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第13話 白馬と馬車と色男

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 酷い寝不足の日々から解放された今、休みの日は昼まで惰眠を貪るのがレイの習慣だ。
 ただ、今日はそうもいかない。仕事に行く時と同じ時間に起きたレイは、適当に服を選び寝ぐせを直して出かける準備をした。
 今日はエディと食事に行く日だ。何も準備はいらないと言っていたし、食事は昼。ただ朝に迎えに来るということは何処かに出かけるのかもしれないからと、最低限見られる格好にした。
 友人と遊びに行くということ自体久し振りで心が弾む。レイはそろそろやって来るであろうエディを、窓の外を眺めながら待った。

 寮の前に、大仰な馬車が止まる。二頭立ての豪華な箱型馬車だ。
 まさか、と思い眺めているとその中から出てきたのはやはりエディ。上から見ていてもやはり様になる。
 あれに乗るわけではあるまいな。日中街中を走るには箱型なんて目立って仕方がないのに。
 レイはポーズとして眺めていただけの詩集を机の上に置き、寮の外へ急ぐ。あんな目立つ馬車を寮の前に止め続けていたら何を言われるかわかったもんじゃない。先輩達にまた変な目で見られるに決まっている。
 そもそも、寮は一応王宮の敷地内だ。この国の王族が自らの手足となる官吏の行動を全て把握し、叛逆などの意思がある者を炙り出すことを容易にするためにと独自に設立させた、監視付きの住居。
 そんな場所に馬車を乗り付けるなんて、より上の身分である公爵や大公だってしないだろうにこの侯爵令息は一体何を考えているんだか。
 レイは寮から飛び出すと、白馬を撫でているエディに詰め寄った。

「お前マジで何考えてんの?」
「おはよう、今日も元気だね」
「俺が元気かどうかは別にいいんだよ、なんでこんな立派な馬車で来てんだ」
「駄目だった? ドリスに聞いたら快く許可してくれたんだけど」
「友達迎えに来るだけなのに王太子殿下に許可とりに行くなよ!」

 こいつは本当に、毎回毎回レイには考えつかないようなことをしでかして。ドリス王太子に迷惑をかけたなんてと、キリキリと胃が痛んでしまう。
 頭を抱えるレイに、エディはじゃあと提案した。

「途中からは歩きで行こうか。まず最初に行きたいところはちょっと離れててさ」
「何処行く予定なんだよ」
「ちょっとね。丸一日予定空けてくれたって聞いたから張りきっちゃった」

 一応だ、一応。昼で解散しても夜まで本を読みたいから予定を入れなかっただけ。
 別に、エディと夜まで遊びたいから空けたわけじゃない。
 レイはそんな言い訳をブツブツと呟きながら、エディに続いて馬車に乗り込む。
 ふかふかの椅子は実家のボロ馬車とは大違い。馬車の外に家紋はなかったけれど、窓を塞ぐカーテンにはヘンドリックス侯爵家を表す大きな馬の家紋が刺繍されていた。
 金持ちの馬車だ。改めてヘンドリックス侯爵家とヴァンダム子爵家の経済力の違いを見せつけられ、レイは馬車の中をきょろきょろと見回してしまう。
 そんなレイの向かいに座ったエディは、その様子にふふと笑った。

「珍しい?」
「うちの実家の馬車とはレベルが違うなって」
「そうかな、何処も似たようなものじゃない?」

 こいつは安い馬車を知らないからそう言えるのだ。乗合馬車の方がまだマシな内装なんだぞ、実家の馬車は。
 中を他所の家の人間に見せることはない。姉は婚約者の馬車にしか乗らず、うちの馬車は両親と自分しか乗らないから知られてはいないことだ。
 木のささくれが尻に刺さることなんて知らないんだろう。レイはじとりとエディを睨む。

「お前、それ他の奴の前では絶対に言うなよ。特にご令嬢の前じゃ駄目だからな」
「言わないよ。馬車の話なんてしたらどうなるか」
「まあ、それはそうだろうけど。お前に連れ込まれるならってご令嬢多そうだしな」

 密室である箱型馬車の話なんて異性に言えたものじゃないか。誘い文句として馬車の話を出すのは有名な話だ。
 ともかく、先程の上の立場の人間だからこそ出る発言は他の人には絶対にご法度だ。経済状況を簡単に推し量ることのできるものなのにあの発言、傲慢だと思われたって仕方がない。
 レイはいつの間にか馬車が出発していたのも気付かないまま、懇々とエディに説教を続けた。

「わかったから、もう言わないって」
「聖騎士仲間に言ったりしてないだろうな」
「言うわけないだろ。世間話だって、したいのはレイとだけだよ」
「……お前、そんなんじゃいつまで経っても他に友達できないぞ?」

 学生時代は学友達に囲まれることは多くも、レイのような友人を他に作っていた記憶はなかった。
 他の皆とは程々の付き合いで済ませ、いつだってエディはレイとばかりにつるんでいたのを思い出す。
 それじゃあいつまで経っても親友離れができないだろうに。来月から二ヶ月間も国を離れるのに、そんな調子でやっていけるのか?
 レイが呆れた様子で聞けば、エディは困ったように笑った。

「別に、レイがいればいいんだけどな」
「今はそうでも後々困るだろって話」

 エディとばかり話していたのは自分もだ。けれど自分は他にも友達がいてそちらと遊ぶことも多かったからと棚に上げ、エディに上から目線で説教を垂れる。
 レイがいない場所ではいつも一体どうしているんだか。その調子では、騎士として戦うことになったって連携もできないかもしれない。何故だか親目線になりながら、レイは親友を見上げた。

「その調子じゃ、いつまで経っても結婚できないよなお前」
「してほしいの?」
「いや、別に。ただもし結婚したとして、夫婦喧嘩の原因にだけはなりたくないとだけは言っておく」

 いつしかできる妻よりもレイばかりを優先するような男になりそうで一抹の不安が残る。
 友人をたくさんつくって、一人だけに執着するのをどうにか分散した方がいいのでは。
 そう思わずにはいられない。

 レイのことばかりのエディに呆れ、至極どうでもいい世間話をしながら時間を潰す。
 漸く馬車が止まったかと思えば外からノックされ、エディの了承する返事と共に音も立てずドアがゆっくりと開かれた。
 ギイギイと蝶番が錆びた音を立てるうちの馬車とはまたえらい違いだ。先に降りたエディに手を伸ばされたが、貴婦人でもあるまいしとエスコートは断り自分ひとりで馬車から降りる。
 辿り着いたのは王宮からは少し距離のある大通りに建つ高級ブティックだ。それだけでなく、周囲は全て高級そうな店構えの建物ばかり。
 普段着で来たレイがひどく浮いているように見える。
 こんな場所に連れてくるのならせめて事前に一言言え。レイがじとりとエディを見上げると、エディはにこりと笑いブティックへとレイを伴い入店した。

「これはこれは、ヘンドリックス様」
「なるべく早めに、友人に一着見繕ってくれないか。カジュアルな格好で頼むよ」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
「え、おい、エディ」
「俺は少し別で買い物があるから、着替えたら少し待っていて」

 待っていて、も何も。
 自分一人では到底入ることなど叶わない高級ブティックにひとり取り残され、個室へと案内されたレイはただただ戸惑う。
 一体どうすればいいんだ、この状況。これから何処に行くかも聞かされていないし、カジュアルならこの今の普段着でもいいのではと思ってしまう。
 が、店員は狼狽えるレイのことなどお構いなしに次々と布を当て、既製品のジャケットやシャツなどを次々と持ってきてしまう。
 こんな高級そうな店で一人にされるなんて、恨むぞエディ。
 レイは借りてきた猫のように縮こまりながら、店員の勢いに飲まれ全てを任せることにしてしまった。
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