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第1章
第6話 初対面、図書室で
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医務室に連れてこられたはいいが、そろそろ戻らないと軍人達に何を言われるかわからない。
レイが起き上がろうとすると、その動きをエディが片手で止めた。
肩に置かれた手が熱い。力の入らない身体はいとも簡単に押し戻され、ベッドに縫い付けるように押し倒されてしまった。
「ちょっと、俺仕事あるんだけど」
「緊急時でもないのに新参の君をそこまで疲弊させる仕事って、軍の人間は一体何をしてるんだ?」
「……だから、俺がまだ覚えられてないだけだって」
「この書類、どう見ても君が任されるようなものじゃない。たかだか数か月の新人に金銭が関わるものを触らせるなんて、有り得ないだろう」
レイが運んでいた書類は確かに金融関連の部署に渡すものだった。本来は上の階級でなければ持ち運ぶことすら禁止されているけれど、兵舎の外に出るのが億劫だという理由でレイが押し付けられていた。
ちらりと見ただけでわかるのか。自分は詰られ突き返された時に怒鳴られながら説明も受けたけれど、全く理解できなかったというのに。やはりエディは頭が良い。
エディはレイが何も堪えていないとわかるなり、深く溜息を吐き肩から手を離しレイのすぐ隣に腰かけた。
「とにかく、今は寝てくれ。『上の人』にはちゃんと俺から言っておくから」
「いや、でもさぁ」
「寝ている間に回復魔法もかけておくよ。ゆっくりおやすみ」
この世界には、当然のように魔法が使われている。ただ、レイは魔法を使うことが苦手だ。
相手が痺れる程度の雷魔法しか使うことができず、自らに回復魔法を施すこともできない。
それを忘れていないのか、エディは微笑みそう告げてくれた。
「……俺、本当に怒られない?」
「大丈夫。もし怒られたら俺の名前を出していいよ」
エディの大きな掌がレイの目許を覆い、視界が真っ黒に染まる。
軍の人に怒られないのなら、夜までずっと眠り続けてしまいたい。聖騎士のエディがかけてくれる回復魔法の効き目は学生時代から知っている。
熱いエディの掌は、触れるだけでも疲れ切ったレイの目を癒す。
嗚呼、本当に眠ってしまう。レイは抗いきれない眠気に襲われ、遠くなる意識の中で学生の頃を思い出していた。
* * *
──学園に入学して三日目のことだ。
レイは色々な意味で有名人だった姉の弟として入学して早々、上級生達からも囲まれてしまい困り果てていた。
姉は子爵令嬢ながらに学園で良い成績を収める、文武両道を地で行く人物だった。家では暴君として君臨していたが、外では一切その姿を見せない。
寧ろ神殿に誓ってしまった所為で家督を継げなくなった哀れな弟を気遣う優しい姉としての立ち位置まで築き、マナー講師数人がかりで詰め込んだ行儀作法を基に学園で学ぶことのできる高位貴族向けのマナーも身に着けた品行方正な令嬢として名を馳せていたのだった。
家ではレイを駒としか思っていない暴君だ。自分に集る皆にその姿を見せてやりたいと思いながら逃げ惑っていたレイは、静かな空間を求めて放課後の図書室で深い溜め息を吐いていた。
姉を紹介してくれだとか、今からでも神殿での誓いをなかったことにできないかとか、そんなことを言われても困る。姉の婿はどうせ父が提案した中で姉が決めるのだろうし、神様に誓った約束を破るなんてできるはずがない。
それに、レイはまだ入学したての十二歳。ななつも上の姉に進言なんて無理なことは火を見るよりも明らかだというのに。
これは一体いつまで続くのだろう。卒業までずっと姉について聞かれ続けるのだろうか。
折角寮に入ったのに、何処までも姉のことで煩わされるなんて。レイがもう一度大きな溜め息を吐きながら地学に関する本のページをぱらぱらと捲っていると、隣の席に誰かが近付き話しかけて来た。
「隣、いいかな」
「どーぞぉ」
どうせ姉の話をしたい誰かだろう。そう思いながらレイは自分のすぐ隣に腰かけた相手を見上げる。
白金色の髪をした、きらきらした男子生徒だ。自分と違う意味で皆に囲まれる彼が誰か、レイはすぐに気が付き慌てて立ち上がった。
「失礼致しました、ヘンドリックス侯爵令息様」
「かしこまらなくていい。君がいたところに偶然僕が来ただけだから。座って」
「は、はい」
レイはおずおずとヘンドリックス侯爵令息の隣に改めて腰かける。
彼は小さな本を読み始め、何も話しかけてくることはなかった。誰も何も話をしない、誰かがペンを走らせる音と紙を捲る音ばかりが響く。
隣のヘンドリックス侯爵令息の息遣いまでも聞こえてくる静寂に、何を読んでいるのか気になりちらりと手許の本を覗き込んだ。
「あ」
「ん?」
思わず声を出してしまい、レイに視線を向けたヘンドリックス侯爵令息に何でもないとぶんぶん首を振り地学の本で顔を隠した。
彼が読んでいたのは自分の好きな詩集だった。姉からは男が読むものじゃないと笑われ、それ以来読まないようにしていたものだ。それを同じ男である侯爵令息が読んでいたことで驚いてしまったのだ。
好きなものが一緒ということで、ほんの少しだけ親近感が湧く。けれど彼は高位貴族で、自分は下位貴族。学園を出れば自分が従者として仕える可能性もある相手だ。そんな相手に気安く話しかけることもできず、レイは本に集中できないまま座り続けた。
──日も傾き、そろそろ図書室が閉められてしまう時間となった。レイが寮に帰らなければと時計を見上げると、隣に座り詩集を読み続けていたヘンドリックス侯爵令息が話しかけてくる。
「挨拶もしないですまない。僕はエドガー=ヘンドリックスだ。君は?」
「れ、レイ=ヴァンダムです。ヴァンダム子爵家の者です」
「嗚呼、君があの」
姉のことを知られているらしい。高位貴族の耳にまで入っているなんて恥ずかしい。
だが彼は姉のことは何も聞かなかった。ふわりと微笑み、レイに向かって自分が読んでいた詩集を見せる。
「さっき気にしてたのはこれだろう? 昔から好きでね、よく義姉や従姉に笑われるんだけれど」
詩集は女が読むもの。世間ではよく言われている。彼も同じだったのだろう発言に、レイは驚き彼の顔を見上げた。
そこも自分と同じだなんて。少し、彼と話をしてみたい。
「俺、あ、私もそうです。小さい頃から好きで読んでいたんですが、姉に言われて最近は手にすることも減りまして」
「本当に? 嗚呼、どうしよう。ここで同士に会えるなんて。今度話をしたいんだけれど、時間をとれたりするかな」
「は、はい。是非」
「有難う。僕のことはエディと呼んでくれ」
差し出された右手と共に告げられた、愛称で呼ぶことを許可する言葉にレイは目を丸くしてしまう。
自分は子爵家の人間だ。彼からすれば、同じ貴族と言えるかもわからないような低い立場の人間。そのレイに、初対面ながらに愛称を呼ぶ許可を出すなんてこの人は優しいというか人が良いというか。
レイは慌てて握手をしながら頭を下げる。
「私のことも、レイと。有難うございます、エディ様」
「様はいらないよ。今度改めて手紙を出すよ、寮に宛てればいいんだよね?」
「はい。天藍寮のヴァンダムへお送りいただければ」
この学園にはいくつかの寮がある。レイはその中でも天藍寮に入寮していた。
手紙は寮母が宛先と差出人を確認した後各部屋に割り振られると伝えられているから、寮に宛てて送られればすぐに確認もできるだろう。
まさか、高位貴族とこうして話をする機会が訪れるなんて。レイは感激しながらも掌に残るエディの温かな手の感触がいつまで残るだろうかとぎゅうと拳を握った。
* * *
その日以降、レイはよくエディと会話をすることとなった。
詩集の話だけでなく、学園での勉学や授業に関する話。あの先生が気難しいだの、あの講師は座学よりも実習を重視しているだの。
果ては個人的な相談までもするような関係。身分差も気にすることなく二人が親友になるのに、そう時間はかからなかった。
当然周囲からの反発もあった。子爵令息を近くに置いているのは侯爵令息様の気まぐれだと。
寧ろ気まぐれででも置いてもらえるだけ有難い話だ。どうせ将来は何処かに婿に入って飼い殺されるのだ、その時エディとの縁がほんの少しでも残っていれば少しはましな生活ができる。
ただ、そんな打算だけでエディと共にいるわけじゃない。本当に心の底から楽しくて、レイはずっとエディと共にいた。
「エディは将来何になんの?」
「決めてないけれど、侯爵家は継げないし何処かに働きに出る予定だよ」
「へー。じゃあ俺と一緒じゃん」
学園に通っている間だけ許されるのであろう気安い態度でエディに接していることも反発を喰らう原因なんだろう。
けれど、エディがこちらの方がいいと言ってくれるから変えない。有象無象よりも、エディ本人が望む方がいいに決まってるから。
レイは食後の紅茶を飲みながらエディの将来について想像をしてみた。
「でも、官吏って感じはしないよな。どっちかというと剣振るってそう」
「剣か……」
「騎士様とかかっこいいじゃん。ほら、きらきらしてるし聖騎士様とかさ」
白金色の髪と青い瞳、そして何より甘いマスクの色男に聖騎士が似合わないわけがない。
いつしか見た聖騎士の纏う軍服を着たエディを脳内で想像し、やはり俺の親友は格好いいと何度も頷いた。
だがはっと気付く。聖騎士は清廉潔白であれとされ、結婚や恋愛に関してはあまりしてはいけないものという風潮がある。
まだ学生だというのにこんなにも色男なエディが生涯独身だなんて考えられない。レイは慌ててただの妄想だからと手を振り否定した。
「あ、結婚とか考えてる令嬢いるならやめといた方がいいかも。俺のただの妄想だから」
「……いや、結婚はしないかな。聖騎士の道も考えてみるよ」
「そうかぁ? いやでも、エディなら色んな令嬢寄ってくるじゃん?」
「いいんだ、興味ないし」
モテすぎると逆に恋愛や結婚に興味がなくなるものらしい。
少し眉間に皺が寄った何とも言えない悲愴感を感じる笑みに、レイはそうなのかと頷いた。
レイが起き上がろうとすると、その動きをエディが片手で止めた。
肩に置かれた手が熱い。力の入らない身体はいとも簡単に押し戻され、ベッドに縫い付けるように押し倒されてしまった。
「ちょっと、俺仕事あるんだけど」
「緊急時でもないのに新参の君をそこまで疲弊させる仕事って、軍の人間は一体何をしてるんだ?」
「……だから、俺がまだ覚えられてないだけだって」
「この書類、どう見ても君が任されるようなものじゃない。たかだか数か月の新人に金銭が関わるものを触らせるなんて、有り得ないだろう」
レイが運んでいた書類は確かに金融関連の部署に渡すものだった。本来は上の階級でなければ持ち運ぶことすら禁止されているけれど、兵舎の外に出るのが億劫だという理由でレイが押し付けられていた。
ちらりと見ただけでわかるのか。自分は詰られ突き返された時に怒鳴られながら説明も受けたけれど、全く理解できなかったというのに。やはりエディは頭が良い。
エディはレイが何も堪えていないとわかるなり、深く溜息を吐き肩から手を離しレイのすぐ隣に腰かけた。
「とにかく、今は寝てくれ。『上の人』にはちゃんと俺から言っておくから」
「いや、でもさぁ」
「寝ている間に回復魔法もかけておくよ。ゆっくりおやすみ」
この世界には、当然のように魔法が使われている。ただ、レイは魔法を使うことが苦手だ。
相手が痺れる程度の雷魔法しか使うことができず、自らに回復魔法を施すこともできない。
それを忘れていないのか、エディは微笑みそう告げてくれた。
「……俺、本当に怒られない?」
「大丈夫。もし怒られたら俺の名前を出していいよ」
エディの大きな掌がレイの目許を覆い、視界が真っ黒に染まる。
軍の人に怒られないのなら、夜までずっと眠り続けてしまいたい。聖騎士のエディがかけてくれる回復魔法の効き目は学生時代から知っている。
熱いエディの掌は、触れるだけでも疲れ切ったレイの目を癒す。
嗚呼、本当に眠ってしまう。レイは抗いきれない眠気に襲われ、遠くなる意識の中で学生の頃を思い出していた。
* * *
──学園に入学して三日目のことだ。
レイは色々な意味で有名人だった姉の弟として入学して早々、上級生達からも囲まれてしまい困り果てていた。
姉は子爵令嬢ながらに学園で良い成績を収める、文武両道を地で行く人物だった。家では暴君として君臨していたが、外では一切その姿を見せない。
寧ろ神殿に誓ってしまった所為で家督を継げなくなった哀れな弟を気遣う優しい姉としての立ち位置まで築き、マナー講師数人がかりで詰め込んだ行儀作法を基に学園で学ぶことのできる高位貴族向けのマナーも身に着けた品行方正な令嬢として名を馳せていたのだった。
家ではレイを駒としか思っていない暴君だ。自分に集る皆にその姿を見せてやりたいと思いながら逃げ惑っていたレイは、静かな空間を求めて放課後の図書室で深い溜め息を吐いていた。
姉を紹介してくれだとか、今からでも神殿での誓いをなかったことにできないかとか、そんなことを言われても困る。姉の婿はどうせ父が提案した中で姉が決めるのだろうし、神様に誓った約束を破るなんてできるはずがない。
それに、レイはまだ入学したての十二歳。ななつも上の姉に進言なんて無理なことは火を見るよりも明らかだというのに。
これは一体いつまで続くのだろう。卒業までずっと姉について聞かれ続けるのだろうか。
折角寮に入ったのに、何処までも姉のことで煩わされるなんて。レイがもう一度大きな溜め息を吐きながら地学に関する本のページをぱらぱらと捲っていると、隣の席に誰かが近付き話しかけて来た。
「隣、いいかな」
「どーぞぉ」
どうせ姉の話をしたい誰かだろう。そう思いながらレイは自分のすぐ隣に腰かけた相手を見上げる。
白金色の髪をした、きらきらした男子生徒だ。自分と違う意味で皆に囲まれる彼が誰か、レイはすぐに気が付き慌てて立ち上がった。
「失礼致しました、ヘンドリックス侯爵令息様」
「かしこまらなくていい。君がいたところに偶然僕が来ただけだから。座って」
「は、はい」
レイはおずおずとヘンドリックス侯爵令息の隣に改めて腰かける。
彼は小さな本を読み始め、何も話しかけてくることはなかった。誰も何も話をしない、誰かがペンを走らせる音と紙を捲る音ばかりが響く。
隣のヘンドリックス侯爵令息の息遣いまでも聞こえてくる静寂に、何を読んでいるのか気になりちらりと手許の本を覗き込んだ。
「あ」
「ん?」
思わず声を出してしまい、レイに視線を向けたヘンドリックス侯爵令息に何でもないとぶんぶん首を振り地学の本で顔を隠した。
彼が読んでいたのは自分の好きな詩集だった。姉からは男が読むものじゃないと笑われ、それ以来読まないようにしていたものだ。それを同じ男である侯爵令息が読んでいたことで驚いてしまったのだ。
好きなものが一緒ということで、ほんの少しだけ親近感が湧く。けれど彼は高位貴族で、自分は下位貴族。学園を出れば自分が従者として仕える可能性もある相手だ。そんな相手に気安く話しかけることもできず、レイは本に集中できないまま座り続けた。
──日も傾き、そろそろ図書室が閉められてしまう時間となった。レイが寮に帰らなければと時計を見上げると、隣に座り詩集を読み続けていたヘンドリックス侯爵令息が話しかけてくる。
「挨拶もしないですまない。僕はエドガー=ヘンドリックスだ。君は?」
「れ、レイ=ヴァンダムです。ヴァンダム子爵家の者です」
「嗚呼、君があの」
姉のことを知られているらしい。高位貴族の耳にまで入っているなんて恥ずかしい。
だが彼は姉のことは何も聞かなかった。ふわりと微笑み、レイに向かって自分が読んでいた詩集を見せる。
「さっき気にしてたのはこれだろう? 昔から好きでね、よく義姉や従姉に笑われるんだけれど」
詩集は女が読むもの。世間ではよく言われている。彼も同じだったのだろう発言に、レイは驚き彼の顔を見上げた。
そこも自分と同じだなんて。少し、彼と話をしてみたい。
「俺、あ、私もそうです。小さい頃から好きで読んでいたんですが、姉に言われて最近は手にすることも減りまして」
「本当に? 嗚呼、どうしよう。ここで同士に会えるなんて。今度話をしたいんだけれど、時間をとれたりするかな」
「は、はい。是非」
「有難う。僕のことはエディと呼んでくれ」
差し出された右手と共に告げられた、愛称で呼ぶことを許可する言葉にレイは目を丸くしてしまう。
自分は子爵家の人間だ。彼からすれば、同じ貴族と言えるかもわからないような低い立場の人間。そのレイに、初対面ながらに愛称を呼ぶ許可を出すなんてこの人は優しいというか人が良いというか。
レイは慌てて握手をしながら頭を下げる。
「私のことも、レイと。有難うございます、エディ様」
「様はいらないよ。今度改めて手紙を出すよ、寮に宛てればいいんだよね?」
「はい。天藍寮のヴァンダムへお送りいただければ」
この学園にはいくつかの寮がある。レイはその中でも天藍寮に入寮していた。
手紙は寮母が宛先と差出人を確認した後各部屋に割り振られると伝えられているから、寮に宛てて送られればすぐに確認もできるだろう。
まさか、高位貴族とこうして話をする機会が訪れるなんて。レイは感激しながらも掌に残るエディの温かな手の感触がいつまで残るだろうかとぎゅうと拳を握った。
* * *
その日以降、レイはよくエディと会話をすることとなった。
詩集の話だけでなく、学園での勉学や授業に関する話。あの先生が気難しいだの、あの講師は座学よりも実習を重視しているだの。
果ては個人的な相談までもするような関係。身分差も気にすることなく二人が親友になるのに、そう時間はかからなかった。
当然周囲からの反発もあった。子爵令息を近くに置いているのは侯爵令息様の気まぐれだと。
寧ろ気まぐれででも置いてもらえるだけ有難い話だ。どうせ将来は何処かに婿に入って飼い殺されるのだ、その時エディとの縁がほんの少しでも残っていれば少しはましな生活ができる。
ただ、そんな打算だけでエディと共にいるわけじゃない。本当に心の底から楽しくて、レイはずっとエディと共にいた。
「エディは将来何になんの?」
「決めてないけれど、侯爵家は継げないし何処かに働きに出る予定だよ」
「へー。じゃあ俺と一緒じゃん」
学園に通っている間だけ許されるのであろう気安い態度でエディに接していることも反発を喰らう原因なんだろう。
けれど、エディがこちらの方がいいと言ってくれるから変えない。有象無象よりも、エディ本人が望む方がいいに決まってるから。
レイは食後の紅茶を飲みながらエディの将来について想像をしてみた。
「でも、官吏って感じはしないよな。どっちかというと剣振るってそう」
「剣か……」
「騎士様とかかっこいいじゃん。ほら、きらきらしてるし聖騎士様とかさ」
白金色の髪と青い瞳、そして何より甘いマスクの色男に聖騎士が似合わないわけがない。
いつしか見た聖騎士の纏う軍服を着たエディを脳内で想像し、やはり俺の親友は格好いいと何度も頷いた。
だがはっと気付く。聖騎士は清廉潔白であれとされ、結婚や恋愛に関してはあまりしてはいけないものという風潮がある。
まだ学生だというのにこんなにも色男なエディが生涯独身だなんて考えられない。レイは慌ててただの妄想だからと手を振り否定した。
「あ、結婚とか考えてる令嬢いるならやめといた方がいいかも。俺のただの妄想だから」
「……いや、結婚はしないかな。聖騎士の道も考えてみるよ」
「そうかぁ? いやでも、エディなら色んな令嬢寄ってくるじゃん?」
「いいんだ、興味ないし」
モテすぎると逆に恋愛や結婚に興味がなくなるものらしい。
少し眉間に皺が寄った何とも言えない悲愴感を感じる笑みに、レイはそうなのかと頷いた。
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