愛の誓いのリングを渡してくるから。
ただの友達で、親友で、それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない。そんな、唯一無二の親友のはずだったのに。
もう抗いようがない。レイは腕輪に触れ、布団の中の暗闇で僅かに光を放っている青い宝石に唇を触れさせた。
エディが、心に住んでいる。
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