【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

文字の大きさ
上 下
16 / 78
第1章

第16話 掌の熱を思って

しおりを挟む
 レイは独身寮に帰るなりベッドに突っ伏し、声にならない悲鳴を上げた。
 なんだあれ。なんだあいつ。なんで告白なんて。
 漸く人目がなくなったことでレイは内に隠していた動揺を吐き出すように枕に顔を埋め小さく叫ぶ。

「なんなんだよぉ……」

 弱りきった声に自分でも情けなく感じてしまう。
 あの見合いの席で言っていた告白が本当だなんて思わないじゃないか。自分達は同性だし、ずっと一緒にいた親友。
 そんな相手を、ずっと想いながらも気持ちを隠して涼しい顔をしていたなんて。
 エディの高い体温の感触がまだ手に残っている気がする。冷え性でずっと冷たいままのレイの手には指先ですらも熱く感じるエディの熱。
 あの掌で、触れたいと望まれているのだろうか。
 男同士だからこそ、『好きな相手』に何をしたいかはそれなりに理解ができる。俗物的な考えがあの高潔なエディに当てはまるかは置いておくとして、健全な若い男である以上はそれなりに進んだ関係を望んでいるのではないかと考えてしまう。
 それに、レイが他の男に触れられた事実に嫌悪感まで抱いていた。自分以外が触るなんて許せないと。
 指先ですら熱い掌が、何の面白みもない柔らかさなんて到底持ち得ていない自分の身体に?
 そこまで考え、レイは首を振った。
 一体何を考えているのだか。エディはそもそも告げるつもりもないと言っていた。我慢ができなかったとは言っていたけれど、秘めたままに生涯を終えるつもりだったということはそんなこと考えていないだろう。
 好きな相手が自分と同性の輩に身体を触れられるなんて、交際するかしないかはさておき苛立つのは当然だろうが。別に、それに対して怒りを覚えているからエディも触れたいと思うなんてのは考え過ぎだ。
 それに何より、親友に触られる想像をしてしまうなんて。今まで意識していなかった相手とのあれやこれやを考えてしまうなんてあのゴリラと対して違いはないんじゃないか。

「……まず着替えるか」

 このままでは考えすぎてしまう。レイはエディに買ってもらった高級な衣服一式から自分の草臥れた普段着へと着替え、シャワーは明日の朝でいいかと考えまたベッドに倒れる。

 返事はいらないと、別れ際にも言われた。伝えられたことで満足したから、これからもレイの隣で親友としていられるならいいと。
 ……言われた側が、どう思うかも知らずに。
 意識なんてするに決まっている。あんなキラキラした王子様然とした男に愛の告白をされて、これから先もただの親友として一緒にいるなんてそんなの無理だろう。
 恋愛的な意味で好きじゃない。友人としては誰よりも気に入っているし一緒にいるのは好きだ。
 恋愛対象として誰かを好きになったことはないけれど、何処かのご令嬢といつか恋に落ちるかもしれないなんて考えていた。同性となんて、考えたことすらなかった。

「……ほんとに、なんなんだよ」

 ただ乱される。
 相手がエディじゃなければ一蹴して縁を切って何処かで飲んだくれながら愚痴を溢して終わりの話。
 だが、相手はずっと二人で馬鹿をやって笑い合っていた唯一無二の大親友。
 人として嫌いじゃないからこそ、意識してしまっているからこそどうしたらいいのかわからない。

 ふと、帰りに渡された自分の服が入っている袋が目に入る。洗濯に出しておかなければと思いながら起き上がりその袋からシャツを取り出すと、中に入っていたのか何やら小さい箱とメッセージカードが床に落ちた。
 エディが何か入れたのだろうか。拾い上げながらメッセージカードの文面を読み、包装されていない箱を開ける。
 中に入っていたのは、青く小さな石が嵌められた細身の腕輪。

『俺がいない間はこれをつけていてほしい 親友より』

 大昔この国には、婚約を正式に申し込む際には自分の瞳の色の石が嵌め込まれたリング型の装飾具を贈るという慣わしがあった。今の若い人間は古い歴史書を読み漁りでもしていない限り知らない、いつしか消えてしまった習慣。
 それをレイが知らないわけないなんてエディは知っているはずだ。すぐに気付くとわかっていて、エディは腕輪を忍ばせた。
 きっと、顔を合わせて贈ると断られることを見越して。

 何が親友よりだ。どう考えてもプロポーズに等しいプレゼント、親友相手に贈るものじゃないだろう。
 次に会う時に突き返される可能性もわかっているからこのタイミングだったのだろうか。隣国に向かう準備で忙しくなるから帰国する日まで会えないと言われたことも思い出し、レイは頭を抱える。
 あいつ、酒の勢いで告白したんじゃなくて元から今日言うつもりだったんだ。でなければ朝着替えてからずっと御者に預けていた袋の中に腕輪を入れているはずがない。
 これで返事はいらないなんて、それこそ冗談だろう。
 こんなにもレイを混乱させておいて、言い逃げのような形で逃げるつもりか。
 レイが思わず唸ると隣の部屋から壁を殴られた。いけない、隣室の先輩官吏の安眠妨害になってしまう。
 静かに、人に迷惑をかけないように黙って、落ち着いて。
 落ち着くなんてできるはずもないのに、自己暗示をするように隣室に聞こえないように枕に顔を当てながら呟く。

「落ち着け、落ち着け俺……」

 青い瞳が熱を孕み、真摯に見つめてきたことを思い出す。
 それだけではない。
 白金色の髪が月明かりに照らされ、光を帯びて風に揺れる様。
 熱い指が腕に触れ、手を掬う感触までも。

 自分はこんなに女々しくなかったはずだ。もっと鈍感で、何も考えずにエディの隣で馬鹿みたいに笑って、はしゃいで。
 エディの一挙手一投足を思い出して恥じらうなんて、そんなのが自分だなんて信じられない。
 どうしてくれるんだ、あいつ。
 もう以前のままに接するなんてできない。このまま寝てしまって、もしエディの夢なんて見たらと思うと眠ることだってできない。

 返事は、一体どうしたらいいのだろう。
 付き合えないけど友達でいたいなんて、きっといつしかエディを苦しめるだけになる。
 けれど自分はエディに惚れたりはしていないから頷くのも違う話だ。人間的に、その強さに惚れこむことはあったけれど間違いなく恋愛の意味ではない。
 返事しなくていいなんて言葉を真に受けて生殺しの状態でいさせてしまうのは、親友として嫌だ。
 はっきりと答えを出したいけれど、エディを傷つけたくないし二人の関係性を壊したくない。
 何よりも、断ったらきっとエディは気を使って離れていこうとするはずだ。気持ち悪がらせてごめん、なんて言うのが目に見えている。
 気持ち悪いわけじゃない。拒否も嫌悪も感じていない。
 けれど、エディと同じような『恋』をしているわけじゃない。
 親友に対する友愛の感情はあれど、付き合ってその先もなんて考える恋愛の感情はない。

 自分がどうするのが正解か、レイには答えが出せなかった。
しおりを挟む
12月8日以降 第2章の準備のため更新が止まります。
1月より更新再開予定です。
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...