4 / 78
第1章
第4話 過労に糖分
しおりを挟む
末端の文官は舞踏会に参加する余裕などもない。両親から早く適当に女を見繕えなんて話をされても聞き流せるのは助かるが、友人達と会うことすらできない日常は苦痛だ。
起きて仕事をし、休憩をする暇もないまま夜まで働き詰めで深夜遅くになって漸く軽食だけ口にして眠る日々。
流石に、こんなに忙しいはずがない。他の文官はもっと余裕を持った暮らしをしていると聞いている。
それでも辞めるわけにはいかないと、レイは根性だけで仕事を続けていた。
戦争があるわけではなく、軍が動くような事態は何も起こっていない。それなのに戦闘に参加できないからと文官をこき使い、自分達は余暇を謳歌している軍人達へ恨みばかりが募る。
レイは軍部の人間達が無理に詰め込んでくる仕事の所為で過労状態に陥っていた。
休みたい。せめてちゃんとした食事を摂りたい。そう思っても、休みの日にすら呼び出される。
学生の頃に戻りたい。友達と馬鹿騒ぎして、将来に希望を抱いていたあの頃に。
レイがふらふらとした足取りで必要ないはずの羊皮紙の束を運んでいると、銀髪の青年が声をかけてきた。
「ヴァンダム、いいか?」
彼は、軍部の方で唯一自分を人間として扱ってくれる。レイが頷き近付けば、青年は建物の影までレイを連れ出し座らせてくれた。
「俺が呼び出したと伝えておくから、少し休んでいてくれ。全く、聖騎士が友人だからなんだというんだあいつらは」
レイは文官だから下に見られてこき使われているというだけではなかった。
聖騎士として早くも名を上げ始めているエディが、レイの親友であると学生時代の同級生から話が漏れたから。
王が抱えるこの国立軍と、神殿が抱える聖騎士は相性が悪い。王女殿下を崇拝する軍人も多く、聖騎士が近衛の話を断ったことで更に悪感情が募っていたところにエディの話が知られてしまった。
聖騎士なのは自分じゃなく、自分の友人。それでも聖騎士と近しい人間ということで、レイは更に軍人達から敵視されるようになってしまった。
この青年くらいだ、レイをこうして表立って労わってくれるのは。何もせずに見守るなんてのは労わりの内に入らない。
レイは、疲れ切った表情を何とか笑みに変え、青年に感謝を伝える。
「有難うございます、メルテン少尉」
「飯を食える気力があるのならこれも食っておけ、ただのワッフルですまないが」
メルテンはレイに温かい紙の包みを渡した。中身はプレーンワッフルで、シナモンと粉砂糖がかけられている。
今の時間帯は昼過ぎで、軍の人間は食べ終わった食事を早々に捨ててしまうためこんな上等なものが残っているはずがない。
レイのために準備してくれたもののようだ。思わぬ優しさに、ほろりと涙が溢れそうになってしまう。
学生の頃、時々エディが連れて行ってくれた喫茶店でもワッフルをよく食べたな。あれにはアイスが乗っていた。そう思いながらレイは無我夢中でワッフルにかぶりつく。
甘さがじんわりと口の中で広がる。忙しさで疲弊しきった身体が、求めていた糖分に歓喜しているよう。
温かい食事はいつぶりだろうか。もう、何か月も食べていないような錯覚さえしてきた。
メルテンはレイの前にしゃがみこみ、美味そうに頬張るレイの頭を雑に撫でる。
「お前が元々配属される予定だった図書課の人間には既に現状を伝えてある。以前の軍部の文官もそろそろ戻って来る筈だ。
俺に発言権がなくてすまないが、もう少しだけ耐えていてくれるか」
少尉という立場まで上り詰めたものの、メルテンは平民だ。
聖騎士に悪感情を抱いているのは貴族出身の軍人が多くメルテンの言葉は封殺されてしまう。
もう少しでいいなら耐えるとも。レイはこくこくと何度も頷き、とうとう本当に溢れ出してしまった涙を拭い思わずメルテンに抱き着いてしまった。
「少尉ぃ……」
「おい、鼻水はつけるなよ」
「んぐぐぅ……」
レイと同年代の弟がいると言っていたメルテンは面倒見がいい。姉という暴君の下で育ったレイが初めて甘えられる年上の存在だ。
他の腐った輩とは違う。近頃は尻を撫でまわすようになってきたあのゴリラとは雲泥の差。
ぼろぼろと泣きながらレイがメルテンに抱きつきワッフルを頬張り忙しなく動けば、メルテンは笑っていた。
「早く図書課に戻れるといいな。戻らないとその聖騎士の友人にも会えないだろう?」
「はい……うぅ、エディぃ……」
軍部の文官でいる限り、聖騎士と会うわけにはいかない。誰よりも、軍部の人間の目が厳しいから。
近況報告の手紙を送ることさえできない。自分はただ、親友と話がしたいだけなのに。
起きて仕事をし、休憩をする暇もないまま夜まで働き詰めで深夜遅くになって漸く軽食だけ口にして眠る日々。
流石に、こんなに忙しいはずがない。他の文官はもっと余裕を持った暮らしをしていると聞いている。
それでも辞めるわけにはいかないと、レイは根性だけで仕事を続けていた。
戦争があるわけではなく、軍が動くような事態は何も起こっていない。それなのに戦闘に参加できないからと文官をこき使い、自分達は余暇を謳歌している軍人達へ恨みばかりが募る。
レイは軍部の人間達が無理に詰め込んでくる仕事の所為で過労状態に陥っていた。
休みたい。せめてちゃんとした食事を摂りたい。そう思っても、休みの日にすら呼び出される。
学生の頃に戻りたい。友達と馬鹿騒ぎして、将来に希望を抱いていたあの頃に。
レイがふらふらとした足取りで必要ないはずの羊皮紙の束を運んでいると、銀髪の青年が声をかけてきた。
「ヴァンダム、いいか?」
彼は、軍部の方で唯一自分を人間として扱ってくれる。レイが頷き近付けば、青年は建物の影までレイを連れ出し座らせてくれた。
「俺が呼び出したと伝えておくから、少し休んでいてくれ。全く、聖騎士が友人だからなんだというんだあいつらは」
レイは文官だから下に見られてこき使われているというだけではなかった。
聖騎士として早くも名を上げ始めているエディが、レイの親友であると学生時代の同級生から話が漏れたから。
王が抱えるこの国立軍と、神殿が抱える聖騎士は相性が悪い。王女殿下を崇拝する軍人も多く、聖騎士が近衛の話を断ったことで更に悪感情が募っていたところにエディの話が知られてしまった。
聖騎士なのは自分じゃなく、自分の友人。それでも聖騎士と近しい人間ということで、レイは更に軍人達から敵視されるようになってしまった。
この青年くらいだ、レイをこうして表立って労わってくれるのは。何もせずに見守るなんてのは労わりの内に入らない。
レイは、疲れ切った表情を何とか笑みに変え、青年に感謝を伝える。
「有難うございます、メルテン少尉」
「飯を食える気力があるのならこれも食っておけ、ただのワッフルですまないが」
メルテンはレイに温かい紙の包みを渡した。中身はプレーンワッフルで、シナモンと粉砂糖がかけられている。
今の時間帯は昼過ぎで、軍の人間は食べ終わった食事を早々に捨ててしまうためこんな上等なものが残っているはずがない。
レイのために準備してくれたもののようだ。思わぬ優しさに、ほろりと涙が溢れそうになってしまう。
学生の頃、時々エディが連れて行ってくれた喫茶店でもワッフルをよく食べたな。あれにはアイスが乗っていた。そう思いながらレイは無我夢中でワッフルにかぶりつく。
甘さがじんわりと口の中で広がる。忙しさで疲弊しきった身体が、求めていた糖分に歓喜しているよう。
温かい食事はいつぶりだろうか。もう、何か月も食べていないような錯覚さえしてきた。
メルテンはレイの前にしゃがみこみ、美味そうに頬張るレイの頭を雑に撫でる。
「お前が元々配属される予定だった図書課の人間には既に現状を伝えてある。以前の軍部の文官もそろそろ戻って来る筈だ。
俺に発言権がなくてすまないが、もう少しだけ耐えていてくれるか」
少尉という立場まで上り詰めたものの、メルテンは平民だ。
聖騎士に悪感情を抱いているのは貴族出身の軍人が多くメルテンの言葉は封殺されてしまう。
もう少しでいいなら耐えるとも。レイはこくこくと何度も頷き、とうとう本当に溢れ出してしまった涙を拭い思わずメルテンに抱き着いてしまった。
「少尉ぃ……」
「おい、鼻水はつけるなよ」
「んぐぐぅ……」
レイと同年代の弟がいると言っていたメルテンは面倒見がいい。姉という暴君の下で育ったレイが初めて甘えられる年上の存在だ。
他の腐った輩とは違う。近頃は尻を撫でまわすようになってきたあのゴリラとは雲泥の差。
ぼろぼろと泣きながらレイがメルテンに抱きつきワッフルを頬張り忙しなく動けば、メルテンは笑っていた。
「早く図書課に戻れるといいな。戻らないとその聖騎士の友人にも会えないだろう?」
「はい……うぅ、エディぃ……」
軍部の文官でいる限り、聖騎士と会うわけにはいかない。誰よりも、軍部の人間の目が厳しいから。
近況報告の手紙を送ることさえできない。自分はただ、親友と話がしたいだけなのに。
45
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる