【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第4話 過労に糖分

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 末端の文官は舞踏会に参加する余裕などもない。両親から早く適当に女を見繕えなんて話をされても聞き流せるのは助かるが、友人達と会うことすらできない日常は苦痛だ。
 起きて仕事をし、休憩をする暇もないまま夜まで働き詰めで深夜遅くになって漸く軽食だけ口にして眠る日々。
 流石に、こんなに忙しいはずがない。他の文官はもっと余裕を持った暮らしをしていると聞いている。
 それでも辞めるわけにはいかないと、レイは根性だけで仕事を続けていた。

 戦争があるわけではなく、軍が動くような事態は何も起こっていない。それなのに戦闘に参加できないからと文官をこき使い、自分達は余暇を謳歌している軍人達へ恨みばかりが募る。
 レイは軍部の人間達が無理に詰め込んでくる仕事の所為で過労状態に陥っていた。
 休みたい。せめてちゃんとした食事を摂りたい。そう思っても、休みの日にすら呼び出される。
 学生の頃に戻りたい。友達と馬鹿騒ぎして、将来に希望を抱いていたあの頃に。

 レイがふらふらとした足取りで必要ないはずの羊皮紙の束を運んでいると、銀髪の青年が声をかけてきた。

「ヴァンダム、いいか?」

 彼は、軍部の方で唯一自分を人間として扱ってくれる。レイが頷き近付けば、青年は建物の影までレイを連れ出し座らせてくれた。

「俺が呼び出したと伝えておくから、少し休んでいてくれ。全く、聖騎士が友人だからなんだというんだあいつらは」

 レイは文官だから下に見られてこき使われているというだけではなかった。
 聖騎士として早くも名を上げ始めているエディが、レイの親友であると学生時代の同級生から話が漏れたから。
 王が抱えるこの国立軍と、神殿が抱える聖騎士は相性が悪い。王女殿下を崇拝する軍人も多く、聖騎士が近衛の話を断ったことで更に悪感情が募っていたところにエディの話が知られてしまった。
 聖騎士なのは自分じゃなく、自分の友人。それでも聖騎士と近しい人間ということで、レイは更に軍人達から敵視されるようになってしまった。
 この青年くらいだ、レイをこうして表立って労わってくれるのは。何もせずに見守るなんてのは労わりの内に入らない。
 レイは、疲れ切った表情を何とか笑みに変え、青年に感謝を伝える。

「有難うございます、メルテン少尉」
「飯を食える気力があるのならこれも食っておけ、ただのワッフルですまないが」

 メルテンはレイに温かい紙の包みを渡した。中身はプレーンワッフルで、シナモンと粉砂糖がかけられている。
 今の時間帯は昼過ぎで、軍の人間は食べ終わった食事を早々に捨ててしまうためこんな上等なものが残っているはずがない。
 レイのために準備してくれたもののようだ。思わぬ優しさに、ほろりと涙が溢れそうになってしまう。
 学生の頃、時々エディが連れて行ってくれた喫茶店でもワッフルをよく食べたな。あれにはアイスが乗っていた。そう思いながらレイは無我夢中でワッフルにかぶりつく。
 甘さがじんわりと口の中で広がる。忙しさで疲弊しきった身体が、求めていた糖分に歓喜しているよう。
 温かい食事はいつぶりだろうか。もう、何か月も食べていないような錯覚さえしてきた。
 メルテンはレイの前にしゃがみこみ、美味そうに頬張るレイの頭を雑に撫でる。

「お前が元々配属される予定だった図書課の人間には既に現状を伝えてある。以前の軍部の文官もそろそろ戻って来る筈だ。
 俺に発言権がなくてすまないが、もう少しだけ耐えていてくれるか」

 少尉という立場まで上り詰めたものの、メルテンは平民だ。
 聖騎士に悪感情を抱いているのは貴族出身の軍人が多くメルテンの言葉は封殺されてしまう。
 もう少しでいいなら耐えるとも。レイはこくこくと何度も頷き、とうとう本当に溢れ出してしまった涙を拭い思わずメルテンに抱き着いてしまった。

「少尉ぃ……」
「おい、鼻水はつけるなよ」
「んぐぐぅ……」

 レイと同年代の弟がいると言っていたメルテンは面倒見がいい。姉という暴君の下で育ったレイが初めて甘えられる年上の存在だ。
 他の腐った輩とは違う。近頃は尻を撫でまわすようになってきたあのゴリラとは雲泥の差。
 ぼろぼろと泣きながらレイがメルテンに抱きつきワッフルを頬張り忙しなく動けば、メルテンは笑っていた。

「早く図書課に戻れるといいな。戻らないとその聖騎士の友人にも会えないだろう?」
「はい……うぅ、エディぃ……」

 軍部の文官でいる限り、聖騎士と会うわけにはいかない。誰よりも、軍部の人間の目が厳しいから。
 近況報告の手紙を送ることさえできない。自分はただ、親友と話がしたいだけなのに。
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12月8日以降 第2章の準備のため更新が止まります。
1月より更新再開予定です。
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