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第26話 止める資格

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 ――目を覚ますと、レイは何処かで見たことのあるような部屋のベッドに寝かされていた。
 果たしてこれを何処で見たことがあるのか、考えてもわからない。実家である子爵家の自室なんかよりもずっと豪華な部屋だ。ただの寝室にシャンデリアなんて設置しないだろう、普通。
 やけにキラキラしている。そう思いながら薄暗い室内を見回していると、少し離れたところに白いジャケットが脱ぎ捨てられていた。
 嗚呼、エディの着ていた聖騎士の制服だ。目を回して気を失ってしまったから、彼の部屋へと連れて来られたんだろう。
 ゆっくりと身体を起こし、まだボロボロで傷だらけの全身を見下ろす。
 まだ治療はされていないらしい。大方あの騎士様のことだから、意識がないうちに相手の身体に触れるなんてできないと考えてのことだろう。
 別に、親友としてなら気にしなかった。ただ、エディはレイを好きで、レイもまた、助けてくれたエディに対してときめきを覚えてしまった。別に好きになったわけじゃないけれど。
 だから、触れられていなくて良かったとは思う。そんなことされていたら、きっとエディと顔を合わせることができなくなってしまうから。

「あ、起きてた」

 ぼんやりとそんなことを考えていると、扉が開きエディの声が聞こえた。眠っているレイを置いて、また何処かに行っていたらしい。レイはエディに視線を向け、そして言葉を失った。

「魔力の方は問題ないんだけど、自分にまで清浄魔法を使うのは面倒臭いからさ」

 エディは風呂に入って来ていたようで、バスローブ姿で戻ってきていた。実家で家族にも肌を見せることなく風呂から上がり次第普段着に着替えていたレイからすればバスローブというもの自体が刺激の強いもの。そしてそれに加えて、着ているのがエディというのがまずい。
 エディはレイの動揺にも気付かず、片手に持っていたグラスの水を飲みながらベッドに腰かけ逸らした顎を掴みそっと自分の方へと向かせてくる。

「顔色は悪くないみたいだけど、吐き気とかはない? 頭を打ってたから、万が一があると危険だろ」
「早く治療してくれればいいんじゃねえの? 触んな」
「体温は問題ないみたいだね。結構血を流してたみたいだから、それも心配だったんだけれど」

 エディの手の甲が首元に触れる。図書課の制服のスタンドカラーの上からぴとりと肌についた熱に、レイはびくりと身体を震わせた。

「ごめん、何処か痛かった?」
「い、いいから、早く治療してくれ」
「そう? じゃあまずは記録魔法を残さないといけないから、服脱ごうか」

 この状況で、服を脱げと言うのか。
 レイが絶句している間にエディは指先の動きひとつでレイのコートを開かせ、ケープのベルトを外しローブを捲り上げた。
 自分はエディにとって好きな人だというのに、意識した表情ひとつ見せずに浮遊魔法で身体を浮かせられ次々と服を脱がされていく。
 それはそれで、何故自分だけがこんなにも意識してしまっているのかと思ってしまう。レイは思わず抗議の声を上げてしまった。

「おい、エディ!」
「ん? はい、一通り脱げたね」

 ぴったりとした黒いインナーと黒いパンツのみにさせられ、レイはベッドの上に改めて下ろされた。
 別に下着ではないし、首元から足首まで上下覆われているから肌を見せるような格好なわけではない。が、何だこの子供相手のようなやり方は。
 レイは自分だけが意識してしまったのが悔しく、頬を赤らめてしまいながらエディを詰る。

「……い、言われたら、自分で脱げたのに」
「……煽ってる?」
「違うわ馬鹿!」
「『俺』の前で、一枚一枚自分で脱いでくれた?」

 今の今まで気にしていなかったはずのエディの、熱の篭った声にレイは違うと首を強く振る。
 嗚呼、また頭に衝撃を与えてしまった。レイはぐらつき、エディによって支えられた。

「大丈夫、怪我人を襲うなんて無体な真似しないから。……記録魔法を使っていくから一応肌を見せてもらうけれど、嫌なら後で俺の記憶を神殿で消してもらうから」
「そこまでしないでいいから、さっさと離れろ」
「はいはい。もう、本当に猫みたいで可愛いな」

 何処をどう見れば可愛いと思うのか、レイには理解ができない。
 ひとまず早く記録を終わらせて、治療してもらって寮に帰ろう。レイはエディに背を向け、何も恥ずかしいことはないのだからと自己暗示させながら黒いインナーをがばりと脱いで蹴られた背中を見せた。

「まず背中を蹴られて、ずっこけたところで脇腹を蹴られた。そん時に転がって頭ぶつけたって感じ」
「……酷いな、これ」
「そんなに?」

 前から見ても何の変化も見えない。ただ覗き込めば脇腹は少しだけ痣になってしまっているとはわかるけれど、背中は見えないためエディに見てもらうしかできない。
 そんな強い力で蹴って来たのか、あいつ。まあ元軍人だから元より力が強かったのだろう。
 脇腹と頭の痛みに気を取られていたが、背中の方も。レイが襲われた当初のことを考えていると、蹴られた付近にエディの指が触れる。

「んっ……」
「とりあえず、背中と腋の記録は終わった。先にこっちを治してから頭と、全身の神経とかも診せてもらうね」
「わかった。……ふ、くすぐった……」
「少しくらい我慢してよ」

 エディの指が肌を撫で、擽られるように感じてしまう。レイはぴくんと何度も背を反応させてしまい、笑い出すのを何とか堪えた。

「んっ、……ふ」
「……レイ、それってわざと?」
「は、ぁ? いや、ほんとに擽ったいって」

 脇腹を撫でながら、エディがそう聞いてくるも何に対してなのかがわからない。
 頭の傷も記録し治療されながら、妙に口数が減ったエディを訝しげに思うも何も言わない。無言の空間で居心地が悪いと、レイは治療もそこそこに帰りたいと脱がされた上着に手を伸ばした。

「レイ、まだだよ」
「いや、もう大丈夫だし」
「まだ駄目。全身に治癒を掛けたいからベッドに寝て」

 怪我の程度を自分で把握できていないからこそ、エディの強い言葉には従うしかない。
 レイが大人しく横になると、エディは手を翳して治癒魔法を掛けながら穏やかな声で話しかけてきた。

「転移するって気付いたあの瞬間は、嬉しかったのに」
「は?」
「レイが腕輪の魔法に気付いたんだって。……それなのに、来てみれば暴漢に襲われてるし、また死にかけてるし」
「またってなんだよ」
「あの祭祀の間で再会した時だって今日と同じような姿だったよ。……本当に、レイは自分のことに疎いよね」

 疎い、と言われても。
 今回に至っては逆上した元軍人に突然襲われたからどうしようもなかった。本当に、腕輪がなければ死んでいたかもしれなかった。
 腕輪を嵌めていた右の手首を、エディの左手の指が這う。

「レイ、外すと転移してくるなんて気付いてなかったろ。此処に腕輪の痕が残ってる。それほどつけ続けていたのに今まで外さなかったのは、魔法がかかっていたのに気付いたから?」
「……そうだけど」
「なら、自分から外すようなことはしなかったんだ。つまり、あの男に奪われそうになったってことでいい?」

 妙に目の据わったエディに問われ、おずおずと頷く。
 エディはその頷きを見ると深い溜め息を吐き、レイの手をとり手首に唇を寄せた。

「おい、やめろよ」
「やめない。……もし腕輪がなかったら死んでいたかもしれないって思うと、怖くて仕方ないんだよ」

 ちゅ、ちゅと何度もキスをされるも拒否できない。エディの震えるような声に、まぎれもない事実だと否定ができなかったから。
 手首から手を離したエディは、レイの頬を撫で囁く。

「もうちゃんと全部治したから、嫌なら蹴り飛ばしてくれ。……本当に、無事でよかった」

 死ぬことを何処か他人事に捉えていたレイは、自分よりもそのことを受け止めてしまっている親友を見上げた。
 親友、というのはこの場では適切ではないか。
 ……自分のことを好きな男。
 エディの整った顔が近付いてくる。いつもの自分ならこの瞬間手が出ていた。殴って、蹴って、悪ふざけも大概にしろなんて言っていた。
 けれど、エディの必死さも理解ができるから。
 唇が触れ合う。顔に似合わない拙さを感じるキスをしながらエディはレイの身体を抱き締め、縋った。

「レイ、頼むから俺の前から消えないで……」

 エディがここまで必死になるのはレイの所為だ。レイが上手く立ち回れなかったから。謂わば、レイは加害者の立場。
 だからこそ、こんな必死な男を拒絶するなんてことは無理だった。
 何度も唇を食まれても、受け入れるだけ。このキスで友情が壊れてしまったとしても、もう親友に戻ることができなくなったとしても。
 今のレイには、止める資格がないから。
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